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17話 成長を促す音。





 次に案内されたのはちょっとした長机のある会議室だった。ここで視察の打ち合わせ兼子爵との会談をするらしい。

 フォヴル子爵を呼んでくると言って席を外したフィルテムさんに去られ、室内には私とアイクのみになる。

 無言の空間が辛い。かと言って喋る事も無いので、外のちょっとした喧騒をバックミュージックに早く子爵とフィルテムさんが来る事を祈るしかない。

 アイク自身も何も喋らないし、他の五将(ヘルファー)だったら退屈せずに済んだのに、と考えてしまう。

 彼はあまり話す方ではない。それに比べてセシルやグレシットはよく喋る。フェンドルも起きていれば話す方だし、アイデだって話題に事欠かないだろう。

 なんとも難しいものだ。意識していなかったが、私もシェリー同様にアイクの事を苦手に感じているのかもしれない。――自分の事ながら、変な感じだ。

 元のリアリゼッタ姫はどうだったのだろうか。五将(ヘルファー)との仲は良かったようにも思えるし、城の面々とも主だった確執は無かっただろう。

 アイクとはどんな話をしていたのか、と思考を巡らせてみるが、今は姫様ではなく私なのでやはりと言うか何と言うか、想像しようにも出来なかった。

 という事で、丁度良く話題も見つかったし、それをアイクに問い掛けてみようか。


「ねぇ、アイク。アイクって私と居ると黙り込んでるよね。どうして?」

「……質問の真意が分からないのだが」

「いやぁ、アイクと居ると会話が無いからさぁ」

「それは、すまない。俺もあまり話す方ではない」

「うん。それは分かってるし、別に謝る事もないと思うのだけど……ここまで会話が無いと、昔の私はどうだったんだろうって思っちゃって」

「昔、か……」


 何か思いを馳せるように遠くを見つめ出すアイクの視線の先にはただの窓と壁があるだけだが、きっと、彼の眼前にはまだ姫様が姫様だった頃の情景が広がっているのだろう。

 彼が少し、微笑んだような気がした。


「姫はいつもセシルと共に居た。俺と話すとしてもアイツを介してが多かったと思う」

「あー、やっぱり? そんな気はしてた」


 セシルが間に挟まると、ほんの少しだけアイクは饒舌になる。本当に少しだけだが、それは自分の親友に心を許しきっているからか。それ程長い付き合いだからか。


「姫とは……あまり話さなかった。今のように話す機会が少なかった」

「ちょ、ちょっと待って。これで話してる方?」

「悪いか」

「ううん、悪いわけじゃないけど……もっと話してた気がしたなぁ、なんて、あはははは……」


 これが話している方なのか。という事は、私はリアリゼッタ姫よりもアイクの事を理解しなければならないのかも。

 変な使命感が私の中で誕生してしまった。


「じゃあ、前よりも、もっとアイクの事知りたい」

「俺の事を……?」

「うん。何だかんだ言って、アイクは私を気に掛けてくれてるでしょ? だから、私もアイクの事知りたいと思ったの」


 駄目かな? と首を傾げてみる。その動作がツボに入ったのかは定かではないが、表情をほんの少しだけ崩した彼は少し照れたように見える。気のせいかも知れないけれど、見た事の無い一面が見れて嬉しい。

 これだけでも成果が出たという事にしておこう。

 善処する、と答えたアイクに礼を言えば、タイミング良く扉からノック音がした。

 ゆっくり開かれる扉から現れたのは、遅くなった事を詫びるフォヴル子爵と先程の倍はあるだろう書類の束を抱えたフィルテムさんだった。


「座ってお待ち頂いても良かったのですが……気が遣えずに申し訳ありません」

「立っているのが好きなので、お気になさらず」


 これは嘘だ。勝手に座っていいのか分からなかったから立っていたに過ぎない。嘘も方便、という素晴らしい諺を作った昔の偉人に感謝しよう。

 促されたので椅子に座れば、アイクは私の背後に立ったまま控えた。

 フィルテムさんも彼同様に自分の上司である子爵の背後に控える。

 テーブルに置かれた書類の束には、びっしりと手書き文字が書かれていた。これを全て彼女が書いたと言うならば、その功績を認めてあげたいと思う。


「書類をお目通し下さい」


 文字の並べられた紙面に空白はほぼ無く、読むだけで目が滑りそうなのを堪えて一通り読んでいくと、今日明日の予定が淡々と書き込まれていた。

 この打ち合わせが約三十分を予定されており、その後も分刻みのスケジュールとなっていた。これを難なく熟すとなると、レストローテにいる国民の協力が不可欠だ。

 多少のズレが生じたとしても、睡眠時間が削れる位ならどうも思わないのだけれど、明日の帰城時間に影響が出てしまってはその後の業務に差し支えてしまうし、何としてでもこのスケジュール通りに動かなければ。


