第17話 同じ旗の下で 前編
オルデニア聖王国 教会本部 第一聖騎士団の訓練場。
まだ、ヴァルハイドが第一聖騎士団を率いていた頃。
広場に、二つの軍勢が対峙していた。第一聖騎士団と、第二聖騎士団。
両団の間に立ち、ヴァルハイドとエレノアが短く視線を交わす。
「よろしくお願いします、ヴァルハイド卿」
「あぁ」
ヴァルハイドの短い返答で、整列した騎士たちの間に緊張が走る。
訓練場の端、救護用のテント前には、質素な法衣を纏った司祭ラーゼンが佇んでいた。穏やかな表情で、両団の様子を静かに見つめている。
「……始めるぞっ!」
ヴァルハイドの手が挙がり、振り下ろされた。
第二聖騎士団の騎士たちは剣と盾を打ち鳴らす。
「第二聖騎士団、全隊前へ!」
レティシアの合図とともに、第二聖騎士団の騎士たちが一斉に踏み込む。
第二も精鋭だ。個々の速さと鋭さには自負があった。
「オーレイッ! オーレイッ!」
凄まじい掛け声で団の士気が高まっていく。
だが——ぶつかり合った瞬間、鋭い金属音が連続して響いた。
「くっ……!?」 「重い……!」
第二の打ち込みが、ヴァルハイドたちの盾と刃にことごとく受け止められる。
押し返されるのは第二側だった。突撃の勢いそのものが、硬い壁に激突したかのように殺される。
(強い……強いと聞いていたけど、ここまでなんて……)
レティシアは剣を構え直す。
第一の強さは噂で知っていた。だが、実際に刃を交えて突きつけられたのは、純粋な戦闘能力だった。
「がはは! どうした第二! 腰が入ってねえぞ!」
大槌を豪快に振り回すのは、第一の最古参騎士カイドウだった。
三人同時に打ちかかった第二の騎士を、分厚い柄で軽々と受け流し、直後に懐へ踏み込んで巨躯の体当たりでまとめて弾き飛ばす。
(この人……この実力で団員なんて嘘でしょ?)
その隣では、副団長のエレクが淡々と剣を振っていた。
無駄のない最小限の動作。第二の刺突をわずかにかわし、剣を叩き落とす。
そして、その奥。
ヴァルハイドが動く。ただそれだけで、群がる第二の騎士たちが次々と武器を弾かれ、体勢を崩されて倒れていく。
(誰も……かすらせることすらできないなんて……)
レティシアは息をのむ。
これほどの実力者たちが、どうしてこの男の下に揃っているのか。
場外のテント前で、ラーゼンが手元を動かしながら、ヴァルハイドの立ち回りをじっと見つめていた。
「そこまで!」
ヴァルハイドの声が響き、訓練場に静寂が戻った。
呼吸を乱した第二の騎士たちが倒れ込み、第一の騎士たちが静かに武器を収める。
「がはは! ヴァル、お前また加減しやがったな!」
カイドウが巨体を揺らし、ヴァルハイドの肩を力任せに叩く。
「カイドウ殿。ヴァルハイド様です」
即座にエレクが咎める。
「がはは! まぁいいじゃねーか!」 「よくありません」
「……放っておけ、エレク」
ヴァルハイドが穏やかな表情で歩き出す。
すれ違いざま、ヴァルハイドの視線がレティシアへ向いた。
「……踏み込みの際、左肘がわずかに開いている。癖を直せ」
それだけ言い残し、ヴァルハイドは立ち去る。
レティシアは自分の左腕を見た。
あれだけの人数を相手にしながら、こちらの動きまで見られていた。
その時——。
「伝令! 伝令ッ!」
訓練場の扉が激しく開かれ、汗だくの騎士が飛び込んできた。
「領内南の海岸線に、オーレイン帝国軍と思われる武装部隊の上陸を確認! 規模、一個小隊程度!」
場の空気が一変し、凍りつく。
先ほどまで笑っていたカイドウの顔から笑みが消え、エレクが即座にヴァルハイドの脇へ移動する。
「……第一、出るぞ」
ヴァルハイドの低い声が響く。
エレノアも振り返った。
「第二も続きます!」
二つの騎士団が、同時に動き出した。
◆
オルデニア聖王国、南部海岸線。
潮風が吹き抜ける街道沿いに、第一・第二聖騎士団が陣を敷いていた。
木々が途切れる平原に、異国風の装甲を纏った一隊が布陣している。
波打ち際から少し離れた沖合には、中型艦が漂っていた。
「……間違いないわ。オーレイン帝国の正規兵よ」
エレノアが単眼鏡を覗き込み、低く呟く。
「外国の正規軍が無断で……意図的な領土侵犯よ」
「待て」
ヴァルハイドが短く制する。
やがて、帝国側の指揮官と思われる男が、数名の護衛を連れて前へ進み出てきた。
ヴァルハイドとエレノアも前線へ歩み出る。
「我々はオーレイン帝国第三遠征艦隊所属」
帝国側指揮官は無表情のまま口を開いた。
「航行中に嵐に遭い、艦の主柱が破損した。修理と水・食料の補給のため、一時的に救援上陸を行っている。準備が整い次第、直ちに離脱する。貴国への敵対意思はない」
「都合の良い戯言を」
エレノアの瞳が冷たく冴える。
「船の修理と言うなら、なぜ兵の一部が補給物資を取りに内陸へ向かっているの? 隊列も一切崩れていない。即時武器を捨て、身柄を拘束させなさい。拒否するならば制圧します」
「拘束など受け入れられん。我々は遭難者だ。無抵抗の帝国兵を拘束すれば、それこそ両国間の重大な外交問題となるぞ」
押し問答が続く。
レティシアは手綱を握り直し、隣のヴァルハイドを見た。
ヴァルハイドの視線は、帝国側の陣形、兵の表情、足元を細かく往復している。
(……変だわ)
レティシアも違和感を覚え始めていた。
包囲されているにもかかわらず、帝国兵たちの顔に焦りがない。それどころか、こちらの反応を品定めするようにじっと窺っている。
「……妙だな」
ヴァルハイドが低く呟いた。
「ヴァルハイド様?」
脇に控えるエレクが問う。
「あの規模の兵で、この国を奪えるはずがない。本気で攻めるなら兵が少なすぎる。……かと言って、遭難者の落ち着きでもない」
ヴァルハイドは短く指示を出した。
「第一、剣を抜くな。絶対にこちらから仕掛けるな」
「了解しました」
エレクが即座に合図を送り、第一聖騎士団の刃が鞘に収まる。カイドウも無言で頷き、大槌を地面に突いた。
帝国兵の手が腰の剣にかかる。
そのうちの一人が、一歩前へ踏み出した。
「止まりなさい!」
エレノアが鋭く警告する。
だが、帝国兵の足は止まらない。そのまま街道の奥、民間地域のある内陸側へと歩みを進める。
End_is_Zéro_Project




