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15話 来訪を告げる音。




 

 揺れる馬車の中、私は昼間の出来事を思案していた。

 真剣な表情と真摯を帯びたセシルの視線は私に突き刺さり、ゼオーグのあの挙動不審な態度からして、話された事は嘘ではない事を思い知らされる。

 事態を急速に発展させてしまうであろう彼らの発言は、後継者の存在を恐れてしまっている者からしたら恐怖感しか植え付けない。

 その事から、私の一存で今回の件は口外しない事とした。

 城外での視察が無くなるから等という子供っぽい理由ではない。せっかく兵力強化や国境警備強化が可決されたのだから、情報過多の所為で国の治安は元より国自体の機能が停止しかねないと考えたからだ。

 リアリゼッタ姫も私自身も信頼を置いている、セシル以外の五将(ヘルファー)全員には話すべきかとも考えたが、不安を加速させてしまいそうで何も言えなかった。

 現に、この馬車の御者であるアイクは何も知らない。何かがない限り、私もセシルも彼らには話さない事を固く約束したので、事後報告で叱られようがそこは国や仲間を想っての行動だと理解させるつもりではある。

 もう少し思考を巡らそうとしてみたが、馬車の揺れが気になってしまって関連する事案の思考を一旦止める事にした。

 馬車の乗り心地はあまり悪くはない。が、良くもない。この世界に来てから何回も乗ってはいるが、独特の振動には慣れないものだ。

 私の正面に座る侍女二人の表情は常に真顔で、シェリーのようににこやかに会話をする雰囲気ではない為、移動時間が退屈で苦になってくる。

 向かっているのは国都ゼントームの東に位置するオースティン地方。グレシットが入り浸っている事で城内外でも有名であり、私が昨夜拐われた場所だ。

 繁華街であり遊楽街。移民が多く、同時に難民も多い。各国の文化が交じり合い、そして発展していく不思議な地方――つまりは、毛色の違う人間が集まってこの地方が出来た、という表現がした方が良いだろう。

 この地方は商店が密集する地区、飲食店が密集する地区が主で、あとは飲食店とは目的の違った酒場や快楽街の密集する地区が中心部から北にズレた場所にある。グレシットが入り浸っているのは言わずもがな前者だ。

 地区それぞれに地区長が存在しており、それを束ねるのは地方官僚となっている。

 今回行くのは飲食店の密集する地区、レストローテ地区だ。ちなみに、私が拐われたのは商店の密集するゴシェフト地区なので、近いようで少し遠い。

 オースティン地方は夜の街という異名を持つ快楽地区ナシュタットが北にあるというだけで、帝国との国境である森の近くに騎士団地区、そこから国都ゼントームへ近付くと、ゴシェフト、住宅街、レストローテという順番に縦割りで地区が区別されており、真四角の地方ではないにしろ国民の移動手段に応じてそのような地区割りになった、と歴史本に記されていた。

 確かに、商店街と飲食店街に家があれば、買い物も外食も行きやすく、私もそこに住んでみたいと思えてしまう。

 いや、城に居れば現地の物など簡単に手に入るのだが、商店や飲食店の独特な雰囲気が私は好きなのだ。何かの映画で見た既視感がある、何処と無くアジアっぽい露店のような屋台や商店、そして布で作られた繋がった屋根にも魅力を感じてしまう。

 私が城を抜け出してオースティン地方にお忍びで行くのは、買い食いをしたいという、今まで当たり前だった事が出来るという点もあるのだけれど。


「姫様、少し休憩致しましょうか」


 侍女の一人が声を掛けてくる。何か思いつめた顔でもしていただろうか、と考えたが、眉間にシワが寄っていたことに気が付いた。

 城から陸路を使ってオースティン地方へ向かうとすれば、まず国都を出るまで馬車で一時間程。早馬だとその半分位かかる。転移術を使えば言わずもがな一瞬だ。

 そこから舗装された街道以外何も無いただの原っぱを進み、やっと見えてくるのがレストローテ地区だ。

 抜け出す時は丁度城に来ていた荷馬車に隠れて向かう為、そのまま寝てしまう事もあるのだが、今は沈黙に耐えられない事も相まって色々と思案してしまっていた。

 ゆっくりと動く馬車の揺れは眠気を誘うものでもなく、何もせずに外を眺めるのも限界だ。

 少しだけ、ほんの少しだけ休憩する事にしようか。

 出窓からアイクに休憩の旨を伝えた侍女は、馬車が完全に停止したのを確認し、先に二人降りて私の補助をしてくれつつ周りの警戒も怠らず……と、精錬された侍女達だった。ちなみに、名前は一切知らない。

 城から出てどれくらい馬車に揺られてたのか分からないが、地上に立つとぐぐっと体を伸ばしたくなる。思わず伸びをすれば、はしたない、と侍女に言われてしまった。

 外出する為に動きやすい服装を、と頼んでいたので、シェリーが用意してくれていたのは体のラインに沿ったタイトなドレスではない。

 白を基準としたミニのトレーンドレスだが、少し緩めのパフスリーブに姫のトレードカラーの青いコルセットを着けて、下着が見えたりなどの粗相がないように白タイツとコルセットよりかは群青に近い色の靴。視察の為ヒールは低めだ。

