二十 エルフと妖精の事
それから、幼女は、今日は、ここまででちゅ。また、暫くちたら来まちゅ。という言葉と、どこか、憂鬱そうな、寂しそうな、名残惜しそうな、それでいて、影のあるような、笑みを残して、立ち去って行ってしまった。
一人、いや、一つ? この広大で、生命の息吹に満ちる、森の中に、ぽつねんと、残された私は、生き物達や木々の作り出す、穏やかな喧噪の所為で、決して、静かではないのに、孤独のどん底に突き落とされたような気持になって、エルフの幼女に出会う前以上に、自身の孤独な身の上を、痛いほどに実感した。
今回ばかりは、流石の私も、エルフの幼女、そうだ。彼女は名乗ってくれていたのだ。確か、彼女の名はシェレジー。そうシェレジーだったはず。
シェレジーの再来を、心待ちにして、指折り、おっと、指などはないのだけれども、時間の経過を数えようとしたが、そこは、釣具の悲しさ。前にも語ったが、地面や木の幹などに傷を付ける事すらできないので、頭の中で、数字を数えて、時間の経過を、記録しようと、思ったが、その辺りの事の詳しい知識もなく、気持ちばかりが急いてしまい、その試みは、あっという間に、こんがらがって、あやふやになってしまったので、やめてしまった。
けれども、確実に、シェレジーがいなくなってから、幾日かが経過して行っていたが、彼女が、再び訪れる気配はなく、私は、やがて、彼女はもう来ない、ひょっとしたら、エルフの巫女だの、私を喋れるようにするだの、もっと言ってしまえば、魂持ちだの、高位の魔法道具だの、私が何かを言っているだの、という彼女の発言自体が、彼女の嘘、子供特有のごっこ遊びの一環や、妄想の類から出た物で、そもそも、元から戻って来る気などなかったのではないかと、思い始めていた。
期待というのは、時に、とても残酷な物だ。人は、困難な状況に置かれた時、一度でも期待を持ってしまうと、その期待という物が与えてくれる、希望にしがみ付いてしまい、縛られてしまう。
私は、彼女がもう来ないのではないかと、思いつつ、もう、期待や希望は抱かないと思いながらも、彼女が来てくれて、言葉を話せるようになったら、何を一番初めに話そうかと、考える事を、やめる事ができなかった。
ここは、やはり、彼女にお礼を言うべきだろうか?
彼女の名前を呼んでから、ストレートに、ありがとうと言うのが、良いのだろうか?
それとも、高位の魔法道具などと言われていたので、ここはちょっと、お高く、偉そうな感じで、我を召喚せし者よ。お前は何者だ? とか、言ってみた方が良いのだろうか?
エルフの幼女で、巫女で、妖精達とも付き合いがあるらしい、彼女、シェレジーが、一番喜びそうな言葉とは何なのだろうか?
そんなこんなを、あれやこれやと、繰り返し繰り返し、まだ来ない。ああ来ないと、嘆き悲しみつつも、実は、前の時、彼女と出会う前の時よりも、孤独であって、孤独ではないような、これでは、まるで、初恋? でもしてしまっているかのような、時間を過ごして行っていると、ついに、その時がやって来た。
彼女が、立ち去ってから、どれくらいの時が経った頃だろうか。
どこか、私のいる場所の近くから、苔と落ち葉が、敷き詰められている森の地面の上を行く、小さな足音のような物が、聞こえて来た。
私は、すぐに、彼女だ。と思うと、見える範囲内をくまなく見て、彼女の姿を探した。
「良かったでちゅ。まだ、ありまちた。わたちとちた事が、事情があるとはいえ、こんな場所に置き去りにちてちまって。なくなっていたら、どうちようかと思って不安でちた」
彼女は走って来たのか、息を切らせながら、一気に、まるで、捲し立ててでもいるかのように、そう言った。
おお。おお。ありがとう。そんなふうに、思ってくれて、とても嬉しい。もうね。誰が来たって、この場を動く気なんかなかったですぞ。君の帰りを断固として、待つつもりでいましたぞ。はい。
「では、早速でちゅが、貴方を喋れるようにちまちゅ」
そう言って、私の視界の中に入ってきた彼女の姿を見た私は、あれ? 何かが違う? とすぐに思った。
だが、何が違うのかは、すぐには分からなかった。
「良いでちゅか。見ててくだちゃいね」
彼女がそう言って、どこか、誇らし気な、得意気な、顔をすると、その瞬間から、なぜだか、彼女の周り空気が、ふんわりとした物から――森の静かな喧騒なども含めて――静謐な物へと、一変した。
それから、彼女が、澄んだ深い緑色の瞳を内包する目を閉じて、顔を俯けて、小さな声で、我が魂の半翼よ。来たりて我の言葉に答えよ。と呟いた。
「ふーん。これ? これを、話せるようにしたいのか?」
シェレジーの頭の上と、その周囲の空間とが、断絶したかのような、シェレジーの頭の上の空間が、歪んだとでも言えば良いのか、言葉で表すのはとても難しいのだが、そんな何かが起こってから、シェレジーの頭の上の、何もなかったはずの場所から、ポンッという効果音が聞こえて来そうな勢いで、サイズとしては、平均的な大人の男の手と同じくらいの、大きさだろうか、そんな大きさの、緑色の綺麗な長い髪が印象的な、如何にもな感じの、あの、透明な虫の羽のような物が生えている――けれども、あまりにも不可思議な、感じのする、何やら、妖精の力がそうさせているのか、体全体が、薄桃色の燐光のような物に包まれている――典型的な人型の妖精のような物が、現れた。
「あ~。わたちが、紹介ちゅる前に、駄目じゃないでちゅか。わたちが、シレルの事を紹介ちてから、シレルが喋るはずだったのに。それに、これ、なんて、そんな言い方ちちゃ駄目でちゅ」
シェレジーが頭の上に浮かんでいた妖精のような物を、かわいい小さな両手で、優しく、包むようにして掴んだ。
「ごーめーん。このシレル様を紹介する為に、一生懸命練習してたもんな。でもさ。これ、高位の魔法道具じゃないっぽいぜ? 魂はあるけど、まあ、まだ、契約してないから、これが何かは詳しくは分からないけど、なんか、そういう物じゃないっぽい感じがするんだよな」
妖精のような物が、私を値踏みするような目でジロジロと見てから、そんな不遜な事を言いやがった。
はあ!? なんだと? 高位の魔法道具じゃないっぽいだと? お前、このチビの何の芸もなさそうな妖精風情が、心優しく見目麗しい、シェレジーちゃんの言葉を否定するんじゃねえ。
……。
でも、あれか? そうだよな。ちょっと不安になって来たかも。シェレジーが、期待しているような物じゃなかったら、どうしよう。私はそんな事を思うと、思わず体をビクッと、本当は、ビクッとなんてしてはいないのだけれども、震わせてしまったような気になった。
「もう。シレルは、まだ黙っていてくだちゃい」
シェレジーが、ぷっくりと頬を膨らませつつ言ってから、コホンとかわいく、小さな咳払いを一つした。