「見て頂いたら御理解頂けると思いますが……ご到着が遅れた事もあって、時間が少ない状況になります。その点に関しましてはグッテンバル公爵からも報告をして下さっていますので、こちらでなんとか調整いたしました」

「ありがとうございます。予定としまして、明日の夕刻前にはこちらを出れるという判断で?」

「多少前後するかとは思われますが、はい、概ねその解釈でお間違えございません」

「わかりました。アイク、城に連絡をお願い」

「……畏まりました」


 他人の前では猫の皮を被って口調が変わるアイクに連絡を頼み、再度書類に並べられている文字を読む。

 文字の読み書きは出来るようになったといっても、慣れていないから熟考するには時間がかかるものだ。これが日本語ならまだしも、他国の、他世界のものなのだから尚更。

 紙面と睨めっこしている私を見てアイクがひっそりと笑った事なんて気にも止めず、熟読してから書類の束をテーブルに置いた。


「お読み頂けましたか?」

「はい、確認致しました。お時間戴きありがとうございます」


 書類には、スケジュールの他にレストローテ内の労働組合との会合内容も記載されており、税収の件や店舗経営契約云々の小難しい話も書かれてあった。

 時間の関係もあって子爵との正式な会合は明日の帰る間際に変更されている以外、特に元々の予定と変わりなく調整されているのは感心してしまう。ここまで細かな時間調整は難しかっただろうに。

 本当に、これ全て分かりやすくまとめてから一枚一枚手書きしたフィルテムさんには、後程姫権限で賞与を与えようと思えるくらいに分かりやすかった。

 彼女に礼を言うと恐縮されたのだが、これは私の中で決定事項だ。仕事の出来る人材にはそれ相応の対価を払わないと気が済まない。

 あ、城で働いている一部老害達にはそんな気が起こるわけない。


「それでは、時間も時間ですし……同行はこのフィルテムに任せますので、姫様、宜しくお願い致します」

「こちらこそ。よろしく、フィルテムさん」

「はっ、はい……! 姫様に御同行出来るなんて同僚達から羨ましがられるどころか自慢出来る事案でございまして、至らない私ではございますが姫様のお仕事に差し支えなくサポートはさせて頂きますので何卒宜しくお願い致します……!」


 うん、息継ぎはしようね。





 ――午後五時。レストローテ地区の視察、その一。


「こちらはレストローテの中でも、軽食の屋台が多い地域になります。比較的安価で食事を提供するお店が大半で、オースティンに住んでいる人よりも他地区の方が利用されている事が多いかと思います。私も休憩時間とかに来るのですがこの先にある米を焼いたものを提供するお店がありまして、そこの料理が手軽に食べれてとても美味しいです」

「あ、私もそのお店好きなの。お焦げに醤油の味が染みていて美味しいよね」

「姫様、お言葉遣いにお気をつけ下さい」

「……ごめんなさい」


 国民から憧れの眼差しを受けながら案内役のフィルテムさんが先行し、護衛役のアイクと侍女一人は一、二歩下がった後ろを歩きながら観光――ではなく、地区を視察していく。

 普段はお忍びで遊びに来ているからか、雰囲気に慣れ過ぎてついつい口調が軽くなってしまう。気をつけなければ。





 ――午後五時半。レストローテ地区の視察、そのニ。


「この辺りから本格的なお店が多い地域になります。遅くまで営業している店舗も多い為、他地区の方々や同じレストローテ地区住まいの方々を集計すると半々位になるかと思われます。ちょっとした外食などで来られる方も多い印象なのですが、兵団の方もいらっしゃったりしていますし、憩いの場が多いかと」

「この辺はあんまり来た事無いから新鮮だなぁ」

「夜になるとこの地区の灯篭が灯るので、この先にある住宅街との境にある丘からは綺麗な夜景が見れるそうです。あ、私は見た事無いのですが……と言いますか、そこは恋人達が多く利用していますので行きにくいと言いますか……」

「フィルテムさんは恋人居ないの?」

「はい……」

「気になってる人も?」

「いつも仕事中心の生活をしてますのでそういった方は居ないですね……」

「残念。もし居るなら教えて欲しかったのに」

「姫様。御言動にはお気をつけ下さい」

「……はーい」


 やっぱり侍女に注意されてしまった。女子会気分になっても良いだろうに。視察という名目なので、一国の姫という立場を意識しろ、というのはやはり私に向いていない。

 先程も買い食いを止められてしまったし、こんないい匂いが漂う場所を歩いておきながら何も食べれないなんて、生殺しもいいところだ。

 アイクは何も言わずに付いて来ているだけだし、何かフォローをしてくれる雰囲気でもない。かと言って、周りを警戒しているわけでもなく、これは護衛と言えるのかが気になってしまう。


