宇宙魔法使い
僕らが宇宙船で建物の敷地内まで突っ込んだ時、あたりには何もなかった。先に飛ばした公安局の宇宙船が何もかもを吹き飛ばしてしまったようだ。
しかしながら拿捕した宇宙船がいきなり突入してきたとあって、バラバラと黒いスーツを着た警備が集まってきた。全員手には銃を持っている。
「アサトさん。どうやら床に穴を開けている時間はないようです。地下への階段は無事のようですので、それを使いましょう。私が先を行きますので、アサトさんは私の後ろをついてきてください」
そういうとナナは、善は急げという風にハッチに向かった。開きっぱなしだったハッチは若干傷がついているが、開閉には支障なさそうだ。
僕とナナが外に出ると、4~5人の警備がこちらに銃を向けている。
「止まれ! 仲間がいたのか!」
ナナはその静止を無視し、右手の人差し指をピストルの形にして相手に向けた。ナナがその手を少し振ると、人差し指の先がポロリと外れた。その瞬間、ドンドンドンドンドンと五発の発砲音。ナナの指先から何かが射出されていた。ほとんど一瞬の出来事である。発射された弾丸はすさまじい精度で銃口に吸い込まれていった。
「バイオ弾で相手の銃口を塞ぎました。光学兵器は射出鏡を汚されると光が散乱して使えなくなります。今のうちに急ぎましょう」
警備のうち何人かは僕らに向けて銃を発射しようとして暴発させた。何人かの警備は銃を捨て、こっちに向かってくる。階段まではあと100mと言ったところだ。
ナナはこっちにやってきた警備の一人に蹴りを一発。みぞおちに渾身の蹴りを食らった警備は一瞬宙に浮き、そのまま地に伏した。続いてナナはその後方からやってきた敵の警棒をかわし、顎に左手で掌底を放つ。相手の顎は首ごとぐるりと回転し、糸が切れた人形のように倒れた。僕らの背後から、新たに複数の足音がこちらに向かってくる。ナナは振り向いてまたもバイオ弾を射出した。が、一瞬遅かったのか、ナナの左手がレーザーによりちぎれ飛んだ。
「ナナ!!」
「大丈夫です。早く……急いでください!」
僕は全速力で走った。後ろではどんどん増える警備の足音と、ナナが応戦する音。どうやらナナが足止めしてくれているようだ。流れ玉が僕の肩をかすめて激痛が走り肩を抑える。鼻につく焦げた肉の匂い。階段は目の前だ。
僕が階段を駆け下り始めると同時に、大勢のこちらに向かって走り出す足音、そして怒声。ナナがやられたのか? 不吉な予感に胸が締め付けられる。しかし今は止まっている場合じゃない。このままではナナが足止めしてくれたのが全て無駄になる。
「ソフィ!」
僕が階下に降りると、ソフィ、ミル、エリーゼが椅子に座っていた。どうやら三人はまだ無事なようだ。しかし、後ろでは階段を下りてくる警備の足音。時間がない。
「エリーゼ! これを!」
僕はエリーゼに向かって思い切り三つの指輪を投げた。指輪は空中で三つに分かれ、エリーゼの方に向かって飛んだのは一つだけ。自分のコントロールの悪さがにくい。
エリーゼはその一つをキャッチして言った。
「大当たりじゃ、アサト」
エリーゼはそういうと指輪を左手の中指にはめ、その指をまるで誰かを指さすみたいに顔の前まで持ち上げる。彼女の目は燃えるように赤く輝いていた。
その瞬間、エリーゼの指先に青い球が出現した。いや、もう少し正確にいうのなら、青っぽく見える球状の穴だ。中心部は真っ黒で何も見えず、外側にいくにつれ青っぽく空間がゆがんでいる。
その球が出現すると同時に、バシュンと何かがはじけるような音がしたと思ったら、建物全体の電源がダウンした。彼女が建物全体のエネルギーを吸い取ったのだとに気づくまで数秒を要した。
暗闇の中、エリーゼのまわりだけが鬼火のようにぼうと青白く発光していた。エリーゼの髪は帯電しているためかふわりと浮きあがり、静電気がバチバチと音を立てている。暗闇の中でも鮮血のように赤く発光している彼女の目は少し笑っているようにも見えた。
