11話 行動を始める音。
押された勢いで私の顔面、主に鼻に激痛が走る。
床と正面から衝突するとは今までした事のない経験だったハズなのだが、鼻をぶつける事は前にも何度かあったので慣れた方だ。
鼻は折れていない。口の中を切ったわけでもない。うん、大丈夫そうだ。
顔の確認をしながら頭を上げると、目の前に、見目麗しい少年が一人しゃがみこんで私を見ていた。
突然の事で驚く事も忘れ、言葉も無く、その少年とずっと見つめ合う。
少年はにこにこしたまま私を見つめ続けているだけで何も発さず、これはどうしたらいいのだろうと戸惑ってしまう。
「えっと、」
「ね? 開いてるでしょ?」
「開いて……?」
思わず声をひねり出せば、そう言われたので振り返ってみる。
背後にあったのは閉まったままの聖室の扉。周りを見回せば、私は聖室の中に居る事が理解出来た。
私はどうやら、聖室内に移動してしまったらしい。はて、どうやって?
「開いてるって言ったのに入ってくれないんだもん。ボク寂しくなっちゃった」
「えっと……君が、私に?」
「うんっ」少年は微笑みながらそれに頷いた。「君に念を送ったのはボクだよ」
「どうして? というか、誰?」
疑問を述べながらも床に寝そべったままではアレなので、とりあえず起き上がる。
少年も立ち上がったのだが、私よりも少し身長がやや高く、少し見下ろされる形となった。
「ボクが誰かというのは答えかねるなぁ」
「じゃあ、誰かを呼んで君を尋問してもらえばいいのかな」
「どうやって呼ぶの? 君は魔法術のマの字も扱えないのに」
正直、ギクリとした。
リアリゼッタ姫が魔法術を扱えない事は、城内に居るひと握りの人間しか知りえない情報だ。城内で勤務する人間や出入りする人間を全員覚えているわけでもないが、この少年を見た事は絶対に無いので知る事も出来ない情報であると思われる。
私が不審感を募らせている事に気付いたのか、少年はごめんごめんと笑いながら言った。
「そんなに怯えないでよ。からかっただけじゃないか」
「からかわないで。本当に誰か呼ぶわよ」
「君と話したかっただけなんだ。えっと、ボクはね、ゼオーグの元主人なんだよ」
「元主人……?」
「そうそう」
ちなみに庭師オーグの元主人でもあるよ。と、笑顔を崩さずに話す少年の言葉を信じていいものだろうか。
ゼオーグやオーグの元主人であるのなら、この場にゼオーグが出て来ても良いはずだ。しかし、彼の姿は無いし出入りする扉も現れていない。その事から主人というのは嘘なのではないかと思ってしまう。
いや、私がここまで考えても今の状況が変わることは無いな、うん。
食事を頼む時のようにゼオーグを心の中で呼びながら、私は少年の話に乗ることにした。
「その元主人がここへ何をしに?」
「君とお話したかったんだ」
「からかいに来たって事よね」
「それは謝ったじゃないか。それに、ボクは君と密な関係になりたくてね」
「はぁ……!?」
密な関係、と言うと、それは、つまり、あんな事やこんな事をする関係という意味なのだろうか? それとも、ただ単に親密な関係という事なのだろうか?
