初めて人を雇う
養殖に転換すると言った。確かに言った。
だけど、少し待つしかなかった。
養殖は幼生から育てることを指す。しかし今の時期は、そのスライムの幼生がいないのだ。
スライムは概ね初夏に産卵する。さらに孵化を待たないといけない。幼生が手に入るのはまだまだ先だ。
だがエドワードさんは言う。
「今こそ働け。今こそ稼げ」
畜養で元手を増やせということなんだろうと思った。
「それだけではない。畜養を極めたわけでもないだろう?」
なるほど……と俺は思った。
「前に畜養殖が成功したと思ったら厳冬期に入って失敗しただろ?」
はい。そうでした。おっしゃる通りです。他にも落とし穴があるかも知れません。
――まじめにスライム畜養に励みます。
廃ダンジョンでのスライム畜養は、エサやりや健康管理などのスライムのお世話と、スライムを食べに来るモンスターの駆除とがある。
スライムの個体数が少ないうちはいいけど、少し事業拡大したら、ワンオペは間違いなく破綻する。
人を雇わないといけなくなる。その前に大桶を買いそろえないといけないし、エサを安定的に調達できないといけない。
とにかくカネが必要だ。エドワードさんの言った「稼げ」がつきささる。
* * *
外は早春を迎える頃、そこそこカネが貯まってきた。夜な夜な金貨を数えてニヤニヤするほどではないが、人を雇える目処がたったと思ってニニコニコしている。
でも問題があった。
ワンオペが続いていたのだ。
このダンジョンに入って来る冒険者たちもいる。しかし廃ダンジョンに来るのは初心者だけだ。固定モンスターのゴーストさんを何度も倒しに来たりとか。もう少し経験値が欲しい。
では外で雇えばいいんだが、ダンジョンを出たらドラゴン牧場に納品して、エドワードさんのところでC級スライムを買って、またダンジョンに戻る。冒険者たちとの出会いがないのだ。
廃ダンジョンの畜養場で餌やりをしながら、ため息をついた。
「人を雇いたいな……」
何度も呟いていたことを、不意に口にした。エドワードさんの前でもドラゴン牧場でも、ところ構わず言っている。
――コツ、コツ、コツ。
足音が聞こえてきた。
たぶん初心者がゴーストさんの所に行くんだろうと思っていた。
――コツ、コツ、コツ。
足音が俺の方に近寄ってきた。
誰だいったい?モンスターか?冷やかしに来た冒険者か?それとも俺を邪魔に思ってる宿屋の主人…はさすがにダンジョンに入ってこないか。
「ここか……」
声に驚いて振り返った。
「エドワードさん!?」
とにかくめちゃくちゃビックリした。
エドワードさんとは時々会うけど、まさかこのダンジョンにまで来るとは思わなかった。
「これが畜養セットか……俺ん家でやってたのと変わらねえな」
エドワードさんは大桶の縁に手を掛けて中を眺めている。
「そりゃ厳冬期でも畜養できるようにダンジョンに潜っただけですから……」
普通に説明してたが、ひとつ重要なことに気づいた。
「というより、エドワードさん、ダンジョンですよ!?大丈夫なんですか!?」
「そりゃあ昔はスライム以外も獲ってたからな。オークとかゴブリンとか……」
――もしかして。
「剣と魔法で獲ってたんですか?」
「ああ。冒険者みたいな身なりをしてダンジョンに潜ってたぞ」
エドワードさんはこともなげに言うが、ダンジョンの中で、冒険そっちのけでモンスターを獲るパーティーもいたってことでしょ?
「変か?」
エドワードさんの質問に、俺は素直に答える。
「珍しいです」
エドワードさんはうなずいた。
「そうだな。珍しいな、確かに」
話が途切れたので、ようやく核心が聞ける。
「今日は何の用で来たのですか?」
「留守番してやろうと思ってな。ワンオペでしんどいって言ってたろ?」
覚えててくれたんだ!しかもエドワードさんのところでポツッと言っただけなのに!
俺はエドワードさんに畜養をまかせて、別のダンジョンに行った。
* * *
――攻略中のダンジョンは盛況だ。
富と栄誉を求めるギラギラした人々がたくさんいる。
大通りの人混みの中を歩いた。
――あそこもこれぐらい混んでたよな。
廃ダンジョンのかつての活況と重ね合わせて、感傷に浸りながら歩いた。
俺は酒場に入った。飲むためではない。
混み合う酒場を見回し、特に疲れてそうな戦士に声をかけた。
「一緒に廃ダンジョンでスライム養殖をしないか?」
半分ぐらいのヤツは「はあ?」と言った。残りの半分には無視された。
まあそうだよな。ダンジョンを攻略して富と名声を手に入れたいよな。
でも……それができるのは、この中で数人だけだぞ。いい加減目を覚まして手に職つけろ。
苦虫を噛みながら酒場をうろつく。
ほぼ全員の冒険者たちに怪しい仕事と見られたが、ごく稀ながら興味を持つ者もいた。
興味を持ってくれた人には簡単なテストをした。掛け算ができるかどうかだ。
この世界では、読み書き計算が社会に行き届いているわけではない。冒険者で計算ができる者はかなり少ない。それでも、個体数管理や取引には計算力が必要だ。
このテストはかなりな効果があって、五、六人いたのが、二人にまで絞られた。
俺は二人を宿屋の、俺の泊まってる個室に一人ずつ入れた。
「スライム養殖は成功すると思いますか?」
これに対する二人の答が共通して「成功する」だった。
そして一人に絞り込めた。
廃ダンジョン地下一階でモンスターに倒されず、計算ができて、混雑したダンジョンに嫌気がさしている人。ここまでは二人とも同じ。
一方の候補者はこう言ったのだ。
「あのぼんやり光ってるスライム、あれの養殖をやりたいですね。あれは儲かりそうですよ」
ほう。S級のことを知ってるのか。たぶんS級とかいうスライム猟用語は知らないだろう。それでもあれを狙いたいと言うのだから、知識や決断力に期待できそうに思った。
彼の名はジャックという。
「名前はありふれてるな」
「いきなり失礼ですね!?」
ともあれ、ジャックの雇用を決めて、廃ダンジョンに連れていった。
「ゴーストさんにご挨拶するのが一番早かったですね」
「ご近所とは仲良くしないといけないからな」
その後で留守番中のエドワードさんに引き会わせた。
「仕事が軌道に乗ってきたら、スライム等級付けのコツとかを教えてあげてください」
「いいぜ。高いけどな」
ジャックが育ってくれたらかなり楽になる。
「期待してるよ!」
俺はジャックの肩を叩いた。
しかし、いつになったらスローライフにたどり着けるんだろう……ふと疑問に思った。
「俺、スローライフのために冒険者辞めてダンジョンに入らなくなったんですよ」
俺がポツリと言うと、エドワードさんは「は?」と言った。
「スローライフを捨ててるんじゃねえのか……?」
思い返す……。
――うん、捨ててる気がする。
お読み頂きありがとうございます。
全15話の第11話でした。
とうとうジャックという「ありがちな名前(めっちゃ失礼やん)」の雇用人ができました。
やや不思議な感じではあるけど、素質があると考えているようです。
そして、ここでもエドワードさんいい人です。
もう後を「俺」に譲りたいのではとも思わなくもないぐらい。
どうなるんだろうエドワードさんは?
気になりますよね?(強引)
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よろしくお願いします。




