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13話 一歩一歩の歩み寄る足音。


  





 聖室へと入れば、テーブルに突っ伏しているガタイの良い男性が座っていた。どこからどう見てもフェンドルだ。

 会議が終わってからすぐに来たのだろう、服装は正装のままで着崩してもいない。突っ伏している所を見るに、昼食を注文直後に寝てしまったと思われる。

 音を立てないように静かに扉を閉めて自分の席へと歩を進めれば、突然、彼の上体が起き上がった。起床したのかと思えば聞こえてくるいびき。まだ寝ているようだ。

 正直言えば、結構びっくりした。


「あ! 姫様! いらっしゃったのですね!」

「姫しゃまだ! 姫しゃまだ!」

「ラッツ、リッツ。二人のご主人は寝不足なの?」

「寝不足という事ではないのですが……僕らに常時魔力を与えてくれているので。それでよく睡眠を欲しているのです」

「フェンちゃんはおねむ! フェンちゃんはおねむ!」

「あ、そうだったんだ。知らなかった。寝ていたのはそういう事だったのね」


 自分の事を離さないフェンドルの事を知るには、彼の使役する二匹の白蛇兄妹へ聞くのが一番だ。基本的に共に居るし、何しろフェンドルよりも話が通じる。

 兄のラッツと妹のリッツでは話し方に違いはあるけれど、二匹とも良い子である。あと、小さい子供と話しているようで楽しい。


「今日の会議でもほとんど寝ていたし、フェンは基本僕らに任せっきりなのです」

「お任せ! お任せ!」

「うん、そうだね。起きてないもんね。起きてると思ったら寝てるもんね」

「でも、そこが可愛くて。フェンから離れられない駄目な兄です」

「駄目なラッツ! 駄目なフェンちゃん!」


 ん? 兄……と言っただろうか? ラッツがフェンドルの兄、という事? ラッツとリッツ同じくフェンドルは元々白蛇なのか?

 疑問が疑問を呼び、頭が混乱してくる。仕事を終わらせて庭でリフレッシュしたからといって、私の脳みそは疲れているようだ。

 混乱している私を見て、ラッツはテーブルを伝い私の前へとやってきた。それにリッツも続く。


「姫様は御記憶が無いのでしたね。なら、フェンが自ら話してないのも解ります」

「わかる! わかる!」

「フェンはこの事を話したがらないですから」

「どういう事なの?」

「フェンちゃん! きょうだい! 弟!」

「そういう事です」

「……ごめん、わからない」


 リッツの説明は大雑把とし過ぎて理解し難い。二匹と一人――いや、三人は兄弟という事なのか? もう、ここに来てまた新しく設定を追加するのはやめてよ、混乱してしまうじゃないか。

 こんなあからさまな追加設定なんて、今時のゲームでも無い……いや、あるか。仲間だった人が過去に事情を抱えていて主人公を裏切り敵側に回るなんて、RPGの定番過ぎる定番だ。

 ラッツは目線を下げ、少し思考をした後に舌をチロチロと出して話し始める。


「フェンは森で捨てられていました。そこで、僕らの母さんが拾って、僕らと一緒に育てたのです」

「魔獣に育てられたって事、だよね」

「そうだよ! そうだよ!」

「母さんが死んだ今、人間であるフェンと一緒に居る理由は――」

「喋り過ぎだぞ、ラッツ」


 低い声に肩を震わせてしまった。二匹の白蛇もビクッと体を震わせる。

 声を発したのはフェンドルだった。頬杖をついて私を静かに見つめている。いや、睨みつけていると言った方が正しい。

 普段の豪快に笑う目は鋭さを帯びて、こちらの出方次第では何をするかわからない恐怖を感じてしまう。思わず、口篭ってしまった。


「誰彼構わず話して良い内容ではないだろう」

「ごめん。でも、姫様だし」

「姫であってもだ。今の姫は何も知らぬ。知らん方が良い事もある」

「フェンちゃんごめんね! ごめんね!」

「……すまなかったな、リア。お前はワシの生い立ちなど知らぬ方が良いのだ」

「いや、えっと、こちらこそ、聞いてしまったから……その、ごめんなさい」

「気にする事でもない。……先程の内容で話せば、兄達が要らぬ世話を焼いただけだ。忘れてくれ」


 忘れる事は出来ないのだが、彼がそう言うのであればなるべくこの話題は彼に振らないようにした方がいいのだろう。彼の気分が一段と悪くなるのが理解できる。

 今日は周りが怒ってばかりだ。今は込み入った話を聞いてしまった私が悪いのだが、数時間前はセシルがシェリーを怒らせてしまっていたし、少し気を付けた方が良いのかもしれない。

