十九 置いてけぼりからの~事
十九 置いてけぼりからの~事
あれから、数十分くらいが経った頃か。チコと、その新しい家族達は、何事もなかったかのように、幸せそうにしながら、私を、ご丁寧にも、元通りに、木に立てかけて、立ち去って行ってしまった。
私は、暫くの間、色々な、事を、何が悪かったのか、どうしてこうなってしまったのか、などという事について、考えていたが、結局、いくら考えても、何も変わらず、どんな結論を出しても、この現実は覆らず、チコやその新しい家族達が、戻って来る事はない、と悟ると、前世での、あの頃が、今思えば、仕事が怠いだの、上司が馬鹿だの、今日は一匹も釣れずに、ボウズで悔しかっただのと、不平不満を言っていた日々が、如何に、現状よりも幸せだったのかという事を、噛み締めてから、頭の中を、もう何度目になるのか、分からないが、空っぽにした。
私が人であり、表情などが、あったのならば、きっと、驚くほどに、呆けた顔をしていた事だろう。
そんなふうになったまま、私は、この森の豊かな自然の流れに、身を任せつつ、だけれど、木々や動物達の会話などには、心を閉ざして、耳を傾ける事はなく、永遠とも思える、連綿と続く時の流れに身を浮かべ、ただ、ただ、その流れの中を揺蕩っていた。
……。
……。
……。
私の立てかけられている場所の、近くのどこかから、何か、小さな、足音のような物が、聞こえた気がした。
「見付けまちた。これでちょうか」
足音のような物が聞こえた気がした直後に、そんな声が、不意に聞こえて来たのは、あれから、チコ達がいなくなってから、どれくらいの時間、下手をすると、どれくらいの日数が経った頃であったろうか。
そんなふうに、相変わらず、時間の経過の把握も放り出して、何もしないでいた、愚かで、怠け者の私が、そんな事を頭の片隅で考えつつ、声のした方に目を向けると、幼い、ええっと、これは、エルフ、であろうか?
在り来たりの表現になるが、足元に、届きそうなほどの、輝き透けるような緑色をした髪で、耳がとても長い、年の頃は、まだ、六、七才といった感じの、肌が、とても、白磁のように、色の白い幼女が、私の方に、好奇心に満ち、私を見付けた事を誇らしいと思っているといったように、キラキラと光っている、深い緑色の瞳を向けて、立っている姿が見えた。
「貴方は、たまちいを持ってまちゅね? かなりの高位の魔法道具と見まちた」
幼女が、とても嬉しそうに微笑みながら、私を、その、まだ、何の穢れも知らないような、小さな手で握った。
と、すぐに幼女が小さなかわいい悲鳴を上げた。
「なんでちゅ、これ? これは、小ちゃな金属?」
もう。金袖のお茶目さん。また、こいつめは、スカートに引っかかりやがった。
お嬢さん。お嬢さん。私の、お茶目な金袖が失礼をしてしまって申し訳ない。私の事を、高位の、魂持ちの、魔法道具だなどと言ってくれる、君は一体何者なんだい?
最初は、また、どうせ私には関係ないと、わざと思うようにして、期待しないようにしていたが、今は、もう、どえええええぇっぇえっぇぇぇえっぇ。キタコレーーーーー。これは、ついについに、私と意思疎通ができてしまう、謎のエルフの登場か~~~~~!! と思って、全身全霊を持って興奮していたが、そんな内心の叫びをおくびにも出さないようにと注意しつつ、幼女に話しかけてみた。
もちろん。声などは出てはいないので、あくまでも、私の、あるのかないのか分からない、心や頭の中での事ではあるけれど。
「何か、言いまちた?」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
君は、君は、君は、私の言っている事が分かるのか?
「ごめんなちゃい。何かを言ってるという事は分かりまちゅ。でも、わたちには、何を言ってるのかは分かりまちぇん」
幼女が、とっても、悲しそうな、申し訳のなさそうな顔をした。
いやいやいやいやいやいや。
そんな事は、全然、全然、気にしてない。
そんな事よりも、ありがとう。君が、ここに来てくれて、私の存在に気が付いてくれて、あまつさえ、私が何かを言っているという事を分かってくれて。それだけで、私は、魂が震えるほどに、感動して、感謝している。
「喜んで、まちゅか?」
嘘だろ!? そんな事まで、分かるのか?
くっそう。もどかしい。会話ができないって事が、こんなにも、こんなにも、大変で、切なくて、苦しい事だったなんて。
「ちょうでちゅ。良い事を思いちゅきまちた」
エルフの幼女が、そう言ってから、少しだけ、目を伏せて、なぜか、悲しそうな、それでいて、ちょっと、自暴自棄にでもなっているかのような、顔をした。
「わたちは、この森の近くのエルフのちゃとで、ようちぇいとエルフの仲立ちをちているエルフの巫女のシェレジーと言いまちゅ。わたちは、貴方の気配を感じてから、ずっと、貴方を探していたんでちゅ。わたちは、貴方が欲ちいでちゅ。貴方ほどの魔法道具なら、きっと、わたち達エルフ族の為に役立ってくれると思うんでちゅ。貴方がわたちの物になってくれると言うなら、わたちは、巫女の力をちゅかって、貴方を喋れるようにちてあげまちゅ」
言いながら、伏せていた目を上げた幼女が、さっきの表情の変化は、気の所為だったのか? と思わされてしまうような、素敵な笑顔を見せた。
何ですとーーーーーーーーーーー!!!!
しゃっ、しゃしゃしゃしゃ、喋れるように、な、なななななな、なるんですか?
そんなん、なりますとも。なりますなります。君の物でも、エルフ族の物でも、なんでもなります。いえ、ならせて下さい。
私は、何も考えずに、反射的に、そう言っていた。
もちろん。
その発言は、言葉としては、音としては、どこにも、存在は、していなかったのだけれども。




