第12話 放っておけない
蒼汰が教会へ向かって走り去ってから、二日が経っていた。
仕事をしながらも、何度も店の入口へ視線が向いてしまう。
(蒼汰……どうしたんだろう)
あの日、職場の親方が大ケガをしたと聞き、蒼汰は教会へ飛び出していった。それきり、この店には一度も顔を出していない。
それだけじゃない。
(あれから、住み込み先にも戻っていないなんて……)
昨日、建設屋の人が店にやってきた。親方は無事だったと聞きホッとしたものの――肝心の蒼汰が現場にも宿舎にも戻っていないという。
「…………」
手にしていた皿を置く。もうじっとしていられなかった。
「……ちょっと、見てくる」
店を出ようと扉へ向かったその時、入口に二つの影が立った。
一人は、黒い重甲冑。
その隣には――。
(あ……すごくきれいな、銀髪の人)
蒼汰と一緒にいた人だ。レティシアさん、だったはずだ。
私に気づいた彼女が、まっすぐこちらへ歩み寄ってくる。
「どう? あなたも蒼汰と同じ出身だったよね? 蒼汰は元気にしてる?」
「え……?」
その後ろで、黒い甲冑の男が低く鼻を鳴らした。
「ふん」
私は二人の顔を交互に見つめた。
「……蒼汰、そっちにいないんですか?」
「何言ってんの? いるわけないじゃない」
「だって……あたしにも何も言わずに……」
低い声が割り込んできた。
「小僧は、いつから姿を消した」
「っ……!」
ビクッと身体が跳ねた。やっぱり、この人は怖い。
「蒼汰の職場の人がケガをして……それで蒼汰が、教会に行くって言って走っていってから……」
その瞬間だった。
レティシアさんの顔から、笑みが消えた。
黒い甲冑の男も何も言わない。でも――二人の顔つきが、明らかに変わった。
「……え?」
胸の奥がざわつく。
「な、何……?」
黒い甲冑の男が、無言のまま店の出口へ巨体を向けた。
「行くぞ」
レティシアさんも、もう一切笑っていなかった。
「ちょ、ちょっと待って!」
二人が足を止めた。
黒い甲冑の男が低く振り返る。
「なんだ?」
「何か知ってるんでしょ!?」
返事はない。その沈黙だけで、嫌な予感が膨らんでいく。
「あたしも連れて行って!」
「ダメだ」
「ダメよ」
二人の声が重なった。
「……え?」
「あたしが蒼汰に余計なことを言ったから……」
「ミオ」
レティシアさんが私を見る。
「あなたは何も悪くない。いいね?」
「でも……!」
「あなたに何かあったら、蒼汰はどう思うの?」
「…………」
何も言い返せなかった。
あの日の蒼汰の顔が脳裏に浮かぶ。危険な真似をしたら、絶対に本気で怒る。
二人が店を出ていく。私はその背中を、黙って見送った。
「…………」
しばらくして、私も店を後にした。
教会の前まで来て、足が止まる。
大きな建物を見上げた。さっきの二人の顔が、頭から離れない。
(危険かもしれない……)
奥で何が起きているのか、私には何も分からない。
でも――。
(蒼汰を、放ってはおけない)
そっと重い扉を押し開けた。
中を覗き込みながら、静かに足を踏み入れる。
「…………」
誰もいない。静まり返った教会に、私の足音だけが響く。
(蒼汰……どこにいるの……?)
周囲を警戒しながら奥の回廊へ進んだ、その時だった。
背後に、誰かの気配を感じた。
「っ……!」
勢いよく振り返る。
白い服を着た男が、いつの間にか音もなくそこに立っていた。
「おやおや? 可愛いお客様ですね」
「あ、あの……二日前に、ここに十五歳くらいの男の子が来ていませんか?」
「男の子?」
男は首を傾げ、わざとらしく思案する素振りを見せた。
「さて? 私どもの記憶にはありませんねぇ」
「そうですか……」
俯きかける。男の視線が、私の身体をゆっくりとなぞっていた。
「…………」
ぞわっとした。
「宜しければ――」
男が薄笑いを浮かべ、一歩間合いを詰めてきた。
「私がお力になりましょうか?」
「い、いえ。大丈夫です」
一歩、後ろへ下がる。
(この人、気持ち悪い……)
早くここから離れた方がいい。そう直感した瞬間、男の薄い口元が獰猛に歪んだ。
「そうですか……では――」
「え?」
突然、目の前が真っ白になった。
「なに、これ! 前が見えない!」
何も見えない。慌てて後退りしようとした、その時だった。
「ドサッ」
すぐ間近で、何かが崩れ落ちる重い音が響いた。
「……え?」
白く染まっていた視界が、少しずつ明瞭さを取り戻していく。
床。白い服。倒れている男。その身体の下から、赤いものが広がっていた。
「…………」
息が止まる。
男の向こうに、二人の影が立っていた。
銀髪のレティシアさん。そして――巨大な黒い甲冑の男。
その手に握られた大剣の刃から、鮮血が滴り落ちている。
「……人殺し……」
声が震えた。
レティシアさんが呆れたように額に手を当てる。
「はぁ~。だから言ったじゃない、付いてきちゃダメって」
「……っ」
足が動かない。逃げなきゃ。そう思うのに、身体が言うことを聞かなかった。
「あたしも……こ、殺すんですか……?」
「え?」
レティシアさんが驚いたように目を丸くする。
怖い。怖いけど――。蒼汰は、まだこの奥にいるかもしれない。
「あたしは……」
喉が詰まる。それでも、声を絞り出した。
「殺してもいいです! だけど……蒼汰を返してください!」
瞳から涙が溢れ出た。
「お願い……蒼汰を……っ」
「ええ? ちょっと、勘違――」
レティシアさんの顔が変わった。
次の瞬間、姿が消える。
「え――」
身体が浮いた。
黒い腕に抱え上げられ、そのまま後ろへ運ばれる。
「な、なに!?」
さっきまで私が立っていた場所を、何かが走り抜けた。
黒い甲冑の男が私を抱えたまま、前を睨む。
教会の奥。
閉ざされていた扉の隙間から、白い光が差し込んでいた。




