K15そう、訊いておきたかっただけ
そうだ、俺はただ訊いておきたかっただけなのだ。
だって、そんなにもとの世界に帰りたいわけじゃないから。
殺してもらって自分だけ得をしようとかそういうのじゃない。
根本やシュンたちがどう思っているのかは分からない。
蘭乃丈なんかはもっと分からない。
俺は自分の心の中すら分からないのだから。
そんな俺が人の心の中なんか分かろうとするほど無理なものはないのだ。
そもそも俺はずっと自分の気持ちというものが分からなくなってきていた。
アイドル業ずっとやっているけど、芸歴はもっと長い。
俺の生まれた家は兄弟が多かった。5人兄弟。
大家族の方である。
両親はさほど裕福な方でなかった。
だから生活は厳しい。
兄弟の中でも見栄えがいい俺が芸能事務所のオーディションに受かり、まだ遊びたい子供のうちから働き始めた。
貰えるギャラは当然親の元に入る。
思っていたより俺には適性があったのか、偶々運が良かったのか知らないが、俺は実力だと思いたいが、運だろうとも思う、
突然人気が沸騰し、売れ始めたころギャラは急速に高くなった。
それまで社宅の集合住宅の狭いところに家族全員で住んでいたのだが、親は俺の働いた金で都心に一戸建ての家を買った。
そして俺の父はそれまで働いていた定職を辞めた。
そして、たまに派遣で働く程度でぷらぷらと遊び始めた。
母親もそれまでは地味な服を着てパートで働いたりしていたのだが、母親も仕事を辞めた。
そして、服装が少し派手になった。
俺は三男坊だったから歳の離れた兄たちと弟がいた。
みんな結婚して所帯を持ちことになって、そして
俺の働いた金から親が出して兄弟にも家を買ってあげていた。
俺は子供の時から仕事で入った金は親に管理を任せていたので、いくら稼いだのか、いくら金があるのかとか一切知らなくて、寝る暇もなく、年に2日しか休みがないような年が何年も続き、そして5年後までスケジュールが埋まっていた。
だから、自分の稼いだ金がどのように使われていたのか全く知らなくて
ある日親に銀行の残高を訊いたら
一桁だった。
3円しかなかった。
俺の通帳に3円。
「これだけ?なんで?」
「みんな使っちゃった。」
母親はにっこり笑って言った。
「でも京ちゃん、また入ってくるでしょ。」
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。」
「俺だって使いたいし、買いたいものとかあるんだよ。なんで、全部使った?」
「あら、親の為に働くのは当たり前でしょ。」
「これから俺の通帳の金と家計のは分けて欲しい。俺だって結婚したりして家庭を持つかもしれないし、自分の働いた分は貯金とかしておきたい。」
「何言ってるの?この家の固定資産税どうすんのよ。お父さん仕事辞めちゃったのよ。あんたが稼いでるからいいって言って。あんたのせいでどこで遊んでるかも分からないのよ。前はそういう人じゃなかったのに。お母さん淋しくて色々買ったりしてるの。あんたのせいなのよ。京也。それなのにお母さんを見捨てるの?みんなあんたの家族なのよ。それなのに家族の事はどうでもいいの?」
「俺だって結婚したりしてそしたら奥さんとか子供にもお金かかるし、自分の家庭を持つかもしれない、だからそのときの為に貯めておきたい、って全部使うのはやめて家計と分けてって言ってるんだよ。
家に一円も入れないって言ってるんじゃないよ。」
俺は感情的にならないように気を付けて、心の中で血が沸騰するくらい腹が立っていたのだが、あんなに大変な思いをして働いた金はどこに行ったのだ。寝ずに働いた金。同級生たちがゲームで遊んだり部活したり、塾に行って勉強しているときに大人たちの中で頭下げて稼いだ金。
俺少年野球をやっていて、野球が大好きでプロ野球選手が夢だった。甲子園に行くのも。夢だった。
けど、芸能界に入って働いている俺に野球を続ける時間もなく、だから諦めた夢。
その代わりに入ってくる金。
それが親の浪費とどこにいったか分からないように消えてしまった。
どこかに消えて、ちょっとしたジーンズを買おうとしてお金を下ろそうとしたら3円しかないとかどうなってるんだ。と怒鳴り散らしたかったが、母親の涙をみて我慢したのだ。
が俺の我慢した気持ちを完全に裏切るような言葉が母親の口から吐き出される。
「結婚ですって?