困惑する私を見た少年は、顔がコロコロ変わって面白いね、と一層笑みを深める。
「ボクなら君の手助けが出来るよ。魔法術を扱う魔力だって与えられる」
「貴方はゼオーグとオーグの元の主人なのでしょ? だったら、私にそこまで加担する義理はないだろうし、それに――」
「それにボクはまだ名前を名乗っていないから、ボクの正体が判別できないって言うんでしょ?」
言い当てられた事によって不信感が増した。私の考えがわかりやすく単純なせいもあるだろうが、この少年に私の何がわかるって言うんだ。
いい加減、その笑顔にも苛立ちが増してくる。飄々とした態度はグレシットよりも質が悪い。
自分はなんでも知っているけれどそっちには教えない。その代わりに自分を信じて欲しい、など言われても今のところこの子を信じる要素が全く無い。つまり、こちら側にメリットなど無いのだ。
「あ、ゼオーグを呼んだようだけど、今は出てこないよ。ボクが別の用事を頼んだからね」
「お見通しなのね」
「君の事だから尚更さ。君の事はなんでもわかるよ。でもね、ボクが君と会っている事は内緒なんだ」
「だから誰にも言うな、と?」
「そうさ」笑顔を崩さずに、彼は続ける。「ボク自体リスクを冒してこの場にいるから、もっと有意義な会話をしようと思わないかい?」
「思わないわ。私は貴方が誰かわからない。だから信用も出来ないし、なんなら私を狙った後継者なのかもしれないと思ってる」
「ボクが、君を狙う?」
少年はその一言が意外だったようで、目を丸くし、そして声を出して笑いだした。その姿は普通の少年のままで、年相応にも思える。
話し方からして年齢は十五か十六くらいだろうか。と考えれば、現実世界での年齢は二十歳そこそこだろう。
「もう、笑っちゃったじゃないか。ボクってそんな悪そうに見える?」
「悪そうに見えるかどうかはともかく、今は誰でも疑わないといけないの。違うという確証もこちらは持つ事が出来ない」
「……そうか、そうだね。だったら、とりあえず名前を明かそうか」
彼は私に背を向けて歩き出し、聖室の一番奥、普段私が座っている椅子の更に奥である壁側で立ち止まった。
その途端に四方の壁に埋め込まれたステンドグラスが光だし、光が入らないはずの聖室が色とりどりの光で埋め尽くされていく。さながら、舞台装置のライトのようだ。
「ボクの名前はラオ。ラーくんって呼んで欲しいな」
「呼ばないけど」
「ははっ、そうだね。じゃあボクが信用出来るようになったらそう呼んでよ」
いつもの室内が幻想的な光に包まれているが、その事は気にしないでおこう。きっと何かの仕掛けだと思うから、あとでアイデに尋ねる事にして再度ラオと名乗る少年を見据える。今は彼を信じていいのか判断しなければ。
「ボクは君の力になりたいんだ」
「どうやって?」
「言っただろう? ボクは君に魔力を分けてあげられる。君も魔法術が扱えるようになるんだよ」
両手を広げたラオに光が集中した。スポットライトを浴びるかのように、彼のひとり語りが始まる。
何か舞台の一幕を見ているような錯覚に陥ってしまいそうになった。
「この一年間、ゼオーグ含めたこの城にいる精霊達から話を聞いて、君が努力を怠らなかったのは知っている。だからボクは、君に加担しようと決めたんだ。それに君には後継者を捜すという、重大な使命があるだろう?」
「使命って……」
やらなければいけない使命。そういう表現をした事はないが、今の目標は変わらず、リアリゼッタ姫を狙った後継者を探し出すことだ。
私が此処に喚ばれた理由自体は漠然としか理解していなかったが、ラオの言っている事を信じるとなればそうなのだろう。
しかし、先程から彼の口調や態度に違和感を感じていたのだけど……今の発言でその違和感が明らかになった。という事で、上からになるが私は彼を信じる事にしよう。
「そうね。なら、貴方の力を借りようかしら」
「おや? ボクを信じる気になってくれたの?」
「そりゃあ、そこまで言われたら信じるという選択肢しか残らないもの」
「なんで? さっきまで疑っていたのに」