 謝り続ける二匹の白蛇は、申し訳なさそうに彼の服の中へと隠れていく。兄妹には本当に悪い事をしてしまった。いや、深く喋りだしたのは二匹だったのだが、聞いてしまった私にも非がある。

 再度フェンドルに謝罪すれば、気にしないでいい、と言われた。いつもの笑顔だ。


「ワシの事もそうだが、五将(ヘルファー)にはそれぞれ理由があって姫と共に居る。それをお前が思い出すまで、深く聞かないで欲しい」

「うん……わかった。本当に、ごめん」

「何度も謝るな。こちらが悪いみたいだ」

「あ、ご、ごめん……」


 謝りすぎたのか、フェンドルは普段通り豪快に笑い出した。何がおかしいのかわからないが、私も釣られて笑ってしまう。

 彼は彼なりに私の心配をしているだろうし、そこは好意を受け取っておく事にして、別の質問を彼に投げかけてみる事にする。


「フェンドルは誰と仲が良いの?」

「仲? 五将(ヘルファー)でか?」

「うん。なんか、グレシットと一番仲がいいのかなぁって思ったりするんだけど……」

「そうさなぁ。仲が良いというのはさっぱりわからん。あ奴は自由奔放だから話し掛けては来るが、睦まやかかと言われればそうではないな」

「そうなんだ。てっきり、二人は仲良しなのかと思ってた」

「それを言うなら、リアこそセシルと仲が良いようだな?」

「ん!? どうしてそこでセシル?」

「共に庭仕事をしていると聞いているぞ? 会議中も、出掛ける事を一番に伝えると言って離席したからな!」


 あ奴の声で起きてしまったわ、と笑顔で言うフェンドルに会議中に寝るなという叱り事は今更と思って言うわけではなく、やはりセシルは会議を抜けたのかと再確認する。

 フェンドル曰く、メリ……ナントカ卿という人物から会議中に用を申し付けられたとからしい。だが、その噛みそうな名前の人物が誰かなんて私にはわからない。

 素直にその人物の事について聞いてみれば、彼は一瞬考えたフリをした後に、わからん! と大きな声で笑い出した。

 名前だけ知っている関係なのか、単にその人物の名前以外を把握していないのか真相は分からないが、官僚が多い中の会議なので仕方がないのかもしれない。


「メリカルム卿は、王国の財政を担っている方ですよ」

「お金! お金!」


 ひょっこりと頭を服から出して話し始めるラッツリッツに対し、フェンドルはそうだったか? と自らの記憶を探っているように思えた。

 要するに金勘定を中心に仕事をしているらしいそのメリ……ナントカ卿の事をフェンドルは一切思い出せないようで、ラッツが再度服から出てきて私に説明をしてくれる。


「こう、眼鏡をかけていて、目がつり上がっている方です」


 ラッツがフェンドルの耳に尻尾を引っ掛けながら、片目を囲うようにまるく円を作った。なんとも器用な白蛇だ。さすが軟体動物。

 片目の眼鏡という事はモノクルを付けている人物で、目がつり上がっているならキツネ顔という認識で間違いはないと思う。

 自分の記憶を漁ってはみるものの、該当する人物は居なかった。やっぱり、私は人の顔を覚えるのが苦手のようだ。


「うむ。確かそんな顔だったか。あまり良く知らぬのだ」

「私もわからないから大丈夫だよ。気にしないで」

「しかし、なぜメリカルム卿がセシルに用を頼んだのかが分からぬな。奴直属の部下というならグレシットだろうに」

「あぁ、グレシットはそうだっけ」


 ベティアール国の国王の下に従く各省庁は、大きく分けて五つ存在している。

 国王の令状を下に政を行う王政省、王国内の仕事を統括する就政省、王国の税収や運営する為の金銭管理をする財政相。残りは魔法術省と学政省。この二つは似たり寄ったりだ。

 あと、省庁と言わないが、王国の安全を護る騎士団。要するに、現実世界で言うところの防衛省のようなのである。

 五将(ヘルファー)はそれぞれの省庁に属しつつ仕事をしていて、最高位騎士のセシルとアイクは騎士団所属。フェンドルは魔獣使い達を纏めているからこちらも騎士団所属で、アイデは魔法術省で魔法術の研究を主にしつつ国に属する魔法術師(マイスター)を束ねており、残るグレシットは財政省に所属しているのだ。

