14話 壊れ行く五重奏の音。
「会議の中心になったのは先程話していたメリカルム卿だったわ。帝国の皇子がリアを拐かしたのは、リア自身が彼を誘惑したとかなんとか。それについては国王も否定的だったし、第一、帝国の皇帝一族に会うのは年に一回の国境会合のみ。誘惑しただなんて、お門違いも良い所よね」
アイデが内容を思い出しながら話してくれるが、彼女の表情には嫌悪感が満載だった。それについては他の面々も同意をする。
その人にリアリゼッタ姫の加護は効果が無いのか、もしくは私になってしまったから効果が薄れてしまったのか。昔がどうだったかだなんて私には知る術が限られている。しかしながら、部下からの不信感は相当なものなのだろう。
「帝国との友好関係を崩したくないみたいやからなぁ。親帝国派とでも言ったらええやろうか。ただ単に姫さんを嫌ってるんかもやけどな」
「嫌われてるの? 私が?」
「姫が誕生する前までは、メリカルム卿が次期統治者だと言われていたんだ」
つまり、世継ぎが生まれたから恨んでいる、と。この王国は必ずしも男が統治をすると決まっているわけではないので、リアリゼッタ姫であっても王になる事は出来る。だからこそ、私には教養が必要なのであり、王族の一人として魔法術を扱えなければいけないと、アイデが以前言っていた気がする。
魔法術が扱えるか否かは、ひとつの判断材料でもあるのだ。
「メリカルム卿も王族の末端やし、野望はあったんやろうね。国王からの信頼も厚いからこそ財政を任されているんやし」
なるほど、と頷いた。
でも、自分を重宝してくれている上司の娘を貶すなんて事するのは、流石に性格が悪いだろうに。それに周りがリアリゼッタ姫を庇うのだから、逆に自分の立場を悪くするのでは、と思う。
ナントカ卿が何を考えているのか知る由もないが、どうも言動に納得がいかない。
「話を戻すわね」アイデが続ける。「王もその意見を否定しつつ、帝国に対する今回の件の書状を送るつもりであると言っていたわ。皇帝が病床だとしても、息子の犯した罪を知りえないはずがないもの」
私が会った事のある皇帝は大柄な外見とは裏腹に、自分の行く末というか、国の有り様をきちんと把握しているように思えた。だからこそ、病床だという話は信じられない。
けれど、アルフレッド皇子の行動は諫められた末の暴挙では無く、皇子自身が決めた行動だと感じてしまったからには皇帝の病床を信じる他ない。
帝国の話題が移り変わり、今度は私の午後に予定されていた視察の件になる。
セシルから聞いていた通り、私の視察にはセシルとフェンドルの魔獣が一体、そして複数人の侍女が同行する事になったようだ。
この視察に関しても昨日と同様に私が拐われてしまったらという一抹の不安を抱えつつ、私の事を毛嫌いしているナントカ卿含め複数の官僚が実行すべきだという声を上げて実現したらしい。
嫌っているのにも関わらず業務を遂行すべきだなんて、感情と言動に矛盾を感じて仕方がないのだが……私情を割り切っている性格なのかもしれない。仕事と私事はきちんと分け隔てて考えれるのだろう。
「オレも行きたかったんやけどな……」
「貴方は財政処理があるでしょうに」
「遠出とか羨ましいやん? 日帰り出来る距離でもないんやし、一つ屋根の下でお泊まりできるって事やろ。姫さんとお泊りしたーい」
「口を慎め、グレシット。毎晩他の女と寝ずに城に戻っていれば、一つ屋根の下で姫と居れるぞ」
「一つ屋根の下やけど意味がちゃうやろ」
城の屋根の下、という意味では間違ってはいないのだが、グレシットは同じ部屋で寝泊りがしたいと言っているのでアイクの指摘は少し違ってしまう。が、グレシットの言い分を認めるわけではないので、アイデが釘を刺していた。
「残りは国交問題についてよ。帝国との事もそうだけれど、近頃、アルドラント国で暴動が起きているからか、ノーザン地方の防衛を強化する事で一致したわ。それから、兵力の強化。これは元々言われていたのだけれど、大戦中に比べると怠けすぎな部分が目立っているようね」
「鍛錬場とか見ても、皆頑張っているように見えるけれど?」
「姫が来る時だけだ。中には姫に近付ける可能性があるというだけで兵団に入り、激務に耐え兼ねて退団する奴も居る」
そうだったのか。思った以上に国民は平和を当たり前と思っているようだ。
いや、これに関しては私もそうだった。
日本は平和で一部除けば戦争というのも無くて、本当に平和な国だった。それに胡座をかいていては駄目なのだ。特に、この世界ではそれが当たり前だと思い込んでしまってはいけない。
