九 判決の事
神様の言葉が、チコ以外に生者がいないという、この空間の、そんな事を意識してしまうと、一種、独特の、雰囲気があるような感じがして来る、空気の中に、溶け込んで消えて行き、沈黙が辺りを支配した。
「ブラボォーラージマウスバス!!」
「イヤースモールマウスバス!」
「ヒーハーアメリカナマズ!!」
「最高だぜぇーニジマス!」
「人間。やるじゃねえかベラ!!」
「猫ちゃんも良いぞーキス!」
「良い話だったギル」
「くっそう。泣いちまったぜフグ」
だが、その沈黙は、一瞬の後に、激しく熱い歓声によって、忘却の彼方へと、追いやれてしまい、この空間の雰囲気が一気に明るい物へと変わって、私は、これは、まさかの、ハッピーエンド? このままの流れで行けば、私の罪は許されて、何かしらの物凄いチートスキルをもらって異世界に転生できるのではないのか? と思ってしまった。
「うむ。皆の気持ちは良く分かるのじゃ。わしも、同じ気持ちじゃ。これは、実に良い物を見せてもらった。どうじゃろう? 原告の者達よ。開玉聖の罪を許してやっては」
後光が一段と明るくなって、神様が、今までの発言の中で、最も、威厳のある声で告げる。
「アタイも、そう思うぜ。この人間は、アタイら魚達と、もちろん、生き餌達とも、ちゃんと真正面からぶつかってた。クサフグ。あんたもそう思うだろう? あんたら、この人間に、餌取だからっていう理由で、夏の堤防の、あっつあっつの、コンクリートの上に、捨てられた事が一度でもあったかい?」
「ないフグゥ。この人間は、ちゃんと、逃がしてくれてたフグー!」
一匹のクサフグがヘッドバンキングをしながら、シャウトし、その周りにいた、別のクサフグやキタマクラ、ヒガンフグなどの、最強最悪餌取ーズ達も、なぜか、ロックなノリを披露しつつ、様々な、私にプラスになる声を上げてくれた。
「神様ニャン。チコは、聖と、一緒に、異世界に行くニャン。九つある命のすべてを、この聖の減刑の為に捧げるニャン。原告の皆さん。ありがとうニャン。今まで、酷い事を言ってしまって悪かったニャン。でも、それは、すべて、この聖に対する、このチコの愛の深さ故ニャン。この命、それだけじゃないニャン。持ってる物すべてを捧げる覚悟があるニャン。だから、どうか、もっと、聖を応援してあげて欲しいニャン」
チコが、私の腕の中から飛び出して、裁判所の暗黒色の冷たい床の上に軽やかに降り立つと、今までに一度も見た事がないような真摯な態度になって、原告達の座っている、私達の周りを囲むように配されている、無限に並んでいるように見える椅子の方を、見回しながら、声を張り上げた。
「アタイ達も負けてらんないよ。皆、旗を振りな。クロダイここにありだ。アタイ達も、この男について行く。だが、それは味方としてじゃない。向こうでも、ライバルだ。あんたは釣りを続ける。アタイ達はあんたとまた釣りを通して真っ向勝負をする。皆はどうだい? 他にはいないのかい? 原告の中にも、少しは骨のある奴もいるんだろう? この人間の、釣針をぶち曲げて、ラインを引き千切って、リールのドラグを焼き付かせて、ロッドを真っ二つにへし折ってやろうじゃないか!!」
クロダイの乙女が叫び、他のクロダイ達が、幟旗をブンブンと振り回しながら、歓声を上げる。
「しゃー! 生き餌連合ぉぉフジツボ!! 声を上げろフジツボ!!」
フジツボ達が、床の上から、真っ向勝負! 真っ向勝負! と大合唱を始める。
「ふっ。しょうがない奴らだバラムツ」
「まあ、ああやって釣られて食われるのも、死に方としては、悪くなかったのかも知れないシイラ」
「そうかも知れないなワラサ」
大型魚達が、ゆっくりと、その巨体を揺らし、椅子から立ち上がった。
それから、裁判所内が、また、一つになったかのようになって、熱気が、大きな渦のようになって、辺りを包み込み、原告達の、私の無罪を求める声や、私との再戦を望む声が、絶え間なく上がり、その、喧騒は、神様が、では、判決を言い渡すとしようかのうという、言葉を発して、再び皆が沈黙するまで続いた。
皆の言葉を聞いて、私は、泣いていた。心の奥底から、感動して、感謝して、ここにいる、すべての者達の事が、愛おしく思えて、それから、自分の罪の重さを、激しく、自覚してもいた。
「待って下さい」
神様の作り出した、厳粛な時間を、私の言葉が破る。
「なんじゃ? 開玉聖よ。何か言いたい事があるのか?」
「はい。まずは、ここにいる皆に心からの感謝を。ありがとう。こんな私の事を、許すと言ってくれて」
私は言葉を切って、深く深く頭を下げる。
裁判所内は、相変わらず、静まり返っていた。チコもクロダイの乙女も、原告達も、皆、固唾を飲んで、私と神様のやり取りを見守っているようだった。
「頭を上げて、続きを言うのじゃ」
神様が、優しく言い、私は、頭を上げた。
「神様。私は、釣りをする事が罪を重ねる事だと理解しているつもりです。けれど、私は、転生しても、釣りを続けると思います。こんな、愚かな、私の罪をしっかりと裁いて下さい。どんな形であれ、どんな理由であれ、私は、皆を殺したんです。そして、それが分かっていても、私は釣りを続けるつもりなのですから」
私は、再び深く深く頭を下げた。
「良かろう。では」
後光が、強烈に輝き出し、頭を下げていても、目が眩んで何も見えなくなって、神様が、途中で言葉を切る。
裁判所内にいた神様以外の全員の意識が、私の運命が決定する瞬間に、集中する。
いよいよ、自分の運命が決まる時が来たと思うと、走馬灯のように、初めて狙った通りに釣ったクロダイの、黒銀色の魚体の重みや、人生で一番大きな魚、バラムツのメーターオーバーを釣り上げた時の感動や、取り込んだ後に逃がしてしまったワラサの泳ぎ去る時に見せた躍動感や、餌取りーズにやられたり、根掛かりしてしまったりして、ただでさえ本命が釣れずに苛立っていた時に、ラインが絡まって更に苛々としてしまった時の事や、ボート釣りの最中にロッドを魚に持って行かれて、回収できなかった事や、あの堤防でチコと過ごした幸せな時間の事や、更には、今の状況には、あまり関係のないような気もするが、今までの人生の中であった、様々な印象的な出来事までもが、私の脳裏を、駆け巡って行った。
「これからどうなるかは、あっちに行ってからのお楽しみじゃ。その方が面白いじゃろうて」
神様が、何やら、悪戯っ子が悪戯をしている時のように、楽しそうに言うと、唐突に、意識が、遠退いて行き始めたので、私は、咄嗟に、神様。ちょっと、待って下さい。どうなるのかちゃんと教えて下さいと、言おうとしたが、チコの、絶対に放さないニャンという声と、クロダイの乙女の、アタイらも、必ず行くからなという声が聞こえて来て、言葉を出せないでいるうちに、私の意識は、ぷっつりと、途切れてしまった。




