K1名前を知っていたわけ
一目惚れだった。俺は神崎 京也。アイドルグループヘブンズゲイトの一員である。
それは緑美しい若葉の季節。初夏という名前の風に吹かれると気持のいい梅雨の晴れ間、
俺は移動車の事務所のワゴンの後部座席に乗ってぼんやりと窓の外の流れる景色を見ていた。
ふわっつ。音が聞こえたように、実際は聞こえてはいなかったのだが、風に吹かれて飛ばされた帽子が俺の視界を横切って、それを慌てて追うように風になびく美しい長い黒髪。まるでスローモーションで流される映像のような一枚一枚の絵が静止画で流れるようなそんな、どこか別の世界のものをみているような、自分の中で何か時が止まったようなそんな瞬間。一瞬だった。
どうなることか見ていると追いつきふわっと飛んだ帽子を捕まえたその手は補足きゃしゃでだけど、長すぎず、むしろちんまりとして可愛らしかった。
俺は小さくて可愛いものが好きで、ものでなくても、ペットのワンコたちもチワワとティーカッププードルを飼っている。ティーカッププードルにおいては何故かトイプードルより大きく成長してしまったが、餌が良かったのか、俺ペットフードあげすぎだったのかおやつあげすぎで甘やかしたのがいけないのか、はたまた騙されてティーカッププードルじゃなかったのか、分からないんだけど。
小柄で華奢、愛らしい可憐という言葉は彼女のためにあるような、その人は頑張って追いついてキャッチした帽子をほっとしたように胸に抱いた。
それだけだった。
それだけだったのだが、
俺は振り向いて後ろに流れて小さくなっていく彼女の顔をずっと見つめていた。
運命というものがあるのなら、あれは運命だったのだと思う。
それからしばらくして俺は個人仕事の舞台で座長公演をしていた。
毎日しっかり昼夜2公演。マチネとソワレと出演した。歌もダンスもある舞台。体力も喉も使う。俺が倒れたら何もかもがおしゃかになってしまうのだから、体調管理も万全にして、緊張もする日々がひと月近く続く。きつい。が、毎年恒例のものになっており、やめたいということを言えるわけもなく、また辞めたいとも思ってはいなかったのだが。
その舞台の座席の真ん中にちょうど、前でもなく、後ろでもなく、真ん中からちょっと後ろくらいの席に彼女が座っているのが見えた。
「え?」
と思った。
俺はちょうど、ワイヤーでつられて回るアクションをしていて、ぐるぐる回りながら、いつもは、目が回ると気持ち悪いのでそんなに客席の様子なんか見ない。目は開けているだけで機能させていない。のだが、
よく見に来てくれるいつものファンの方々の面々の中に、ぽつりと光る彼女がオーラが光っていたのか、俺にははっきりと見えたんだ。
俺は嬉しくなって、投げキッスを彼女に向かってして手を振ってしまった。普段はそのシーンでそのような事はしないんだけど。
反射的になぜか身体が動いてしまった。
それは偶然というものだろうがいろんな要素が絡み合って、運命なのだと思ってしまう何かがあったのだ。
彼女が俺のファンらしいということが単純に嬉しかった。
そう、そのときは。嬉しくて胸がいっぱいだった。
投げキッスが自分に向けてのものなのか、きょとんとして周りを見回す彼女。
彼女のことを睨みつける周りのちょっと大人のファンの方たち。
周囲の反応に投げキッスが自分に向けてのものであると判断したらしい彼女は放心したような顔をしていて、俺の心を満足させた。俺は最後にも手を振っていた。彼女に向かって。
出待ちをしてくれるファンの人たちがいる場所を歩いて手紙を受け取るということを千秋楽のときだけ毎年していたんだが、疲れてる中それをするのは実際いきつかった。
がアイドルという仕事上ファンの方たちを楽しませるのが本業なので多少のサービスはしないといけないし、喜んでもらえるのだし、そして千秋楽のほっとした気持ちとやり切った高揚感があった。
その列に彼女が並んでくれているかもと密かに期待していたが、一応公にやりますよと宣伝している行事ではないので、終演後普通に帰宅するファンの人もいるだろうし、彼女がそこにいるという確証はなかった。が居ないかなあと思いながら俺は歩き、
