髪を切らせろ
決死の丸洗いによって多少清潔な容姿になった『彼女』は、大まかなトリミングが終わるとすぐさま元の鉄兜をすっぽりとかぶり、元のバケツ頭の姿へともどった。身にまとっていた襤褸切れが乾くまでは、ヘルガ隊のテントから失敬してきた備品の雨具をとりあえず着させた。
落書きがおさめられた帯本を両手で抱え、さながら貞操を蹂躙されたかのような悲壮さを醸しながら、ペシェはじっとりとワイナをにらみつけていた。
遺体焼却作業に勤しみながら、ちらりとワイナはペシェに視線を向ける。
「どうにかその機嫌はなおらないのか」
「それはひとのごきげんをとりたいときの言葉じゃないです」
「しょうがなかったんだ」
「ワイナは、デリカシーのない人です。無理やり他人を手籠めにするのは、勇者のすることではないと思います」
「俺は勇者じゃないし、ノンデリでもない」
「ノンデリで、それにひどく助兵衛です」
「そして俺は小児性愛者でもない」
丸洗いのあとのペシェはふてくされてしまい、そっぽを向いてしまった。愛用の自由帳に脂鉛筆でなにやら書き込みながら、すっかりヘルガから任された焼却作業への意欲をなくしてしまったようだ。
そして最後の遺体たちの焼却が始まったころ、落書きにも飽きたらしいペシェにワイナは声をかけた。こっちに来て座れと促すが、「やです」「やー」の一点張り。実のところ、兜の中身は髪の量こそばっさり梳いて減らしているとはいえ、見てくれだけでいえばきわめて中途半端なばさばさの散切り頭になってしまっている。ワイナとしては、もう少し見栄えよく切りそろえてやりたかったのだ。
「やです。ノンデリのいうことに従う義理はないのです」
などと言い出すので、仕方なくワイナは、秘蔵の品に頼ることにした。彼女の前へとつかつか歩み寄り、低い視線に合わせるようにかがんだ。
「……これでもか?」
普段使いの品々を収めた懐から続いて取り出したのは、棒付きの飴である。鮮やかな赤と黄色のまだら模様。見せつけるように派手な包み紙を取り去ると、甘ったるい香料のかおりが、ふわりと広がった。
「な。なんのおつもりですか」
「甘くて、美味い。元気が出る。とても、いいものだ」
子供相手に言い慣れた文句を再び口にして、ワイナは手首を一回転させる。すると、ペシェの目の前に、二本目の飴が現れた。青と緑の色彩が、花束のように手元を彩る。
「おとなしく髪を切らせてくれたらくれてやる。もしかしたら、もう一本おまけで増えるかもしれないぞ。三本だ。甘いの三本独り占めだぞ」
「……やです」
「それなら……まずこの一本は、先の非礼を詫びるためとしよう。受け取ってくれないか」
「……」
何も言わず、ペシェは飴の一本をひったくった。
おもむろに口にくわえると、鉄板越しに恍惚の吐息が漏れてきた。鼻息荒く甘未を味わったと思えば、やがて我へとかえって、ワイナのほうへと顔を向けてきた。
「あまくて、おいしいです……ありがとうございます」
「それは良かった。それじゃあ、俺の願いは聞き届けてくれるか」
「それとこれとは……べつというか」
口の中で飴をころころ転がす音を鳴らしながら、ペシェ頭は本を抱えて思案する。
「姫勇者はどんな髪型をしていたんだっけな?」
「か、彼女は、銀の仮面をかぶっているのです。頭からすっぽりと。だから、それはきっと、お話が終わって大人になった彼女と再会したニルス氏しかわかりません」
食い気味に喋りだす彼女の様子を見て、ワイナはまたも自分の勝利を確信した。なるほど、もう一押しである。
「再会っていうのは?」
「姫勇者は最後……ネタバレになっちゃいますけど、いいです?」
「遠慮しないでネタバレしてくれ」
「それじゃあ、その……姫勇者とニルス氏は、お別れをすることになります」
「ひどい話だ。そりゃあなんでだ」
「ニルス氏の工房がある街に、軍隊が攻めてきたからです。姫勇者の持っている、銀の小鍵の力を求めて……えっと、軍隊はただの悪者っていうわけでもなくて、小鍵を狙うマルベッチ大佐にもちゃんと鍵を必要とする理由があって」
「大佐の話も面白そうだけど、今は姫勇者とニルス氏の話に絞ってくれ」
「んっと……そですね」
口の中で解説を練りながら、彼女は帯本のあるページを開いてみせた。見開きいっぱいに描かれた彼女の絵は、何が描かれているかを察するためには、理解の助けになるような説明が必要だった。手前側には人影らしきシルエット。ページいっぱいに暗い青が広がり、人影が見送る先には、闇夜に輝く月夜のようなまばゆい白が炸裂している。
「姫勇者の乗った飛行船を見送るニルス氏を、描きました。大佐に砲弾を撃ち込まれて崩れてゆく工房……その最後のシーンです」
だとするとこの人影は夜天を見上げるニルス氏で、白は空飛ぶ船というわけか。
「『かならずきみを迎えに行く!』星の海に旅立つ船のマストめがけて、かれはほえるように叫んだ。いつしか澄み渡る満点の星空が、オーナメントのようにきらめいていた。かれらもまた、このすばらしい門出を祝福しているように思えて、ニルス氏はしかたがなかった』」
愛読しているというのは伊達ではないらしい。物語のしめくくりらしい箇所の文章を、彼女は一度もつっかえることなく、すらすらと諳んじてみせた。
「それじゃあ結局、最後までニルス氏は彼女のご尊顔を知らずじまいってわけだ」
「はい」
「それじゃ、君はどう思うんだ?」
「小生は……」
一瞬きょとんと動きを止めて、それから彼女は虚空を眺めて悩むように首をかしげた。そうして視線を帯本の紙面へと落として、本の中ほどのページを開いた。ワイナの顔と、そこに描かれた絵とをきょろきょろ見比べながら、ペシェは様子をうかがった。
やがて意を決して、ペシェは会心の一作とおぼしき絵を披露してみせた。
そこには物語の本編には登場しない、彼女の想像で描かれた姫勇者の素顔が描かれていた。