あんたアイドルなんだから結婚なんか出来るわけなないでしょ。あんたは黙って働けばいいの。
結婚はお兄ちゃんたちや弟の達也がしてるんだから、孫もいるし、もういいのよ。結婚も孫も他の兄弟がやってるんだから、あんたは働いてお金を稼いでくればそれでいいの。結婚なんかしなくていいのよ。」
俺は俺の稼いだ金の為だけの価値しかこの家でないのだ。
良くいうATMとしての価値しかない。
膝から崩れ落ちていくような失望感が。
結婚もするな、と。
いつまでも人気があるとも分からない。
いつ何のタイミングで干されるかも分からない世界でやっているのに。
辞めたときの為に何か飲食店やブティックとかやりたいなと思って、お金がいくら貯まっているかなとかひそかに思っていたのだ。まさか全部使いきっているなんて知らなくて。
ショックだった。
金が無くなっているということもだけれど、
俺の存在価値がイコール金、金づるだという事が、俺の心をとてつもなく傷つけた。
それから俺は自分の通帳というものを自分で管理することにしたのだが、家族からの無心は止まることはなかった。それまでは知らなかったのだが、兄夫婦にも金は入っていたらしく、娘の学費が払えないから金を用立ててくれと言ってきた。母を通してもらっていたらしい。それが途絶えると退学してもらわなくてはならないと。
姪は可愛かった。分不相応の学校で学費も高いと思ったが、それは姪の事を考えて我慢して払ってやった。
のだが、車を買い替えたい、家を増築したい、ガレージを作りたい等無心は止まらなく、俺の人気が落ちついてきても家族からの無心は止まらなかった。
俺は恋愛も人並みにすることが出来た。
年上の女優さんと。彼女の家で食事して、外でのデートは出来ない。
好きだった。
結婚も考えていた。
けど、どこからか噂が立ち、まだ芸能界で安定していないと彼女に判断された俺は、
「もっとしっかりとしたアイドルとして大成して欲しい。だから別れましょう。」
と別れを切り出されて
別れた。
アイドルの為にお金の為に無くしたものは多かった。
もっともアイドルでなかったら彼女と知り合う事はなかったと思うから、アイドルが悪かったのかどうか、その件については分からない。でも仕事の為に俺は別れたのだ。彼女もスキャンダルは恐れたのだと思うが。
それでも結婚する人たちだっている。俳優さんとか。だけど、アイドルとなると難しい。
結婚すれば極端に人気が落ちるのは必然の事。それは避けなければならなかった。
俺は祖母の老人ホームの費用も出していた。
それに、祖母は俺の芸能活動の理解者で、俺の出た番組、そして、雑誌の記事をスクラップしてくれてたり、俺の活躍を見るのもとても楽しみにしてくれていて、感想も言ってくれていて、
だから、仕事の間に時間があるときは、オフの日とか、祖母のいる施設に良く面会に行っていたのだけれど
「辛かったね。本当にいいの?大丈夫?」
彼女と別れたときも一番心配してくれたのは祖母で。
「京ちゃん、辛かったら辞めてもいいのよ。おばあちゃんは京ちゃんの活躍テレビで楽しみに見てるけど、でも京ちゃんが辛くなってしまったら、煌めきも輝きも無くなってしまうと思うの。それではだめでしょう?それに人生は一回きりなのよ。後悔するようなことがないように、自分を大切にして。無理して頑張らなくていいのよ。」
嬉しかった。
でも頑張らなくては行けなくて
両親はもう自分たちで返せないくらいの借金を作ってしまっていたのだから。
貯金が無いだけでなく、借金まで勝手に俺の名義で作っていた。
