9話 平穏を感じる音。
何かおかしいと思い、ふと目が覚めた。
以前経験したようなデジャヴュ感。
私はどうして眠っていたのだろうと考えるよりも先に、目の前に入ってくる違和感が考えを妨げる。
眼前に広がる景色が明らかに全く違う事に気付き、素早く上体を起こせば、自室とは全く異なった調度品の数々が月明かりに照らされて光り輝いていた。
――ここは、私の部屋ではない。
疑問が明白になり、あくまで冷静に思考を切り替えた。
薄暗がりの中でも存在を主張する、レースのあしらわれた高級感漂う半透明な布は天井から吊り下がって天蓋ベッドに寝かされていた事には気にもとめず、布を避けてベッドから降りる。
凝った刺繍のされた絨毯が敷かれているが、これも私の部屋には無いものだ。というか、踏むだけでも躊躇われる高級そうなものを床に敷くなんて、お偉いさんしかわからない感覚なのだと思う。
さて、私はなぜこんな所に居るのだろうか。
自分の部屋でも無い、見た事も無い調度品の置かれた部屋にはほぼほぼ縁が無いのだから、当然、自分の意志でこの部屋に来たわけでもないだろう。
日中の記憶を出来る限り思い出し、思考を巡らせてみる。そして、自分自身の頭を抱えた。
「……あー」
思い出せた、と例えると語弊があるかもしれないが、一部の記憶が無くなっている事に気が付いた。
私は誰にも言わずに街へと遊びに出て、ぶらぶらと気ままに歩いていた後の記憶がすっぽりと抜けてしまっている。これは、とてもマズイ。
何がマズイかと言えば、このまま帰ってしまうと確実に叱責を受けてしまう。それだけはとてつもなく嫌だ。バレないようにと外出して、バレる前に戻ろうと思っていた計画が破綻してしまった事にショックを受けた。
鉄格子がはめられた窓からなんとか外の様子を伺ってみれば、私の居る建物は森の中に建っているようで、木々が見下ろせる事からかなりの高さがあると予想出来た。松明の様な光も点々と確認出来るが、あれが道なのかどうなのかは判明しない。
私が見知らぬ室内で目が覚めて、しかも此処へ来た記憶も無いという事から導き出される答えは実に単純で、明確だ。
誰かに誘拐されてしまったのだろう。
自分の甘さが招いた事態を収拾するべく、この状況を打破しなければならない。
脱出すると考えて鉄格子を壊せたとしても、この窓からは高さがある為不可能。となれば、これみよがしに存在している扉だけが脱出の糸口になる。
室内を見渡すが武器となるようなものは存在していない。石像や壺などを持って歩くのは危険過ぎるし、両手が塞がっていると咄嗟の行動がとれなくなってしまうのは痛手となるから避けたい。
これは我が身一つで脱出を試みるしかなさそうだ。
外出時に着ていたワンピースは脱がされ、ネグリジェへと着替えさせられているからか少し肌寒い。その長い裾を動きやすいように破り、端切れで髪の毛を一つにまとめる。
これで、準備は万端だ。
「……よし、行こう」
やる気を出す為に一息吐く。上手く出来るかの自信は無いが、やってみるしかない。
扉に片耳を当てて、室外の様子を探る。足音等聴こえない事から、室外は無人のようだ。これなら騒ぎを起こす事無く外へ出れるかもしれない。
ゆっくりと扉を開けたら軋んだ音が響いたが、まぁ然程気にする事でもないだろう。
長く続く廊下の先に曲がり角が見える。その先が階段になっているのだと思えば自然と体が動き出していた。
気配をなるべく消しながら、それでいて速く駆ける。
裸足で石畳の廊下を駆け抜けるのは少し気が引けるが、今は気にしている場合ではない。
曲がり角を曲がる。が、タイミング悪く、誰かとぶつかってしまった。
「やばっ」
「姫様!? だ、誰か! 姫様がっ!!」
しまった、と思ったが、メイド服を着た女性だったので、何もされないと思い素早く横を通り抜ける。階段を下りきると道が二手に別れていた。どちらに行けば良いだろうか……と軽く思案。
しかしながら後ろで助けを呼び続けるメイドに急かされてしまい、本能で右に曲がった。
「階段見っけ!」
曲がった方向は正解だったようだ。そのまま階段を降りようと手すりに手を置いた。――ら、慌ただしい足音と共に数人の屈強な男性達が木刀のようなものを携えてやって来てしまった。
