第18話 同じ旗の下で【後編】
だが、帝国兵の足は止まらない。そのまま街道の奥、民間地域のある内陸側へと歩みを進める。
止まらなければ、領土と民が脅かされる。
エレノアは固く唇を噛み、剣を抜き放った。
「……制圧します。第二、前へ!」
「だめだ、エレノア!」
ヴァルハイドの制止は届かない。
第二聖騎士団の騎士たちが一斉に疾走し、双方の刃が激しくぶつかり合った。
澄んだ金属音が平原に響き渡る。
「——オルデニア聖王国軍による、我が帝国正規兵への武力行使を確認」
帝国側指揮官は表情一つ変えず、淡々と指示を出した。
「記録せよ。これより防衛戦闘へ移行する」
「くそっ……やられた」
ヴァルハイドが大剣を握りしめた。
「第一、前衛の第二を援護! 陣を崩すな!」
ヴァルハイドの怒号が飛ぶ。
「第二、隊列を戻して! 突出しないで!」
エレノアが第二の全軍へ指揮を飛ばす。
「カイドウ、第二の左翼を支えろ!」
「おうよッ!」
「エレク、右側の隙間を埋めろ!」
「了解しました!」
別々に飛ぶ二つの指示。
しかし、ヴァルハイドは戦場全体を見て、手薄な場所へ的確に人員を配置していく。
(この人は……第一だけを見ていない)
レティシアは息を呑みながら剣を振るう。
「レティシア! 戦闘中だ、集中しろ!」
エレクがレティシアに声を飛ばす。
(くっ……兄様の前でこんな無様な姿を……)
ヴァルハイドの一撃が敵の前衛を弾き飛ばし、帝国部隊の連携が崩れた。
(この人が……第一聖騎士団長……)
「こんなもんだろう。よし! ……引き上げる。ボートへ戻れ」
帝国側の指揮官が合図を出す。
敵は無理に戦線を維持することなく、整然とした足取りで浜辺の小舟へと後退を開始した。
「追いなさい! 逃がしては——」
「追うなッ!!」
「ヴァルハイド卿! しかしっ……」
ヴァルハイドの鋭い声がエレノアの言葉を遮った。
「これ以上深追いすれば、完全に奴らの描いた筋書きに乗ることになる! 引き上げだ!」
静まり返る海岸線。
小舟で沖合の艦へと戻っていく帝国兵を見つめ、エレノアが小さく肩を揺らした。
「……何だったの、あいつらは」
ヴァルハイドは大剣を鞘に収め、冷めた目で海を見つめている。
「俺たちに勝つ必要なんてなかったんだ」
「……え?」
レティシアが聞き返す。
「俺たちに剣を抜かせれば、それでよかったんだ」
◆
夕闇が迫る海岸線。
波音だけが響く浜辺で、第一と第二の騎士たちが回収した武具を運び、傷ついた互いの身体を支え合っていた。
レティシアもまた、血で汚れた甲冑をさすりながら、負傷した部下に肩を貸して歩いていた。
その視界の端を、木箱を抱えたラーゼンが慌てて駆け抜けていく。
「ヴァルハイド卿!」
血の匂いを漂わせるヴァルハイドの背中に、ラーゼンが追いついた。
破れた外套の隙間から覗く深い傷を見咎め、無理やりその腕を掴む。
「……傷が深いです。すぐに手当てを」
「俺は後でいい。向こうの重傷者を先に見てやってくれ」
ヴァルハイドは腕を振り払い、足を踏み出そうとする。
「ですが、その傷では——」
「すまない、ラーゼン司祭。だが、頼む」
ヴァルハイドの頑固さに、ラーゼンは呆れる。
「はぁ……まったく。貴方という方は」
優しい笑みを浮かべ、ラーゼンは木箱を抱え直し、重傷者のもとへ走っていった。
「重傷者は私が診ます! 治療班は優先順位を付けてください」
ラーゼンは的確に指示を飛ばしながら、自らも重傷者の治療に当たる。
レティシアがその光景から目を切ると、少し先で立ち尽くすエレノアの背中が映った。
波打ち際に残された、小舟の引き痕を見つめている。
歩み寄ってきたヴァルハイドが、その横を通り過ぎようとした。
「……私が、剣を抜かせたのか」
青ざめた顔で、エレノアの声が落ちる。
「お前のせいではない」
ヴァルハイドは足を止めず、短く返した。
「あの状況なら、俺でも制圧命令を出す。問題はそこじゃない」
ヴァルハイドの背中が遠ざかる。
エレノアは海を見つめたまま、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「……気に入らないわね」
◆
馬車へ武具を積み込む音が響く中、少し離れた日陰から声が聞こえた。
「ヴァル」
座り込んで手当てを受けているカイドウが、通りかかるヴァルハイドへ声をかける。
「カイドウ殿。ヴァルハイド様です」
隣で同じように手当てを受けているエレクが、即座に咎めた。
「……今それ言うか?」
「今だからです」
「……勝手にしろ」
ヴァルハイドの呆れた声が通り過ぎ、二人の短く殺伐とした笑い声が交差する。
部下を馬車へ預け終えたレティシアは、深く息を吐いた。
手綱を引き、一人で馬を歩かせるヴァルハイドの背中へ歩み寄る。
「……ヴァルハイド様」
ヴァルハイドが立ち止まる。
レティシアは一瞬だけ口をつぐみ、それからまっすぐにその背中を見た。
「……今度、第一聖騎士団の訓練に参加してもいいですか?」
風が吹き抜け、波音が二人を包む。
【第二章 あの日の続き】 完
最後までお読みいただきありがとうございました。
これにて、第二章『あの日の続き』は一区切りとなります。
蒼汰たちの物語には、まだ続きがあります。
この先も読んでみたいと思っていただけましたら、何か一つ反応を残していただけると嬉しいです。
皆さまからの反応を参考に、第三章の公開を考えたいと思います。
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