次にエリーゼは、静かに左手の中指を階段の方に向け、まるで子供が遊びで拳銃を撃つ真似事をするように構えた。
その瞬間、ダァンとライフルの発砲音を何百倍にもしたような轟音、そしてあたりを青白く染めるフラッシュ。それは僕も良く知る現象。雷だった。しかしながら稲妻は通常とは違い、彼女の指先から横方向に向かって射出された。
僕はあまりに近くで起こったそれに弾き飛ばされるように尻餅をついた。突然の轟音によって耳がキンキンしているが、どうやら階段からの足音はもう聞こえないようだ。
「ここの電力がダウンしてるうちに逃げるです!」
呆然としている僕とソフィに向かってミルが言った。
「そ、そうね。急ぎましょう」
ソフィははっとしたように答えた。
僕らが地上に上がると同時に、警備達は待ち構えていたように銃を向けた。が、エリーゼがまたもその左手をそちらに向け、警備達の銃に込められたエネルギーを一瞬で吸い取って見せた。
そして彼女は今度は水平に、警備の姿をなぞる様に素早く左腕を振った。すると彼女の指先から射出された稲妻がまるで鞭のようにしなり、警備達を薙ぎ払った。警備達は稲妻に触れるとバチンと大きな音を立てて吹き飛んだ。
さらにエリーゼはいつの間にか指輪を拾ってはめていた人差し指をつき出し、今度は黄色い球状の穴を作って見せた。しかし、今度は何も起こらず球は消え去った。
「この基地にある我らの記憶と情報を全て吸い取った。これで追手はしばらくかからぬじゃろう」
僕たちが宇宙船に向かって走る途中にナナはいた。ナナは見るも無残な状態で地面に伏せていた。ナナの腰から下はすでに消え失せ、左手もなくなっている。後ろでまとめていた髪ははだけて、彼女の顔に張り付いていた。
普通の人間だったらどう見ても死んでいるが、彼女はアンドロイドである。静かに上下している彼女の体が、まだ息をしていることを知らせている。
「ナナ……! 僕……っ」
僕はずいぶんと軽くなったナナを抱きしめて言った。声が震えているのが自分でもはっきりとわかる。
「ああ……アサトさん……皆様……無事でよかったです」
「ごめん……僕が無茶をしたせいで……」
ナナは声を振り絞るように答えた。
「いえ……私がしたくてしたことです。それに、私はまだ平気です。有機物合成機能は失われていませんので、補充すれば回復可能です」
ナナは少し声を落として続けた。
「でも……アサトさんにこんな姿を見られたのは少しショックです。こんなになっても生きてるなんて……やっぱり私は人間じゃないんだと実感させられます」
「馬鹿だな……君が生きていてさえくれれば、そんなことはどうだっていいんだ……早く回復させてあげるからな」
僕はひときわ強くナナを抱きしめて言った。
「みな、早く船に乗るのじゃ。やっかいな奴が来た」
先ほどまで柔らかい表情をしていたエリーゼの表情が不意に険しくなった。
エリーゼの視線の先には、僕たちが突入する際に破壊した宇宙船の残骸が中にふわふわと浮いている。しかしあたりに人影はない。
「いつの間にか着ておったようじゃな......宇宙ゴーストじゃ」
僕らがナナを連れて船へ向かおうとすると、それに反応したように残骸が僕らのほうへ向けて猛スピードで飛んできた。やられる。そう思った瞬間、鉄くずはバチンと弾け飛んだ。
「急ぐのじゃ! わらわが吸ったエネルギーもそう長くはもたん! わらわはここに捨て置け。奴と雌雄を決してくれるわ」
エリーゼの言葉に押されるように、僕らは宇宙船のハッチから中へと入った。
「エリーゼの奴、一人で大丈夫なのかよ」
「たぶん……エリーちゃんはここで死ぬ気なのです。宇宙ゴーストは宇宙バンパイアの天敵だって言ってましたです」
ミルは悲しそうに答えた。エリーゼがここで死ぬ気だって?
