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異世界奇譚 釣具に転生!? 早く人間になりたいっ!!   作者: いたたたっ


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8/11

八 チコの事

 猫ちゃんが、私の顔を穴の開くほどに、じいっーと見つめてから、物凄く嫌そうに溜息を吐いたので、私は、うえ~? そんなに? そんなに駄目だったのか? と思って、へこんだ。


「ないわニャン。前に飼ってた猫と同じ名前ってニャン」


 猫ちゃんが、酷く荒んだ目付きで私を見て来たので、へこんでいる私の心の中に、止めの如くに冷たい風が吹き荒び、私の周囲から音が消えたような気がした。

 

 だが、 私の中にある、猫ちゃんとチコへの思いが、すぐに、私を無音の世界から呼び戻し、私は、必死になって弁解する。


「ごめん。でも、もしも、私が猫を飼う事があったら、この名前にしようって、チコが死んだ時から、決めていて。だから、決して、猫ちゃんをチコの代わりしようとか、チコの事が猫ちゃんよりも好きだったとか、そういうんじゃないんだ」


「そんなんだったら、お前の事を速攻で殺してるニャン」


 猫ちゃんが、片方の前足から鋭い爪を出して、その爪をペロリペロリと舐めた。


「すぐに、別の名前を考えるよ。だから」


「はぁん? 誰が、別の名前にしろって言ったニャン?」


「じゃ、じゃあ、チコで良いの?」


 猫ちゃん、もう、完全に遠慮とか容赦とかがなくなっていて、言葉遣いも酷くなっている。さっきは、覚悟を決めたとか思ったけど、ヤバい。今は、その事を早速後悔している。このままだと、早晩、私は、この苦しみと悲しみに耐えきれずに、どうにかなってしまうかも知れない……。ああ。でも、もう、死んでいるんだった。どうにかなっても関係ないのかも? と思いながら、私は聞いた。


「特別な意味のある名前なんだろニャン?」


 私は、猫ちゃんの顔をじっと見つめてから、深く頷く。


「私にとっては、特別な名前だ。チコが死んだ後、何年か経ってから、親戚と同居している時に、その親戚が猫を飼った事があったんだけど、その時、名前を付けて良いよって言われたんだけど、もちろん、その猫の事が嫌いとか、そういう事はなかったんだけど、なぜか、チコと名前を付けようとは思えなかった。猫ちゃんだから、君だからこそ、チコって名付けたいと思ったんだ」


 猫ちゃんが、むふ~んと、ちゅっと、指先で触りたくなる、かわいい鼻の、二つの穴を大きくして、深呼吸をすると、私の右手を、片方の前足の肉球でペチリペチリと叩いた。


「どんな奴だったニャン?」


「えっと、誰が?」


「チコニャン。他に誰がいるニャン」


 猫ちゃんが、獲物に狙いを定めているかのような目付きをして、体を低くして、前傾姿勢になって、お尻を左右にフリフリした。


 それから、一瞬の間が空いて、いきなり、猫ちゃんが、ロケットのような勢いで、飛び付いて来たので、私は、慌てて、猫ちゃんを抱きとめる。


「猫ちゃん?」


「お前の事は絶対に離さないんだニャン。そんな事より、早くチコの事を話せニャン」


 私は、猫ちゃんの柔らかくて優しい感触の誘惑に負けて、あゝ〜。あゝ〜。こりゃ堪りませんぞ〜。となって、この、猫ちゃんの突発的な行動の意味を、深く考える事なく、猫ちゃんのわがままボディを、撫で撫でして、堪能し始めてしまう。


