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10話 変化を感じる音。

 



 このベティアール王国で生まれたリアリゼッタ姫と私が成り代わってしまった日から、一年が経とうとしている。

 この一年を漢字で表すとすれば、怒涛、という漢字が合っているだろう。

 魔法術をアイデから学ぶも、知識だけが身に付いで実践では実になる事が無く、せめて自身の身を守れるようにと体術を始めとした格闘術をフェンドルに学び、気がついたら剣術や棒術の追加授業をセシルから併用して受ける日々。それと同時にこの王国や他国の情勢を知り、政に意見する事も出来るようにもなった。

 まず私はこの国の姫である事に専念し始めたのだが、それでも問題は山積みな状況に四苦八苦する生活を続けていれば、いつの間にか月日が過ぎていたというわけだ。

 日々起きる出来事に翻弄されながらも、私は姫としてやっていけている、と自負しよう。畑違いな事を言っては官僚達を困らせ、彼らの唖然とさせてしまったり等々あったけれど、今となってはそんな事はほぼ無い。

 当初は慣れない生活の為に記憶喪失というものを押し通していたのだが、本来が明るい性格だった姫のお陰で、性格面では苦労する事も無くガが通せているのは感謝しなければならない。


「昨夜はお疲れのようでしたわね、お姫様?」


 朝。シェリーに支度を手伝ってもらって、朝食を摂る為にもう慣れた城内を歩いていれば、偶然にも鉢合わせたアイデに嫌味ったらしく言われてしまった。


「ごめんってば。ケガはしてないからいいでしょ?」

「そういった心配はしてないわよ。……はぁ、記憶が戻ってなくてもリアはリアなのね」


 頭を抱えてしまっている魔法術の先生には悪い事をしてしまったとは理解しているが、如何せん、全て私が悪いわけではない。私を拐った隣国の傲慢皇子に文句を言って欲しいものだ。その他に政などで成果を出しているから大目に見て欲しい。

 成果と言えば、五将(ヘルファー)から自分に対する態度を変えさせた事も一種の成果だろうか。

 周りに姫と呼ばれるのは立場上どうにも出来ない事ではあったが、五将(ヘルファー)にだけは私の事をなるべくリアと呼ばせ、そしてもう少しフランクに話す事を要求した。

 セシルとアイクは頑なに姫と呼ぶし、グレシットは元々軽い剽軽な態度で姫さんと変わらす呼んでくるが、まぁ、概ね呼び方を変えるのは成功だろう。

 セシルに至っては敬語を無くす事が出来ないと言い張るのだが、他の四人は執務関係以外の会話は軽く話してくれるので、姫とその臣下という関係よりも距離が近付いた感じもする。


「では、行きましょうか」


 いつもは聖室まで転移で移動する彼女であったが、今日は何故だか徒歩だという事もあり聖室までの少しの距離を一緒に歩く事にした。


「そういえば、最近の夢見はどうなの?」

「相変わらず内容は覚えてないけど、最近はコレといって特に気持ち悪いとかはないかなぁ」


 一年前から続いている妙な夢に関しては、何度かアイデに相談していた。

 相談といっても夢の内容自体が朧気なものなので、具体的な解決案も何も無いのだが……まぁ、私が現状を変えていくのに影響されてか、明るい印象に変わっていっている気がする。

 私のリアリゼッタ姫としての性格もあるのだろうか、とも考えてはいるその理由を挙げるとすれば、当初のオドオドした私を知っているシェリーが、今の私の方が好きだと太鼓判を押してくれるまでに至っているからだ。彼女とは、なんでも話せる良い関係へと、こちらも五将(ヘルファー)同様に進展している。

 しかし、私や周りが好転しているとしても、何も変わらず解らない事が一つ残り続けている事実は否定が出来ない。

 本物のリアリゼッタ姫に呪いをかけて五年間も眠らせていた創造主の後継者と呼ばれる人物の正体が、未だに掴めずにいるのだ。

 様々な魔法術を学び、この世界の歴史を知れば知る程、その後継者の存在は歪な形をしていると私の中に印象づけてくれる。

 元々、創造主の後継者というのは、創造主からの恩恵を受けて魔法術を扱えるようになった人間の事を総称するのだが、それは各国の王族が血統を守っていればいい話だった。でも、やはり人間というのは恋多きものというか、血統なんてクソ喰らえと魔法術の扱えない人間と交わりその子らが魔法術を扱えるようになってしまったので、今や王族のみが創造主の後継者と言い表す事が出来ない。