 髪はアップスタイルだが、服の配色を気にしてか、黒い髪飾りで纏めてもらっている。

 彼女のセンスには良い意味で脱帽だ。私にはこんな配色は出来ないし、まず自分の髪色が水色なんて想像した事もないのでそこから次元が違うのだが、普段の自分の服装なんてパーカーにジーパンでいかにもニートっぽい服装なのだ。実際はニートではないが。

 侍女に見張られているのも苦なので、馬の手入れをしているアイクの元へと移動する。

 彼は黙々と自分に課せられた業務を全うしているようだ。


「ねぇ、アイク」

「なんだ」

「セシルの事、まだ怒っているの?」

「……そうではない。ただ、納得がいかないだけだ」


 納得がいかない、というのはセシルの言い分なのか、それとも面倒事に巻き込まれるという不遇な才の事か。

 私はアイクではないし、十分に理解しているわけでもないけれど、彼の表情は無表情で感情が読めない。


「アイクはセシルが大好きだもんね?」

「何を言っている」

「違うの? 思った事を言ったつもりなのだけど」

「全く違う。アイツは、ただの腐れ縁だ」


 照れ隠し、という訳ではないようだ。が、私から見れば、二人は親友で、良きライバルで、お互いの事を十分に理解をしているのではないかと思う。

 彼の否定も、その気持ちがあるからなのだな、と無理に納得して、女ながらに男心を理解するのは難しいのだと察した。


「……アイツの事は元々気に食わない」

「どうして?」

「一人で抱え過ぎてしまっていつ首が回らなくなるのかと……多少なりとも心配にはなる。要は、そういう事だ」


 変な詮索は止めろ、と言うように、アイクは私の頭を小突いてくる。親が自分の子供にするような感じで痛くはない。

 彼は私に対しても一人で突っ走るな、と言っているのだろう。立場関係無くとも、一人でなんでも抱え込むな、と。

 きっと、昔にリアリゼッタ姫と何かあったのではないかと、また詮索してしまいそうになる欲を抑えた。

 それに、気に食わないと言いつつもセシルの心配をする辺り、アイクは自分の事も頼ってほしいと思っているのかもしれない。これは私が頼るわけではなく、セシルが、という理解だ。やっぱり仲が良いんじゃないか、とは言わなかった。


「レストローテまではまだかかる。陽が出ている内に進むぞ」


 まだ国都を出てもいない。馬車という事もあり時間をかけて進んでいるのだろう。今日中に到着しなければ、地区長への挨拶なども出来なくなってしまう。

 視察する事も踏まえ、早く到着するに越したことはないので、私は素直に馬車へと戻る事にした。

 馬の嘶く声が聞こえ、ゆっくりと景色が動き始める。

 王族や役人達しか使用の許可されていない私道を通っているからか、辺りに人の姿は無い。他の馬車なども見当たらないので速度を緩めなくても良いと思うのだが、そこはアイクの考えなのか安全運転を心がけているようだ。

 セシルならそうするのも理解出来るけれど、アイクが安全運転なんて意外だ。彼自身を慎重さに欠ける人物だと表現するわけではないが、なんともそこがイコールで結びつかない。

 アイクでは無くフェンドルやグレシットだと結びつかないのも納得いくのだけれど、彼の普段から見え隠れする強引さや昼間のセシルとのやり取りを見ているからなのだろうか。

 公私混合せずにしてくれる所は他の面々と違っていてとても有難い。


「後はアイデくらいかなぁ……」


 ふと漏れた独り言だったが、侍女二人は何の事だろうと伺ってきた。

 シェリーは身の回りの世話のみのメイド――侍女であるが、目の前の二人は身の回りというよりも武装している上に終始真顔で話しにくい印象がある為、どちらかと言うと主人を護る為の侍女だ。

 メイドと侍女の違いを私が十分に理解をしているわけではないので、今度詳しく聞いてみようかと思う。多分、小姓と配下武将くらいの違いはありそう。

 この話題をきっかけに会話をしてみよう。これからも接点があるかもしれないし。


「私達は武装隊に属している為、一般的なメイドの仕事はしておりません」

「作法は理解しておりますが、基本は兵舎で生活しております」

「教えてくれてありがとう。あんまり、その、侍女の方と話はしないから」

「私達の事は、国王様や姫様を御護りする為だけに存在している、と御理解して下されば宜しいかと」

「昨夜の件は聞き及んでおります故、姫様は何の御心配も必要ございません」

「私達、そして最高位騎士であられますサラスヴァル様とフェンドル様の魔獣が付いております」


 一瞬誰の事かと思った。そういえば、アイクのファミリーネームがそんな感じだったような気もする。ファーストネームで呼んでいるので、よく聞くセシルのイディアスというファミリーネーム以外は特に覚えていなかった。

