プリンセス・オブ・ザ・バンパイア
最後の新キャラ登場回です。
「これは何というお魚でしょうか」
「ナナ、これは魚じゃないよ」
僕たちは今、キャトルミューティレーションしてしまった少女を取り囲んでいる。まさか自分が加害者になる日がくるとは夢にも思わなかった。
少女は赤地に黒のフリル付きの、いかにもお姫様然としたドレスを着ていた。はちみつみたいな濃い金髪は、ゆるくウェーブしながら腰のあたりまで伸び、高貴な雰囲気を漂わせている。また、胸の上で組んでいる右手には、人差し指、中指、薬指にそれぞれ違う模様のついた金色の指輪をはめている。
ソフィの方を見ると、片手で目を塞いでまたやっちまったというようなポーズをとっている。またやっちまったのである。
ミルはというと、がさごそと少女を検分しているようだ。
「ちょっと! 船長さん! これ見てほしいです!」
ミルは突然叫んで、少女が身に着けていたペンダントらしきものを手に取った。ペンダントには何やら幾何学模様のようなものが彫ってある。
「これって……いやでも……」
ソフィはぎょっとしたように目を見開き、口に手をやって何かを思案している。かなり動揺しているようだ。
「画像データを照会……間違いないですよ」
「どうしたの、ミル?」
何がどうなっているのかわからない僕は訊いてみた。
「伝説級のお宝発見ってことです」
ミルはそういったが、その口調はかなり緊張して震えており、それが皮肉だということを僕に教えている。
「そのペンダント……本当にブラッドフィールドのものなの?」
ブラッドフィールド――いきなり出てきた何かの名に、僕とナナははてなという風に首をかしげた。
「ソフィア様。ブラッドフィールドとはなんでしょうか」
ナナは興味深そうに尋ねた。
「ブラッドフィールド家はかつて、とある銀河系を束ねていた王族よ」
銀河を束ねるとは、ブラッドフィールド家はものすごく力を持っていたのだろう。が、ソフィは「かつて」と言った。それが言葉通りだとすると、今はそうではないらしい。
「その王族って、今は?」
「とっくの昔、数百万年前に滅んだはずよ」
「数百万年前!? なんでそんなのがこんな原始惑星の海底に?」
「そんなのこっちが聞きたいわよ……」
うーんとうなるソフィ。
「でも、もし本当にこの人がブラッドフィールド家の人なら、とてつもなくヤバイかもです」
ミルは悩ましげに言った。
「どうしてやばいのでしょうか」
とナナ。
「それはこの人が……宇宙バンパイアかもしれないからです……」
「バンパイア!? 宇宙にも吸血鬼がいるっていうの!?」
宇宙とはあまりにも似つかわしくないその言葉に僕は驚いた。オカルトかよ。
「宇宙バンパイアっていうのは、ブラッドフィールド家の人間に対する通称よ。正式には宇宙魔法使いの括りね」
またまたファンタジーな言葉が出てきた。魔法使い? もう何でもありだな。
宇宙魔法使い。
魔法といっても、よくファンタジー物語に出てくるような魔法ではない。具体的に言うと、有超能力サイボーグ化人間の総称である。宇宙航海時代の黎明期、大小様々な銀河では、その銀河を牛耳る代表国家が存在した。その代表国家は全て、独自に超能力研究を重ね、人体にサイボーグ手術を施すことで、人工的な超能力者の育成を成功させた。圧倒的な戦闘能力を持つその者たちを、昔の人々は宇宙魔法使いと呼んだ。行き過ぎた超科学は時として魔法にしか見えないのである。ただそれは総称であり、開発に成功した国々でもその理論やシステム、超能力の種類は大きく異なった。そして、開発に成功した国々の中で最も強大な力を持っていた国の王族は、銀河七大魔法使いと呼ばれるようになった。ブラッドフィールド家もそのうちの一つで、彼らの持つ超能力から、宇宙バンパイアとして恐れられた。しかしながら、七大魔法使いの中でも銀河統一を目指した三カ国によって、残りの四か国は滅ぼされた。その三カ国同盟こそ、大銀河連邦の前身である。そして、ブラッドフィールド家は滅ぼされた側の国である。今や超能力はその研究および開発が全面的に禁止され、現存する宇宙魔法使いは旧三カ国同盟の末裔のみ、しかも一子相伝なため、この世に宇宙魔法使いは3人しかいないはずである。
「つまり、いないはずの人間をキャトルミューティレーションしちゃったってこと?」
説明を聞いてもなおよくわからない僕は尋ねた。
「そう、しかも例によって違法的な人よ。もしこの人が本当に宇宙バンパイアだったら、とってもやばいことになるわね」
ソフィは自嘲気味に言った。
「でも、僕とかナナとか、やばいのは既にいっぱいいるし、問題ないんじゃない?」
僕の能天気な問いにはミルが答えた。
「それは違うです……あーくんとかナナちゃんを1ヤバイとすると、宇宙バンパイアは100ヤバイです」
ミルは混乱しているらしいが、やばさは大体伝わった。
「つまり、あんたやナナが見つかっても、私とミルが逮捕されるだけだけど、この子が万が一見つかりでもしたら、私ら全員存在ごと抹消されかねないってことよ」
と、ソフィがミルの言葉を補足した。なるほど、とんでもなくヤバイらしい。
「それだけじゃないです。もしこの人が好戦的な人だったら、うちら全員ぶっ殺されちゃうです」
ミルの言うことはもっともである。相手は強大な力を持つ宇宙魔法使い。彼女がその気になれば、僕らなんて一瞬で皆殺しだろう。
「アサトさんは私がお守りします」
ナナが僕と未だ眠ったままの少女の間に立ちはだかる。そういえばナナは戦闘用アンドロイドだったな。でもそういってもらえるのは嬉しいけれど、女の子に守られるっていうのもなんだかなぁと思わなくもない。
「あーくんずるいです! ミルも守って欲しいです! わりとガチで!」
ミルは例によってちょっと涙目でクレームを付けた。
「はい。ではミル様はアサトさんの後ろに」
黙って後ろに並ぶミル。一人だけ仲間外れで寂しかったのか、ソフィは「ナナ、私も……」と言いながらその後ろに並んだ。なんだこれド〇クエか?