「撫で撫でだけは、うまいニャン」


「はい。ありがとうございます」


 褒められた嬉しさから、敬語になってしまったぞい。


「そこニャン。もっと、そう、そこニャン」


 私と猫ちゃんは、イチャイチャし始めて、とても幸せな時を過ごし始める。


「早く話すニャン」


 猫ちゃんが、急に思い出したかのように、これでもかと喉を鳴らしながら言った。


「あ、はい。では、話します」


「撫で撫でも継続ニャン」


 猫ちゃんが、分かってるニャン? という目で私を見上げる。


「は、はい。了解であります」


 私は、少し遠くを見るように、謎の空間の、相変わらず冷たい感じのする白色に光る壁の方に目を向けると、幼かったあの頃に思い馳せながら、チコについて語り始めた。


 チコは、母親が拾って来た、真っ白な毛色の野良猫で、幼い子供だった私と、まるで、本当の、姉弟のようにして、飼われていた。


 とても頭の良いできた猫で、幼い私が、子供特有の思慮のなさと残忍さを発揮して、叩いてしまったり、抱っこをしてしつこく連れ回したりしても、決して怒ったり逃げたりするような事はなかった。


 そして、大人しく、その身を、私に、委ねて、ただただ、私のなすがままに、私の気が済むまで、付き合ってくれる、とても優しい猫ちゃんでもあった。


 他にも、忠義に厚い所もあって、母親が、出先から家に帰って来た時には、私と遊びまくってクタクタになっていて、うつらうつらと船を漕いでいたりしていた時だろうが、猫トイレで、一点をじっと見つめて、踏ん張って、大きい方をしていた時だろうが、そのすべてを途中で切り上げて、猛ダッシュをして、玄関に行き、必ず、玄関マットの上に、しゅたっとお座りをして、母を迎えるという行為を、一度たりとも欠かした事がなかったのだった。


「チコは、あっちで、お前のお母さんと一緒にいるニャン」


「そんな事が、分かるの?」


「分かるニャン。この髭はアンテナの役目もあるんだにゃん。ビビビッと、あの世と交信してやったニャン」


 私は、猫ちゃんに現在のチコの居場所を教えてもらって、安堵と喜びを覚えながら、突然訪れたチコとの別れの時の事――それは、私が幼稚園の年長の頃、朝、幼稚園に向かおうとして家を出て、家の前で車に轢かれて死んでいたのを発見してしまったという物だった――を思い出していた。


「……。そうか。そうか。それは、良かった」 


「お前の事を心配してるニャン。元気にしてると言ったら、凄く嬉しそうにしてたニャン」


 私の目から、不意に、涙が零れ落ち、猫ちゃんの毛を濡らす。


 君が死んでしまってから、随分と長い時が経っているのに、未だに、私の事を心配してくれていたなんて。チコ。大丈夫だ。私は、ちょっとあって、死んでしまったが、それでも、こうして、元気でやっている。だから、君も母さんと一緒に元気で楽しくやって行っておくれ。私は、そう思ってから、猫ちゃんの事を、今までよりも、ちょっと強く抱き締めた。


「猫ちゃん。ありがとう。その事を知る事ができて、私は、凄く嬉しい」


「チコだろニャン」


 猫ちゃんが、暫くの間、何も言わずにいてから、ふっと、小さな声で言う。


「え?」


「もう言わないニャン」


「ごめん。全然、聞こえなかったんだ」


「お前、わざとだろニャン」


 そう。実は、聞こえていて、ごめんからの件は、わざと言った物だった。


「わざとじゃないって。チコがどうしたって?」

 

「聞こえてたんじゃねーかニャン」


 猫ちゃんが、キレつつ、どこか、気恥ずかしそうに言う。


 猫ちゃんがデレていた、だと!? そう思った私は、猫ちゃんに表情を見られまいとして、顔を横に向けて、ニヤニヤとしてしまった。


「良い話じゃのう。猫ちゃん、いやさ、チコと開玉聖よ。お前達も、その母親と元祖チコのような関係になるのじゃぞ」


 後光が、ふんわりと優しい光り方に変わり、神様が、もらい泣きをしてしまっているようで、涙声になって言った。

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