彼は自分の失言に気が付いていないのだろうか。であるのなら、それはこちらとしても優位に立てるから良い。人を馬鹿にした態度を崩してしまうのも面白いのかもしれない。
理由を聞かせて欲しいと私に近付くラオに、彼の笑顔を真似て私は言う事にした。
「だって貴方、私をリアリゼッタ姫としてではなく、私としてしか話をしてないでしょ?」
「……あぁ、そうか。それはボクの失態だね。気付かせるつもりはなかったよ」
「私がリアリゼッタ姫ではなく、姫の振りをしてこの一年間を過ごした事。そしてその話振りから考えて、私がこの世界にどこからか喚ばれて来た事も知っているようだし。なら、信じる価値はあると思うの」
「ボクが誰かから聞いたのかもしれないよ?」
「それは無いわね」
「断言するんだ」
「だって、私は誰にもその事を話していない。知っているとすれば、私をこの世界に喚んだ本人か、もしくはリアリゼッタ姫くらいでしょう」
「ふむふむ。それで?」
「私を姫様として変わらずに接する周りにバレたという事も考えにくい。という事は、貴方は私をここに喚んだ張本人で、度々私の夢に現れた人物じゃないの?」
「わぁ。そこまで分かるんだ」
如何にも驚きました、という大袈裟なリアクションには腹が立つが、それは置いておこう。
私の理解が正しくて、彼に対する認識も正しいのであれば、ラオと名乗る彼は――、
「貴方は、この世界を造った創造主なのね」
「うん、そうだよ。ご名答。ヒントを与えすぎちゃったかな?」
やっぱりか、という感想だった。
彼は私の思考に感心したのか、言い当てられた事を気にもとめずくるくるとその場で回りだし、その無邪気な行動は、自分は普通の少年だという事を認識させる為なのかと感じてしまう。
「君の思考力を侮っていたよ。確かに、君を喚んだのはボクさ」
「間違えて、喚んだんでしょ?」
「そこまで気付いているのか。驚いたなぁ」
ラオは私を喚んだ時に自分が発した台詞を忘れてしまっているのか。それはそれで癪に障る。
こちとら、その時の言葉をずっと記憶していたというのに。
「それで、改めて、創造主様が私に何の用?」
「ずっと言ってるじゃないか。君に魔力を与えに来たんだって」
「私にそれを与えて貴方にメリットは?」
「うーん、そうだなぁ……」
魔力を貰える事は嬉しいが、この創造主様は他にも考えがあって私に加担しようとしているに違いない。
彼の性格を全て理解しているわけでもないけれど、この短い間に感じた事を総じるに、ラオと名乗る創造主は人を見下しているのがよくわかった。
思い込みかもしれないが、自分に何かのメリットが無いとこういう風に会いに来たり、私の夢に現れたりしないはずだ。無駄骨になる労力は使いたくないと思われる。
「メリットを考えてなかったよ。強いて言えば、彼女が喜ぶ、かな」
「リアリゼッタ姫の事ね」
「そうだね」
「やけにあっさりと認めるのね」
「うん。でないと君はボクの事を信用してくれないだろ? 彼女は君に期待しているんだ。だからボクも君に期待している。これが答えじゃダメかな?」
「リアリゼッタ姫は今、どこにいるの?」
「それには答えられないよ。ボクが言えるのは、君が役割を果たせたら会えるかもしれない、という事だけ。ルールを捻じ曲げて君に会いに来たんだから、答えられない事もあるんだよ。そこは許して欲しいなぁ」
全ては教えられない、と示唆する発言は、私の胸の内を悟ったかのように思えた。
次に質問しようとしていた、後継者は誰かの質問も答えてはくれないだろう。だったら、彼の答えられる、的確な質問は何かと考えてみよう。ともすれば、確実に答えてくれる質問は一つだろう。
私の思案を待ってくれたラオの顔をちゃんと見据えて、私は口を開く。
「また、貴方に会う事は出来るの?」
「そうだね、夢の中でなら。でも君は覚えてないんだよね。だから夢での事を覚えていれるようになるなら、きっとまた、こんな風に会えるよ」
「大雑把な回答なのね」
「ごめんね。でも、あとは君の努力次第さ。魔力が高まる事に比例してボクに会う機会は増えるよ、多分ね」
