修道院での日常
とある田舎の丘の上にある小さな修道院でのこと。
シスターと孤児9人が畑で野菜を育て、家畜の世話をしながら慎ましく生活を送っていた。
「アクア、ごはんを運んでくれるかしら?」
搾りたての牛乳を瓶いっぱいに抱えながら、たれ目で優しい表情をしたシスターがゆっくり歩きながら少女に言う。
「はい、シスター!」
アクアと呼ばれた少女は返事をし、胸元まである空色の髪をさらさらとなびかせキッチンに向かっていく。
親から捨てられた子がほとんどでありみんなの正確な年齢は不明だが、おそらく12歳になるアクアは最年長としてシスターの手伝いをよく任されていた。
「これでよし!」
パンと芋が乗った皿を手際よく机に10人分並べ終え、アクアは満足そうに頷く。
「いつもありがとう、アクア」
隣でみんなのコップに牛乳を注ぎながらシスターは言う。
食卓の準備が完成すると同時にタイミングよく他の子供たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。
シスターと子供たちが決められた椅子に座り「いただきます!」と一斉に手を合わせ食べ始める。
牛乳にパンと芋。ほとんど毎日が同じメニューだった。
なぜなら、この世界は雨が降らない。
およそ5年間一滴も降っておらず、それに伴い水の精霊も全て消滅した。
そのため水が要らない麦でできたパンと芋が主食で、水の代わりに牛乳やワインがよく飲まれるようになった。
アクアが物心ついた時からこの生活だったためなんとも感じていなかったが、シスターはよく水や果物が恋しいとぼやいていた。
「ねえシスター、もう雨は降らないのかな」
食後、使い終わった皿を拭きながらアクアはシスターに尋ねる。
「そうねえ、水の精霊王様の御心次第かしら」
隣で皿を拭いているシスターは窓の外を眺めながら言った。
「精霊王様の?」
「ええ。この世の水をつかさどることができるのは精霊王様だけなのよ」
「ふうん」
アクアはシスターにつづき窓の外を眺めた。
空は今日も雲一つない晴天で、太陽の光が修道院の横にある畑を照らしていた。
5年間の干ばつの影響で湖や池は涸れ、森林も枯れた。そして今では世界の約4割が砂漠と化し、人々の住む地域を奪っていった。
育てられる農作物の種類も限られ、水は高級品として簡単には手に入らなくなっていった。
ある預言者は〝4年後に世界の全てが砂漠に飲まれ人類は絶滅するであろう〟と述べていた。
「けど昔はずっと雨が降っていたよね?」
アクアはふと昔のことを思い返し尋ねる。
修道院で暮らし始めた当初は毎日が雨でよく庭で水遊びをしていた。そして、毎度泥だらけで帰ってくるアクアの顔をいつもシスターに拭いてもらっていた。
「そうね、雨が全く降らなくなる前は2年ほど毎日雨がやまなかったのよ」
シスターは微笑みながら続ける。
「ちょうどアクアがここの修道院にきた時からだったかしら」
「私がきた時から?」
「ええ、晴れ続きの日に急に激しい雨が降ったからよく覚えているわ。そしてその夜、まるで水に流されるかのようにあなたがここまで運ばれてきたのよ」
シスターは懐かしむかのように茶色い瞳をゆっくりと閉じた。
アクアには修道院にくる前の記憶も、どうやってきたのかさえ何も覚えていなかった。
けど、常に心の奥底で水を懐かしく思う気持ちだけはあった。
「またあの頃のように水遊びがしたいなあ」
アクアはぼそっと呟いた。




