Y2遭遇
情けない。情けないことに近衛騎士団全滅であろう。目も開けれないから確認しようもないが、あちこちで、苦し気にうめく声が聞こえる。仲間の隊員の苦しむ声が。
咄嗟に退却の命令を出そうとしたが間に合わなかった。あと少しでもディスイークの軍団に気づくのが早ければあるいは逃げ切れたのかもしれないのだが。隊員に退却判断の指示を出すことも出来ず、剣で隊を守ることも出来ず、隊長である僕は瀕死の状態だ。
多分、もうじき僕は死ぬ。
これまで、頑張って努力して、近衛騎士団に入り隊長になった。
子供の頃から人より優れていたわけでもなく、幼馴染みのナデルのように魔力に秀でているわけでも、魔法系の家計に生まれたわけでもない僕は、剣士として身を成すことが夢であり、目標であった。
物心ついた時から気が付けば剣を振り、遊び道具は剣、朝から晩まで剣を振っていた。
5歳の誕生日には父から剣を贈られ、子供の練習用の小さな剣であったが、嬉しくて嬉しくて枕元に置いて寝た。嬉しすぎて抱いて寝ようとして危ないからと叱責されて場所を移したくらいである。
好きほど物の上手なれとかいう言葉があるらしいが、それほど好きということはそれなりに特性があるということらしく、6歳になった頃には近所の騎士団の団員の青年に稽古を付けてもらいそれなりに形になっていたので、驚いて騎士の方の勧めで、剣術コースの特待生として王立の学園に入学することができた。
王立学園の剣術コースはエリートコースで家が貴族とはいえ、三男だった僕は跡取りではないので、多分家は出ていかなくてはならない事、兄さまが後を継ぐであろうこと、自分で身を立てていかなくてはならないのだということを小さいながらに理解していたので、エリートコースに入学し、後々は帝国騎士団に入団できるという道が開けたということは有難いことであるということを6歳にして思っていた。
父と母そして兄たちも僕の学園入学をとても喜んでいたのを覚えている。
かなり豪勢なお祝いをしてもらい、使用人のものたちまで、喜んで涙を流してくれていた。
とはいえ、王立学園に入学してみると、あらゆる地方から剣術に覚えがある子息が集結していたので、自分が特に恵まれていて秀でているなどというおごりは一切感じることができなかった。
いきなり自信喪失敗北の味を知るようなそんなことばかりであったのである。
しかし、本来コツコツと頑張るのが好きな僕は、真面目に稽古に精を出し。人より努力する、という裏技を使い、確実に実力を伸ばしていった。
元より、才能に恵まれ、神に愛されたのだなと思うような者たちもいた。
が血のにじむような努力で勝ち取った近衛騎士団への入団、そして隊長にまでなった。
が、今あっさりと魔物軍の襲撃に会い、勇者様と聖女様のお迎えに来たのに、その命を部隊のものたちともども散らそうとしているのだ。
なんと情けなく短い人生だったのだろう。
頑張った。それにおいては悔いはないくらい頑張った。
が、
やられた。
魔物の魔法攻撃に僕の剣はきかなかった。
魔導士のナデルが居てくれたらもしかしたら助かったのかもしれない。
でもナデルは相次ぐ召喚の儀式で魔力を使い果たし、倒れてしまった。
魔力も枯渇している状況で彼を帯同することは無理であり意味のないことであった。
他の魔導士にしても召喚に魔力を注いでいたので、魔力が残っている魔導士なと帝国宮殿に残っていなかったのだ。魔力は戻るのに時間を要する。彼らの魔力の戻るのを待って万全の体制にしてから聖女様勇者様を捜索に出れば良かったのかもしれないのだが、俺たちは腐っても近衛騎士団、まさかこのような事態になりあっさりと敗退し、死を迎えることになるとは思ってもみなかったのである。
更に早く勇者様たちをお迎えしたい、召喚が成功だったのかどうかを自分の目で確認したい早く会いたいとの国王の思いもあった。無謀だとは知らず、その森は何度か探索に出たこともあり、魔物の討伐もしたことがあるので、そこまで強い魔物がいる場所ではないという油断があった。
それがこの醜態をもたらしたのだ。
