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第14話 当たり前になった日々

教会での騒動が起きて、あれから二か月が経っていた。


「蒼汰~! お弁当!」


聞き慣れた声に振り返ると、美桜が手を振りながら、包みを片手に歩いてくる。


「ああ、ありがとう」


「いいなぁ、ソウタ。またミオちゃんからの愛妻弁当かい?」


近くで休憩していた作業仲間が、にやにやしながら口を挟む。


「あ、愛妻っ!? そ、そんなんじゃないですってばぁ~」


美桜の顔が一気に赤くなった。


「ねー、みんな勘違いしてくるよねー」


僕が笑って否定すると、美桜の顔からすっと赤みが引いていく。


「…………」


「……美桜?」


「はぁぁん?」


なんだよ?なんで急に機嫌が悪くなるんだよ。


ヴァルハイドさんとレティシアさんは、もうこの街にはいない。


二人が去ってからも、僕は建設の仕事を続けている。


美桜も今でもカラネコ食堂を手伝うようになり、昼になるとこうして弁当を届けてくれるようになった。


――ヴァルハイドさんたち、元気かな。


「しかしお前、最近ガタイ良くなったよな」


作業仲間の男が僕の肩から腕へと視線を向ける。


「最初ここに来たときは細すぎてよぉ。こんなキツイ仕事続くのかって、みんな心配してたんだぞ」


「え、そうだったんですか?」


毎日働いているせいか、自分ではあまり実感が湧かない。


「ホントだー」


美桜が弁当を渡したまま、僕の腕をじっと見つめてくる。


「蒼汰、また腕太くなってない?」


「そうかな?」


「うん、体つきも変わってきてる。へ~やっぱ男の子なんだね」


美桜の視線が、肩から胸元へと移った。


「…………」


「何?」


「いや……昔の蒼汰と全然違うなぁって」


「重いものを持つからかな」


「じゃあ、あたしも筋トレしよっかな。また何かあるかもだし!」


「あっ……」


美桜の笑顔が消える。開きかけた口を閉じ、気まずそうに視線を落とした。


「ごめん、蒼汰が悪いって言ってるわけじゃ……」


「大丈夫だって」


僕は笑って首を振った。


「美桜には感謝してる」


「……蒼汰」


教会での一件が脳裏をよぎる。


あのとき捕らえられ、何もできないまま閉じ込められていた僕を助けに来てくれたのは、ここで一緒に働いていたみんなだった。


あの一件が片付いてしばらくして、ヴァルハイドさんとレティシアさんは街を出た。


何をしに行くのか、詳しいことは聞いていない。


それから僕は、またここで働き始めた。


朝起きて、仕事をして、昼になれば美桜が弁当を持ってやってくる。


気づけば、そんな毎日が当たり前になっていた。


「ソウタァ、おめぇ、えらい慣れてきたなぁ。手際もいいしよぉ」


ひときわ大きな声を掛けられ、振り返る。


「ありがとうございます、社長」


「社長はやめろって言ってるだろぉ。ゴーノでいいわぁ」


「でも、社長は社長じゃないですか」


「ったく、堅ぇなぁ、おめぇは」


ゴーノさんは呆れたように笑った。


「じゃね蒼汰! あたしも戻るよ。がんばってねー!」


「美桜もな!」


仕事場を離れていく美桜の背中に声を掛ける。


「カラネコ食堂のアンネさんにも、ありがとうって言っといて!」


「はーい!」


美桜は振り返って大きく手を振ると、人混みの中へ消えていった。


夕方。


一日の仕事を終えてカラネコ食堂へ戻ると、店の前でアンネさんが忙しそうに行き来していた。


「あら、ソウタ!」


僕に気づくなり、アンネさんは腰に手を当てる。


「あんた、ちゃんと食ってるかい! 若いんだから遠慮しちゃいかんよ!」


「アンネさん、いつもありがとうございます」


「礼なんかいいから、しっかり食べな!」


「蒼汰ー! こっちこっち!」


店の奥から美桜が顔を出した。


「ご飯用意してるよ!」


「今行く!」


今では美桜も、この食堂の仕事にすっかり馴染んでいる。


僕は建設屋の仕事をして、美桜はここで働く。


そんな生活が、いつの間にか僕たちの日常になっていた。


向かい合って夕食を食べながら、しばらく他愛もない話を交わす。


ふと、前から気になっていたことを思い出した。


「そういえば、美桜」


「ん?」


「美桜はこの世界に来たとき、この街の近くにいたんだよな?」


「うん」


美桜の手が止まる。


「あたしも、川に落ちて――」


「川に?」


「うん。蒼汰が落ちたあと、あたしも川に落ちて……気がついたら知らない川の中。もう何がなんだか分かんなくてさ」


美桜は困ったように笑った。


この世界に来た経緯は前にも少し聞いたが、僕が橋から落ちた直後に何があったのかまで、詳しく聞いたことはなかった。


「そういうのマジでやめろよ?」


「……うん。ごめん」


美桜の表情が、ほんの少しだけ和らぐ。


「蒼汰は山賊のアジトだっけ?」


「うん」


「なにそれ?クソテンプレじゃん」


「……それは僕も思った」


「でも――」


美桜が箸を置き、視線を落とす。肩が小刻みに震えている。


「無事で……本当に、無事でよかった」


「…………」


しばらく、どちらも何も言わなかった。


美桜は、僕がどうやって山賊のアジトから逃げ出したのかを聞いてこない。


僕も、話していない。


だけど――。


僕は、何人も人を殺している。

End_is_Zéro_Project

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