悲鳴を上げるメイドを何とかして黙らせれば良かったと後悔する暇も無く、彼らは私の姿を目視するなり早足で階段を駆け上ってくる。
ここはなんとしてでも突破しなければならない。
メイドを盾に悪役さながらの決め台詞を言ってみても良かったのだが、メイドとの距離も空いてしまった為にそんな事をしている余裕は無い。
ここは覚悟を決めて正面突破と行くか。
「よっ、と……!」
「うぁ!?」
少しの助走をつけて、正面の男性に飛び膝蹴りの形で突っ込んでみた。
案外上手くいくもので、そのまま男性はバランスを崩し、後ろに控えていた男性達をドミノ倒しのように階段を滑り降りていく。
階段は一列で登るものじゃない、というのも一つの教訓になっただろう。私は彼らの成長に一役買ったのだ。そう思っておこう。
階段を滑りきれば、床に倒れた男性達からうめき声が聞こえてきたので、全身打撲という傷は彼らの心に癒えない傷をつけたであろう。私は下敷きになってくれた彼らのお陰でケガは一切無い。
そんな彼らに感謝の言葉を述べる事無くすぐさま立ち上がる。
まだまだ下まで続く階段を降りきらなければ、自分達よりも弱いと各下に思っていた相手に利用されてしまった男性達に申し訳が立たないだろう。
螺旋階段のように簡単であれば良かったのだが、階段を下りきって踊り場、また階段を探して降りて踊り場……というのを何回も繰り返す。
その間、私は追われる事も無く、順調に階下への道を探しては出口を目指す事が出来た。
それが罠だと気付いたのは、両開きの扉を開けた先に広がった、玄関ホールへとたどり着いた時だ。
我ながら、二階の時点で適当な窓から飛び降りれば良かったと後悔してしまう。
玄関ホールは吹き抜けとなっており、二、三階の私の行動は筒抜けだったのかもしれない。
私の存在を確認し、目の前で兵を従えたまま憎たらしい笑みを浮かべている男性は、この建物の持ち主になるのだろうか。一度会った事はあるのだが、思い出したくもない人物だった。
「流石は俺の見込んだ姫君だ。こうも容易くここまで来るとは思わなかったぞ」
癇に障る独特の話し方、彼の自慢である金髪はシャンデリアの光に照らされて無駄に神々しく光っている。
ニヤニヤと弧を描く口元が特徴的な彼――アルフレッド=J=イズラカームは、隣国であるラウラツ帝国の第一皇子だ。
彼のラウラツ帝国を治めるランバルティ皇帝が病に伏せっていると聞いてはいたが、まさか譲り受けた権力を行使して私を拐かしたなんて、同じ国を統べる立場にある人物としては信じ難い。
以前挨拶に伺った際、国民にも他国にも気遣いの出来る御人だったと皇帝に対しては好印象だったのだが、息子がこんな私利私欲に塗れているとなれば帝国の将来も不安で仕方ないだろう。早く病を治して復帰して欲しいものだ。
そうすれば、私もこんな風に拐かされる事もなかっただろうに。
「……それで、アルフレッド皇子。何故貴方様がこの場にいらっしゃるのでしょうか?」
「月並みな疑問だな。しかし良い、答えてやろう。この場所がラウラツ帝国の領土であり、この城は我が別荘でもあるからだ。まぁ、将来的には姫君との愛の巣になる予定でもある」
「お断りさせて頂きます。私は誰のモノにもなるつもりはございません」
「やれやれ。姫君殿は王国の未来を考えれぬようだな……」
言葉を返すようだが、お前は私を拐ったところで帝国に何か理があると思っているのだろうか。
このバカ皇子は戦争でもしたいのか、と考えてしまったが、きっと何も考えていないのだろう。俺と結婚する、つまり双方の国が安寧! とかいう自分勝手な考えしか持っていないからこその今回の行動と思われる。
周りも振り回されて大変だろうな。ここ最近、ラウラツ帝国から我が王国への移民や亡命が多いのも頷けた。
「確保しろ。多少傷つけようが構わぬぞ」
アルフレッド王子が指を鳴らす。それに応えるかの如く、背後に控えていた兵士達が前進してきた。
か弱いお姫様を傷つけても良いだなんて、大層な発言も控えて欲しいものだ。
正面には鎧を装備した兵士達。そして背後からは今駆けつけてきた、私に伸された男達が揃う。後退は出来ない。しかし、捕まってやる気も起こらない。
となれば、私がやる事は一つだけだ。