部隊の者たちを守ることも出来ず、そういえば僕は恋愛とやらをする暇もないくらい剣の鍛錬と仕事に明け暮れていたのに、この命はここで尽きるのか。
ふざけた不謹慎なことを言うようだが、でもいざ死ぬとなると、今までの人生のことが頭をめぐり、そして為してないなかったことを思い浮かべるものだ。確かに婚約者がいたり、妻をめとっていたり、子供がいる隊員は無念であると思う。愛するものとの別れがつらいであろう。
しかし、僕にはその愛する者すらいないのである。子孫を残すことも出来なかった。このまま一人で死んでいくのだ。
痛い。身体じゅうが熱く焼けただれているのが分かる。魔法攻撃を受けた重度の火傷はもはや薬では治すことは出来ない。余程の魔導士でないと治療は困難なのだ。ナデルですら治せるか分からない。しかも彼は今魔力もなく意識なく寝ている状態だろう。彼が回復したころには僕の命は尽きているだろう。
というより、多分今この瞬間にも死ぬ。痛みが感じなくなっている。そして、なんだか暖かい。
ふんわりと優しい光で暖かく包まれているようだ。
痛みが引いていく。身体じゅうを覆っていた灼熱感と絶望的な痛みが消えていく。温かい優しいものに包まれていく。
ああ、神様、僕は死んだのですね。そしてこの暖かさは天国に来たのだ。
地獄ではないのだろう。
死んだのだろうが天国に来たのだ。
天国はどんなところなのだろう。
と、目を開けてみた。
目も焼けただれて潰れ、二度と開かないと思っていた瞼が開く。
とそこには
女神がいた。
美しい長い黒髪を持ち、目が大きく、白い肌。
美しい。そしてなんと神々しく、愛らしいお姿。これが天界の女神。
何か言おうと口を開こうとしたが、
女神は僕の様子をみると、
「大丈夫そうですね。後はお願いします。」と誰かに話し、
僕を置いて急いて移動していってしまった。
え?辺りを見回すと、先程の戦場だった。
戦場になってしまったあの森の中だった。
「隊長!良かった。気がつかれた。」
部下の副官のアランが泣いている。
ゆっくりと身体を起こすと
身体が普通に動くではないか。
手を見てみると火傷が魔法熱傷の痕跡が跡形もなく消えている。
これは。どこも痛くない。まるで攻撃など受けていなかったかのように、僕の傷は治っていた。
死んだのではないのか。ここは天国ではない?さっきの場所だ。
驚いて辺りを見回すと部隊のものを女神が次々と治療している。
治癒魔法、か。
にしてもなんと高度な。あっという間に次々と治療が済め、腕を損傷したものなど治った腕を驚いて見ている。指を動かしたり肩を動かしたり。
ほぼ歩くことも出来ないだろうと思われるような重傷者も次々と治療され回復していっているのだ。
その光景は奇跡のようであり、驚きと同時にただただ見入ってしまったのだ。
そして、僕は気づいてしまった。
あの方は女神さまではない。聖女さま?
なのではないだろうか。ということを。
そして、驚くことに胸の高鳴りというものを初めて体験したのだ。
その美しい気高い姿、愛らしいお姿に
抱いた人生初の感情。
なんて可愛らしい愛くるしいお姿。
苦しい。傷が治っているというのに、気が付いたら胸のあたりが苦しくてたまらない。
熱いほとばしるような感情、これはときめきというものなのか?
僕は三男とはいえ家柄も良くそして近衛騎士団隊長ということもあり、縁談を持ってくる貴族も多く、多くの令嬢から熱い視線を受けているということは承知していた。
が、陰で足を引っ張りあっていたり、女性のあるまじき姿を見てしまうこともしばしばあり、稽古に余念がなかったということもあり、女性に対する憧れや、思慕のようなもの、はたまた恋愛感情なるものとは無縁でありむしろ一番遠くにいたように思う。
だから死ぬときになって、恋愛ひとつしてこなかったなどと浮かれたことを思ったのだ。
恋愛などと浮かれたことを言っているのは頭が軽いものたちと思っていた。軽いやつらめ、と思っていたのだ。
が、
一度死んだと思った僕は
気が付いた途端に
いきなり
恋に
落ちていた。




