↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/9

第13話 見ているだけなんて嫌だ

教会の奥から、規則正しい足音が近づいてくる。


扉から溢れる白い光の中に、一つの影が浮かび上がった。


金と白の法衣を纏った男。その後ろには、白銀の甲冑を着た兵士たちが並んでいる。


「一年ぶりでしょうかねぇ、ヴァルハイド卿」


男は目を細め、笑みを浮かべた。


「まさか噂通り、本当に黒騎士として落ちぶれているとはねぇ……まあ、先ほどので十分に確認させていただきましたが」


私を片腕で抱えていたヴァルハイドさんの身体が、わずかに強張った。


「ラーゼン……貴様、大司教にまで成り上がっていたか」


「え……?」


知り合いなのだろうか。ヴァルハイドさんは私をレティシアさんへ預けると、大剣を手に一歩前へ出た。


「まあ、そうお怒りになるとは思っていましたよ」


ラーゼンと呼ばれた男は、笑みを崩さない。


「ですが――本当にいいのですか?」


細められた目が歪む。


「あの少年が、どうなっても」


「……っ!」


「蒼汰……!?」


考えるより先に、身体が前へ出た。


「蒼汰をどうしたの! どこにいるの!?」


ラーゼンが、初めて私を見る。


その視線が、頭から足元までゆっくりと動いた。


「ほう……?」


男の口元が吊り上がる。


「珍しい人種ですねぇ。我が館で奴隷として弄ぶには、ちょうどいい」


背筋がぞわっとした。吐き気がする。


それでも。


「ふ、ふざけないでよっ!」


膝が震える。声も裏返りそうになる。


それでも目を逸らさず、ラーゼンを睨み返した。


「あたしは蒼汰を返せって言ってるの! 言葉、理解できる!?」


一瞬、聖堂が静まり返った。


すぐ隣から声がした。


「へぇ~……」


レティシアさんが、楽しそうに口元を緩める。


「やるじゃん」


ラーゼンの笑みが消えた。


「……随分と威勢のいい小娘ですねぇ」


その視線が私から外れ、ヴァルハイドさんへ向く。


「ヴァルハイド卿。あの少年を無事に返してほしいのであれば――」


「ラーゼン!」


低い怒号が聖堂に響いた。


ヴァルハイドさんの手が、大剣の柄へ伸びる。


「小僧をどこにやった」


「ほぅ……」


ラーゼンが目を細める。


「貴方のような冷血漢が、子供の心配などをなさるとは」


「答えろ」


「怖い怖い」


そう言いながらも、ラーゼンは笑っていた。


「ですが――少しでも抵抗したり、私に攻撃を仕掛けたりすれば……あの少年がどうなるか。理解はできていますか?」


「…………」


ヴァルハイドさんの動きが止まった。


大剣の柄にかけた手も、そのまま動かない。


(蒼汰を……人質にしてる……!?)


ラーゼンが満足そうに頷く。


「物分りがよくて助かりますよ」


ラーゼンが胸元から、小さな銀の紋章を取り出した。


「では――」


それを頭上へ掲げる。


直後、床の隙間から白い光が噴き出した。


「なっ……!?」


何本もの白い光の鎖が床を這い、ヴァルハイドさんの両腕、両脚、黒い重甲冑へ絡みつく。


「ぐぅっ……!?」


鎖が触れた重甲冑から、バチバチと音を立てて黒い煙が上がる。


「ヴァル!」


レティシアさんが叫ぶ。


ヴァルハイドさんが力任せに鎖を引く。そのたびに白い光が強まり、さらに身体を締め上げていく。


ラーゼンは笑いながら、それを見下ろしていた。


「首尾よく這いつくばっているようで何よりです」


「ぐっ……ラーゼン……!」


「ですが、これ以上汚らわしい噂を街に撒き散らされては困るのですよ」


ヴァルハイドさんが顔を上げる。


「ラーゼン!! 貴様の犯した罪は、決して許されるものではないっ!」


「あはは!」


ラーゼンの高笑いが聖堂に響く。


「黒騎士という大層な二つ名の割には、案外脆いですねぇ!」


白い鎖がさらに締まり、鎧の隙間から血が滲む。


「かつて誇り高き『聖騎士団長』だった頃の威厳は、一体どこへ捨ててきたのですか!」


「貴様……」


ヴァルハイドさんが歯を食いしばる。


「どこまで腐り果てれば気が済む……!」


ラーゼンは答えず、ただ笑っていた。


私は動けなかった。


背中を汗が伝う。


怖い。


ヴァルハイドさんは鎖に縛られている。レティシアさんの前にも、兵士たちが武器を構えて立ち塞がっていた。


(でも……)


両手を強く握りしめる。


(でも……このまま見ているだけなんて、絶対に嫌だ……!)


