地球への帰り方
最終回です。
僕が目を覚ますと、そこは既に宇宙だった。ソフィにキャトルミューティレーションされたときと同じ感覚だ。治療はソフィが大体行ってくれたらしい。腕は包帯ぐるぐる巻き、足は固められて杖をつかなければ歩けないが、少なくとも痛みはない。全治一週間程度だそうだ。この程度で済んだのが奇跡的だったのか、それとも技術が進んでいるおかげなのかは僕にはわからない。多分両方なのだろう。
僕は目を覚ますと真っ先にナナの寝室へ向かった。今回の一件で一番重症だったのはナナだ。僕は有機アンドロイドというものを完全に理解しているわけではないので言い切れないが、少なくとも僕にはそう見えた。体の下半分を失くしてしまえば普通は死ぬ。ナナが傷つくので本人の前では言えないが、ナナもそれはわかっているようだった。ナナが言うには、彼女の有機物合成機構の基幹部分は心臓のあたりにあるらしい。そこをやられていればアウトだが、逆にいうとそことメインコンピュータである頭さえやられなければ大体何とかなるらしい。ある意味では人間と同じなのかもしれない。
僕がナナの寝室に入ると、ミルにすぐさま追い出された。どうやら僕が寝ている間、ミルがずっとナナの看病をしてくれていたらしい。ミルが言うには、ナナは今再生中で生まれたままの姿らしい。アンドロイドがどういった状態で生まれるのかはよくわからないが、恐らく比喩だろう。彼女が言うには、「現在男子禁制なのです!」だそうだ。そういわれると男は黙るしかない。ミルが二人きりなのをいいことにナナに変なことでも吹き込んでないか甚だ心配である。
エリーゼはというと、自室ですっかり眠っていた。ソフィが言うには、僕が寝ている間にちょくちょく起きてきていたらしいが、基本的には寝ているらしい。超能力を使うと疲れるのだろう。それに、彼女はコールドスリープから覚めたばかりだ。起き抜けのウォーミングアップにしては、先の戦闘は少々過激すぎたと思う。疲れるのも無理はない。
そういうわけで、僕は今ブリッジでソフィと二人きりだ。現在は亜高速航行中で、大窓にはホログラムの青空が映し出されている。ソフィはジャージ姿で鈍色のリクライニングシートに腰掛け、謎のゲルをじゅるじゅるすすっている。恐らくは魚のゲルだろう。なんだか懐かしいなと思う。
「あんた、もう起きて平気なの?」
ソフィが爪をいじりながら言った。
「うん。一応ね。手当してくれてありがとう」
「バカ。ほっといたら今頃死んでるわよ。私が勝手に連れてきて死なれたら目覚め悪いもん」
「まぁそうなんだけどさ、もし僕が死んでたとしてもソフィのせいじゃないよ。僕がやりたいと思ってやったことなんだから」
僕の言葉にソフィはふんと鼻を鳴らした。
「もう二度とあんな無茶しないでよ。心臓に悪いから」
ソフィは少しむくれている。
「わかってるよ。でもその言葉、僕も何回君に言ってやろうと思ったかわからないよ」
僕は冗談混じりに言った。
「私のは無茶じゃないからいいのよ」
無茶じゃないだって? 冗談だと思うことにする。
「まぁそれはともかくとして、今どこに向かってるの?」
現在は亜高速航行中。どこかしらに向けて移動しているということだ。
「あれ、言ってなかったっけ。地球よ」
僕は一瞬ソフィの言葉を飲み込めなかった。
「ごめん、なんだって?」
聞き間違いかどうかを確かめるために僕はもう一度聞いた。
「だから地球よ。あんたを地球に返すために地球に向かってるの」
「でも記憶消去装置ってのはまだ手に入れてないじゃん」
僕が地球に帰るためにはそれが必要なはずである。エリーゼを拾うまでは、それが目下の旅の目的だったはずだ。
「あんたってひょっとしたらバカなんじゃないかと思ってたけど、やっぱりそうなのね」
なんとも失礼なことを言う船長である。彼女は続けた。
「あんた、エリーゼの力見てなかったの?」
「あ……」
宇宙バンパイアであるエリーゼの能力、それは吸収。その吸収対象は、エネルギー、データ、人の記憶。なるほど、エリーゼに頼めば僕の宇宙での記憶を吸い取ってもらえるだろう。
「あ、あとエリーゼも地球に置いてくことになったから」
「え!?」