居た。
見つけて、こんな近距離で彼女をみるのは初めてだったので、俺は足を止めた。普通な歩きながら手紙は受け取るのだ。
足を止めて、手紙を受け取って、じっとみた。顔を。そして受け取った手紙に俺は爪をたてて、ちょっと折りしるしを付けた。名前が書いてあるかもしれないから、名前を知りたかったし、他の子の手紙と分けたかった。
その動作をさりげなくするために一応彼女の周りの人たちもぐるりと見回しておいた。あとで意地悪とかされたら可哀想だからという配慮もあった。
お互いに声をかけてはいけないというルールでやっているイベントだったので、お互いに無言である。
でも彼女の大きな瞳が美しく丸くて可愛くて俺を好きだと言ってくれているような、そして、俺が取った特別行動、立ち止まりじっと見つめるという落としにかかった作戦に心を鷲掴みにされたような驚いた顔、でも鷲掴みにされたのは俺の方だった。
可愛い。愛くるしい、苦しくておかしくなりそうだ。と思ったのは俺の方だった。
ほんのちょっとの一瞬の時間だったが、手紙に印を付けた俺、グッジョブと思いながら
あとで、受け取った手紙の山の中から彼女の手紙を見つけた俺はガッツポーズをした。
そこには彼女の名前が
早瀬 成子
と書いてあった。
その後しばらくしてあった、ドームでもコンサートでも俺は彼女を探した。
開演前に会場の様子を一通りモニターが映し出してくれる。
開演前の準備をしながらおれはモニターをガン見して、毎回彼女がいないか探すようになってしまい、彼女がステージ近くの席じゃないときは双眼鏡越しに目が合うようにそっち方面ばかり見たり、手を振ってみたり、投げキッスをしてみたり、していた。
彼女がいるところを瞬時に見つけてサングラスの中からじっとみたりしていた。
ムービングステージが通る場所にいたとき俺がいる方じゃない方にいたので、シンメのシュン側にいたので、シュンの横に無理やり入り込み、彼女にファンサをした。お手ふりをしてそうそう、君だよみたいに指さしてウインクをしたり。彼女が喜ぶ顔を見たかったし、それが俺の喜びだった。
けど、それだけだった。
名前分かったし、ファンクラブにも入ってくれているとは思う。
けど、俺たちアイドルはファンの子に手を出すというようなことは出来ない。当たり前にご法度である。
喜んでくれる顔をライブの時とか舞台のとき見れるだけ。触れることも話すこともできない。
それはアイドルである以上仕方のない宿命のようなものだから、俺はそれは分かっていた。段々とつらくなってきたけど、忙しいというのもあり、自然と受け入れていた。
俺のそんな気持ちがこんなことを引き起こすとは思いもせずに。
そう、俺はこの召喚が俺を必要とする何者かがこの世界に召喚し、
俺の心の中にあった彼女が巻き込まれてしまった。巻き込まれてここに連れてこられてしまった。俺が彼女も巻き込んだのだ。このわけのわからない世界に。多分これは夢じゃない。
俺のステータスバーには勇者と書いてあった。
書いてあるからには勇者なのだろう。
そして何かやらなければいけないのだと思うのだが、ここは危険な場所なのではないだろうか。勇者が必要な世界が平和であるとは思えないからだ。
こんなことに巻き込んでしまってごめん。
気絶しているのが意識がなく、倒れている彼女の美しい可愛らしい顔に、ずっと触れてみたかった髪に俺はそっと指を伸ばした。
さらさらと俺を指を滑り落ちていくまっすぐな細い黒髪は柔らかく、つやつやとしていて、俺はたまらなく苦しくなった。
あなたのことは絶対に俺が守る。
俺はそう決心してそっと眠っている彼女の身体に俺の身に着けていた衣装のマントをかけてあげた。身体が冷えるといけないと思ったから。
そして彼女が目を覚ますまでずっと寝顔を見つめていた。
辺りに危険がないか様子をみながら。
武器のようなものを持っていなかったから戦って勝てるとかわからなかったけど、なんとかなりそうな気がしていたし、絶対守らなくてはという気持ちが俺の心を駆り立てていた。




