宇宙漁師ソフィ
「食料がない!」
ブリッジでソフィが唐突に叫んだ。リビングスペースでそれぞれにくつろいでいた3人がふとソフィの方をみる。
「食料って、基地で補充したんじゃないんですかー?」
ミルは視線をコンピュータに戻し、にやけながら言った。何かろくでもないものでも見ているのだろう。ナナには見せないでほしい。
そのナナはソフィの方を見ていた視線を、タブレットコンピュータに戻してお茶をすすった。自分がどうこう言うべき話題ではないと判断したのだろう。
ここ数日というもの、ナナはソフィから借りたタブレットにインストールされていた、宇宙の生物図鑑に夢中である。宇宙に存在する様々な生き物の生態に、興味津々といった様子でページを繰っている。ナナの場合、本来図鑑などはインストールしてしまえば済む話なのだが、本人いわく、「アサトさんと同じがいいです」だそうだ。ちなみにお茶は基地から持ってきたものである。
ナナと同様、僕にとっても食料問題については口出しのしようがなかった。結局のところ、宇宙船に関する問題は、宇宙の熟練航行者であるソフィとミルに任せるしかない。
「あの基地ではあんまり補充できなかったのよ。有機物を持ち出すとバイオコロニーのバランスが崩れるらしくて。もともとあった余剰分は数十年前のソレでなくなったみたいね」
数十年前のソレとは、旅客船による住民の連れだしのことを指している。
「だからつまり、アサトを拾った地球からほとんど食料は補充できていないわ。食いぶちも増えて、消費もはやまったしね」
ごくつぶしの僕には耳が痛い話である。
「まぁともかく、食料を補充しないことには記憶消去装置探しも始められないってことよ」
「じゃあ、ボング以外のグレーな市場惑星にでもいくです?」
ミルはコンピュータから目を外さずに行った。ボングみたいなグレーな市場惑星は他にもあるらしい。宇宙は広いのだと改めて思う。
「そうね……記憶消去装置の情報も集めたいし、それも一つの手だわ。でも、ちょうどこの近くにおいしい魚のいる未開惑星があるらしいのよね」
おいしい? それはぐちゃぐちゃのゲル状になってもおいしいということだろうか。それならいつも心を無にして牛のゲルを飲んでいる僕にとって、かなりの朗報なのだが。
「調査団は大丈夫なのですー?」
ミルの言うとおり、違法行為である以上、未開惑星調査団の存在は考慮すべきである。
「なんか噂によると、まだ陸上生物もほとんどいないような原始惑星らしいのよ。だとしたらまだ生物相の進展速度はのろいはずだから、調査団もそんなに頻繁には来てないはずよ。それにまぁ調査団の相手は慣れてるから、安心しなさい」
普段から未開惑星でキャトルミューティレーションしまくっているソフィが言うのだからまぁ大丈夫なのだろう。魚とか久しく食べていないので、僕も少し期待してしまっている。
「お魚を捕りにいかれるのですか?」
魚という言葉にやや惹かれたらしいナナが聞いた。宇宙に来てからというもの、ナナは子どものように好奇心が旺盛である。
「うん。まぁ魚って言っても、私らが見れるのはゲル状になったやつだけどね」
やはり魚もゲルらしい。ナナは興味を失ったのか、「そうですか」と視線をタブレットに戻した。その横顔は心なしか残念そうである。僕はふいに米が恋しくなった。
「で、みんな異論はないかしら?」
ソフィはその魚をどうしても食べてみたいようで、目がキラキラしている。さすがはグルメハンター。しかし、グルメハンターではない僕にとっては、食べられればなんでもいいというのが本音である。それは他の二人も同じみたいで、僕たちはみんな適当にうなずいた。
***
半日もかからず、僕らは目的の惑星に到着した。宇宙から見るその惑星は、割と地球によく似たカラーリングである。大きく違う点と言えば、陸地のほとんどが黒っぽい色だということぐらいである。
「コソ泥、大気圏突入するからシールドお願い」
「あいあいさー」
ミルはあんまりやる気なさそうに答える。
衛星軌道を越えたらしい僕らの船は、船底を惑星に向けたまま重力に引っ張られ、落下していく。
「大気の鉛直構造を分析して。成層圏の半分過ぎたらホバリング開始よ」
「分析もう終わってるです。200秒後に下部ブースター点火しますです」
いつものように手際の良いやり取りをするソフィとミル。
船内はがたがたと激しく振動しており、僕は例によって椅子にしっかり捕まって耐えている。その一方、ナナは先ほどと変わらない姿勢でソファに座って、タブレットのページを繰っている。ものすごい集中力である。
「ナナ、椅子に座ってシートベルトしなさい」
ソフィがそう促すと、ナナは短く「はい」と答えて操舵席に移動した。
「エンジン点火カウントしますです。5秒前、4,3,2……点火しますです」
ごおという轟音と共に、体が椅子に押し付けられる。船内はより激しく振動し、体にずっしりと重力がかかっていることも相まって、僕は少し催してきた。
「対流圏界面に到達したので、重力制御装置起動、10分後に安定予定です。安定後は自由に動けるです。船長さん、目当てのお魚さんはどこです?」
対流圏界面とは、地球において旅客飛行機が飛んでいる、気流の安定した高度のことである。
「今検索中よ。どうやら海底に生息してるみたいね。ほとんど動かないみたいだから、余裕よ余裕。さっさと回収しちゃいましょう」
グルメハンターはほとんど動かない獲物が好きなのだろうか。僕は地球に帰ったら、もっと活発に動くことにしようと決意するのだった。
「生体レーダーに船長さんの情報に適合する反応ありです。重力制御を断続遮断しながら、目標海域に向かうです」
オペレーションナビゲートをしている時のミルは、なんだかプロっぽい。いつもはとってもアホそうなのに、悔しい。
宇宙船は重力制御装置を断続的に遮断することで、階段を下りるみたいにカクカクと下降していった。下に降りるには重力を使うのがてっとり早いらしい。しかしながら重力に船体を任せっぱなしにすると、加速がついて危険なのである。
僕らは目標海域についてお魚をキャトルミューティレーションした後、速やかに大気圏外へと離脱した。惑星調査団らしき反応は確認できなかったが、グルメハンターの習慣的行動だと彼女は言った。
「大漁大漁! ミックスチャンバー満タンよ!」
ソフィがご機嫌な様子でそう言った瞬間、ガリガリガリガリという船底からの異音とともに、コンピュータがエラーメッセージを吐いた。
「エラー511。チャンバー内ニ知的生命体ヲ検知シマシタ。直チニ救出活動ヲ行ッテクダサイ」
そうなのである。僕たちはコンピュータの不調のことをすっかり忘れていた。いやそれにしても、原始惑星であるはずなのに、知的生命体とはどういうことだろうか。しかも海底。
ソフィはご機嫌そうな顔のまま固まっており、ナナは無言で首をかしげている。あわてて船底に向かおうとしたのは僕とミルだけだった。
僕とミルの努力――具体的には体がとても生臭くなるのを厭わない精神的努力の末、その知的生命体とやらを船底のミックスチャンバーから救出した。その知的生命体は、ミックスチャンバーによって半壊状態となったコールドスリープ装置の中から発見された。
その知的生命体の正体とは、やたらゴージャスなドレスに身を包み、手を胸の上で組んで眠る少女だった。