 つまり、魔法術の扱える人間全てが創造主の後継者と言える現状から見れば、疑わしいのは周りの人間全てだ。

 そんなに疑心暗鬼になりたくはない、とアイデに言ってみれば、それはそうよね、と苦笑しながらも同意してくれた。


「城での貴女は護る事が出来る。でも、一歩城外へと足を踏み入れたのなら、昨日みたいに狙われる可能性があるという事を肝に銘じて下さいな」

「はーい。わかってますよー。昨日は確かに、誰にも言わなかった私が悪かったし」


 でも、いつも五将(ヘルファー)の誰かが傍に付いていないと外出も出来ないというのは窮屈で仕方がない。束縛をされてしまえばそれから抜け出したいと思ってしまうのが、人間というものなのだ、うん。

 私の元々人に縛られるのが嫌いな性分であるが故の悩みなのか、それとも姫としての生活に慣れてしまったが故の悩みなのかは判断しかねるけれど。


「次同じ事を仕出かしたら、国王に報告しなきゃいけないわねぇ」

「それは困るので絶対五将(ヘルファー)の誰かに言います、ごめんなさい」

「なら宜しい。聞き分けが良くて助かるわ」


 アイデさんを怒らせてはいけません。後々怖い目に遭います。これは身に沁みた教訓でもあり、主にグレシットから伝え聞いた内容だ。

 アイデの(あね)さんを怒らせるのはホンマに止めときや? 暫く自室から動かれへんくなるで。――というのはグレシットの経験談だ。何があったかの具体的な内容を聞こうとすれば青ざめた表情をされたので、この事は彼にとって禁句(タブー)だと私は理解する事にしている。


「あら? おかしいわね」

「え?」


 アイデと話し込んでいたからか、ちょうど目線の先にある歩く度に揺れる二つの丘を見ていたからか、私は彼女の声で前方へと視線を移した。

 遠目でもわかる、白、黒、緑、黄色の四色の人集りは残りの五将(ヘルファー)の面々だ。彼らは聖室前で会話をしているようなのだが、少し様子がおかしい。主に、フェンドルから異様な空気が流れ出している気がする。

 彼らが聖室へ先に入っていない事などあるのだろうか。いや、まず、彼ら四人が固まって話をしている所をこの一年間見た事が一切無いので、何やら違和感を感じてしまう。

 その塊に近寄っていけば、こちらに気がついたアイクが先に声を発した。


「どうなっている」

「どうって、何かあったのかしら?」

「聖室が開けへんねん。転移でも入る事が出来んし、ココ、(あね)さんの魔法術かかっとるやろ? なんか変えたん?」

(わたくし)は何もしていないけれど……」


 聖室に入れない? とは一体全体どういう事だ。こういった事情なら、四人が廊下で(たむろ)していたのも頷ける。

 アイデがドアノブに手を掛けるが、扉はビクともしなかった。

 彼女の体が間髪入れずに紫色の光に包まれていく。が、ため息を吐くと同時にその光は終息していった。


「ダメね、入れない。でも魔法術式の間違っていないし、昨日までと全く変化していないわ」

「なら何故入れんのだ! 腹が減っては何も出来ぬではないか!」


 食事時には毎回一番乗りのフェンドルが痺れを切らしたように言い放つ。腕組をしている様子から、空腹が続くと苛立ちが募るタイプらしい。大食漢だからこそなのかと思ったが彼の性格なのだろう。だから先程からおかしかったのか、と納得。

 色々と当り散らされる前に宥めようと、グレシットが落ち着くようにと諭していた。

 アイデが扉に手を掛けて自分の魔力で何が原因だろうと探っているのを見ながら、この聖室にかけられた魔法術の構造というのは一体どういったものなのだろうと考えてみる。

 魔法術の構造は、所謂、数学の計算式のようなものだ。通称、魔法術式と呼ばれる。

 この計算式が出来るからといって魔法術を扱えるわけではないが、仕組みとしては、使用する元素をXとして自らの魔力をYで掛け合わせ、規模や威力などをαとして……といった説明するには簡単な話である。

 だが、どのような魔法術を扱うか。これが追加される事によってどんどん計算式は複雑化されていき、アイデが扱う魔法術は永続的なものが多い為に解除も難しいという話を授業の際に聞いた。

 その聖室にかけられた複雑な魔法術は解除されていないのに中へ入る事が出来ない、というのは、どういった状況なのだろうか。ここはまだアイデから教わっていないので私には理解がし難い。


