↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チェンジ! Side Noah 〜姉の代役だった僕が、僕自身として歩き出すまで〜  作者: 猫が寝転んだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/4

第三話 僕が女装することによって起きた変化

こちらは第三話になります。

第一話からご覧いただけたら幸いです。

 半年の猶予が決まってからも、予定どおり交流会は続けられた。


 その中でも、一番気が重かったのは、王宮で開かれる舞踏会の練習を兼ねた小夜会である。


 当然、婚約者同士として参加しなければならない。

 しかも、最初の一曲は婚約者と踊るのが貴族社会の慣例だった。


「……本当に僕が踊るの?」


 思わず祖母を見る。


「もちろんです」


 有無を言わせぬ即答だった。

 母も穏やかに微笑む。


「女性側の所作は十分身についていますよ。そこらのご令嬢にも引けは取りません」


 そう言われても、不安は消えない。というより、別の不安が湧いてくる。


 この半年で、歩き方や礼の仕方、扇の扱いまで何度も叩き込まれた。ドレス姿で動くことにも、もう戸惑いはない。


 すでに立派な淑女として通用する。成人間近の紳士であるはずのこの僕が……本当にこれでいいのだろうか?


 しかも、舞踏会だよ……?


 手を取り、向かい合って、一曲踊る。さすがにそこまで近づけば、気付かれないはずがない。


 それに、何が悲しくて野郎と手を取り合い、密着しなければならないのか。


 これから始まる試練を思うと、僕は思わず天を仰ぎたくなった。



◇ 



 学園の大広間には、多くの若い貴族たちが集まっていた。


 色とりどりの礼装やドレスが行き交い、楽団の演奏が華やかに会場を満たしている。


 やがて開会が告げられると、婚約者同士が中央へ進み出た。

 僕もクラリスとしてレオンハルトの前へ立つ。

 差し出された手へ、おそるおそる自分の手を重ねた。


 ――ううっ……気持ち悪い。


 演奏が始まる。

 レオンハルトの動きは、一見すると悪くなかった。

 姿勢は崩れず、手の位置も教本どおりで、見た目だけなら模範的な踊りに見える。


 だが、一歩目で分かった。

 この人は、相手に合わせて踊るつもりがない。


 こちらが半歩引き、歩幅を合わせなければ、何度も足を踏まれそうになった。


 おかげで、一曲が終わる頃には別の意味で疲れ切っていた。


 レオンハルトは形式どおり一礼すると、


「では失礼する」


 それだけ言い残し、さっさと他の令嬢たちの輪へ向かっていく。


 楽しそうに話しかけられ、満足げに微笑む姿は、さきほどまで僕と踊っていた人物と同じとは思えなかった。


 相手の多くは男爵家や子爵家の令嬢である。

 公爵家三男という肩書きは、それだけ魅力的なのだろう。


 僕はようやく壁際へ移り、小さく息をついた。


「お疲れさまです」


 柔らかな声に振り向くと、一人の令嬢が穏やかな笑みを浮かべていた。

 栗色の髪を上品にまとめ、落ち着いた物腰が印象的な少女である。

 どこか見覚えがあった。


 ――そうだ。


 姉さんの友人、アイリス・ハーブランド侯爵令嬢だ。

 淑女科で何度か見かけたことがある。


「ごきげんよう、クラリス様」


 挨拶を交わしたあと、アイリスはレオンハルトの方へ一瞬だけ視線を向けた。


「……よろしいのですか?」


 何を尋ねているのかは、説明されなくても分かった。

 婚約者が他の令嬢たちに囲まれている。

 普通なら、穏やかな気持ちではいられない光景だ。


「構いませんわ」


 僕は静かに答えた。


「そうですか……」


 アイリスはそれ以上何も聞かなかった。

 慰めることも、詮索することもなく、ごく自然に僕の隣へ立つ。


「庭園の薔薇はご覧になりましたか。今年は例年より花付きが良いそうですよ」


 そんな他愛ない話から始まり、好きな本や学園で評判のお菓子の話へと移っていく。


 気がつけば、楽団は最後の曲を奏で始めていた。

 レオンハルトが戻ってきたのは、その頃だった。


「帰るぞ」


 その一言だけである。

 僕はアイリスへ一礼した。


「それでは失礼します」


「はい。また学園で」


 穏やかな笑みを交わし、僕はレオンハルトの後ろについて歩き出す。


 何気なく振り返ると、アイリスはまだこちらを見送っていた。


 その視線が僕へ向けられたものだったと知るのは、もう少し先のことである。



◇



 舞踏会以来、アイリスは学園でレオンハルトと交流会が始まると、四半時もすれば見計らったように現れ、声を掛けてくれるようになった。


 もちろん、相手は"クラリス姉さん"である僕だ。


 今日も女装姿で、レオンハルトとの交流をしていると、


「クラリス様――」


 聞き慣れた声に振り向く。

 アイリスが柔らかな笑みを浮かべて立っていた。


「ごめんなさい、お邪魔かしら?」


 レオンハルトにも向けてそう問いかける。


「いや、ちょうど終わったところですよ」


 いつものように外面だけはよいこの男は、しばらく三人で会話したあと、


「じゃあ、僕はこの辺で失礼するよ」


 と去っていった。


 ぼくたち二人は場を変えて、中庭へ向かう。

 木陰のベンチへ腰を下ろすと、風が木々を揺らし、葉擦れの音が静かに響いた。


「クラリス様は本がお好きなんですね」

 