 あれ? そういえば、今回同行するのにフェンドルの魔獣も一緒だったはずなのだが……すいえばその存在は確認出来ていない。

 魔獣という者も様々だと理解しているけれど、姿が見えないだけで何処かに居るのだろうか。


「フェンドル様の魔獣でしたら、馬車を曳いております馬で御座います」

「正しくは馬に擬態されているとお聞きしております」

「魔獣って擬態するものなの?」

「魔獣の中にも魔力が高ければ擬態出来る者が居ると、私達は教えられております」

「ですが、その詳細は魔獣使いでしか存じえないかと」


 つまりは詳しく知らない、という事なのだろう。魔獣に関しては後日フェンドルに訊くしか無さそうだ。

 誰しも専門外の事はある。仕方がない。


「姫様はこの一年間で、元々の知識の半分は取り返せたと聞き及んでおりますが……生活は如何でしょうか?」

「知識の半分かどうかは判断出来ないし、なんとも言えないけれど。努力は惜しんでいないつもりだよ」

「そうでしたか。イディアス様やサラスヴァル様が鍛錬へといらっしゃる際に、姫様のお話を伺う事が多いのですが、御二人共大変お褒めになられてましたので」

「……レイ。ロアン。聞こえているぞ。口を慎め」


 こちらの会話に聞き耳を立てていたらしいアイクが二人に注意を促した。

 まさか会話を聞かれているとは思っていなかったし、聞き耳を立てる程の内容を喋っていたわけではなかったのだが、名前を呼ばれた侍女二人は気まずさからか瞼を閉じて謝罪の旨を述べる。

 女性の会話を聞くなんて男性としてはどうかと思うが、部下の会話を把握するのは上司の勤めなのか。プライバシーという概念はどこにあるのやら。

 この国でそういった概念があるのかさえも疑わしい。

 ある意味パワハラやモラハラ満載の城の中で暮らしているわけだから、私もその辺が鈍ってきたのかも。気をつけなくては。


「姫、そろそろグッテンバル領土になります」

「えっと、グッテンバル公爵の自立国だっけ?」


 窓の外を見れば、煉瓦造りの建物はなくなって広大な草原へと景色が変化していた。このまま街道を進めば、オースティン地方のシンボルである石造りの城壁が見えてくる。

 グッテンバル公爵の領土は自立地区であり、公爵の治める土地だ。農民や移民が多い事しか私も知らない。

 数回来た事があるくらいで、詳細を調べようにもあまり文献に残されていない領土。アイデは成金貴族だと罵っていた。

 王族関係の人間がオースティン地方に足を踏み入れるには、まずグッテンバル公爵に目通しをしなければならない。彼らは地方役員との深い繋がりがあるとかなんとか。

 私は荷馬車に隠れてやり過ごすのは、この方法でしかお忍びでオースティンへ入れない為だ。一国の姫が勝手に地方へ来たとなればかなりの大事となってしまい、一週間は城から出られない。これは経験談である。

 今回は国の仕事という名目もある。きちんとお姫様という役割を全うしなければ。

 石造りの城壁が地平線の向こうに見えてきた。

 この城壁は国都ゼントームとオースティン地方を区切る為の物であり、かつてラウラツ帝国が王国に侵攻して来た時の名残りでもある。

 ゼントーム、ノアデン、ズーティンと隣接している為、城壁の各所に城門があり、それぞれが目的に応じた関門となっているのだ。

 私達王族や、国務等が理由でオースティンへと足を踏み入れる際には、グッテンバル領土近くの城門を越え、一度公爵との目通りして地区へと入る。急務の場合は別だと聞いた事もあるが、私には関係ないだろう。

 間もなく城門へと到着し、アイクと門番が話す声が聞こえてきた。

 少しざわついている様だが大丈夫なのだろうか。暫く馬車の中で待っているが、一向に進む気配は無い。

 前はもっと早く城門を抜けて、公爵の屋敷へと向かえたはずだ。

 不審に思った侍女――名前がどちらなのか忘れた――が御者椅子に座ったままのアイクへと声を掛けるが、彼からの返答は待機という簡潔なものだった。


「姫様、もう暫しお待ち下さい」

「うん……」


 何か問題でも起きたのだろうか。もしくは、今日の視察が伝わっていなかったのか。待てど馬車が動き出す様子は全く無い。

 外のざわつきが最高潮に達したかと思えば、前触れもなく、ゆっくりと馬車が動き出した。

 窓から外を見れば、数十人の兵達が列を成して居るのが分かる。その手には長い棒が握られていた。


「昨晩の事で公爵からの話があるようだ。目通りだけでは済まないかもしれない」


 アイクの簡潔な状況説明を聞き、だから遅かったのか、なんて納得はしなかった。それならそれで書状なり何なりを伝えてくれれば、すぐにでも公爵邸へ向かうのに。

 口に出すことはせず、胸の内に秘めて公爵邸の到着を待つ事にする。

 そこまで離れているわけではないので時間は然程かからないだろうが、本日中にレストローテへと向かえるのか不安に駆られた事は誰にも言わないでおこう。

 程なくして馬車は視界に入れただけで貴族の屋敷だと判断出来る、煉瓦作りの邸宅前に到着した。





 

 


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