「本日はこの先にある料亭で会合が行われる予定です。ここは新鮮な食材を多く使用している事で有名でして、姫様のお口にも合うかと思うのですが……」

「大丈夫、基本的になんでも食べれるから」

「良かったです……! こちらの料亭の料理長方も気合が入っていると聞いておりまして、もし拒否されたらと思うと不安だったので……」

「ありがとう、フィルテムさん。そこまで気にしなくても良いのに」

「何を仰っているのですか姫様。貴女様はこの国の姫様なのです。庶民が気遣いするのは当たり前でございます」


 私自身にそんな考えは無いし、むしろお姫様であっても国民であっても同じ人間なのだから格差はつけたくない。しかし、この侍女さんは違うようだ。

 少し諭したかったのだが、そこはアイクに制されてしまった。後で彼からのキツい忠告があるように願おう。

 戸惑うフィルテムさんに気にしないように話し、他の箇所を先に視まわってから戻る事になった。




 ――午後六時。レストローテ地区の視察、その三。


「この丘を越えますと住居街となっております。主にレストローテ地区で働く国民が多く住んでおります。住居街を抜けますとゴシェフト地区となっておりまして、住居一体型の商店が多く、基本的にゴシェフト地区の方々は住んでおりません」

「この丘が恋人たちの憩いの場なのね」

「あ、はい、そうですね。比較的若い方が多い印象ですが……姫様は先程もお話してましたけど、そういった恋愛事情に御興味がおありなのですね。なんだかもっと鼻高々な方だと思っていましたので、親近感を持ちました」

「まぁ、ほら、お城に居るとそういった出会いとか恋愛とか出来ないし……国民の皆がどういう生活をしているのか気になって」


 本当は、丘の上から夜景を見てという話がどうしても物語向きで気になってしまったのだけれど、話せない部分なのでぼかす事にしたのだが……元の生活に戻って生きていたら、そういう話を書いてみても楽しいかもと思ったのは流石に口外出来ない。これが職業病というものなのかもしれない。

 侍女の咳払いも聞こえたので、この話は広げない方が良いだろう。

 丘から自分達の歩いた道を見下ろせば、レストローテ地区が見渡せた。この情景が煌びやかになるのだから、それはもう圧巻だろう。

 陽も落ちつつある現在では、フィルテムさんの言っていた灯篭は疎らに燈っているだけなので、まだその光景に届いていない。会合が終わってから向かえるのであれば見てみたいと思う。


「フィルテム様、そろそろお時間ではないでしょうか」

「ああ! そうですね! 私とした事が時間を忘れておりました……! 申し訳ございません!! 今から向かえばギリギリ間に合うはずですし、料亭へと向かいましょう! 足元お気を付け下さい。私いつも躓いてこけてしまう事が多くて、あ、姫様にはお付きの方もいらっしゃいますし大丈夫かとは思うのですが、下る時に小石など踏んでしまうと坂なので転びやすく――ああああああぁぁぁ!!」

「……フィルテムさんって、本当に魔族とのハーフなのかな。魔族っておっちょこちょいが多いのかな」

「いや、実際に俺は会った事は無いが……あれは彼女の性格だろう」


 呆れたように言い放ったアイクが転がり落ちていくフェルテムさんを助けに行くのに、そう時間はかからなかった。




 フィルテムさんを無事に救出した後、視察の際に案内された料亭へと向かい、堅苦しい門構えをくぐって足を踏み入れる。

 料亭というのは一見さんお断りという格式高そうなイメージを植え付けられているからか扉を開けるのを躊躇ってしまったのだが、そんな私の内心なんて関係無く颯爽と扉を開けるフィルテムさんの動作には驚いてしまった。意外と堂々としているのか、それとも何度か会合等で使用した事があるのだろうか。

 料亭内に入れば、私の来店を待っていたかのように着物を着込んだ女性達が言葉を合わせて一礼する光景が眼前に広がり、とりあえず笑顔で会釈した。

 やっぱり一見さんお断りのお店を連想してしまうのは、映画やニュースなどの影響なのかもしれない。


「本日は御足労頂きありがとうございます。この料亭の女将でございます。宜しくお願い致します」

「こちらこそ、お願い致します。お料理楽しみにしてますね」

「有難いお言葉です。先に組合の皆様がご到着しておりますので、ご案内させて頂きます」


 丁寧な対応に少し戸惑いつつも感謝の言葉を忘れずに対応した。

 フィルテムさんの案内はここまでのようで、また明日の朝にという事で別れてしまった。どうせなら食事も一緒にしたかったのだが、業務上の事があるなら仕方がない。

 また明日、と手を振り彼女の背中を見送って、私は女将の後に続き料亭内を歩く事にした。背後には仏頂面のアイクと侍女が変わらずに控えている。

 会合の事に関しては何も発言力が無いので、ここからは自分の口で話さなければならない。

 姫として、姫として、と意識すればする程から回っていまうかもしれないので、なるべく自我を持ちつつ話をするように心掛けよう。

 廊下にあった柱時計を見ると時刻は午後六時頃。スケジュール通りに進んでいる事に安堵しつつ、案内された扉の前で深呼吸。

 女将がゆっくりと扉を開ける。

 私は姫としての役割を全うしようと気持ちを切り替えた。





 


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