魔力の高め方についてはアイデに聞けばわかるだろうけれど、その高める為の魔力が皆無な私にそれを分け与えるというのは些か気に食わない。
どうしても疑ってしまい、疑心暗鬼になってしまうのは私の元の性格故か、それとも今の環境が影響しているのか。どちらにせよ、彼にはお見通しな気がする。
それに、多分という言い方は気に食わない。もう少し確証の持てる答えを所望すれば、笑って誤魔化されてしまった。
「じゃあ、考えがまとまったみたいだし。今の君に力になれるだろう魔力を与えるよ」
「……まだ疑問が残ってるのだけど」
「それはそれ! 序盤で犯人が分かってしまったら、推理小説もつまらないだろ」
「それも、まぁそうね。わかった、ここは一先ず貴方から魔力を受け取る事にする」
「嬉しいなぁ。これからもっと頑張ってよ」
元の笑顔に戻ったラオは光を浴びたまま、また最奥の壁へと移動し、私においでと手招きをしてきた。
どうやってその魔力を与えてくるのかと思っていたのだが、彼の元へと歩くと、光がより一層強くなった気がする。壁に埋め込まれているステンドグラスは魔力に反応するのか。……よし、後で絶対アイデに聞こう。
「ありゃ、話し込んじゃったから時間が無いな」
「私の所為にするのね」
「だって質問が多いんだもん」
「何も知らないのだから、それくらい良いでしょ」
それもそうか、と納得した彼に手を取られ、その部分に光が収束していく。繋がれた手元はオーロラのような光に包まれ、ほのかに熱を帯びていた。
手が離れれば、その光は私の手の中に消えて行く。溶け込んでいく、と言った方が正しいのかもしれない。けれど、自分の中に魔力が入ったという感覚も無いし、これはちゃんと分け与えてもらったのだろうか。
「ボク自身の魔力は消える事がないけど、君に与えればその効力は消える。魔力ってのはね、蓄える事や高める事は簡単だけど、それ自体は有限なんだ」
「使えば無くなるって事ね」
「そうだよ。姫が蓄えれる魔力にも、上限は無いにしろ底はあるんだ。彼女自身が有能であったとしても、君は彼女程有能ではない。君の体を悪意から護れる期間も限られているんだよ。だから、大切に使ってね」
馬鹿にされた。今、君は姫よりも無能だと、絶対馬鹿にされた。
確かに私はこうやって分け与えてくれないと魔力なんて無いし、そもそもこの世界で生まれたわけではないから知識も劣るだろう。しかし、年齢は勝っている。認めたくはないけど。
しかし、悪意から護るとはどういった事なのだろうか。ラオは何気無く言ったようだが、私にとっては気に掛かる一言だった。
「ラオ、悪意って何?」
「もう気付いていると思っていたよ!」本日二回目になる大袈裟な驚いた表情だった。「君の体……いや、姫の体には姫自身の魔力で護られていたんだ。でも、姫の魂でない今、体に残った魔力は少なく、全てから身を護る事は出来ない。だから、悪意を持ったモノからしか護れないんだ」
「じゃあケガをするって事は」
「自分自身の過失や行動によって起きたなら護る事は出来ないんじゃないかな」
だからさっきもケガをしたでしょ? と言われ、鼻を触りつつこの一年間の事を思い出してみた。
印象に残っているのは最初に鼻を何度もぶつけた事だ。あとは、ドレスに慣れずに裾を踏んで転んで鼻を強打してしまったり、誰かにぶつかって鼻を強打したり……鼻に対する甚大な被害しか思い出せない事に絶望した。
つまり、悪意の含まれた行為には身を護れるが、それ以外は無理だ、という理解で合っているのだろう。
愛されの加護などと言われておきながら、実際はリアリゼッタ姫自身の魔法術の効果という種明かしは呆気ないものだった。
「姫の身体である限り、その効力は半永続的だろうけれど……気を付けた方が良いよ。いつでも君の周りには悪意が満ちているのだからね」
そう言ったラオは私の手を離した。いつの間にか聖室内の光は消え去り、元の聖室へと戻っている。
彼は笑顔を崩さずに扉へと進み、そしてドアノブに手を置く。