それを返す手段は
もうアイドルを続けるという選択肢しかない。
俺は中学すらまともに行っていない。アイドルの仕事をしていたから。
そして、人気が沸騰して通っていた高校も中退した。
だから俺は漢字が読めない。台本にはマネージャーにフリガナを振ってもらっている。
詩に出てくる英語もカタカナで読みを振ってもらって歌っている。
簡単な漢字も読めず、書けもしない。
そんな俺が芸能界を辞めて、潰しが利くとは到底思えなかった。
やるなら、自分がオーナーになって自営業しかないと思う。誰かに雇ってもらうとか無理だろう。
売れなくなったからと今の事務所でマネージャーや事務仕事をやるというのも無理だと思う。マネージャーにフリガナと振ってもらっている俺が他のアイドルの台本にフリガナを振ることが出来るわけがないからだ。
もっともこんな状況がアイドルの真実だが、根本晃は違った。
きちんと高校も卒業しているし、自力で大学受験してアイドル活動しながらも通信教育で大学を卒業している。それも偏差値が高い超有名大学である。
大学とか良く知らない俺でも知っているような有名大学だ。
そういう姿をみると俺は情けなかった。ただ、俺の人気がダントツで、仕事量が違ったというのもあるにはある。だけど、根本が偉いのは事実で動かすことなどできない。
もっともあまり出席しなくても出れる芸能活動に理解と融通してくれる高校に入ることが出来なかったのもある。それは親が学費を払えないと言ったからだ。
本当に払えなかったのかは今となっては疑問だ。
が、高校中退したおかげで、仕事量は増えた。もはや休みもなく一日2時間しか寝れず、休みは年に2回あるかないかだったのだから。
そして、アンチも増えた。
ネットで誹謗中傷されることも多く、応援してくれるファンが増えるのと比例するようにアンチも増えたちが悪くなっていった。
そんな生活に俺は少しずつ疲弊していった。
仕事は楽しいと思う事もあったし、やりがいもあった。
誰にでもなれるものではない事も分かっていたのだが。
疲れてしまっていた。
死んでしまったら楽かなと思ったこともあった。
どうしたら楽に死ねるのかと考えたライ検索したり、首でも吊るのが早くて楽化と思ったりもした。
だけど、なんとか踏ん張って生きてきた。
だけど、俺の生活に何の希望も将来のビジョンも見いだせず、毎日働くだけ。
疲れた。
そんなときに
移動する車の中から
成子さんを見たのだ。
俺のすさんだ心に
明るい灯をともしてくれた。
そして、乾ききった心に少しずつ潤いが戻っていったのだ。
成子さんが観に来てくれるから、頑張ろうと思えた。
頑張ってみようと思えたのだ。
応援してくれるファンの方のおかげですとか良く言うセリフではあるが、実際に本当に応援してくれる成子さんが俺の力になっていた。
成子さんの姿を見掛けると嬉しかった。
それに俺は知っていたのだ。本当はそういう好きになり方はだめだと思うけど、ちょうど、噂になった女優と別れた直後涙ではらした目で成子さんを見つけたのだが、彼女ととても似ていたのだ。同じ人ではない、けれど、なんか姿かたち、雰囲気が似ていた。
まるで、女神か天使が現れたみたいに俺には見えた。
多分俺は一目惚れしていたのだと思う。
好きなタイプの顔だったと言ったらそれまでだが、なんか温かさや彼女の魂の美しさのような何かが俺を突き動かしたのだと思う。
実際に俺は自殺しようと思っていたところだったのだから。
その日から自殺サイトの検索を
俺はやめた。




