エドワードさんとの別れ
ジャックを雇い始めてから数か月ぐらい経った。外も春が過ぎて初夏らしくなってきた。ダンジョンの外に出るとそう思う。
カネは順調に貯まっている。ジャックの給料も前より少しだけど上げた。
何もかもが順調に進んでいたある日、エドワードさんの自宅に畜養用スライムを買いに行った時に、思いもよらないことを聞いた。
「スライム猟を辞めようと思う」
エドワードさんが辞めると言い出した。
「まじっすか!?なんでっすか!?」
俺は食って掛かるような言い方になってしまった。
「まあ落ち着け……」
言われてすぐに落ち着いてエドワードさんの話を聞くことにした。
「スライム猟は終わるだろう」
「そんなことないですよ」
「潰されるんだよ」
「誰がスライム猟を潰すんですか!?俺、そんなヤツ、絶対許しませんよ!?」
俺は拳を振り上げて怒りを過剰に見せた。でも本当に怒ってはいましたよ。
「あのな……」
エドワードさんがあきれ返ったような表情で言った。
「潰すのはお前だ」
そう言われても、全く身に覚えがなかった。
「何言ってるんですか?俺、敵対心なんか持ったことないし……」
エドワードさんが少し黙った。眼を軽く閉じる。呼吸を深く整える。そして口を開いた。
「スライム畜養が軌道に乗ったからだ」
そこまで言われてようやく分かった。
「俺、やっぱり邪魔してましたよね!?」
また俺は食って掛かるようなかんじで詰め寄ってしまった。
「だから落ち着け……邪魔はしてない……」
エドワードさんが困った表情を見せている。俺は黙った。
「スライム畜養は成功した。そしてお前ならスライム養殖まで完成させるだろう」
「それはどうか分かりませんが……」
「そうでないと困るんだ」
「どうしてですか?俺が成功しないとエドワードさんが困るって……。今は借金もありませんよ。『借り』は一杯ありますけど」
そう。俺はいくら借金とかをチャラにしても、ずっと心の奥底に残っている。エドワードさんが、言葉遣いは少しぶっきらぼうだけど、とんでもなく親切だった。だから俺はここまで来れた。
「俺、エドワードさんに何も『借り』を返していないですよ……」
エドワードさんは首を横に振った。
「そうじゃない。お前はスライムの見る目があると見込んできた。その目が曇ってただなんて思いたくない。それだけだ」
俺はもう心がぐちゃぐちゃになった。
「エドワードさん……俺!ありがとう!ございます!」
今一つ文法がおかしいが感謝の言葉を叫んだ。声もおかしくなってた。視界もぼやけていたと思う。ただ、何度も感謝の言葉を述べていた。一年も経ってないのに、エドワードさんのおかげでここまで来れた。ありがとうございます。
「そういうしんみりしたようなのはやめて、ちょっと聞いてくれ」
エドワードさんがニコニコしながら話し始めた。
「お前はなんだか俺の生業を潰したように思ってるみたいだが、むしろ俺はやる気が出てきたんだ」
エドワードさんは一度言葉を切って、すぐにまた口を開いた。
「俺はゴブリン猟をする。デーモン系のモンスターに売るんだ。特に野生のゴブリンがいいんだとさ」
ドラゴンがスライムを食べるのだからデーモンがゴブリンを食べても変ではない。考えたことなかったけど。
「まあ、そういうことで、俺はスライム猟には見切りをつける。ゴブリン猟はまだ続けられる。動けなくなるまで猟師として生きて行こうと思う」
エドワードさんの顔も口調も、自信に満ち溢れていた。自分の進む道を見据えて、確信をもって踏み出そうとしている。その時、人はこうも落ち着いていられるのか……。
「お前も畜養用のスライムは捕まえられるよな?」
エドワードさんが急に俺に問うてきた。
「あ、はい。できます」
エドワードさんはニッコリして頷いた。
「じゃあもういいよな」
そう言うと、エドワードさんは俺の頭をガシガシと荒っぽく撫でてくれた。
「頑張れよ!スライム養殖の第一人者になれよ!」
俺は少し目を腫らしながらエドワードさんのなすに任せた。
――そして別の日にエドワードさんの自宅に行くと、空き家になっていた。
前の時に「もういなくなるぞ」と聞いてたので、特に驚くことはないはずだった。
それでも作業場の扉の前に立つと、感傷的になった。カギがかけられていて中に入れないけど、初めて作業場に来た時のことが思い出された。扉の向こうには網カゴがいっぱい置いてあって、エドワードさんが補修してたっけ。顔を向けずに黙々と。でも網の補修をキッチリしないとスライムに破られるんだよな。
裏に回ったら、そこにあった荷車もなくなっていた。
「本当に何もかも片付けて行ったんだな」
主のいなくなった建物の周りに風が吹いた。乾いた小さな音とともに砂埃が上がった。
俺は一度、深呼吸した。
「俺、頑張ります。養殖の成功を目指して、まずはスライムの幼生を採るところから始めます」
そう言って建物を背にして、歩き出した。
歩きながら、ふと気になった。
「幼生の採り方、聞いてないような……」
俺は立ち止った。
もうすぐ幼生が出始めるんじゃないか?大丈夫か?ちゃんと幼生を採れるのか?
「エドワードさん……『もういいよな』じゃなかったです」
俺は天を仰いだ。
お読み頂きありがとうございます。
全15話の第12話でした。
エドワードさんは、とうとうスライム猟から手を引くことを宣言しました。
エドワードさん、いい人でしたが、もうたたみたい思いもあったのかもしれません。
でも彼は次のエモノを決めていました。
めちゃくちゃ強い人だなと思いました。
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