16話 もたらす安息の音。
馬車から降りれば、グッテンバル邸に勤めるメイドと執事達が門先で出迎えてくれ、邸内へと案内された。
裕福な生活をしているのだろう、見慣れている城程ではないが豪華な玄関ホールには数人のメイドが列を成している姿が圧巻だ。
整えられた白い口髭が印象的な執事はこの屋敷の主人を呼んでくる為に席を外し、アイクは私の一歩後方へと控えた。侍女二人もその後ろに並ぶ。
玄関ホール奥の扉が開き、豊満な体型に纏われた服が耐え切れないと主張をする体系の男性が現れた。中央で留められているいくつものボタンは今にもはち切れそうになっていて、何としてでも自分達の仕事を全うする姿が痛々しい。
掻き上げられた金髪と首元や指にある宝石の数々を身に纏う彼が、オースティン地方の一角を代々領地として統括しているグッテンバル公爵だ。
「リアリゼッタ姫様、遠路遥々いらっしゃった事を感謝致します」
「変わらずお元気そうで何よりです、グッテンバル公。忙しい中の目通りを感謝致します」
ドレスの裾を手で広げ、恭しく一礼をした。私と公爵の地位では私の方が断然上なのだが、それはそれ。礼儀を重んじていればすぐにこの屋敷からは出れるから仕方がない。
私の礼を制止し、公爵は大きなお腹を揺らしながら歩く。触りたくもないが、大層な物を食べて生活している事は豊満なワガママボディから見て取れた。
「今回はただの視察という事でお間違いありませんかな?」
「書状はこちらに御座います」
アイクに目配せし、城からの書状を公爵に見せる。印も正式なものだし、これで拘束される意味は無いはずだ。
しかし、彼はその書状を舐めるように見た後、溜息をついた。
「確かに。ですが、私共は昨晩の十分な説明をされておりません。姫様から事の所在をじっくりとお聞きしたい所存です」
「お言葉ですが、その件につきましては国王専属騎士が直々に書状をお届けしたと聞き及んでおります。これ以上の説明は無意味かと」
何も知らされてなかった私には眉唾だったが、視察に於いて公爵への目通りは避けられない為かちゃっかりと城側が根回しをしていたようだ。
アイクの言葉に対して笑いながら、そうでしたな、と言う辺り、公爵は私自身から事の顛末を聞きたかったらしい。確信犯だ。
「何も問題が無いようでしたら、私達はこれからレストローテへと向かいたいと思います」
「わかりました。それでは、レストローテ地区のフォヴル子爵へとこちらから連絡を取りましょう」
「ありがとうございます。宜しくお願い致します」
「いえいえ。姫様が御礼を言われる事ではありませんよ。それがこの目通りの制約ですから。……おい、フォヴルに姫様御一行が向かうと伝えておけ」
「畏まりました、ご主人様」
控えていたメイドに伝え、グッテンバル公爵は私達に一礼した後に出て来た扉へと戻っていく。
これで目通りが一段落した事に安堵し、私達も公爵邸を後にしようとした。のだが、いきなり呼び止められてしまい、反射的に振り向いてしまった。
「そういえば、姫様」
「……まだ何かありましたか?」
「最近、帝国の動きが何やらおかしいと騎士団地区から伺っております。昨晩の件もありますし、どうぞ、お気を付けて」
なんとも意味深な発言だが、適当に受け流し、玄関から外へと出る。
日は傾いてきていた。
外の空気は澄み切っていて、深呼吸をすれば緊張で膠着していた体が楽になった。
「何やら不穏で御座いますね」
「レストローテは比較的治安は良い。危惧するな。姫が不安がる」
「失礼致しました、姫様」
「いや、私は大丈夫。ただ、なんだろう……」
最後の公爵の言葉が引っかかる。アイクも侍女二人も私と行動を共にする為、余計な事だと思うのだが。少しばかりの不安が拭い取れない。
何も無い事を願いつつ場車に乗り込んだ。
「姫様、この後の御予定ですが」
「何?」
「フォヴル子爵と会談。その後にレストローテの視察、一泊してから城へ戻る流れです。変更はございません」
「うん、聞いた通りだよ。ありがとう」
まだ侍女の名前を覚えきれていないけれど、特別名前を呼ぶわけでもないので後回しにした。
公爵邸からレストローテ地区までは時間もかからずに到着するはずだ。
その間、何もするわけでもなく特に会話があるわけでもなく、ただボーっと窓から外を見続けていれば、蹄鉄音と車輪の音に混じって人々の喧騒が聞こえてきた。
レストローテ地区へと到着したようだ。
地区入口の簡単な作りの門を通り過ぎれば、馬車外から私の名前を呼ぶ声が数々聞こえてくる。窓から羨望の眼差しを向けてくる国民へと手を振れば、にこやかに振り返してくれた。
