第13話 見ているだけなんて嫌だ
教会の奥から、規則正しい足音が近づいてくる。
扉から溢れる白い光の中に、一つの影が浮かび上がった。
金と白の法衣を纏った男。その後ろには、白銀の甲冑を着た兵士たちが並んでいる。
「一年ぶりでしょうかねぇ、ヴァルハイド卿」
男は目を細め、笑みを浮かべた。
「まさか噂通り、本当に黒騎士として落ちぶれているとはねぇ……まあ、先ほどので十分に確認させていただきましたが」
私を片腕で抱えていたヴァルハイドさんの身体が、わずかに強張った。
「ラーゼン……貴様、大司教にまで成り上がっていたか」
「え……?」
知り合いなのだろうか。ヴァルハイドさんは私をレティシアさんへ預けると、大剣を手に一歩前へ出た。
「まあ、そうお怒りになるとは思っていましたよ」
ラーゼンと呼ばれた男は、笑みを崩さない。
「ですが――本当にいいのですか?」
細められた目が歪む。
「あの少年が、どうなっても」
「……っ!」
「蒼汰……!?」
考えるより先に、身体が前へ出た。
「蒼汰をどうしたの! どこにいるの!?」
ラーゼンが、初めて私を見る。
その視線が、頭から足元までゆっくりと動いた。
「ほう……?」
男の口元が吊り上がる。
「珍しい人種ですねぇ。我が館で奴隷として弄ぶには、ちょうどいい」
背筋がぞわっとした。吐き気がする。
それでも。
「ふ、ふざけないでよっ!」
膝が震える。声も裏返りそうになる。
それでも目を逸らさず、ラーゼンを睨み返した。
「あたしは蒼汰を返せって言ってるの! 言葉、理解できる!?」
一瞬、聖堂が静まり返った。
すぐ隣から声がした。
「へぇ~……」
レティシアさんが、楽しそうに口元を緩める。
「やるじゃん」
ラーゼンの笑みが消えた。
「……随分と威勢のいい小娘ですねぇ」
その視線が私から外れ、ヴァルハイドさんへ向く。
「ヴァルハイド卿。あの少年を無事に返してほしいのであれば――」
「ラーゼン!」
低い怒号が聖堂に響いた。
ヴァルハイドさんの手が、大剣の柄へ伸びる。
「小僧をどこにやった」
「ほぅ……」
ラーゼンが目を細める。
「貴方のような冷血漢が、子供の心配などをなさるとは」
「答えろ」
「怖い怖い」
そう言いながらも、ラーゼンは笑っていた。
「ですが――少しでも抵抗したり、私に攻撃を仕掛けたりすれば……あの少年がどうなるか。理解はできていますか?」
「…………」
ヴァルハイドさんの動きが止まった。
大剣の柄にかけた手も、そのまま動かない。
(蒼汰を……人質にしてる……!?)
ラーゼンが満足そうに頷く。
「物分りがよくて助かりますよ」
ラーゼンが胸元から、小さな銀の紋章を取り出した。
「では――」
それを頭上へ掲げる。
直後、床の隙間から白い光が噴き出した。
「なっ……!?」
何本もの白い光の鎖が床を這い、ヴァルハイドさんの両腕、両脚、黒い重甲冑へ絡みつく。
「ぐぅっ……!?」
鎖が触れた重甲冑から、バチバチと音を立てて黒い煙が上がる。
「ヴァル!」
レティシアさんが叫ぶ。
ヴァルハイドさんが力任せに鎖を引く。そのたびに白い光が強まり、さらに身体を締め上げていく。
ラーゼンは笑いながら、それを見下ろしていた。
「首尾よく這いつくばっているようで何よりです」
「ぐっ……ラーゼン……!」
「ですが、これ以上汚らわしい噂を街に撒き散らされては困るのですよ」
ヴァルハイドさんが顔を上げる。
「ラーゼン!! 貴様の犯した罪は、決して許されるものではないっ!」
「あはは!」
ラーゼンの高笑いが聖堂に響く。
「黒騎士という大層な二つ名の割には、案外脆いですねぇ!」
白い鎖がさらに締まり、鎧の隙間から血が滲む。
「かつて誇り高き『聖騎士団長』だった頃の威厳は、一体どこへ捨ててきたのですか!」
「貴様……」
ヴァルハイドさんが歯を食いしばる。
「どこまで腐り果てれば気が済む……!」
ラーゼンは答えず、ただ笑っていた。
私は動けなかった。
背中を汗が伝う。
怖い。
ヴァルハイドさんは鎖に縛られている。レティシアさんの前にも、兵士たちが武器を構えて立ち塞がっていた。
(でも……)
両手を強く握りしめる。
(でも……このまま見ているだけなんて、絶対に嫌だ……!)