大戦という全ての国を巻き込み、数多くの人間が犠牲になった事を忘れてはいけない。――年に二、三回ある大災害を忘れてはいけないというニュースや特番は、きちんとその役目を果たしていると言えるだろう。
「兵力強化は可決したの?」
「ええ、まぁ。但し、条件付きだけれど」
「条件? 国の発展の為に条件が要るの?」
「ほら、なんだかんだコレが必要になってくるやんか」
グレシットが右手の親指と人差し指で円を作る。要するに、お金が必要、という事か。
確かに、何かをするという事はそれに応じて金銭が発生する。その辺りは財政省に勤めているからこその発言だ。
「やからオレは城に缶詰やねん……街のお姉ちゃん達に会われへんくなるわー」
「普段から仕事をサボってるツケだな!」
「あら、起きたのね、フェンドル。おはよう」
「がっはっはっ! 何やら眠気を誘う話をしていたようだが、もう終わったのか?」
「ああ。終わったぞ」
ならば良し! と豪快に笑いながらフェンドルは席を立った。彼はもう聖室を出るようだ。
「ではワシは出るぞ。お前らのメシを待っていたらまた腹が減りそうだ」
「そういえばゼオーグは遅いなぁ。話とる間に来るかと思っとってんけど」
「我々の会話に気を遣う事もないだろうに」
「……それでもおかしいわね。ねぇフェンドル、貴方が来た時のゼオーグはどうだった?」
「どうと言われると困るが、いつもと変わらぬと思うぞ」
一同が黙り込んでしまう。また、ラオのお使いにでも行っているのだろうか。
一応、ゼオーグへ念を送ってみるが、鈴の音は聞こえなかった。
今日は昼食抜きなのかと思えば、大きな爆発音を発して突如ゼオーグが行き来する扉が現れる。全員がそちらへと視線を向け、ゆっくりと扉が開いた。
黒い煙が隙間からモクモクと出てきて、中は伺えない。
「……どうして、お前が――」
アイクの驚愕した表情は珍しい。全員目を丸くして、現れた人物を凝視する。
そりゃあ、驚くのも当たり前だ。私も驚いた。
ゼオーグしか行き来出来ないと言われていた、その不思議扉から出てきたのは――うつ伏せ状態で飛び出してきたと言うのが正しいのかもしれない――会議を途中退席したセシルなのだから。
彼の礼服は真っ白いはずなのに所々が煤けており、今の爆発音の所為だと思われる。
「い、ててて……お待たせしてすみません、皆さん」
「なんでセシルがそっから出てくんねん」
「あー、えっと、事情を話すと長いというか……」
「長くても良いわ。話して頂戴。今日の貴方の行動はおかし過ぎる」
「ええっ!? そんなに私、おかしいですか!?」
私に視線を向けて助けてくれという表情をしてくるが、私にはどうする事も出来ない。
私だって知りたいのだ。
それは五将の一員として、仲間として、全員が疑問に思っている。
「あの、本当に話せば長くなるので、その……先に昼食を……」
彼が立ち上がりながらそう言えば、その後ろからひょっこりとゼオーグが顔を出す。その表情は申し訳なさそうにしており、最近は彼のその表情しか見ていないような気がして少し切なくなった。
セシルとゼオーグが運んできた昼食はテーブルの上に置かれ、室外へと出るつもりだったフェンドルも自ずと自席へ戻る。
並べられた昼食は全て美味しそうな匂いを醸し出しているけれど、とても食べる気分になれなかった。
「……先に説明してくれへんかな。気になって飯も喉通らんわ」
予想できない事態に苛立っている。そんな雰囲気を隠しきれていないグレシットからは、真実を見極めようとする視線がセシルに注がれていた。
セシルは見るからに焦っていて、俯いたまま何も喋ろうとしない。
「責めている訳ではないのよ、セシル。ただ、ゼオーグと何をしていたの? 貴方が精霊の手伝いをいつも買って出ているのは知っているわ。だから、その理由が知りたいのよ」
子供に諭すように、怒りを隠して優しく、真剣な眼差しでアイデは彼の発言を静かに促した。
私は何も言えずに、彼の発言を待つしかない。ゼオーグもセシルも反省しているのは立ち姿を見て解るのだから、ちゃんとした理由があるのならそれを話して欲しい。それが、多分、全員の気持ちだ。
「あの、ですね……」沈黙に耐え兼ねたのか、セシルが話し始める。「メリカルム卿の所用が城外でしたので、それが終わってから城に戻りまして……そろそろ昼頃というので中庭を通ればオーグに声を掛けられたのです。その内容が、その、ゼオーグと連絡が取れないというものでして……。オーガ族の長でもあるので自分は心配だ、探してくれと。ですので、聖室に急いで向かえばゼオーグが床に倒れており……なんとか彼を起こして、どうしたのかと聞けば狼狽するばかりで。彼の指示の元、その、この部屋の中で介抱と料理を作っておりました」
