五 判決の前に乱入者があった事
この謎の時空間内に作られている、裁判所の中で、今までで、最も騒がしい時が、流れ始め、私は、その喧噪のお陰で、自分が、釣りを好きになった理由について、思考する事に夢中になってしまっていたあまりに、周囲から意識を隔絶していた事に気が付いた。
「猫ちゃんは、死んでないじゃないかカニ」
カニピラミッドの頂点にいたカニが叫び、それに続いて、他のピラミッドの土台部分になっているカニ達も声を上げる。
「そうだそうだアオイソメ!」
アオイソメが、カニ達の言葉に賛同し、無駄にグネグネと激しく動く。
「生き餌を食べて何が悪いマダイ。死んだ餌ばっかりじゃ、喉越しが今一なんだマダイ」
なぜか、また、スポットライトを受けているかのように、光に照らされた、インテリふうマダイが、眼鏡をクイっとやる。
「我らフジツボなんて、電動ドリルで、穴を開けられたんだフジツボ!」
一つのフジツボが大きな声を上げ、その声に、続けとばかりにいくつかのフジツボもヤジを飛ばすと、声による空気の振動が、山のよう積まれていたフジツボ達のバランスを崩し、ああ~。殻が割れる~。などという情けない声や悲鳴と、炭酸カルシウムでできている、殻同士がぶつかる音を鳴らしながら、フジツボ達が、座面の上から落下して行った。
「静粛に。静粛に」
今までは、周囲の白色に光る壁のような物よりは、眩しいが、それらと、同じように、例えるならば、入院している病人の見舞いに行った時に見る、病室の壁のように、妙に無機質な感じのする色合いをしていて、特に何の変化もなかった、後光が、威圧でもしているかのように、明滅し始めて、その明滅が収まって、一呼吸空けるような、間があってから、神様が、短く言葉を発した。
流石に、ここで神様を無視して、騒ぐ事が、悪手になるという事を、経験から学習したらしい、原告達が、見事に調教されたような、スムーズさをみせて、しんと、静まり返る。
「うむ。よろしい。生き餌達の主張も聞いたしの。そろそろ判決の方に、移ろうとするかのう」
神様が、言葉を切り、原告達の反応を見ているかのように、沈黙する。
原告達は、お互いに、近くにいた者と顔を見合わせたり、小声で何かを囁き合ったりしたが、神様に向かって、新たな主張の為に、声を上げる者はいなかった。
「それでは、最後に。開玉聖よ。何か言いたい事はあるか?」
ここに来て、初めて、私にスポットライトのような光が当たった。おお? ちょっとだけ、熱を感じるんだな。それにしても、この演出は誰の趣味なんだろう? 神様なのかな? いらない気がするのは私だけか? などと思いながら、眩しさに、目を細めつつ、顔を上げて、神様の方を見て、それから、ついに、最後の時が来たか。スポットライトがどうとか、なんて、余計な事を考えている場合じゃなかった。……。いよいよ、猫ちゃんともお別れなんだな。と思って、猫ちゃんの方に顔を向ける。
私が見た事で、猫ちゃんが、どうしたんだニャン? 大丈夫かニャン? というような、私を気遣うような顔をしたので、急にぐっと猫ちゃんの事が愛おしくなって、猫ちゃんの頭を、今度は、わしゃわしゃとではなく、猫ちゃんの感触を、決して忘れないようにと、自分の体と心に、焼き付けようと思って、けれど、絶対に、痛くはならないようにと、気を使いながら、猫ちゃんの頭を撫でた。
「人間。人間が言う前に、もう一発かましてやるんだニャンよ」
猫ちゃんが、私に撫でられて、くすぐったそうな顔をしてから、キリリッと、表情を引き締めて、目をギラリと光らせる。
その言葉だけで、その表情だけで、どれだけ、救われて、どれだけ、勇気をもらえているのか。
猫ちゃん。本当にありがとう。
そんな事を、思った、私の脳裏に、また、あの頃の光景が蘇って来る。
そうだった。あの頃も、あの堤防に行っていた頃も、そうだったな。この、謎の時空間内のような、何の匂いもしてはいないような、どこか、冷えた感じするような場所ではなく、陽射しがあって、暖かくって、海の匂いや、近くにある、駐車場の路肩などに植えられている、草花の香りもして、そんな、海や草花の存在だけでなく、他にも、釣りや散歩の為に、堤防に来ている人々や、猫ちゃんのようにそこで暮らしている生き物達の存在に溢れていた、あの場所に、釣りに行っていたあの頃。