「そんな……なんとかして助けられないのか」
「あんただって見たでしょ? 宇宙魔法使いがどんなものか。あんなの普通の人間の私たちが出て行ったからってどうこうなるわけないじゃない……」
確かに、ソフィの言うとおりではある。先ほど僕らが見たエリーゼの本当の力。あんなもの、僕たちがどんなに準備していったってどうこうできる相手じゃない。そのエリーゼの天敵である宇宙ゴーストもおそらくそうだろう。
「なぁ、宇宙ゴーストってなんなんだよ」
「詳しいことはよくわからないわ。唯一わかっていることと言えば、宇宙ゴーストの能力はステルスと念動力。お化けは消えるからお化けって言うわけね」
「その能力がエリーゼの天敵……? 一体どういうことなんだ」
エリーゼの能力はすさまじい。僕も目で見てそのすごさを体感した。あんなもの、どんな超能力を持っていたって対抗できるとは到底思えない。そのエリーゼの天敵ということは、エリーゼの能力には何か弱点があるということだ。
「知らないわよ! そんなことより船、動かすからナナを部屋に運びなさい!」
このままエリーゼを置いてはいけない。エリーゼが僕らを助けてくれたように、今度は僕らがエリーゼを助けなければならない。宇宙バンパイアの弱点……きっとそれが宇宙ゴーストの能力の本質、弱点にもつながっているはずだ。
「ミル! ナナを頼む!」
僕はナナをミルに渡すと、外に向かって駆け出した。
「ちょっ……あのバカ!」
ソフィの憤る声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。
「エリーゼ!」
はっとこちらに目をやるエリーゼ。
「ばかな! なぜ戻ってきたのじゃ!」
エリーゼは先ほどと変わらない位置で飛んでくる鉄くずを電撃で叩き落している。それはつまり、今のところエリーゼのほうから攻勢に出られる状況ではないということを意味している。
「君の能力の弱点はなんだ! 何で宇宙ゴーストを攻撃できない?」
時間がないので単刀直入に聞いた。
「それは……わらわの能力は対象の姿が目で見えないと使えないからじゃ。宇宙ゴーストは無数の極小カメラを仕込んだ特殊なスーツを着ておる。それを念動力で制御して常に背景をスーツに投射しておるため見えぬのじゃ。せめて姿が見えれば……カメラを動かす動力を吸収することができるのじゃが……」
やはりそういうことか。力を使うとき、エリーゼの目は赤く光っていた。あれは対象を認識するためのスキャンのようなものなのだ。エリーゼの吸収は無差別なものではなく、選択可能なものであるが故の弱点なのだろう。
「さらに奴のスーツは特殊な合金で出来ておって、エネルギーの放出もほとんど効果はない。なすすべがないのじゃ。それに奴がどこにいるのかすらわらわには皆目検討もつかん。おぬしらにどうこうできる相手ではない。早く逃げよ。あれの狙いはわらわじゃ」
そう語るエリーゼの目は自分の運命を受け入れているかのようにひときわ強く輝いていた。
無数のカメラによる背景投射。これが宇宙ゴーストのステルスの仕組みである。これを打破するには、カメラをペンキか何かでふさいでしまえばいい。敵の体に触れられさえすれば、エリーゼの吸収が使えるはずだ。
僕はあたりを見回した。中空にはいたるところで金属片がふわふわと浮かび、こちらを狙い済ましているように見える。やはり人影はない。どこから攻撃しているのかまったく見当もつかない。
僕たちにはどうすることもできないのか……そう思って諦めかけたとき、一つのアイデアが頭に浮かんだ。
「エリーゼ! もう少しそこで堪えていてくれ!」
エリーゼにそう声をかけると、僕はまた宇宙船のほうに走った。まったく、宇宙に来てからというもの、走ってばかりである。本来なまけもののはずの僕がだ。僕は少しおかしくなって笑ってしまった。
「ソフィ!」
「発進の準備なら出来てるわ! ハッチしめるわよ」
「違う! ハッチはまだ閉めるな! 生体レーダーを使って敵の位置を割り出してくれ!」
そう。この船はグルメハンターの船。生体レーダーは特別製なんだ。
