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第16話 もう一度、剣を

翌朝。


「ヴァルハイドさんが……戻ってきたんですか?」


思わず手が止まる。


「ああ、おうよぉ」


ゴーノさんが腕を組み、難しい顔で頷いた。


「あの黒いのが、あんなにやられるとはなぁ。いったいどんな野郎だぁ?」


「…………」


嘘だ。


あの人が、そんな――。


ヴァルハイドさんの強さは、僕がこの目で見てきた。


山賊も、教会の兵士も。


僕にはどうすることもできなかった相手を、圧倒してきた人だ。


物語に出てくる英雄みたいなヴァルハイドさんが、傷だらけで戻ってきた?


「おう、ソウタぁ」


「……はい?」


「おめぇ、見に行ってやれぇ」


「……いいんですか?」


「そんな顔で仕事できるわけねぇだろぉ。仕事なめんなぁ」


ゴーノさんは僕から顔を背けると、面倒くさそうに鼻を鳴らした。


「……ありがとうございます!」


「礼はいいから、さっさと行けぇ!」


僕は頭を下げ、そのまま走り出した。


ヴァルハイドさんがいるという、街の医療院へ向かっていった。


街の医療院へ駆け込むと、薬草の匂いが鼻をついた。


奥の寝台に、見慣れた姿がある。


「うーん……参りましたねぇ」


医者のヴェリック先生が、傷を確認しながら眉を寄せた。


重甲冑は外され、ヴァルハイドさんの身体にはいたるところに包帯が巻かれている。


「私では、これ以上は……。しかし、どうして奇跡で回復しないのでしょう……」


「…………」


傍らに座るレティシアさんも、腕や額に包帯を巻いていた。


「……ふん。これくらい問題ない」


寝台の上で、ヴァルハイドさんが鼻を鳴らす。


「ばっかじゃないの!」


レティシアさんが怒鳴りつけた。包帯を巻いた腕を膝に叩きつけ、そのままヴァルハイドさんを睨みつける。


「そんなんだから出し抜かれたんでしょ! 少しは反省しなさいよ!」


「……うるさい」


「うるさいじゃない!」


「……ヴァルハイドさん?」


僕の声に、二人が振り向く。


「……なんだ、小僧」


いつもの低い声。


だけどその姿は、僕の知っている圧倒的なヴァルハイドさんとはあまりにも違っていた。


「その傷は……レティシアさんも……」


「いやぁ、ヴァルがバカやっちゃってさ」


レティシアさんが困ったように笑う。


「黙れ」


「はいはい」


ヴェリック先生が二人の傷をもう一度確認し、静かに息を吐いた。


「とにかく、薬草と薬で応急処置をします」


「無駄だ」


ヴァルハイドさんが吐き捨てる。


「どうせ効かん」


「しかし、その身体では放っておくわけにはいきません」


「ヴェリック先生!」


僕は思わず声を上げた。


「何とかならないんですか?」


「…………」


ヴェリック先生はしばらく黙り込み、やがて重い口を開く。


「……街外れに住む魔術士なら、もしや……」


「え?」


レティシアさんが顔を上げた。


「しかし……」


「僕、行きます」


「ソウタ?」


「場所を教えてください」


「小僧、余計なことはしなくていい」


ヴァルハイドさんの低い声が飛んでくる。


「だけど!!」


「必要ない」


「そんな傷で何言って――」


ゴッ。


「っ!!」


レティシアさんの拳が、ヴァルハイドさんの肩に叩き込まれた。


「レティ、お前……何を……」


「ちょっと黙ってて」


「…………」


レティシアさんはヴァルハイドさんを無視し、ヴェリック先生へ向き直った。


さっきまでの軽さが、その表情から完全に消えている。


「ヴェリック先生」


「は、はい」


「さっき『しかし』って言いましたよね? 何かあるってことですね?」


ヴェリック先生は、すぐには答えなかった。


「私も、詳しくは知らないのですが……」


少し思案するように顎へ手を当てる。


「魔術には、奇跡をも超える秘薬の精製法があると聞いたことがあります」


「秘薬……?」


「ええ。ただ……そういった研究をしている魔術士には、少々変わり者が多いと言いますか……」


「よし!」


レティシアさんが勢いよく立ち上がった。


「行くよ、ソウタ!」


「はい!」


「余計なことを……」


寝台からヴァルハイドさんの低い声が響く。


レティシアさんが振り返った。


ゴッ!!