「駄目。ゼオーグとも連絡が取れないし仕方がないわね……魔法術の解除――も出来ないようだし、朝は王間で食事にしましょう」

「なるほど。では、国王には私から使用許可を得に行きましょう」


 王間とは、言葉の通り王族関係者のみ食事の出来る部屋だ。一度しか入った事が無いハズだが、大分前だったような気がする。

 先行して転移したセシルを見送り、時間差もあるという事で徒歩で場内を移動する事になった。


「姫さんは場所わからんのちゃう?」

「んー……一回、入った事あるよね……?」

「そうね。一度だけ。確か目覚められた時だったかしら」

「そんな前かいな。あれから一年経ってるんやな……」


 感慨深く言うグレシットを横目に、ずっと唸っているフェンドルが気になって仕方がない。自分が考えていた以上に朝食が遅れている事が原因なのだろう。

 食事を介するとここまで性格が変わるものなのか。


「フェンドルはいつもこうだろう」


 いや、いつも以上にというか、朝食が今まで遅れた事無かったのかもしれないが、この苛立ち様を無視する事は出来ない。

 眉間にシワが寄り、ずっとしかめっ面で腕組をされていれば気になって仕方がないし、この一年間のフェンドルを思い出すがこんな表情は見た事が無いのだ。

 彼だけかもしれないけれど、これから食に関連した発言は控える事にする。


「さて、行きましょう。これ以上フェンドルの機嫌が悪くなったら困るわ」


 当り散らすかも知れないもの、というアイデの言葉に全員が同意し、固まって歩き出す事になった。

 傍から見れば、ホスト二人とボディガード、そして美人秘書を連れた社長令嬢にでも見えるだろうか。私の世界でこの四人が存在していたのなら、周りの視線が釘付けだっただろうな。

 ふと考えてしまい、その光景を想像して笑いがこみ上げたのを我慢する。

 この一年間、自分の世界の事を――仮に現実世界と称する――を思い出す事が全く無かったわけではない。

 このフォウファウルと現実世界の時間軸はわからないが、今の私の体は交通事故の影響で目が覚めずに集中治療室に居るか、若しくは既に炉で焼かれて存在は無く、仏壇の上に写真が置かれているだけだろう。

 死んでいるかとか生きているかとか、考えてしまうと気分が落ち込んでしまう為に考えないようにしていたのかもしれない。

 この世界の生活が楽しく充実していて、余計な事だと脳が判断して思考する事を止めていたのかもしれない。

 それでも、私の生まれ育った世界が恋しくないと言えば嘘になる。


「どうかしたのか」

「……あ、いや、なんでもないの」

「顔が奇々怪々だぞ」

「その表現は間違ってると思う」

「そうか。それはすまなかった」


 アイクなりの気遣いと分かってはいるが、奇々怪々とはやめてほしい。せめて百面相と言ってくれ。

 立ち止まってしまった私達をフェンドルがガウガウと怒気混じりで呼んできたので、早足で三人の元へと戻った。


――あ……るよ。


「あ、れ?」


 いきなり、声が聞こえた。

 不審に思ったアイデが寄ってくる。


「リア? 何?」

「待って。なんか、声が……」

「声だと? 誰だ全く! ワシが飯を食うのを邪魔するな!」

「ちょおフェン黙り。……姫さん、どしたんや?」

「あい、……てるよ……? 開いてるよって、声が、聞こえる」

「開いてる?」

「聖室が、開いてるって。言ってる。誰かわからないけど」

「開いているのなら、先程は何故開かなかったのだ! ラッツ、見てこい」

「はいな」


 フェンドルの腰元から一匹の小さな白蛇が頭を出し、彼の足を伝い降りて床を這いながら進み出した。

 彼の腰元には二匹の白蛇が潜んでいる。ラッツとリッツ。双子の兄妹蛇だ。

 人語を喋れるのは彼特有のエーテルを用いた魔法術を二匹にかけているからだと聞いたが、二匹との相性がとても良いから出来る芸当だと以前アイデが言っていた。

 兄蛇であるラッツの後に続き、また聖室の前まで戻る。ドアノブに巻きついて何度か上下させているが、扉は開かなかった。


「開いていないではないか!」

「でも声が……」

「後継者の罠か。姫は下がっておけ」

「あ、うん」

「だが、聖室にはお前の永続魔法術がかかっている筈だろう? どうやって中に侵入したというのだ」

「わからないわ。でも、結界も張られている感じはしない。(わたくし)の魔法術式が変えられている訳でもなかった」

「姫さんしかその声を聞いてないんやし、罠の可能性もあるわな。あ、これ、ギャグちゃうで?」

「ふざけるのも大概にしろ」


 私を扉から離れて控えさえ、四人は扉を見つめながら思案を繰り返す。私にはどうする事も出来ないので、その光景を見ているだけに留まるしかないのだが、少しばかり疎外感を感じてしまうのはなぜだろう。

 もっとちゃんと魔法術の勉強に取り組まなければ、彼らの会話に入れない事が解った。


――もう、……焦れったいなぁ。


「……うおわっ!?」

「姫!」


 また声が聞こえたと思ったら、私は背後から強く背中を押されてしまい、そのまま四人の垣根を抜けて聖室の扉へとぶつかりそうになる。


「リア!!」


 誰かの声を皮切りに、私の目の前の景色が白一色へと変わった。



 

 

 


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