第4章・第32話:猟兵の意地
ブルースクリーンに染まった数十枚のホログラムパネルが、ノイズと共に次々と砕け散っていく。
外部からの強制シャットダウンにより、世界樹のメインシステムから弾き出されたヴェインは、ワナワナと肩を震わせていた。
「おのれ……おのれおのれおのれッ!! 私の、この天才である私の完璧な神の座が……!! どこぞの馬の骨とも知れん外部のハッカーごときにィッ!!」
ヴェインの血走った目が、光の橋の突端に立つシエルたちを射抜く。
彼は特注のローブを翻し、十本の指に嵌められたすべての魔導リングを起動させた。
「大樹のシステムが使えなくとも、私自身の演算能力で貴様らを直接デリートしてやる! 塵一つ残さず消え去れ、羽虫ども!!」
『――戦闘用プロトコル起動。魔力供給、最大出力』
ヴェインの片目に嵌められた精緻な魔導モノクルが赤く発光し、彼の周囲に何重もの複雑な魔法陣――いや、幾何学的な『攻撃用プログラム(コード)』が展開された。
「来るわよ! ティオは遊撃を! バルドは絶対に前に出ないで!」
「わかってる! シエルも気をつけて!」
「くそっ……俺はここでおとなしく見物させてもらうぜ……!」
右腕を完全に失い、肋骨を砕かれているバルドは、黄金の根に背を預けながら悔しげに歯を食いしばった。
「まずは小手調べだ! 【自動追尾型・爆炎陣】!!」
ヴェインが指揮者のように両手を振るうと、空中に展開された魔法陣から、対象の生体反応をロックオンした十数発の赤熱する火炎弾が放たれた。それは生き物のような軌道を描き、シエルへと殺到する。
「……事象展開! 空間座標のベクトル反転!」
シエルは『銀色の魔導鍵』を足元の光の橋に突き立てた。
瞬時に重力の方向が書き換えられ、シエルの体はふわりと無重力の空間へと「落ちて」いく。彼女はそのまま頭上に張り巡らされた巨大な黄金の根へと着地し、それを足場にして天井を駆け抜けた。
ドゴゴゴォォォンッ!!
シエルが直前までいた光の橋に火炎弾が着弾し、凄まじい爆炎が吹き上がる。
「ちょこまかと……! ならば、その足場ごと消去してやる!」
ヴェインがモノクルの照準を上空のシエルに合わせる。
「させないっ! 【風刃の投擲】!」
空中の死角から、ティオが跳躍蔦を駆使して飛び出した。彼女の両手から放たれた数本のダガーが、風の魔力を纏ってヴェインの急所へと迫る。
「鬱陶しい小蝿め! 【絶対防壁】!」
ガキンッ!!
ヴェインの周囲に展開された半透明の六角形の魔力盾が、ティオのダガーを容易く弾き落とした。
「私のローカル防壁は、物理と魔力の両方を完璧に遮断する! 獣人の小娘の腕力で破れるものか!」
「アタシの役目は、あんたの気を引くことだよ!」
「なにッ!?」
ヴェインが頭上を仰ぐと、そこには黄金の根から重力を利用して急降下してくるシエルの姿があった。
彼女の手には、青白い演算の光を帯びた銀の魔導鍵。
「その分厚い盾、私が中から書き換えてあげるわ!」
シエルが盾の表面に鍵を突き立てようとする。
しかし、ヴェインの口角が吊り上がった。
「甘いな、ハッカー風情が。私の処理速度を舐めるなよ」
「――【魔力反発】!」
鍵が盾に触れる直前。防壁の表面から突如として凄まじい衝撃波がバーストした。
「くっ……!?」
シエルは間一髪で鍵を盾にして防御したが、空中で逃げ場のないまま強烈な衝撃をモロに受け、キリモミ状に吹き飛ばされた。
「シエル!!」
ティオが蔦を伸ばし、空中でシエルの体をキャッチして黄金の根の上へと着地させる。
「はぁっ、はぁっ……ありがとう、ティオ」
シエルは額に汗を滲ませながら立ち上がった。銀の鍵を持つ手が、先ほどの衝撃で微かに痺れている。
(……なんてこと。大樹のシステムをいじらせたら三流のスパゲティコードだったけど、個人用の『戦闘魔法』のプログラミングに関しては、異常なまでに洗練(最適化)されている……!)