 僕の手元にある詩集に目をやってアイリスが尋ねる。


「ええ、分野は問わず本を読むことは好きですわ」


「私も好きなんです」


 自然と本の話になる。

 話題は最近読んだ本へ移り、歴史書の面白さや旅行記で訪れてみたい土地の話で盛り上がった。

 気づけば騎士物語や流行の恋愛小説まで話題は広がり、お互いに好きな作家を紹介し合っていた。


「クラリス様は、本当に聞き上手ですね」


「そうでしょうか?」


「ええ。私、つい話し過ぎてしまいます。

 クラリス様が、いつも気持ちよく聞いてくださるものですから」


 アイリスは、そこで小さく笑った。


「もっとも、話す方ばかりが気持ちよくなってしまうのも、考えものですね。

 お相手の方が、どんなお気持ちで聞いていらっしゃるのかも大切ですから」


「……そうですね」


 思わず返事に詰まった僕を見て、アイリスは何事もなかったように話を続けた。


「ヴァルディス公爵家の令息も、ずいぶんお話がお好きなようですけれど……あの方は、聞き手のことまで気にかけていらっしゃるのでしょうか」


「……どうなのでしょう?」


 僕が曖昧に答えると、アイリスは少しだけ首を傾げた。

 けれど、その表情には咎めるようなところはない。むしろ、こちらの返事を待ってくれているようだった。


 もしかして、今の言葉は……


 そんな考えが頭をよぎったものの、確かめる勇気はなかった。


 その笑顔につられて、僕も笑ってしまう。


 姉さんはよく言っていた。


 「人と話す時は、自分が話すより相手に話してもらう方がいい」


 アイリスと話していると、不思議と肩の力が抜けた。

 沈黙が気まずくならない。無理に話題を探さなくても会話が続く。


 そんな相手だった。


「クラリス様のお家は、婚約について厳しいのですか?」


 少しだけ答えに迷う。


「良くは分からないですけど、多分普通だと思います」


「そうでなんですね……」


 アイリスは空を見上げた。


「――うちは少し変わっているんです」


「変わっている?」


「そうなんですの」


 少し照れたように笑う。


「恋愛結婚を勧める家なんですよ」


 確かに、貴族家としては珍しい。

 僕も思わず聞き返した。


「ご両親がそうだったの?」


「はい……というよりは、代々そうなのです」


 アイリスは嬉しそうに頷く。


「少なくとも、十代前くらいから続く家風なんです。

 もちろん家同士の事情を全く考えないわけではないのですが……でも、それだけで相手を決めてほしくない、と――」


 その言葉が妙に印象へ残った。


「だから、小さい頃から言われてきたんです」


 アイリスは少しだけ頬を赤くする。


「好きな人を見つけなさいって」


「……素敵なお話ですね」


「クラリス様は?」


「え?」


「どんな方がお好みですか?」


 思わず固まる。

 僕は男だ――答えられるはずがない。

 何とか笑顔だけは崩さず返す。


「考えたことがありません」


「そうなんですか?」


「ええ――」


「私はあります」


 アイリスは迷わず答えた。