「聖室外での時間は一、二分経ったくらいで止まっているはずさ。ボクとの時間もここまで。次に会えるのは夢の中でだね」
「私は覚えていないけど、貴方とは会ってるのよね」
「うん、そうだよ。……いや、でも、君がボクを呼んでくれるのならば会えるのかもしれない。この聖室で、ボクを呼んでみて」
「どういう事?」
「この聖室は、その名の通り聖なる部屋なんだ。だから、ボクはこの部屋の中でしか姿を現す事が出来ない。君が努力をしてくれるのなら、ボクも君に応じて姿を現そう。あ、その時は、ボクの事をラーくんって呼んで欲しいな」
そうはにかみながら、彼は扉を開けて出て行った。いや、開けて消えたというのが正しいのかもしれない。
開けられた扉から勢い良く入ってきたのは白い塊だった。――塊と表現してしまったが、私にはそう見えた。
塊は突然の痛みにカエルが踏まれたような声を上げ、ラオと会う前の私のように床に体を打ち付けたようで。呻き声にはすすり泣く声も混ざっている。
私はその塊に近付き、しゃがんで声を掛ける事にした。
「セシル、大丈夫?」
「ひっ、姫様ぁ! ご無事で何よりですーっ!」
顔を上げて赤くなった鼻を隠す事もなく、セシルは半泣きになりながら私の無事を喜んでいるようだ。
彼の後に続いて、残りの五将の面々が聖室へと入ってくる。その表情は鬼気迫るものから安堵した表情へと変わっていった。
私の記憶違いでなければフェンドルは食事が出来なくて苛立っていたはずなのに、その表情からは私の無事を確認して心底安心しきったようにも見える。
「姫、無事か」
「うん。この通りです、はい」
「どこへ行ったのかと心配しておったぞ!」
「ご、ごめん。なんか、いつの前か聖室の中に居てて……」
「何があったの?」
「え、えーっと……?」
質問攻めに遭うのは苦手だ。どう話して良いのか分からなくなる。
創造主であるラオが内緒に、と言っていたので、会っていた事を話す事は出来ないし、どう説明すれば良いのだろうか。
「私もね、いきなり聖室の中に入ったと思ったらいきなり扉が開いて、セシルが飛び込んで来たからビックリして……」
とりあえず、誤魔化す事にした。これが正解だろう。この嘘を貫き通した一年をまた嘘で上塗りしてしまうが、これは致し方ないと思われる。
創造主に会っていたなんて信じてもらえれるか可能性は低いし、混乱を招いてしまいそうなので避けたい。
「心配したのですよ姫様! いくら待っても皆が来ないので、転移で戻ってみれば皆が口論してるし! 姫様の姿が消えたと聞いて、もしや聖室へ居たのではないかと扉を叩いていればいきなり開いて――」
「説明はもうええて。姫さんは無事やったんやから、その泣き顔止めい」
「はいぃ……」
グレシットが胸ポケットからハンカチを取り出してセシルへと渡す。なんて女子力が高いんだ。その綺麗に畳まれたハンカチはセシルの鼻水塗れになったが、私は関与していないので気にしない。
聖室内で何があったのか、何故聖室に居るのか等訊かれても答える事は出来ずに誤魔化し続け、なんとか全員で食卓を囲む事に成功する。
アイデとアイクは納得していないようだったが、それ以上に説明が出来ないので諦めて欲しい。ラオとの会話を話してしまっては彼との約束を破ってしまうし、情報源が減る事、そして協力者が減ってしまうのは避けたかった。
「ん? ゼオーグが来ないな?」
もう食事を頼んだのか、フェンドルが疑問を発した。それに対して、六人分の注文を受けたのだから遅いのは仕方がないと、これも誤魔化しておく。
ゼオーグはラオからの用事があって席を外しているので、多分、現れるのに時間は掛かるのだろう。その内容を知る事は出来なかったが、時間はそこまでかからない事を願って、念というものをゼオーグへ送ってみた。
ラオから魔力を分け与えて貰ったのならば、念は通じる筈だ。今まで魔力が無くても聖室の中では食事の注文を受け取れていたから、魔力が合わさるとどうなるのだろうか。少なからず好奇心が勝ってしまう。
魔法術の知識はある程度学んだとは言え、私のこの行動はすぐ後悔する事となった。