「どうした? 貴様の得意なハッキングとやらで、私の魔法を解除してみせろ!」
ヴェインが魔導リングから次々と新たな攻撃コードを生成していく。
「【多重展開・氷槍雨】!」
無数の氷の槍が空中に生成され、弾幕となってシエルとティオに降り注ぐ。
「ティオ、散開して!」
「了解ッ!」
シエルは銀の鍵を虚空に突き立てる。
「事象解除! 氷の融点を強制変更!!」
シエルのハッキングによって、迫り来る氷槍のいくつかが空中で瞬時に水蒸気へと変わる。
しかし、数が多すぎた。シエルの演算処理が追いつく前に、残りの氷槍が次々と着弾する。
「くぅっ……!」
シエルは黄金の根から根へと立体的に跳躍しながら、ギリギリのところで氷の弾幕を躱していく。彼女のローブの裾が裂け、頬に薄い血が滲んだ。
「お嬢! 動きが単調になってるぞ! 奴さん、お前の着地地点を先読みしてやがる!」
下から戦況を見ていたバルドが叫ぶ。
「ええ……分かってるわ……!」
シエルは息を荒らげながら、空中で姿勢を制御する。
ヴェインの魔導モノクルは、シエルの移動座標を完全に計算し、彼女が次に足をつくであろう空間に先回りして『不可視の魔力機雷』を設置していたのだ。
「そこだッ! 【起爆】!」
「しまっ――」
シエルが着地した瞬間、足元の空間が爆発した。
「キャアアアアッ!!」
爆風に飲み込まれ、シエルの華奢な体が空中に高く放り出される。
「シエル!!」
ティオが悲鳴を上げ、助けに向かおうとするが、ヴェインが放った追尾式の雷撃に足止めされ、身動きが取れない。
「ハァッハッハッハ!! 終わりだ、生意気な小娘!! これが本物の魔導技師の力だ!!」
空中で体勢を崩し、落下していくシエル。
ヴェインは十本の指を組み合わせ、これまでで最大規模の禍々しい魔法陣を頭上に展開していく。
「――【高位殲滅式・空間圧縮断裂】!!」
回避も防御も不可能な、空間そのものを切り刻む絶対の処刑コード。
モノクルの照準が、落下するシエルの心臓をピタリとロックオンした。
「させないっ!! 飛空猟兵の道具、舐めんなぁっ!!」
雷撃の網目を縫うように跳躍したティオが、腰のポーチから黒い小瓶を力一杯投げつけた。
それはヴェインを狙ったものではなく、彼とシエルの間にある『空中の座標』に向けて放たれた。
「ん? なんだあのゴミは――」
ヴェインが不審に思った直後。
ティオが空中で指を弾くと、小瓶がパチンと弾け飛んだ。
パゥゥゥンッ!!
中から噴き出したのは、大量の『銀色の粉末』だった。
それは密林の猟兵たちが大型の魔獣から逃れるために使う、特殊な鉱石を砕いた**『魔力撹乱粉』**。
「なっ……!? モノクルのセンサーが……!」
空中に散布された銀色の粉末が強烈な魔力のノイズを発生させ、ヴェインのモノクルの視界を乱反射する光とエラーコードで埋め尽くした。
『――警告。対象を見失いました(Target Lost)。ロックオンを解除します』
シエルを捉えていた真っ赤な照準マークが、フッと消滅する。
座標を見失った絶死の魔法【空間圧縮断裂】は、シエルのわずか数メートル横の虚空を切り裂き、そのまま宇宙空間の彼方へと消え去っていった。
「猟兵の狩りの邪魔はさせないって言ったでしょ!」
ティオが黄金の根に着地し、自慢げにニッと笑う。
「クソッ、あの小娘……! 原始的な目眩まし(アナログ・ジャミング)ごときで、私の魔法を狂わせるだと!?」
ヴェインが苛立たしげにモノクルを叩き、視界を再起動させる。
しかし、その数秒のタイムラグが、勝負の分かれ目だった。
「……ナイスアシストよ、ティオ」
マナ・チャフの銀色の粉煙の中から、体勢を立て直したシエルが姿を現した。
彼女のアメジストの瞳には、一切の焦りはなく、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた冷徹な演算の光が宿っている。
「……私の移動ログ(足跡)は、十分に読ませてあげたわ。今度は、私が貴方の『思考』を読み解く番よ」
宙を舞う銀の鍵が、静かに逆手に握り直される。
圧倒的な火力と手数を誇る魔導技師に対し、天才ハッカーの真の反撃が始まろうとしていた。




