三 まだ続く裁判の事
生き餌達が、話し合いを始めてから、どれくらいの時間が経ったのか。
生き餌達の、それぞれの種族が、その座面の上に、一個一個の軍勢のようになって乗っていた、猫ちゃんが座っていた椅子と同じように、長い時の流れを感じさせる、味わいのある、複数の椅子を、すべての種族が向き合うような、配置にして、生き餌達が、顔を突き合わせ、侃々諤々の白熱している議論を続けていて、その議論の、終わりは、一向に見えて来てはいなかった。
「これこれ。いい加減にするのじゃ。いつまで、続ける気なのじゃ?」
待っている事に、少々飽きて来ているらしい神様の、ちょっと、疲れたような声が降って来て、生き餌達が、静かになる。
「皆、それぞれに、言いたい事があるカニ」
「そうだそうだアオイソメ」
カニとアオイソメの群れの中から、抗議の声が上がった。
「もう、十分じゃろうて。これ以上続ける気なら、お前達の発言の時間は、なしにしちゃおうかのう?」
体を動かす事のできる生き餌達が、一斉に体を動かし、神様の方に顔を向ける。
「横暴だユムシ」
ユムシが言って、椅子の上を転がるようにして、体をグニャグニャと動かす。
「原告団の中で、一番酷い目に遭って来たのは、我々なんだボケジャコ。いくら神様でも、そんな事は認められないボケジャコ」
ボケジャコが、大きな溜息を吐く。
「そこまで言わんでも良いではないか。分かったのじゃ。もう良いのじゃ」
神様が、そこまで言って、言葉を切ると、やや間があってから、後光が、一際明るく光った。
「では、お前達の発言はなしにして、判決を申し渡す事としよう」
急に、とても、厳かな声音になって、神様が、告げた。
「分かったカニ。分かったカニ。皆。この中で一番多く、この人間に殺されているのは、このカニ達カニ。ここは、代表として発言する事を、許して欲しいカニ」
カニ達が、木製の椅子の上で動き出し、カチカチという音を立てながら、椅子の背凭れの部分に上り、一番上の所に集まると、組体操でもしているかのような動きをし始めて、大きな高いピラミッドを作った。
「しょうがないフナムシ。カニ。任せたフナムシ」
フナムシ達が、椅子の上で、忙しそうに、たくさんの足を動かしつつ、走り回りながら言う。
「しっかりやらなかったら、即交代だフジツボ」
椅子の上に山のように積まれていた、フジツボ達が、微動だにせずに言った。
そうして、神様の圧に、一瞬で屈した生き餌達が、急に、団結をしだし、あっという間に、代表者が決まった。
「それでは、早速、言わせてもらうカニ。この人間は、ここにいるたくさんの魚達よりも、遥かに多くの、生き餌達を殺してるカニ。しかもカニ。その殺し方は残忍極まりないんだカニ。我ら、カニなんて、横掛け、尻掛け、更には、この人間だけが良くやってたのだが、二本針を用いて、二か所に刺すなんて事もやってたカニ。まだあるカニ。その中でも一番残忍な針の付け方があるカニ。それが、これカニ」
他のカニ達の上、ピラミッドの頂点にいて、発言をしていたカニが言い終えるなり、突然、爪と脚部をすべて自切した。
「この姿を良く見て欲しいカニ。これこそが、最も陰惨な状態カニ。人間達は、この状態をパチンコなどと呼んでたカニ。これは、そもそも、フグなどの餌取対策の為だったカニ。けれど、そんなのは、一投目か二投目くらいしか、効果がなかったカニ。爪と足をもがれても、結局は、餌取達に食べられしまってたカニ。なんと嘆かわしい事かカニ。まだあったカニ。小さいカニ達に関しては、爪と足を全部もいでから、二匹を一つの大きな針に掛けるなんて事もしてたカニ。しかも、これは、あくまでも、我々カニ達だけに限った話カニ。他の生き餌達だって、相当に酷い目に遭ってるんだカニ。神様。どうか、お願いしますカニ。この人間に、重い罰を与えて欲しいカニ」
言い終えた、爪と脚部のなくなったカニが、他のカニ達の手によって、背凭れの上を移動し、座面の方に行き、別の、一回りくらい大きいカニが、カニ達の作っているピラミッドの頂点に立った。
「カニよ。お前達の言いたい事は、分かったのじゃ。確かに、魚達よりも、お前達の扱いの方が、遥かに酷いのじゃ」
「待って欲しいカタクチイワシ。僕らだって、泳がせの餌として、使われた事があるカタクチイワシ。魚の中にだって、生き餌として使われた者達が、いるんだカタクチイワシ」
原告達は、釣り物で言うところの、大物から順番に、被告人に近い席に座っていたので、これでもかと、たくさん並んでいる椅子の列の、最後尾、謎の時空間の白色に光っている、壁のようになっている場所の、一番近くにいた、カタクチイワシが、自身の存在を、アピールしているかのように、飛び上がりながら、叫んだ。
「それを言うなら、アジだって、やられてるアジ」
アジも最後尾ではないにしろ、かなり後ろの席だったので、カタクチイワシを真似て、飛び上がろうとしていたが、ゼイゴ同士が絡まっていたので飛び上がれず、二、三匹が絡まって、椅子から落下して、この謎の時空間の床の上、まるで吸い込まれでもしてしまいそうなほどの、暗黒色を湛えた場所に、落下してビチビチと跳ね回った。
「魚達の中にも、生き餌として使われた者が、いる、という事じゃな?」
「そうですカニ。この人間は、生き物を生き物と思わない、残忍で、恐ろしい性質を持ってる人間ですカニ。こんな人間に、チート能力を与えて、異世界なんかに行かせたら、大変な事になってしまうカニ。我々カニは、この人間に、我々と同じように、生き餌となるような運命を、与えて欲しいと、思ってるカニ」
新たに頂点に立っていたカニが言い、両方の立派な爪を、謎の時空間の白色に光る天井に向かって、高く掲げる様に突き上げた。
「さっきから、黙って聞いてれば、言いたい放題、言いやがってニャン。神様。この猫に発言を許して欲しいニャン。こんな一方的な主張は、到底受け入れられないニャン」
猫ちゃんが、フシュー、フシャーっと、激しく威嚇するような声を出しつつ、背中を丸めて、やんのかステップを披露しながら、原告団の傍まで行った。
「猫ちゃん。離れるのじゃ。原告達が怯えておる。今すぐに戻らなければ、発言は許可できないのじゃ」
様々な声の悲鳴と、種毎に違う語尾が、謎の時空間に飛び交い、神様が、静止の声を上げた。
「すいませんニャン。ついつい、興奮してしまったニャン」
猫ちゃんが、原告団の方を見て、これでもかと、舌なめずりをしながら、私の傍まで戻って来る。
「よろしい。では、猫ちゃんよ。発言を許すのじゃ」
神様の言葉を聞いた猫ちゃんが、私の足に両方の前足を掛けて、後ろ足だけで立ち上がるような恰好をした。