「ちなみに、その宇宙バンパイアの超能力ってなんなの?」
「ドレイン――吸収よ。何をどうやって吸収するのかはわからないけど、宇宙バンパイアっていう通称はその能力から来てるわ」
ソフィがそう言い終わった瞬間、少女は突然、カッと目を開いた。釣り目がちな目、その中の瞳は燃えるように赤く輝いていた。
少女は目だけを動かしてこちらを見やって言った。
「首が四つとは、ぬしら、人間かえ?」
彼女から見ると、ナナの背後から少女を覗き込む僕らはそう見えるのかもしれない。
「いや、四人の人間だよ」
僕がそういうと、みんなナナの影から体を出した。どうやらそれほど強い敵意はないらしい。
「なるほど、隠れておったのか。わらわはエリーゼ。ブラッドフィールド王国第八王女、エリーゼ・ヴラド・ブラッドフィールドと申す。して、ここはどこかのう。見たところ宇宙船のようじゃが……」
エリーゼと名乗る少女はきょろきょろと見回しながら言った。エリーゼの喋り方は古臭いが、声色は少女のようである。数百万年前の王族の言葉を、言語インプラントが曲解しているのだろう。
僕たちは各々自己紹介したのち、彼女に状況を説明した。ここは彼女が生きていた時代から数百万年未来であること、ブラッドフィールド家は既に滅んでしまったこと、ひょんなことからキャトルミューティレーションしてしまったことなどを話すと、彼女はほとんど反応がないまま聞いていた。話がややこしくなるといけないので、僕はヤキニク星人ということにしておいた。
「そうか……我が王国は滅んだか……」
エリーゼは特に悲しくなさそうに、しかし遠くを見るような目で言った。
「あんまり驚かないのね」
とソフィが言った。
「うむ……わらわが封印される少し前から、大規模な銀河間戦争が起こっておったからのう……戦況の悪さも知っておった」
彼女はどうやら、戦況の悪い中で、彼女を生かすために封印されたらしかった。
「まぁ、あなたにとって遠い未来で、起きたばっかりのところ悪いんだけれど、今からあなたをどっか適当な所に落としにいくから」
とソフィが言った。
「ちょっとソフィ、それはひどいんじゃない?」
と僕がソフィの言葉に反論した。
「いや……よいのじゃ。わらわがいては迷惑がかかる。どうかほどほどに文明のある未開惑星に降ろしてくれるとよい。そこで静かに暮らしていくとする」
エリーゼは静かに笑いながら言った。釣り目がちな目のせいで、笑うと少しいたずらっ子みたいだ。
「強制通信アリ。強制通信アリ。自動デ回線ヲ開キマス」
エリーゼが言い終わるのと同時に、けたたましい警告音とともに機械音声が流れ、基地の時のように、大窓にSOUND ONLYと表示された。
「そこの宇宙船に告ぐ。我々は大銀河連邦所属銀河公安局である。貴艦の検分を行いたい。速やかに連結橋を展開せよ。繰り返す……」
「公安!?」
「終わったです……」
ソフィとミルが同時に言った。
「大銀河連邦所属銀河公安局とは一体なんでしょうか」
知らないワードが出てきたのでナナは尋ねた。もちろん僕も知らない。
「宇宙の特殊な犯罪者を追いかけてる奴らよ。私たちに何の用かわからないけど、とりあえず未開惑星保護条約違反の件ではないことは確かだわ。そんなちんけな犯罪者を追っかけてるやつらじゃない。ってそんなことはいいから、ナナとアサトはミックスチャンバーに、エリーゼは貨物室に隠れなさい」
「ソフィとミルは?」
「私たちはちゃんと身分証もIDも持ってるからね。エリーゼが見つからなければ一応お咎めなしよ」
「そんなわけないです……公安局が何もないのに拿捕なんてしないですよ……エリーちゃんのことがばれちゃったに違いないです……」
ミルはこの世の終わりみたいな顔をして言った。いや、事実エリーゼのことがばれるとまずいのである。
僕とナナが生臭いミックスチャンバーに隠れると同時に、ずしんと船体が大きく揺れた。公安局の船とドッキングしたのだろう。
外の声がわずかだが聞こえる。
「船体IDスキャン完了。船内にいるのはこの二人だけのようです。ソフィア・デザートイーターとミルスリン・ウルフマン。身分証も確認しました」
ソフィとミルの声ではない。そうか、僕とナナとエリーゼは連邦のIDを持っていないから隠したのか。
「特殊磁気ビームで船内全域を再スキャンしろ」
とまた別の声。
「特殊磁気ビームスキャン完了。貨物室に反応あり。宇宙バンパイアです」
「これは一体どういうことですかな、船長殿。まぁ詳しい話は公安局派出所でたっぷり聞かせて貰うとしよう。これより、貴艦を惑星シルヴァ派出所まで連行する。よろしいですな?」
その言葉に対する返事はなく、去って行く足音だけが聞こえてきた。
宇宙バンパイアですが、ウィルソン大先生の小説とは一切関係がございません。