「家族を大切にする人、誠実な人。

 そして、困っている人を放っておけない人」


 少しだけ笑う。


「少しくらい不器用でも構いません」


 その笑顔が、とても自然だった。


 僕は心のどこかで思う。

 この人と結婚する人は幸せだろうな、と。


 ◇


 帰宅後、姉さんが聞いてきた。


「今日はアイリスと何を話していたの?」


 最近は交流会の様子を姉さんも心得ていて、レオンハルトのことなど一切聞かず、そのあとのアイリスとのことを聞いてくる。


「本の話を少々…かな」


「それだけ?」


「……恋愛の話も少し」


 クラリス姉さんがにやりと笑う。


「ふーん」


「何だよ?」


「別に?」


 絶対に何か企んでいる顔だった。

 僕は嫌な予感しかしなかった。


◇


 学園では、新たな噂が広がっていた。


 公爵家三男レオンハルト・ヴァルディス、そして男爵家庶子、マリア・アシストの不適切な交際について――


 レオンハルトは周囲へ隠すことなく彼女を伴い、学園内を歩いていた。昼食もマリアと共にし、休み時間になれば当然のように隣へ向かう。

 放課後になると、そのまま二人で校舎を後にする姿も珍しくなかった

 

「身分の低い者へ貴族社会のあり方を教え導いているだけだ」


 レオンハルトはそう説明していた。


「それが上に立つ高貴なる者の務めだ」


 なるほど、と納得する者もわずかにはいた。

 だが、学園に通う令息令嬢たちは、そこまで世間知らずではない。


 レオンハルトは、指導を口実にマリアと二人きりで庭園を歩き、昼食を共にしている。

 休暇の日にも街へ出掛けるようになれば、周囲がその関係を額面どおりに受け取らなくなるのも当然だった。


 もっとも、相手は公爵家の令息である。立場を慮って公然と批判する者はいなかったが、内心では誰もが事情を察していた。


 もちろん、その話は姉さんの耳にも入る。

 けれど姉さんは、以前のように婚約解消を訴えることはなかった。

 すでに半年後の解消が決まっている。

 今さら感情を乱される理由もないのだろう。


 それでも学園では、


「クラリス様がお気の毒――」


 そんな声が少しずつ増えていった。


 ◇


 交流会の日。

 レオンハルトは、その日の出来事を誇らしげに語っていた。


「マリアは飲み込みが早い。

 私が導いてやれば、一人前の貴族令嬢になれるだろう」 


 僕は返事をしない。

 返事をしたところで、会話になることはない。

 不毛な暴言を聞き続けるよりは、自覚のない不貞自慢を聞いてるほうが、いくらかマシでもあった。


 その日も、話が長引いているのを見かねたアイリスが、いつものように声をかけてきた。

 けれど、レオンハルトは彼女まで会話に引き込み、マリアの話を続けた。


 アイリスは穏やかに相槌を打ちながら、僕にも話を振ってくれた。

 おかげで、ようやくレオンハルトの一方的な話から抜け出すことができた。

第四話は、一時間後にアップしてまいります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。