「……っ」
いきなり耳元で激しく鈴を鳴らされているような感じがして、私は耳を塞いだ。
私の行動が周囲の視線を釘付けにしている事なんて構わず、この音を止める方法を模索する。これがゼオーグの返答だとするのならば、先程と同じように念を送ったら止まるだろうか。
とりあえず、分かったから音を止めて、と強く念じてみた。
途端に鳴り止む鈴の音。思考を妨害するものが無くなったので改めて考えると、鈴というよりも鐘の方が近い音だった。よくある、結婚式などの描写で鳴る鐘の音だ。シャンシャン、でもなく、リンリン、でもなく、ゴーンゴーンという感じ。
毎回食事メニューを了承した際に聞こえる音とは違うので、ゼオーグの精神状態が影響しているのか、それとも返事の差なのか。判断は出来ないのだが、音が聴こえて来たという事実は彼がもう戻ってきているという証明になるだろう。
落ち着いた私を見る五将にはどう話せばいいか思案するが、ラオに魔力を分けてもらった事実は伏せてゼオーグからの応答が大きかった旨のみを伝える。
するとセシルはまた泣き出し、フェンドルは豪快に笑い出した。残りの男性二人は笑みを顔に浮かべ、残るアイデは喜ばしい事としながらも何かを考えているようだった。
今の発言で魔力が戻ってきたと理解出来るのか。というよりも、ゼオーグからの応答の有無でその判断が出来るのか。この人達は本当に有能だなと、再確認。
「先程の急な転移は、リアの魔力暴走が原因なのかしら……」
「そうかもしれないな」
「そないに深く考えんでええやん。姫さんに力が戻ってきたなら、オレらの護衛も必要無くなるんやし」
「何を言っているのですかグレシット! 護衛が必要無くなるなんて! 姫様はこの国の一番の要人ですよ!? 私達五将が傍に居ないなんてありえません!!」
「お、おお……すまんな、今のは言葉のアヤやから。落ち着いてぇな」
セシルの剣幕に圧され、グレシットは暴れだした馬を宥めるかのように言う。
そして、考え込むアイデに対して思う事は、私の魔力じゃなくて創造主の魔力です。ごめんなさい。
元々この世界の住人ではないので、今まで魔力というものが身につかなかったのかもしれないなぁ、なんて、騒ぐ周りそっちのけでそう思った。
ラオからの魔力は無限ではないにしろ、魔力が扱える事が少し嬉しく、再度ゼオーグへと念を送ってみる。今度は聖室全体に小さい鈴の音が響いた。
それと同時に扉が現れ、食事が遅れた事に対して申し訳なさそうな表情をしたゼオーグがひょっこりと姿を現す。彼は小さな紙袋を持っているだけで、クロッシュの乗せられたお皿は持っていなかった。
「私に?」
にこやかに微笑んで頷くゼオーグから紙袋を受け取った。中を確認すれば、水色の液体の淹れられた小瓶が数瓶入っている。
これは何なのだろうと首を傾げると、身振り手振りで彼は説明してくれるのだがよく解らない。
疑問が深まってアイデに視線を送れば、中身を確認してくれるようで私の元へと来てくれた。
「これは魔力材ね」
「魔力材?」
「えぇ。リアの魔力に合わせて調合されているわ。ゼオーグが遅かったのはこれを作っていたからでしょう?」
アイデの質問にゼオーグは大きく頷く。
つまり、ラオに頼まれていたというのはこれだったのか。
創造主の言っていた加担というのは本当のようだ。少なからず残っていた疑念が晴れる。
「ゼオーグ! ワシの飯はまだなのか!?」
もう我慢の限界らしいフェンドルの声に驚いたゼオーグは、また申し訳なさそうな表情をして左髭を跳ねさせる。テーブルの上にはクロッシュの乗せられたお皿が現れた。
食事が来た事に満足したフェンドルの我先に食事と始める光景を目にし、今度からは彼が空腹の時用に何か食べ物を持ち歩いた方が良いのではないか、と思うくらいに普段と違う気性の荒さには引くしか出来ないかった。
彼の無心に食事する姿を見た全員が同じ事を考えたと思いたい。
ゼオーグに魔力材の礼を言い、私も食事に手を付けるとする。今日の朝食はジャムの副えられたトーストだった。