レティシアさんが、滑るように一歩前へ出た。
それに合わせて、兵士たちが一斉に動いた。
「邪魔」
レティシアさんが踏み込む。
先頭の男の懐へ滑り込み、細身の剣を甲冑の隙間へ突き込む。男が膝から崩れた。
「囲め! 殺せ!」
残りの兵士たちがレティシアさんへ群がっていく。
その間も、ヴァルハイドさんは黒い煙を上げながら鎖に縛られたままだ。ラーゼンは笑っている。
(今なら――)
武器もない。戦ったことだってない。
でも――。
(ヴァルハイドさんが……蒼汰を助けようとしてる)
床を蹴った。
「うわぁぁぁぁっ!」
ラーゼンが振り向く。
「は?」
その顔めがけて、握りしめた右拳を思いきり振り抜いた。
「――っ!」
ゴツン、と硬い感触が拳に返ってくる。
ラーゼンの顔が横へ弾けた。
「…………」
聖堂が静まり返った。
私も、拳を握ったまま固まった。
(い、痛ったぁぁ……!!)
ラーゼンが、ゆっくりと顔を戻す。さっきまでの笑みは消えていた。
「こ……小娘ぇぇぇ……」
頬を押さえ、目を見開いている。
「わ、私の顔に……なんて真似を……!」
怖い。でも、もう引く気はなかった。
「うっせぇ!」
声を張り上げる。
「ばーか! キモいんだよっ!」
「き、貴様ぁぁぁぁ!!」
「あははははっ!」
レティシアさんの笑い声が響いた。
敵の剣をかわしながら、こちらへ親指を立てている。
「ミオ、最高! あんた度胸ありすぎ!」
そのまま、鎖に繋がれたヴァルハイドさんを見る。
「比べてヴァル~? いつまで遊んでるの?」
「ふん」
低い唸り声が響く。
「こんな光の玩具、何の問題もない」
ヴァルハイドさんが、両腕に巻きついた鎖を掴む。
「うおぉぉぉぉっ!!」
バチバチと火花と黒い煙を散らし、白い鎖が軋み始める。
「うおぉぉぉぉっ!!」
破砕音とともに、白い鎖が弾け飛んだ。
砕けた鎖が、光の粒になって消えていく。
「なっ……!?」
ラーゼンの顔が引きつる。
ヴァルハイドさんが、黒い煙の中で立ち上がる。
「貴様……よくもぉぉ……!」
ラーゼンが私を睨みつける。
「あの小僧を殺してやる! 今すぐ殺して刻んでやるからな!!」
「っ……!」
蒼汰――!
その瞬間だった。
教会の扉が、ものすごい勢いで外から開いた。
「――あぁ~? 誰が誰を殺すってぇ?」
聞き覚えのある大声が聖堂に響いた。
振り返る。入口に立っていたのは、蒼汰の働いている建設屋の親方だった。
その後ろには、大柄な男たちが何人も並んでいる。
「ウチの貴重な若い手を、ずいぶん可愛がってくれたらしいじゃねぇかぁ!」
「……え?」
男たちの間から、一人の少年が顔を出した。
「…………」
一瞬、息が止まった。
「蒼汰……?」
蒼汰も、目を見開いている。
「……美桜!」
「蒼汰ぁぁ!」
床を蹴って走った。
「蒼汰! 蒼汰、蒼汰ぁ!」
目の前まで駆け寄り、その服を強く掴む。
本当にいる。
全身から力が抜けて、涙が溢れた。
「蒼汰ぁ……っ!」
「……美桜。無事だったんだな」
「良かった……ほんとに、良かった……っ」
それしか言葉が出なかった。
「くっ……!」
ラーゼンが後ずさる。
ヴァルハイドさん、レティシアさん、そして入口を塞ぐ建設屋の人たちを見回す。
「私は一旦撤退します。全員でここを死守し、時間を稼ぎなさい!」
「し、しかし……我々の戦力では……」
兵士が口ごもる。ラーゼンの目が細くなる。
「ほう? 大司教である私の命に従えぬと?」
「と、とんでもありません! 神のご加護を!」
兵士たちが武器を構え直す。その隙に、ラーゼンは奥の扉へ姿を消した。
「あーあ。ラーゼン、逃げちゃったね」
レティシアさんが剣を振り、刃についた血を払う。
「ふん」
ヴァルハイドさんが大剣を肩に担ぐ。
「逃げたところで無駄だ。必ずその首を跳ねる」
「おらぁ! この甲冑野郎を押さえろ!」
「ダメです親方、こいつまだ暴れます!」
「三人で行け、三人で取り押さえろ!」
「ちょ、親方! そっちのデカいの上から乗っかってください!」
「バッカヤロォ! 自分の相手くらい自分で押さえ込めぇ!!」
「…………」
さっきまで武器を振り回していた兵士たちが、建設屋の人たちに次々と取り押さえられていく。
私は涙を袖で拭いながら、その光景を見ていた。
(なんか――)
(建設屋の人たち、めちゃくちゃ強い)
End_is_Zéro_Project