「だーれが大人しく捕まってやるもんですか!」
こちとら、武術を一通り叩き込まれてきたのだ。そこら辺に居る守られるだけのお姫様ではないという事を証明する為に、彼らの相手になってやろうではないか。
狙うは皇子の背後にある出口への一点突破。
足払いで向かってきた一人を倒し、次に手刀で手首を狙って木刀を奪う。その後は打ち合いながら少しずつ出口へ――よし、これでいこう。むしろこれしかない。
タイミング良く助けが来るなんて甘い考えは持たず、自分の尻拭いは自分でしてやると意気込んだ。
衛兵が覆い被さろうという姿勢を取ったので、こちらも身を屈め考えた通りの動きが出来るようにと体制を整えた。
「皇子!!」今にでも行動を開始しそうな張り詰めた空気の中、誰ともわからない声がホールへと響いた。「落ち着き下さい、アルフレッド皇子」
「……なんだ、エルビン。今良い所なのだが?」
「進言をお許し下さい。外に魔法術反応有り。姫がこちらに居ると知った者達が、この城へと押し寄せてきております」
「ふむ。意外と早かったか。姫君と言い、奴らと言い、どうしてこうも素早く動くのか。いや、国境近くのこの城に連れてきたのが失策だったな。……おい、何をしているお前達。早く姫君を捕まえろ。捕まえて此処から立ち去れば万事上手く行くであろうよ」
エルビン――そう呼ばれた初老の男性がどこから現れたのかという事はどうでも良くて、助けが来てくれた事には安堵しつつも、襲いかかる兵士達を当初の予定通りに兵士を薙ぎ払い、木刀を奪う。
あとは立ち回りを上手く、剣筋と行動を見極めて、皇子へと詰め寄っていければいい。うん、いつも見ている剣筋よりも明らかに遅いので、これは捌き易過ぎる。
「ハハッ。美しい、美しいぞ姫君。いや、その姿は姫騎士とでも表現しようか」
「お褒めの言葉、感謝致します」
丸腰のアルフレッド皇子の横を通り過ぎる。彼は私に対して何もしない。それはなんとなく理解していた。
この状況は一種のゲームなのだ。彼の配下が私を捕まえれれば彼の勝ち。私が扉を開けれれば、私の勝ち。明確なルールの下で行われたゲーム。
そして私は勝者となる。
「やはりお前が欲しい。姫君よ、俺と共に来る気は無いか?」
「お断りさせて頂きますと言ったはずです」
扉を開ける。その先には、我が王国最強である五人の勇士の姿があった。
「私は、創造主の加護を持つ姫、リアリゼッタ・ベティアールですよ」
私の言葉が彼に届いたのかはわからない。
一瞬の瞬きの間に彼の姿は目の前から消え――否、私の姿は彼らの前から消えたはずだ。
周囲の景色が木々に囲まれた場所から一変し、見慣れた聖室へ移動している。何度も食事をした場所である聖室には灯りが点されており、私が戻ってくるのを待ち構えていたようだった。
緊張の糸が切れたように安堵し、床に座り込む。足先からやってくる冷たさが心地よく感じるなんて思ってもなかった。
「あー、怖かったー……」
「怖かったじゃありません!」
開口一番にお叱りの声を聞く事になるのも、うん、予想通りだ。外れて欲しかったけれど。
跪きながら相変わらずの心配性を前面に押し出してくるセシル。溜息を吐きながらこちらを一瞥して何も喋らないアイク。笑顔を貼り付けた顔のまま、後でゆっくりと話があるなんて脅してくるアイデ。この後のお説教タイムが楽しみで仕方がない事を隠さずに笑うグレシット。そしてそれに便乗して笑い出すフェンドル。
この五人は、私を護る、最強の五人。通称、五将と呼ばれる勇士だ。
先程までじゃじゃ馬ぶりを発揮していたのだが、この五人に会うと物凄く帰ってきたという実感が湧いてしまう。
セシルの心配した云々のお小言を遮り、私は五人に笑顔で言った。
「ただいま」
一瞬呆気にとられた五人であったが、それぞれがそれぞれの言葉でおかえりと言ってくれたのが嬉しくて、今までの頑張りは実に成っていたのだと感じてしまうのは、私がこの世界に慣れてしまった証拠だった。
新章始まります。
更新遅くなり申し訳ありません。
物語の動きが分かりやすいように工夫しながら書いていこうと思っているのですが、まだまだ読みづらい点も多いかと思います。
精進してがんばりますので、今後ともよろしくお願いします!