「ぐっ……!!」


今度は拳が、ヴァルハイドさんの腹にめり込んだ。


「お、お前……いい加減に……!」


ヴァルハイドさんが腹を押さえて身体を丸める。


「怪我人になんてことを……! それに、あなただって怪我人なんですよ!」


ヴェリック先生が慌てて駆け寄った。


「私はまだ動けるので! どこかの黒いのと違って、奇跡だって効くし」


レティシアさんは胸を張ると、寝台で悶えるヴァルハイドさんを指さした。


「……貴様」


「なによ?」


ヴァルハイドさんとヴェリック先生は何も言えず、揃って顔を背けた。


ヴェリック先生から魔術士の居場所を聞き、僕たちは医療院を出た。


外へ出ると、レティシアさんが足を止める。


「ソウタ」


「はい?」


「あなた、本当にいいの?」


さっきまでとは違う、真剣な声だった。


「最悪の場合――」


そこで言葉を切り、僕の顔をじっと見つめてくる。


「……って、そんなこと言って引き下がる顔してないわね」


「大丈夫です! ……って言えたら、格好いいんですけどね」


レティシアさんは僕を見つめたまま、ふと目を細めた。


「……それにしても、あなた」


「え?」


視線が僕の肩から腕へと落ちる。


「ずいぶんと身体つき、変わったわね」


「あ……仕事で重いものを運んでるので」


「ふーん」


レティシアさんが僕の腕を軽く掴んだ。


「ちゃんと働いてたみたいね」


「……毎日やってましたから」


「前よりかはずっとマシ」


「それって、褒めてます?」


「ちゃんと褒めてるじゃない」


そう言って、レティシアさんは腰に手を伸ばす。


「だったら――これ、貸してあげる」


差し出されたのは、一振りのロングソードだった。


「…………」


鞘に収まった剣を見た瞬間、身体が強張った。差し出されたそれから目を離せないまま、伸ばしかけた手が途中で止まった。


手のひらに、嫌な汗が滲む。


あの重さを知っている。


あの感触も。


――これで、何人も人を斬って、殺したんだ。


「ソウタ」


レティシアさんの声に顔を上げる。


「今なら、まだ引き返せるわよ?」


「…………」


「あなたには、美桜もいるし」


「……そうですよね」


昨日、川辺で聞いた美桜の言葉が頭をよぎる。


――もう一度、告白していい?


胸の奥が、少しだけ痛んだ。


「だけど……」


もう一度、目の前の剣を見る。


怖い。


それは今でも変わらない。


「ヴァルハイドさんたちに、救ってもらったことは変わりません」


目の前の剣に視線を戻す。


怖くないなんて、言えない。


本当に僕自身がヴァルハイドさんを助けたいのか、自分でもわからない。


それでも、ここで何もしないまま待っているのは嫌だった。


柄を握る手に、少しだけ力を込める。


「僕は行きますよ」


「…………」


レティシアさんはしばらく僕を見つめ、小さく息を吐いた。


「……そう」


僕は差し出されたロングソードを受け取った。


ずしりとした重さが、手の中に伝わる。


「でも……」


ずっと気になっていたことを口にする。


「ヴァルハイドさんたちが、あそこまで……いったい、誰が?」


細められた目が、僕ではないどこかを見つめる。


さっきまでの柔らかさが消える。


「……エレノア」


「エレノア?」


「聖騎士団の団長よ」


吐き捨てるような声だった。


「あの性悪女……」


レティシアさんの拳が、ぎゅっと握られる。


「次に会ったら……絶対にボコってやる!」


「…………」


……めちゃくちゃ怒っている。


とりあえず、今は目を合わせないでおこう。

End_is_Zéro_Project

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