「あんたまさか……」
「ああ。あいつに一発ぶちかましてくる」
「バカなことはやめなさい……って言いたいところだけど、どうせ止めても聞かないって顔ね」
ソフィはあきれたようにレーダーの準備をしている。
「君には言われたくないっていうか、君のがうつったんだきっと」
僕がそういうと、ソフィは少しむくれて言った。
「人のせいにしないでよバカ……死んだら許さないから」
死んだ人間を許すも許さないもないだろうと思ったが、言わないでおいた。
「音響レーダー射出するわよ」
ソフィがスイッチを押すと、船上からすさまじい轟音が鳴り響いた。このレーダーは本来宇宙空間から惑星に向けて用いることを想定されている。そのため、希薄な星間ガスを媒介にすることを想定しており、原理はソナーと同じだが、射出されるものは強力な衝撃波だ。
「いたわ。エリーゼのいる位置から、建物から離れる方向、やや南西に300メートルってとこね。移動するかも知れないからこれを持ってきなさい」
ソフィは僕に無線機のようなものを渡した。
「本当に、無理はしないでね」
いつになく弱弱しい声を出すソフィ。いつもこうしてれば可愛いのにな。
「大丈夫だよ」
僕はそれだけ言うと、宇宙船の外にまた駆け出した。
「エリーゼ。僕が奴を見つけてカメラをふさぐ。その瞬間を狙ってエネルギーを吸い取るんだ。その間、降ってくるゴミをなんとかしてくれ」
「奴に向かって走るって、ぬしは馬鹿か!? あまり遠くに離れすぎると電撃の精度はおちるのじゃぞ?」
「君の腕を信じる。それに奴の周りにはもう大きい金属片はあまり残っていないみたいだ。もしだめそうなら自分でなんとかするさ」
「……大人しそうな顔をして、とんでもないことを考える奴じゃのう……」
確かにとんでもないが、僕はみんなで宇宙に戻りたいんだ。
「あんまり話している余裕はないよ。じゃあ、後は任せた」
僕がソフィに言われた方に向かって走り出すのと同時に、宙に浮かんでいた金属片が僕に向かって降り注いでくる。まるで鉄の雨だ。
エリーゼは金属片が少しでも動くと、電撃を放ってそれらを弾き飛ばした。が、いくつかは電撃を免れて僕のほうに向かってくる。
僕はそれを右手で払い落とした。痛い。勢いのついた金属片が手にぶつかる衝撃。肉に食い込む感触。噴出す血のぬくもり。感覚が過敏になっているのか、それらが全て生々しく感じられた。
「アサト! ちょっと右に動いた! 距離あと150メートルよ!」
ソフィの声が無線機から聞こえた。両手はすでにズタズタだ。漏れおちた金属片をはじく手にもすでに感覚はない。頭がガンガンする。視界もぼんやりしている。足もずっしりと重く、まだ動いているかどうかもよくわからない。
「ちょっとアサト!? 大丈夫!? そのまま50メートルくらい、もう少しよ!」
あと50メートル。とんでもなく遠い。でも走る。走るしかないんだ。すでに息切れなんて気にならない。心臓はばくばくと踊っているが、そんなことは関係ない。もう少しだ。
そのとき、はじき損ねた金属片が僕の太ももに突き刺さった。足が止まる。もう走れない。動けない。
「くっそおおおおおお!!!」
僕はゴーストのいるだろう方向に手を伸ばす。
そのとき、僕の手が何かに触れた気がした。
手を伸ばす方を見ると、血まみれの僕の手形が、空中に浮かんでいた。
うつろな視界で手形をぼんやり見ていると、手形は地面にゆっくりと落ちていった。
「アサト……よくやってくれたぞ」
そうか……エリーゼがスーツのエネルギーを吸い取ったのか。
エリーゼは宇宙ゴーストのマスクを脱がし、言った。
「貴様のわらわ達に関する記憶を全て吸い取る。本当は殺してやりたいぐらい憎いが、おぬしもわらわと同じように、己の運命に縛られた哀れな身じゃ。これからは使命を忘れて、人生を全うするがよい。わらわはそうさせてもらう」
エリーゼの指先に現れる黄色い球。そして一瞬で球は静かに消え去った。
やったのか……僕はエリーゼに何か声をかけようとしたが、そのまま意識を失った。
もちっとだけ続くのじゃ。




