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【祝2000PV 1000UA達成⭐︎】書館のウォーカー   作者: ジョニ男
第4章:星詠みの旅路 ―七つの金の鍵(前編)

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第4章・第31話:スパゲティコード

無重力の暗闇の中、幾万もの「黄金の根」が絡み合う空間の中心。

そこに浮かぶ巨大な球体――世界樹のメインコアである『黄金の玉座』は、本来の穏やかな青白い光を失い、不気味な赤黒いノイズに完全に侵食されていた。

玉座の直上。宙に浮かぶ数十枚もの赤いホログラム画面コンソールに囲まれ、タクトを振るうように両手を高速で動かしている男がいた。

イグノタフ侯爵家・筆頭魔導技師、ヴェインである。

彼はこの大自然の神域にはひどく不釣り合いな、豪奢な金糸の刺繍が施された特注のローブを纏い、神経質そうに撫でつけられた銀髪と、片目に精緻な魔導モノクルを光らせていた。十本の指にはめられた数多の魔導リングが、タイピングのたびにギラギラと嫌な光を放っている。

「……フフフッ。素晴らしい! これが神の遺したシステム、大自然の根源たる演算能力パワー! これさえあれば、天候も、地脈も、生命の理すらもすべて私の思い通りに――」

「随分と楽しそうね。他人のパソコン(システム)を勝手にいじくり回して」

光の橋の先から響いた静かな声に、ヴェインが振り返る。

そこには、将軍ガルドスとの死闘を制し、満身創痍となりながらも玉座へと辿り着いた三人の姿があった。

「……ほう。あのガルドスを突破してきたか。特務武闘陣の将軍を退けるとは、プロウォーカーというのも侮れないな」

ヴェインはモノクルの位置を直し、見下すような薄笑いを浮かべた。

「だが、遅かったな。世界樹の『最高管理者権限ルートアクセス』の書き換えプロセスは、たった今、100%完了した。すでにこの世界樹のすべては、私の支配下にあるのだよ」

「だから、三流の素人スクリプト・キディだって言ってるのよ」

シエルは冷ややかに言い放ち、『銀色の魔導鍵』を構えた。

「大自然が数千年かけて構築した完璧な環境システムを、たった数日で理解できるわけがない。貴方の書いているその真っ赤なエラーまみれの数式……まさに力任せのスパゲティコードね。今すぐ初期化フォーマットしてあげるわ」

「ほざけ、負け犬のハッカー風情が!!」

ヴェインの神経質な顔が怒りに歪み、モノクルの奥の瞳が血走る。

「すでに私は、この階層の防衛システムを完全に掌握している! 貴様らのようなバグは、神樹の力で直々にデリートしてくれるわ!」

ヴェインが赤いホログラムの空中に魔導リングを嵌めた指を走らせ、エンターキーを叩きつけるように手を振り下ろした。

『――警告。対象を侵入者ウイルスと認定。第一防衛プロトコルを起動します』

無機質なシステム音声と共に、空間に張り巡らされていた無数の黄金の根が一斉に蠢き出した。

ただの植物ではない。世界樹の魔力を帯びた巨大な建造物のような超質量の根が、意思を持った大蛇のように鎌首をもたげ、三人を圧殺すべく四方八方から襲いかかってきたのだ。

「来るぞ! 走れッ!!」

バルドの怒声と共に、三人は光の橋を蹴って駆け出した。

直後、彼らが立っていた場所に極太の根が叩きつけられ、橋が粉々に砕け散る。

「うわあああっ!? ちょっと、あれ反則じゃないの!?」

「ティオ、右! バルドは上を警戒して!」

シエルは空中にホログラムのコンソールを展開し、走りながら凄まじい速度でキーを叩き続ける。

「おらァッ!!」

バルドが左腕一本で巨大な魔導スパナを振り回し、迫り来る根を弾き飛ばそうとする。しかし、満身創痍の体ではその超質量を殺しきれず、激突のたびに巨体が後ろへと大きく弾き飛ばされる。

「くっ……キリがねえぞ、お嬢! なんとかできねえのか!」

「やってるわよ! ――事象解除アンロック! 対象、防衛プロトコルの迎撃座標!」

シエルが虚空のコンソールに『銀色の魔導鍵』を突き立てる。

しかし、展開された青白い数式は、ヴェインの強固な赤いノイズに阻まれ、パチンと弾け飛んでしまった。

『――アクセス拒否(Access Denied)。ローカル権限はロックされています』

「なっ……弾かれた……!?」

「ハァッハッハ!! 無駄だ! 私のコードは美しいとは言えんかもしれんが、その分『物理的なアクセスポート』には何重もの強力なロックをかけてある! ローカルからの上書きなど絶対に不可能だ!!」