王族の馬車という事もあってか、食事に来ている人々は道を開けて私の顔を見ようと店から出てくる様子は、正に私自身が高貴な存在だと知らしめているようだった。
実際、高貴なお姫様なわけだけれど。
「外に出ちゃ駄目?」
「いけません。姫様を一人で歩かせないようにとお達しがございます」
「雑踏の中に紛れてしまえば、どんな危険が有るかわかりません。本日の馬車移動も細心の注意を払っての事です。我慢下さいませ」
この、色んな店が並ぶ雰囲気が好きだというのに、全く過保護なものだ。そうしてしまった自分自身の行動を棚に上げて、ついつい悪態吐いてしまう。
しかしながら、今日は休職日でもないというのに賑やかなものだ。レストローテの町並みは人でごった返していて、繁盛しているのが良くわかる。
この世界――この国では、休職日というものがある。日本で言うところの日曜日や祝日の事だ。
休職日も二種類あり、必ず仕事を休まなければならない日が月に一回。特定の職のみ休む事の出来る日が週に一から二回。つまり、毎月一回は必ず祝日があり、それ以外は土日の休みと同じ……といった感じだ。
ちなみに、城に勤めている人間の休みはほぼ無いに等しい。交代制で休んでいるものの、非常事態に陥ってしまえば休むわけにはいかない。特に、騎士団は尚更だ。
お国の為、王の為、などと言って自らの命を投げ捨てて欲しくはないので、そんな事態に陥らないように願いたい。
暫く繁華街を進んだようだ。馬の嘶きが聞こえ、馬車が止まった。
窓から外の様子を伺えば、歩いているのは王国の騎士服を着込んだ兵達が多く、一般国民の姿はあまり見られない。
馬車の扉が開いて地上へと降り立てば、たった数十分馬車に乗っていただけなのにまた体が不自然な感じを纏っていた。伸びをしたい欲を抑え、石畳の踏み込み具合を確かめるフリをして足だけでもと伸びた。……うん、バレていない。
兵士達の敬礼と共にその群れから現れたのは、レストローテ地区の自治を一任しているフォヴル子爵だった。
グッテンバル公爵とは違う細い見た目と目の下の隈は、ちゃんと栄養を摂取しているのか、睡眠時間を確保出来ているのかと心配になってしまう。
子爵の影の薄さは、この国イチかもしれない。
「お待ちしておりました、リアリゼッタ姫様」
「ご無沙汰しております。王国会議以来でしょうか」
「えぇ、えぇ。そうですとも。覚えて頂き光栄です」
子爵とは一年に一回の王国会議で顔を合わせている。また、公爵ともそうなのだが、彼は仕事か何かで城に来る事も多い為、子爵よりかは顔を合わせているけれど……なんせ人の顔と名前を一致させるのが苦手なので、彼ら自体を把握したのはごく最近だ。
ある時にシェリーから贈ってもらったお手製の人物手帳がとても役に立っている。ありがとう、シェリー。
「馬車に揺られてお疲れでしょう。地区官邸でお話致しましょう」
子爵に連れられるまま少し歩けば、見えてくる屋敷――といっても簡素な作りで、レストローテの町並みを崩さないように作られた、骨組みが外に見えていて煉瓦造りのこれぞ中世といった建物の中へと案内される。
確か、ハーフなんとかという名前だった気がするが、如何せん中世を舞台にした作品を執筆した事が無いので知識不足を突きつけられた感じだ。
邸内はグッテンバル公爵の屋敷とは異なり、木造の梁が露出していて、ゲームの中へと迷い込んだ感覚になる。いや、実際の所、私は異世界へと来てしまっているのでその感覚は大事なのかもしれない。
「客間へと先に案内させましょう。……あー、フィルテムくんは居るかね?」
「はっ、はい! 此処に居ます!」
地区官邸で勤務しているであろう女性が、束になった書類を抱えながら小走りでやって来た。
漆黒の髪と紅い瞳。一見魔族にも見えるその美しい外見に、同性だけども息を飲んでしまう。尖った耳には金のピアスが付けてあり、それは彼女の髪色あってか光を集めていた。
思わず後ずさった私を察してか、控えていたはずの侍女二人が前へと進み出て私と彼女との接触を防いでくれた。
「失礼ですが、フィルテム嬢は魔族ではないか?」
馬車を降りてから姿の見えなかったアイクが官邸内へと入ってくるなり、警戒を込めた低い声を響かせる。
どこに行っていたのかと問えば、馬車を馬小屋へと移動させていたようだ。まぁ、道のど真ん中に馬車を置いておけるわけもないか。でも、一言くらい言って欲しい。気付かなかった私も悪いけれど、言わないアイクも悪い。あとでお説教をしてやろう。
