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さくら色のマリー・改訂版  作者: 葦原佳明
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第十一話・梢と一樹・2

「うん?」

 マリーはピクンッ敏感に耳を立てた。いや、人間なので、猫ほど耳は動かないが猫なら確実に跳ね上がっていた。

 カンカン……。

 金属製の階段を登って足音が近づいてくる。

 カンカン……。

 歩幅や履いているものからして、すみれではなさそうだ。ここの住人のものとも違う。もちろん時間から考えて梢でもない。

 マリーは一樹じゃれあうのをやめると猫のように顔を上げ、ジッとドアの方を見つめた。

 カンカン……。

 近づいてくる。

 意識がドアに吸い寄せられるように集中していく。

 三メートル、二メートル、一メートル……

 足音が止まった。部屋の前だ。

 コンコン。とドアがノックされ、マリーが応じる間もなく唐突にドアは開けられた。

「おっ、いた」

「……?」

 現れたのは茶毛の男であった。

 強い匂いの香水をつけ、火のついていないタバコをくわえている。南国の花が散りばめられた派手なシャツと金色のアクセサリーが目につき、マリーは目がチカチカした。

 男は細身で身長が高く、背の低いマリーが側に立てば見上げる感じになるだろう。

 入って来た茶毛は驚いたように部屋を見回しながら不思議そうな顔をした。

「なんだ? ずいぶん綺麗になってんじゃん」

 この部屋を知っている? でも……

「えっと……」

 マリーは首を傾げた。

 誰なのかわからない。

 すみれからも聞かされていないし、会ったこともない。

 急いで考えを巡らせる。

 親しげな雰囲気だけど、なんか威圧感がある。でも、敵意はないみたい……。

 考えられることはさくらの知り合いということだ。そうとなると何とか話を合わせなければならない。

「たく、何度もメールしているのに、何で返さないんだよ」

「……?」

 メール?

 男は苛ついたように言って、革靴を脱ぐと慣れた感じで部屋へと上がる。

 もし、さくらの知り合いでなければ、これほど簡単に縄張りに入れたりはしないのだが仕方がない。

 さくらじゃないってバレないようにしないとだよね!

そう思っても、マリーはどう対応したらよいのかわからず、一先ずすみれが来た時と同様にお茶を淹れることにした。

 その間にメールとは何なのか必死に思い出そうとしたが、普段携帯に触ることないがないためがどうしても思い出すことが出来ない。もし、携帯まで思いついたとしても、マリーは電話を取る以外にしか使い方を覚えていないためメールを見ることはないのであるが。

「コーヒーと……」

 マリーはお湯を沸かしながら、コーヒーと紅茶、どちらがいいか聞こうとして慌てて口を閉じた。

 この人物はさくらの知り合い。

 もしかすると、この人の好みをさくらはよく知っていたかもしれない。出すものも決まっていた可能性がある。

「?」

「えっと、今、コーヒーしかないんです」

 そう言って期限ギリギリのインスタントコーヒーを淹れると男に差し出した。

 マグカップはマリーからの歓迎の意味も込めて、ピンク色の可愛らしいものをチョイスした。

「……コーヒーって、まあいいけど」

 男の反応はいまいちだ。どうやら選択ミスだったらしい。マリーはニコニコと笑って誤魔化すことにした。

「そんなことより、ガキをどうにかしろよ」

「ガキ?」

 男の視線がチラチラと一樹に向けられる。一樹はその視線に気がつき萎縮する。

 何を言ってるんだろう、この人?

 マリーは察しがつかず、一樹と男を交互に見比べた。その視線に一樹は目を丸くする。

 一樹は知っていた。

 この男は、母親の恋人の一人で、名をコウジという。苗字はしらない。たまにこうして姿を現し、母親を独占していくのだ。

 そんな時、一樹は決まってさくらに怒鳴られ、家を追い出されるか、押入れに閉じ込められた。それは彼が訪ねて来ると決まって始まる二人の秘密の行為に自分の存在が邪魔だから。そのことを彼自身、今までの経験から理解していた。ただ二人の間で金銭的なやりとりがあり、愛情のようなものはないのだということも何となく理解していた。

 一樹は暗く狭い押入れの中で身を屈みながら、漏れ聞こえて来る母の普段聞かない声を聞くのが嫌だった。その甘い声と熱気から逃れるように外で時間を潰す方が幾分心が救われる。

 しかし、今日はそのタイミングを失ってしまった。一樹もコウジと母親の間で視線を行き来させる。するとコウジが不意にマリーに近づくと、いきなり彼女の肩を抱き寄せた。

「さっさっとしろよ、久し振りなんだから」

「!?」

 その瞬間、マリーはゾワゾワとした不思議な感覚に体が震えた。

 男の匂いが変わった。マリーは直感的に気がついた。男が発情している。そして自分の体がそれに反応しようとしている。

 ああ、これが発情なのか……。

 マリーは初めて感じる感覚に興味深く反応していた。

「えっと……」

 正直、今会ったばかりのこのオスに対して何の感情もない。特別好みというわけでもないが、さくらの恋人であるということであれば問題ないのだろう。マリーは感じたことない感覚とその行為への好奇心で胸躍らせはじめていたその時だった。

 ふと、マリーの袖が引かれる。

「えっ?」

 袖を引いていたのは一樹であった。「チッ」と男の舌打ちがマリーの後ろで聞こえた。その瞬間、 男の腕が一樹を突き飛ばした。

「あっ……」

「近づいてくんじゃねぇよ。……おい、ガキをサッサッと向こうへやれよ」

一樹は突き飛ばされ尻餅をついた。

「……!」

 今! こいつ! 一樹に!

 その瞬間、マリーはカッとして立ち上がった。 

 マリーは自分がさくらである事も忘れ男を睨みつけた。髪が逆立つほど怒りに震えながら「何をするの!」と言うとしたが、うまく口が回らず、。マリーは猫のように唸りを上げて男を威嚇しただけになった。

「な、なんだよ?」

「うるさいっ、一樹に謝れ!」

 戸惑う男に次の台詞は何とか言うことができた。

「どうしたんだよ、そんなに怒るなんて?」

 マリーの怒りに男は戸惑いったが、その姿に何より一樹も驚いている。

 なぜ、母親の袖に触れてしまったのだろう?

 一樹自身もなぜあんな行動をとってしまったのか、自分でわからなかった。

 いつもだったら、素直に自分から家を出ていくのに。もし、あんなことをすれば、男の暴力よりもまず母親からの平手が飛んでいたであろうことはわかっていたのに。

 それが、今は自分をために?

 さっきまで笑顔でいた母が怒りに震えている。それが一樹にとっては不思議な光景だった。

「いつもはお前の方が……」

「出て行け、ここにもう来るなっ!」

 マリーはコウジに掴み掛からんばかりの勢いで咆えた。マリーの勢いに危険を感じたのか、コウジも慌てて立ち上がる。

「ちっ、何なんだよ、クソッ」

 コウジはさくらの予想外の反応や態度に、焼け付くような動悸と苛つきが込みあがってくる。急速に膨らむ怒りにスイッチでも入ったかのようにコウジも顔色をかえた。

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