ヴェインの狂ったような高笑いが響く中、根の攻撃はさらに激しさを増していく。

「キャアッ!?」

ティオが立体機動を頼りに空を舞っていたが、無数に交差する根に跳躍蔦バウンド・ヴァインを絡め取られ、空中に放り出されてしまう。

「ティオ!」

バルドが身を呈して彼女を庇い、背中で根の強烈な一撃をモロに受けた。

「ごはっ……!!」

二人が光の橋の端へと転がり落ちる。そこへ、さらに数本の大蛇のような根が覆い被さってきた。

「くそっ……! ローカルポートが塞がれてるなら、強行突破するしかないのに……手駒リソースが足りない……!」

シエルは必死に頭脳をフル回転させる。

物理的に破壊する火力はない。デジタルで突破するルートは封鎖されている。空間の逃げ場は刻一刻と狭まり、三人は完全に光の橋の突端へと追い詰められてしまった。

「さあ、神樹の怒りに触れて、文字通り大樹の養分となるがいい!!」

ヴェインが腕を振り下ろす。

四方八方から、天井を覆い尽くすほどの巨大な黄金の根が、逃げ場のない三人に向かって一斉に圧殺の牙を剥いた。

(……くっ、ここまでなの……!?)

シエルが唇を噛み締め、絶望的な質量が頭上に迫り、死を覚悟して目を閉じようとした、まさにその時だった。

――ピリリリリリリッ!

突如、緊迫した空間に、ひどく気の抜けた電子音が鳴り響いた。

他でもない、シエルが右手に握りしめていた『銀色の魔導鍵』そのものが、柄の魔石を明滅させて着信音を鳴らしていたのだ。

「……こんな時に!?」

シエルが驚く間もなく、魔導鍵の通信機能が自動的に展開された。

ノイズまじりの鍵のスピーカーから聞こえてきたのは、ひどくリラックスした、聞き覚えのある男の軽薄な声だった。

『――よお、王都の天才ハッカーさんが、ずいぶんと泥臭いピンチに陥ってんなぁ』

「……レイン!!?」

シエルが思わず声を上げる。

通信の主は、王都にいるはずのシエルの相棒にして、同じく『ウォーカー』として奮闘中のレインだった。

『こんな高高度まで電波マナを繋ぐの、苦労したんだぜ? お前らからの定期連絡が途絶えたから、外の通信衛星(魔導観測機)経由で世界樹の魔力波形を覗いてみたら……なんだありゃ? 中でとんでもねえスパゲティコードが垂れ流しになってるじゃねえか』

「悠長なこと言ってる場合じゃないの! 今、システムを乗っ取られて、神樹の防衛プログラムに押し潰されそうなのよ!!」

頭上わずか数メートルのところまで迫る黄金の根を睨みながら、シエルが魔導鍵に向かって叫ぶ。

『焦るなって。……確かにそいつのコードは、内部のローカルポートは力技でガチガチに塞いでる。だがな……』

通信の向こう側で、レインがキーボードを高速で叩く軽快な音が響く。

『周りが見えなくなってる三流技師シロウトによくあるミスだ。内側の鍵を閉めることに夢中で、「外部ネットワークからのファイアウォール(裏口)」が、スッカスカの開きっぱなしだぜ?』

「な、なんだと!?」

通信の音声を拾ったヴェインが、血相を変えてホログラムパネルを振り返る。

『というわけで、外から俺が直々に「強制停止コマンド(シャットダウン)」を叩き込んでやるよ。……そら、プレゼントだ』

レインがエンターキーを叩く音が響いた。

瞬間。

『――警告。外部からの不正アクセス(サイバー攻撃)を検知。』

『――システムエラー。管理者権限が競合しています。』

ヴェインを取り囲んでいた数十枚の赤いホログラム画面が、一斉に青いブルースクリーンへと反転し、凄まじい勢いでバグとエラーコードを吐き出し始めた。

「ば、バカなァァァッ!? 外部通信だと!? どこから大樹のシステムに侵入したというのだ!! ああっ、私のコードが、制御式が書き換えられていく!!」

ヴェインがパニックに陥り、必死でコンソールを叩くが、レインの送り込んだ莫大なデータトラフィックの前に、彼のシステムは完全に処理落ち(フリーズ)を起こしていた。

ピタリ、と。

シエルたちを押し潰そうと迫っていた無数の黄金の根が、まるで時間が止まったかのように、彼らの頭上わずか数十センチの距離で完全に静止した。

「……ふぅ。助かったわ、レイン」

シエルは額の冷や汗を拭い、フッと口角を上げた。

『貸し一つな、相棒。あとは中で、その三流技師にハッキングの基礎を直接叩き込んでやれ』

魔導鍵の通信がプツリと切れる。

外部からのハッキングによって神樹の暴走が完全に停止した空間で、シエルは『銀色の魔導鍵』を構え直し、混乱の極みにあるヴェインへと冷ややかな視線を向けた。

なすすべがないと思われた絶望の淵から、プロウォーカーの相棒の機転によって作られた一瞬の隙。

反撃の狼煙は、今、高らかに上がった。

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