四 まだ続く裁判の事 その二
「生き餌達の主張は、まったく間違ってるニャン。なぜなら、これには、自然の摂理が、関わってるからだからニャン。自然界は弱肉強食ニャン。弱い者は強い者に敗れるんだニャン。そして、強者の糧となるのニャン。それに、残酷かも知れないけど、殺された方は、何も選ぶ事ができないのニャン。強者の匙加減一つなのニャン。更には自然界にだって、いくらでも似たような、残酷な行いはあるんだニャン。この猫は、フグがカニの足や爪だけを食べて、その後、急に食べなくなって、そのままにして、どこかへ行ったのを見た事があるニャン。他にも、そもそも、原告の中にだって、生き餌達を、食ってる連中が、大勢いるんだニャン。一口食って、理由はともかく、そのまま放置なんて事も、何度もあったはずニャン。その事はなんで追求しないんだニャン? お前達も、本当は、分かってるんじゃないかニャン? そんな事に、文句を言っても、何の意味もなく、理不尽で、自己中心的な、愚にも付かない、主張なんだいう事がニャン。この猫だって、時と場合によっては、弱者になってしまうんだニャン。野良だったから、分かるんだニャン。この猫だって、何度も嫌な目に、死にそうな目に遭って来たんだニャン。でも、それは、仕方がない事なんだニャン」
猫ちゃんが、言葉を切って、目を伏せると、悲しそうな顔になって、静かに、溜息を吐く。
「こういう、発言の機会を与えてもらってる事に、感謝して、それ以上は望まず、満足して、引き下がるのが、お前達にとって、最も、正しい行いなんだニャン」
溜息の後に、付け足すようにそう言って、猫ちゃんが、私の顔を見上げて来た。
私は、私と目が合ってから、少し慌てた様子で、目に涙を湛えた、悲しそうな顔から、パッと、言ってやったんだニャン。褒めてニャン褒めてニャン。と言っているかのような、かわいいドヤ顔になって、私に褒めて欲しいというような、アピールをして来ていた、猫ちゃんの姿を見て、堤防で、傍に来た猫ちゃんの横で、糸を垂らして過ごしていた、日々の事を思い出したが、その思い出は、今まで抱いていた、牧歌的な印象の思い出とは、少し違っている物となっていた。
猫ちゃん。……。そうか。君は、そんな目に遭っていたのか。確かに、あの堤防には、変な輩も来ていたし、カラスや、時には、大型の野犬なんかも来ていた。俺は、そんな事になっていたなんて、全然気が付いてなかった。と思ってから、ふっと、自分の釣り好きの所為で、原告達から猫ちゃんが、変に恨みを買ってしまわないかと、不安になった。
「猫ちゃん。本当に、ありがとう。でも、あんまり私の味方ばかりをしていると、君の事まで悪く思われそうで、心配になって来た」
私は、敢えて、猫ちゃんの辛い経験の事には何も触れずに、猫ちゃんの頭を、思いっ切り愛情を込めて、わしゃわしゃしながら言った。
「そんな事はどうでも良いんだニャン。悪く思われようが、嫌われようが、何をされようが、気にしないニャン。自分が正しいと思う事を貫くんだニャン。人間は、そうじゃないのかニャン? こんなふうになったからって、釣りをしてた事を、後悔したりしちゃうニャン?」
「それは」
思えば、どうして私は、猫ちゃんを巻き込んで、こんな裁判になってしまうほどに、たくさんの生き物を殺す事になってしまった、釣りに夢中になってしまっていたのだろうか。
そもそも、私が、釣り好きになったのは、何が理由だったのか。
そんな考えが頭の中を過ぎり、私は、その理由を思い出そうとしてみた。
すると、両親とともに、釣りに行った時に、一匹だけ釣る事のできた、残念な事に魚の姿形も名前も、もう思い出せない、そして、両親も私も、釣りの事も魚の事も知らな過ぎて、何もかもが初めてで、分からなかった、あの時に釣れた、あの初めての一匹の魚が与えてくれた、強烈な印象、針と糸と竿とリールを通して伝わって来た、魚信や引きから、感じられた、生命の息吹きというのか、生命の輝きというか、生命の強さというのか、それらを、全身で味わってしまって、周りから自分と釣具と魚以外の、すべてがなくなってしまっているかのような、あの、鮮烈な、完璧な時間の事が、思い出されて来た。
あの完璧な時間は、その後、何度釣りをしても、どんな魚と対峙しても、何度でも、魚を掛ける前も掛けている最中も掛けた後も、味わえる物だった。
こんな事になっていても、私には、こんなふうに、言えてしまう。
我が釣り人生に一片の悔いなし。生まれ変わっても、また、私は、釣りをしてしまうだろうと。
それに。
他にもまだまだ、釣りを好きになった、好きが加速して行った、理由はたくさんあるのだ。
それは、釣り具屋に勤めていた時に行った、ルアーシイラの乗合船で、その場で知り合った釣り仲間達と協力して、流木を探して、釣り上げた、その日、船中で、唯一上がった、一匹のシイラの価値と、その僅かだが、誇らしい釣果を祝って、お互いに掛け合った労いの言葉かも知れなかった。
それは、大学生の時に、バスフィッシングにのめり込み過ぎて、一年間、大学をサボって、釣りに明け暮れて、見事なポットベリーのバスを、釣り上げた瞬間だったのかも知れなかった。
それは、どんな釣りにも共通する、あの最もやるせなく、憂鬱な、釣れない時や、魚をバラした時に感じる、絶望と焦燥かも知れなかった。
それは、これがそうだと決められない、思い出そうとすると、どこまでどこまでも広がって行く、水量豊富な、泉の水のように、いくらでも思い出す事のできる、それこそ、無数にあった釣行の中で、出会った、たくさんの、理由の所為かも知れなかった。
言い尽くせないほどの理由があって、それらは、すべて、釣りという行為の中にある、得も言われぬ魅力であって、それは、とてもじゃないか、どれか一つになど、絞れるものではなかった。