いつの間に相談したのだろう。しかし、エリーゼの言葉を思い返してみると、そういえば文明のそこそこ発達した未開惑星にでも落としてくれとかなんとか言っていたような気がする。それなら地球は最適だろう。
地球に帰れる。長かった旅が終わる。それは僕にとってとても喜ばしいことである。そのはずなのだか、何かしらが胸にわだかまっている。皆と別れたくないという気持ちだろう。地球での僕は死んだような生活を送っていた。それが、宇宙に来てからというもの、見るもの見るもの目新しくて、ずっとわくわくしっぱなしだった。これからも、そういったわくわくが続いて行くのだろうと勝手に思っていた。
しかし、僕の最終目標は地球に帰ることだ。当然、帰ってしまえば旅も終わるし、元の生活に戻らなければならない。僕もそれを望んでいたはずだ。望んでいたはずなのだが……
解決できないもやもやを胸に抱えたまま、僕は残りの時間を過ごした。
ナナはみるみる回復してゆき、やがては元と変わらない状態まで回復した。ナナが「看病シチュ萌え」などというわけのわからない言葉を覚えてしまっていたので、ミルにはとりあえず拳骨をかましておいた。僕が地球に帰るということはナナには今のところ内緒にしてある。いや、内緒にしてあるというよりは、誰も言い出せないでいた。
僕たちはいつもと変わらない日常を船内で過ごした。怒り、笑い、時には泣いたりもした。僕にとってこの船での日常は、胸躍る冒険よりもかけがえのないものだと感じた。
地球に着くまでの間、僕はその話題を口にしようとはしなかった。もし僕がその話をして、ナナに引き留められでもしたら、地球に帰る決心が揺らいでしまうような気がしたからだ。
そうこうしている間に、僕たちは最後の亜高速航行を抜けた。大窓には、まさに夢にまで見た地球が映し出されている。写真や映像では見たことがあるが、実物を宇宙から眺めるのは初めてのことだった。
「この星……もしかして、地球なのですか? でも……なぜ?」
ナナは混乱しているようだった。
「僕は、エリーゼの能力を使って地球に帰ることにしたんだ」
他のみんなは黙って下を向いている中、僕は言った。ついにこの日まで言い出せずに来た自分を呪いたい。
「私も行きます」
やっぱりそうくるか。僕はその返事を予想していた。
「ごめんね。ナナは連れていけないんだ」
ナナは驚いたような表情をしている。
「いやです……」
僕はナナが「いや」と言ったことに少し驚いた。頑固なのは知っていたが、感情を表に出すような言動はあまりしないからだ。
「どうしても、ここで別れなきゃいけないんだ。僕が勝手に連れて来たのに、本当にごめんね。辛いかもしれないけど、僕のことを忘れないで欲しい。君が僕のことを忘れないでいてくれると、僕は君の中でずっと宇宙を冒険できるんだ」
「そんな……アサトさんは! 私のことを、忘れてしまうのにですか?」
ナナはいつの間にか泣き出していた。基地で見せた涙とはだいぶ違う。子供のように泣きじゃくっている。他のみんなは唇を噛んで目をそらしている。
僕はいつの間にかナナを抱き寄せていた。ナナは僕の胸の中で嗚咽を漏らして泣き続けている。
「ず……るいです……ミルもあーくんと離れたくないです!」
ずっと堪えていたのか、ミルまで泣き出し、僕に抱き着いてきた。本当にこいつはよく泣くやつだ。僕がミルの頭をなで、耳に触れるた。彼女は一瞬ビクリと身を固くしたが、すぐに頭を僕に委ねてきた。
思えば、ミルは宇宙で二番目に知り合った女の子だ。彼女が船に乗り込んできてからは、本当に無茶苦茶なことばっかりだったと思う。彼女と出会ってから、僕の冒険が始まったといっても、決して言い過ぎではないだろう。思い出すのは、いたずらっ子のように笑うミル。操縦席で真剣な顔をしてソフィと議論を交わすミル。何か困ったことがあるとすぐに涙ぐむミル。本当に楽しい奴だと思う。
僕は二人の頭をポンポンと叩いて、ソフィに一歩詰め寄った。
不遜に腕を組んで、私は泣かないわよとばかりに「何よ」というソフィ。
僕の宇宙の旅は、彼女との出会いから始まった。楽しい時も、辛い時も、常に彼女がそばにいた。まさに苦楽を共にした仲間という奴だ。
「今まで本当にありがとう」
僕がそう言うと、プイとそっぽを向いて、「どういたしまして」とソフィは言った。その声は心なしか震えていたが、僕の気のせいということにしておこう。