「大丈夫ですよ、最高位騎士殿。彼女は確かに魔族との混血ですが、大戦の折に我々人間に育てられ、人間として暮らす一人の女性です」
「えっと……アムル・フィルテムです。その、今回、姫様の担当となりました。……あの、わ、私は親も知りませんし、魔族と言われても自分自身そういった感覚もありませんので……す、すみません」
「……彼女自身が害の無い者かはこちらで判断させてもらっても?」
「はい、宜しいですよ」
フィルテムさんは誰彼構わず魅入ってしまいそうな容貌をしているけれど、中身はそうではないらしい。オドオドとしていて、ピアスと同じ金で型どられた眼鏡の奥の視線は左右へと動き挙動が定まっていない。
彼女を観察していると視線がかっちりと合ってしまった。その瞬間、顔を赤らめ、抱えていた書類で顔を隠されてしまう。
この子は悪い子ではない。と、私の中で確証の無い確信が生まれた。
「――城へ確認した所、フィルテム嬢は正式な手続きに則り国民として過ごしているようだ」
黙り込んでいたと思ったら、城に確認を取っていたのか。
アイクの言葉で安堵した表情をするフィルテムさんとは対照的に、当たり前ですともと言う子爵は自分の部下だからか誇った表情をしている。
仕事面に関しても申し分ない働きをしてくれる、と部下自慢が始まりそうだったので、なんとかそれを止めようと口を開いた。
「それでは、改めて。初めまして、フィルテムさん。リアリゼッタです。気軽にリアとお呼び下さい」
「そっ、それは出来ません……! 姫様にお会い出来る事も奇跡に近いのに、私なんかが姫様の視察の担当になってしまって、その上姫様を愛称でお呼びするなんて私なんかそんな身分でもありませんし、姫様のお近くに居るだけで光栄ですので、私の事はこのクズとでも罵って下さいお願いします」
……うん、この子は少しおかしい子だ。
「フィルテム、少し口が過ぎますよ」
「――あっ、……はい。すみません、フォヴル様……」
「このように姫様の事を信仰しておりますので、大事に至らない事は納得して下さればと」
「わかりました。……姫、それで良いか?」
「うん。大丈夫。今日と明日、宜しくお願いします」
「はっ、はい! こちらこそ宜しくお願いします……!」
アイクはまだ納得出来ていないようだが、私としては話し相手になってくれる女性が居てくれるのはとても嬉しい。少し性格に難有りかもしれないけれど、侍女二人の沈黙は流石に堪えた。
初対面の彼女がどれほど心を開いてくれるかはわからない。ただ、心を開いてくれた暁には、私のお忍び外出を手助けしてくれる共犯者になってくれるだろう。いや、絶対にそうしてみせる。
私の密かな野望は周りに気付かれる事も無く、フィルテムさんの案内で客間へと案内されれば、簡素な外観とは全く異なる内装が目の前に広がった。
触り心地がとても良いソファーに腰掛け、軽く深呼吸。香を焚いたのだろうか、ほんのりと甘い匂いが鼻をかすめた。
官邸に泊まる事は初めてなので、お泊りという事もあり年甲斐もなく浮かれてしまう。
今までは転移で視察からの転移で帰城というものばかりだったし、必ず国王と同行だった為気が休まらなかった。が、今回は侍女とアイクがいる事を除けば私だけ。
これがアイクではなくセシルだったのなら、好きに動けたかもしれないと思うと残念だ。
アイクは私に対して何かと手厳しい。周り曰くそれは昔からだと常々聞かされているが、側近中の側近である五将の中ではそれが抜きん出ている。
逆に、一番私に甘いのはセシルだ。それも昔から変わらないそうだ。
だから、まぁ、アイクだとなぁ……というのが私の印象。
仕事としては失敗無く完璧に熟すし、セシルとは本当に真逆で完璧に物事を処理していくのは理想の上司なのだが。もっと、こう、愛想良くして欲しい。
現に、侍女が室内の安全を確認している今も壁に寄り掛かり、私含めた三人を無言で監視している状態だ。なんとも心が休まらない。
城からの長旅で疲れているだろうと案内された部屋なのに、これでは休息出来るのが就寝時のみになってしまう。
彼の隣で同じように無言で立っているフィルテムさんもどうしたらいいものかと不安気な表情を隠しきれていないし、これはもう子爵との打ち合わせまでこの状態だろうな。
アイクに話し掛けようにも話題なんて思い付かないので、侍女達の安全確認が終わるまで無言でそれを監視することにした。
パソコン故障の為、更新が遅くなってしまった事、すみませんでした……。
四月ですね!
新学期や新生活がまだ慣れずに大変かと思いますが、無理せずがんばっていきましょう!
ありきたりな事しか言えない……。