 あの飄々とした態度とは裏腹に、金銭勘定に長けているとかなんとか。そこはアイデが苦々しく言っていた。彼の仕事が出来る部分を心底認めたくないようで、その点は私も同意したい。あの遊び人が優秀だなんて、世の中どうかしている。


「何故セシルに頼んだか……まぁ、ワシには関係無いがな!」

「そうだねー。私も分かんないや」


 ナントカ卿含め、官僚の名前も知らないから別にいいか、といった感じでフェンドルと笑い合う。お互い、楽観的なようだ。そして、緊張感が解けた私のお腹が空腹を訴えてきたのもいつも通りという事か。

 そういえば、お昼がまだだった。

 お腹が減っていただろうフェンドルに話し込んでしまった謝罪をすれば、もう食べた後だったと言う。道理で不機嫌になっていない訳だ。

 今朝のフェンドルを見たからいつ不機嫌になるのかと思っていたけれど、それは私の考え違いだった。

 食べ終わったから寝てしまっていたのか。確かに、満腹感に満たされると眠気が襲って来るよね。特に昼間なんかお昼寝したくなるし。

 今日は何を食べようかと思案している内に聖室の扉が開き、残りの面々が室内へと入ってくる。


「二人なんて珍しい事もあったものね」

「なんや、抜け駆けかいな。フェンも隅に置けんなぁ」

「そういう事ではないだろう」


 入ってくる五将(ヘルファー)の中にセシルの姿は無い。まだナントカ卿からの用が終わってないのだろうか。

 席に着いたグレシットに聞いてみれば、とても嫌悪感満載な表情をしたので、これはマズったとすぐに謝罪を試みる。が、ええんやで、と私がセシルに言ったモノマネそのままに返事をしてくれた。


「あのおっさんなぁ、よくわからんねん。妙にセシルを気に入っとるみたいやけど……なぁ?」

(わたくし)は存じ上げないけれど。まぁ、確かにメリカルム卿に良い噂は聞かないものね」

「そうだな」


 普段から会話を聞いているくせに参加してこないアイクでさえも同意するという事は、少しキナ臭い人物のようだ。今度顔を合わせた時にでも少し話してみよう。

 基本、財政省の方々と話す事は無いし、大体は王政省の官僚ばかりだけれども。なんとかなると思いたい。

 さて、お腹もそろそろ限界だ。待機しているだろうゼオーグに今日の昼食メニューを頼んで、美味しい食事を楽しみにする事にしよう。

 各々談笑する光景を眺めてみると、ナントカ卿の用事で席を外しているセシル以外、それぞれがリラックスして今の時間を堪能しているのが分かる。

 フェンドルはまた寝だしたが、双子の白蛇は会話に参加していた。特にアイデがお気に入りのようだ。魔法術師は魔獣と交流することもあるだろう、彼女の対応はまさにそういった感じだった。

 アイクは静かに腕組みし食事が来るのを待っているが、そこにちょっかいを掛けるのはグレシットだ。仲が悪いというわけではない印象。しかし、関係性としてはただの仲間なのだろう。

 この場にセシルが居ないというのが、何故だか寂しく思えた。

 恋愛感情としての好意を抱いているわけではないと断言しよう。でも、同じ五将(ヘルファー)なのに、彼の姿が見えないのは少し気になった。

 彼だけが忙しいという事でも無いだろうし、五将(ヘルファー)それぞれに仕事があり、またリアリゼッタ姫の護衛と兼任している。多分、彼の人当たり優しい性格が利用されやすいと判断されているのではないか。私の考えだけなので確証は無いが、この一年間のセシルを思い出してみれば、それが理由になるのは至極当然というか、なんというか。

 別にセシルばかり見ていたわけではない。なので、何度も言うが確証は無い。


「リア、食事もまだですし、先に会議の話をしても?」


 アイデが言う。彼女の首元には白蛇二匹が戯れる様に巻き付き、その姿はフェンドルよりも似合っていた。


「昼食が来てからでも良いのではないか」

「そうは言ってもゼオーグの時間かかるやろ。フェンがまだ食べてないんやし、量も量やろ」

「あ、フェンドルは先に食べたらしいよ」

「ホンマか。えらい早く移動したと思っとったけど、そうやったんやな」


 寝ているフェンドルの元へと白蛇二匹は戻り、とにかく、とアイデが口を開く。彼女自身は今日の会議内容を早く話したいようだ。

 止めていたアイクは腕組をし、少し不服そうに彼女を見る。その光景をグレシットは肩を竦めながら、あーあ、と溜息混じりに言い、椅子に座り直した。



 


 


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