申し訳ありません、と、静かに頭を下げる。ゼオーグも頭を下げた。
ゼオーグに何があったのかをアイデは問い詰めるが、彼は喋る代わりに汗を毛穴という毛穴から噴出させたようで、ぴっちりと着込んでいた服が忽ちびっしょりと濡れていく。
元々会話の出来ない彼の事だ。体を震わせて不安な表情をし始めれば、何か想像も出来ないような目に遭ったのだと考えられた。
「ずっと、彼は震えて、この状態なのです。何も出来ず、私が助けるしかなかったのです……!」
「……ええ、わかった。とりあえず、ゼオーグがこの状態で事情が事情なので、今回は不問にします。リア、良いですね?」
「あ、うん、良いよ。私はそれで大丈夫」
ただ、ひとつ気になることがあるのだが……それは今は発言しないでおこう。後でセシルに尋ねてみれば良いだろう。
しかし、だ。折角の食事だけれど、食欲は一気に失せてしまった。
溜息を吐くアイデを始め、誰も食事に手を付けずに時間だけが過ぎていく。食事する気が失せたとハッキリ口にしたのはグレシットだった。
「もう昼終わるやろ。オレは先に仕事行くさかいに。この件は姐さんに任せるわ」
「俺も遠慮しておく。……セシル、本日の予定は俺と代われ。お前に任せてはおけない」
「……はい。わかりました」
「先程は大量に飯を作らせて悪かったな! 美味かったぞ!」
順々に聖室を出て行く各々の態度は四人四色で、異色なのはフェンドルだけ。アイデは何も言わずに溜息のみで出て行った。
聖室内には、私と未だに震えたままのゼオーグ、そして俯いて微動だにしないセシルだけが残される。
何を二人に言えば良いのか分からず、とりあえずゼオーグにはもう戻っていい事だけ話した。彼は涙目になって何度も頭を上下に振り、足早に扉の中へ入っていく。
扉が消え去ったのを確認して、私はセシルに近付いた。
「ねぇ、セシル」
「っ、は、はい……」
「どうして嘘をついたの?」
「……なぜ、そう思うのですか?」
顔を下げたままのセシルの表情はわからない。だが、声は震えていた。
私から叱られると思っているのだろうか。そうであれば、彼はかなりの子供思考なのかもしれない。困っている人を放っては置けない、そんな正義感の溢れる子供だ。
「私ね、昼食の時間まで中庭に居たの。オーグと一緒に。知ってるよね?」
私は確かに、セシルへ中庭に行くと話していた。それで一緒に行こうと話したが、彼は用があるとそのまま私と別れたのだ。
セシルの話が本当なのであれば、聖室へ一番に入室したフェンドルよりも早く入室している事になり、尚且つ、私よりも前にオーグと話している必要がある。
私はまだ会議中の時間にオーグと会って話していたし、会議が終わってから聖室に向かったのだ。そして聖室内には既にフェンドルが居た。
じゃあ、セシルはどのタイミングで中庭に居るオーグと話したのか、という疑問が浮かんでくる。
お話し好きのオーグの事だ。一族の一人であるゼオーグとの連絡が取れないとなれば、これから昼食を摂りに聖室へ向かう私に事情を話していただろう。
中庭を通って戻ってきたらしいセシルの姿も見ていない。……という事は、きっと、オーグと話したというのは嘘である可能性が高い。
まぁ、私がオーグと出会う前に彼が会っていたというなら無理にでも納得は出来るのだが、そうなれば、私が自室から中庭に行くまでの間に所用を終わらせなければいけない。たった五分十分で終わる用事は、城外に出ていたのならばほぼ不可能だ。何でもアリの魔法術を使ったとしても、所用の内容によっては難しいだろう。
自分の推理を話せば、セシルは乾いた声で笑い、そして私に表情が見えるように顔を上げてくれた。その表情は苦笑という表現が一番似合っていた。
「姫様は、誠に聡明な方でございますね」
「褒めても何も出ないよ。……私にしか気付かない嘘をついたのは、私が黙ってくれると思ったから?」
「それも、あります。ですが、私は隠し通すしかなかったのです」
「ゼオーグの事……?」
「はい」
一息置いて、彼は、鬼気迫る表情で私に言った。
「ゼオーグは、後継者に襲われた、と言っております」
更新遅くなり申し訳ございません……。
お気に入り、評価、ありがとうございます。
未だにインフルエンザは日本に鎮座しているようですので、皆様お気をつけ下さい。
あと、花粉症の方は共に乗り切りましょう……!!