レティシアさんが、滑るように一歩前へ出た。


それに合わせて、兵士たちが一斉に動いた。


「邪魔」


レティシアさんが踏み込む。


先頭の男の懐へ滑り込み、細身の剣を甲冑の隙間へ突き込む。男が膝から崩れた。


「囲め! 殺せ!」


残りの兵士たちがレティシアさんへ群がっていく。


その間も、ヴァルハイドさんは黒い煙を上げながら鎖に縛られたままだ。ラーゼンは笑っている。


(今なら――)


武器もない。戦ったことだってない。


でも――。


(ヴァルハイドさんが……蒼汰を助けようとしてる)


床を蹴った。


「うわぁぁぁぁっ!」


ラーゼンが振り向く。


「は?」


その顔めがけて、握りしめた右拳を思いきり振り抜いた。


「――っ!」


ゴツン、と硬い感触が拳に返ってくる。


ラーゼンの顔が横へ弾けた。


「…………」


聖堂が静まり返った。


私も、拳を握ったまま固まった。


(い、痛ったぁぁ……!!)


ラーゼンが、ゆっくりと顔を戻す。さっきまでの笑みは消えていた。


「こ……小娘ぇぇぇ……」


頬を押さえ、目を見開いている。


「わ、私の顔に……なんて真似を……!」


怖い。でも、もう引く気はなかった。


「うっせぇ!」


声を張り上げる。


「ばーか! キモいんだよっ!」


「き、貴様ぁぁぁぁ!!」


「あははははっ!」


レティシアさんの笑い声が響いた。


敵の剣をかわしながら、こちらへ親指を立てている。


「ミオ、最高! あんた度胸ありすぎ!」


そのまま、鎖に繋がれたヴァルハイドさんを見る。


「比べてヴァル~? いつまで遊んでるの?」


「ふん」


低い唸り声が響く。


「こんな光の玩具、何の問題もない」


ヴァルハイドさんが、両腕に巻きついた鎖を掴む。


「うおぉぉぉぉっ!!」


バチバチと火花と黒い煙を散らし、白い鎖が軋み始める。


「うおぉぉぉぉっ!!」


破砕音とともに、白い鎖が弾け飛んだ。


砕けた鎖が、光の粒になって消えていく。


「なっ……!?」


ラーゼンの顔が引きつる。


ヴァルハイドさんが、黒い煙の中で立ち上がる。


「貴様……よくもぉぉ……!」


ラーゼンが私を睨みつける。


「あの小僧を殺してやる! 今すぐ殺して刻んでやるからな!!」


「っ……!」


蒼汰――!


その瞬間だった。


教会の扉が、ものすごい勢いで外から開いた。


「――あぁ~? 誰が誰を殺すってぇ?」


聞き覚えのある大声が聖堂に響いた。


振り返る。入口に立っていたのは、蒼汰の働いている建設屋の親方だった。


その後ろには、大柄な男たちが何人も並んでいる。


「ウチの貴重な若い手を、ずいぶん可愛がってくれたらしいじゃねぇかぁ!」


「……え?」


男たちの間から、一人の少年が顔を出した。


「…………」


一瞬、息が止まった。


「蒼汰……?」


蒼汰も、目を見開いている。


「……美桜!」


「蒼汰ぁぁ!」


床を蹴って走った。


「蒼汰! 蒼汰、蒼汰ぁ!」


目の前まで駆け寄り、その服を強く掴む。


本当にいる。


全身から力が抜けて、涙が溢れた。


「蒼汰ぁ……っ!」


「……美桜。無事だったんだな」


「良かった……ほんとに、良かった……っ」


それしか言葉が出なかった。


「くっ……!」


ラーゼンが後ずさる。


ヴァルハイドさん、レティシアさん、そして入口を塞ぐ建設屋の人たちを見回す。


「私は一旦撤退します。全員でここを死守し、時間を稼ぎなさい!」


「し、しかし……我々の戦力では……」


兵士が口ごもる。ラーゼンの目が細くなる。


「ほう? 大司教である私の命に従えぬと?」


「と、とんでもありません! 神のご加護を!」


兵士たちが武器を構え直す。その隙に、ラーゼンは奥の扉へ姿を消した。


「あーあ。ラーゼン、逃げちゃったね」


レティシアさんが剣を振り、刃についた血を払う。


「ふん」


ヴァルハイドさんが大剣を肩に担ぐ。


「逃げたところで無駄だ。必ずその首を跳ねる」


「おらぁ! この甲冑野郎を押さえろ!」


「ダメです親方、こいつまだ暴れます!」


「三人で行け、三人で取り押さえろ!」


「ちょ、親方! そっちのデカいの上から乗っかってください!」


「バッカヤロォ! 自分の相手くらい自分で押さえ込めぇ!!」


「…………」


さっきまで武器を振り回していた兵士たちが、建設屋の人たちに次々と取り押さえられていく。


私は涙を袖で拭いながら、その光景を見ていた。


(なんか――)


(建設屋の人たち、めちゃくちゃ強い)


End_is_Zéro_Project

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。