僕は皆から暖かさを感じた。宇宙に来てからというもの、僕は大きく変わったように思う。ずっとなまけてだらだらしていた僕が、誰かのために一生懸命になることができた。この変化は、恐らく記憶がなくなってしまっても変わらないだろう。魂が記憶に依存するかどうかは僕にはわからない。でも、そんな気がする。地球に帰ったら、もっと活発に動こう。そして、何かに対して一生懸命になろう。宇宙飛行士を目指すのなんて、いいかもしれないな。
そうして、僕はエリーゼの方に向き直った。
「もうよいのか?」
「うん。やってくれ」
「短い間だったが、主らは愉快な奴らじゃ。楽しませてもらった。向こうではわらわをよろしく頼むぞ」
「はは、会いに来てくれればね」
「うむ。では、ゆくぞ」
エリーゼは左手の人差し指をそっと僕の額に当てた。一同はその様子を涙を拭きながら見守っている。
瞬間、何かが白く光った。
「ちょっ……コソ泥! 緊急退避するわよ!」
ソフィが叫ぶ。
何が起こったかわからない僕は窓の外を見た。
地球が――なんか変な白い球とぶつかって雪だるまみたいになっていた。
それは、弾丸で打ち抜かれる林檎をスーパースロー映像で見ているような光景だった。ただし、打ち抜かれているのは林檎ではなく、僕のふるさと、地球だ。
銀河ゴルフ大会。
銀河ゴルフとは、宇宙で過去に流行した、エクストリームスポーツの一種である。衛星サイズのボールを使用し、惑星の衛星軌道をフェアウェイとして、ブラックホールにぶち込むまでの最短打数を競う競技である。ただし、コンピュータのちょっとした不具合により、稀にOBショットが炸裂して惑星を破壊してしまうことがある。無論、惑星破壊は超一級の重犯罪である。しかしながら、経験者は「そのスリルがたまんないんすよ」と語る。今では競技そのものが禁止されているが、未だに根強い愛好家が多く、日曜日には非公式の大会が催される宙域も多い。
「そ……んな……」
僕らは今、地球から遠く離れた宇宙にいる。地球破壊の衝撃に飲み込まれないように、太陽系を離脱したためである。
「やっと地球に帰れると思ったらまた……いや、もう帰ることすらできないのか……」
地球はゴルフ大会のOBショット炸裂により粉砕されてしまったのだ。
「アサトさん……」
ナナが悲しそうにこちらを見つめてくる。
「あーくん、うちくる?」
ミルにまで心配されている。よっぽどな顔をしているのだろう。
「もう、いつまでへこたれてんのよ。さっさと次いくわよ」
ソフィが言った。
「行くってどこにだよ!? もう地球はないんだぞ!?」
「どこって、決まってるじゃない。タイムマシンで過去に行って、ゴルフ大会の邪魔をしてやるのよ」
ソフィはニヤリと笑って言った。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。明日空です。
後書きから先に読んじゃう派だぜ!という人は初めまして。
よかったら中身も見てみてください。
以下ネタバレを含みます。
というわけで、この小説はこれにて完結です。
細かな加筆修正等はあるかもしれませんが。
何分初投稿ということで、色々と不手際があり申し訳ありません。
さて、オチについてですが、このオチは納得されない方も多いでしょう(笑)
ですが、これは最初から考えていたことでした。
むしろ、このオチを先に思いついて、中身を無理やりでっち上げたといっても過言ではないくらいです。
漫才で言う、「もうええわ、ありがとうございました」みたいな感じの終わり方にしたかったのです(笑)
内容については、処女作ということで、細かいシーンの書き込みやキャラの描写などはまだまだ足りないかな、と思っています。
特に、私は会話文が苦手なので、キャラが魅力的に仕上がっていない可能性大です。
妄想の中にはもっと可愛いナナがいるのに、表現できないもどかしさに苦しんでおります(笑)
まぁこんな終わり方ですので、シリーズ化はまだ書いてもいないですが、読者様の要望があれば検討いたします。
最後にもう一度、ありがとうございました。
感想などいただけると、飛び跳ねて喜びます。
それでは、また次回作で。