魚が釣れない時や、魚をバラした時、それに、仕事で失敗した後などで、嫌な気分を引きずったまま釣りに来ていた時や、天候が思ったよりも悪化して来て、釣りができなくなった時なんかも。そんな時にも、傍にいた君を見て、どんなに、気持ちが和んだ事か。どんなに、勇気をもらった事か。私は、そう思うと、これらの思いを伝える為に、口を開いた。
「猫ちゃん。いつも、本当に、ありがとう。でも、大丈夫。ここは私が、ビシッと決めるから」
言い終えてから、猫ちゃんに向かって、わざと、悪そうに微笑んでみる。
猫ちゃんが、ちょっと、驚いたような、不思議そうな顔をしてから、やんわりと、優しく、微笑んでいるような顔をした。
「分かったニャン。ビシッと決めるんだニャン」
猫ちゃんが、期待に胸を膨らませているような表情になって、目を、キラキラと輝かせながら、言って、私の足に掛けていた前足を、ピンっと伸ばしたかと思うと、大きく伸びを一つした。
「神様。それから、原告団の皆さん。この度は、私の、所為で、このような時間を、作らせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。私は、自分の、今までの人生の中で、行って来た釣りという行為の所為で、どれだけの生き物達を殺し、どれだけの、肉体的苦痛、精神的苦痛を、そうして殺して来た生き物達に、与えて来たのかを知りました」
私の足に掛かっている猫ちゃんの足の爪がちくりと、私の足の皮膚を突いたので、私は言葉を切って、猫ちゃんの顔を見る。すると、猫ちゃんが、おいおい人間どうしたんだニャン? 大丈夫かニャン? というような事を言いたげな、心配そうな顔をしていたので、私は、猫ちゃんの目をじっと見つめて、大丈夫。と小声で言いつつ、小さく頷いた。
「ですが。自分の釣りに対する思いは変わりません。私は釣りが好きだ。大好きだ。生まれ変わっても釣りはするだろうし、その結果、生き物達を殺す事になったとしても、それを、また、受け止めて行くつもりです。ただ、一つ、分かって欲しいのは、私は決して、皆さんを殺したくて、殺していたんじゃない。残忍な殺し方をしたくって、そうしていたんじゃないという事です。釣りという行為は、必然的にそうなってしまう物なのです。それだけは、どうか、ご理解頂きたい」
私は、言葉を発し終えると、長い言葉を作って出した事と、緊張による精神的な圧迫から、少し乱れてしまっていた呼吸を整える為に、静かに深く、呼吸をし、これから、激しく飛んで来るであろう、ヤジを受け止められるようにと、心を落ち着かせる。
「その心意気、見事なりクロダイ。流石は、アタイ達と釣りを通して、熱く戦った人間だクロダイ。アタイが見込んだ男だクロダイ」
私の後方、まだ、一度も振り返って、見ていなかった場所から、大きくて重厚そうな、扉が開かれたかのような音が響き、その音と重なるようにして、可憐な、乙女の、だが、決して、弱々しくなく、むしろ、とても、力強さを感じさせるような、声が聞こえて来た。
「お嬢~。中には入らないって言ってたのにぃ~クロダイ」
「神様に怒られたどうするのよぉ~クロダイ」
可憐で力強い声に続いて、明らかなオカマボイス、いや、今時はお姉ボイスと言った方が良いのか、今度はそんなような声が、聞こえて来て、思わず、振り向いた私は、私のいた所から、七、八メートルくらい離れた場所に、開いた音がしたのに、扉などはなく、ただ、白色に光る壁のようになっている、所の前に、黒銀色の集団がいるのを見た。
あれは、何者なんだ? と思った私は、目を凝らして、その集団を見る。その集団は、数十匹のクロダイ達で構成されていて、なぜか、皆が、皆、バンカラというような表現がふさわしいような、学生服を身に着けていたのだった。
「人間~。もうこうなったら応援するわぁ~クロダイ」
「人間、頑張るのよ〜クロダイ」
「そ~れ、そ~れクロダイ」
私が見ている事を意識したのか、複数匹分の太くて重いお姉ボイスが響き、「蘇る銀狼」と、黒地に銀白の文字で書かれた、数本の幟旗が、クロダイ達の集団の中で、はためいたのであった。




