第4章・第30話:黄金の玉座と、剛腕の将軍
ズゴォォォォォンッ!!
重厚な『星の扉』が開くと同時に、三人を包み込んだのは、太陽を直接覗き込んだかのような圧倒的な光の奔流だった。しかしそれは熱を持たず、清涼な魔力の風となってシエルたちの頬を撫でていく。
光の奥へ足を踏み入れた三人は、その光景に言葉を失った。
第100層【神鳥の巣】。
そこは「巣」という原始的な名前とは裏腹に、超高度な『星の演算室』だった。
宇宙空間に直接放り出されたかのような無重力の暗闇の中に、数万本の「黄金の根」が、中央に浮かぶ巨大な球体状の玉座に向かって神経回路のように複雑に絡み合っている。
「あの中央の『黄金の玉座』の奥よ。……間違いないわ、奴らはすでに管理者権限の書き換えに入っている」
シエルは宙を舞うエラーログの数式を睨みつけ、冷徹な声で告げた。
「イグノタフのお抱え魔導士たちは、ただ上層へ登っていたわけじゃない。階層を上がるごとに、世界樹のサブシステムに無理やりバックドア(裏口)を仕込み、すべてのアクセス権限をあの『黄金の玉座』へと強制的にコンパイル(集約)しようとしている。彼らが追っていた『金の鍵』の正体は、世界樹を丸ごと作り変えるための、**『最高管理者パスワード』**だったのよ」
「――その通り。ネズミにしては、随分と頭が回るようだな」
突如、星空の空間に野獣のような野太い声が響き渡った。
黄金の玉座へと続く光の橋。そこに、身の丈2メートルを超える筋骨隆々の巨漢が、分厚い鋼の装甲を纏い、身の丈ほどもある巨大な戦斧を肩に担いで立ちはだかっていた。
彼らの背後には、『強化外骨格』を纏った数十人の近衛重装兵たちが控えている。
「現在、あの玉座の奥底で大樹のシステムを書き換えているのは、我が軍の筆頭魔導技師であるヴェインだ。俺は特務武闘陣を束ねるガルドス。貴様らのような羽虫を完膚なきまでに叩き潰し、大樹の養分にするのが仕事だ」
「全機、あの小生意気な女の首を刎ねろ!!」
ガルドスの号令と共に、数十人の近衛兵たちが推進力を爆発させて突撃してくる。
しかし、シエルたちプロウォーカーの連携の前に、彼らはただの的でしかなかった。
バルドが強靭な肉体と義手で突撃を受け止め、ティオが立体機動で外骨格の動力パイプを斬り裂く。そしてシエルが光の橋の『摩擦係数』をゼロに書き換えると、推進力を制御できなくなった近衛兵たちは次々と玉突き事故を起こし、悲鳴と共に無重力の暗闇の底へと転がり落ちていった。
「チィッ……! 使えん玩具どもめ! ならば俺が直接叩き割ってやる!!」
次々と無力化される部下たちに業を煮やし、ついに巨漢のガルドス将軍が地を蹴った。
ゴオォォォォンッ!!
床が爆発したかのような轟音。
「消し飛べェッ! 【剛斧術・重甲割り】!!」
赤黒い魔力を纏ったガルドスの巨大な戦斧が、隕石のような速度でバルドの頭上へと振り下ろされる。
「来やがったな、デカブツ!!」
バルドは両足を踏み張り、背中から巨大な魔導スパナを抜き放って迎撃した。
ズガァァァァァァァァンッッ!!!!
激突の瞬間、爆弾が弾けたような凄まじい衝撃波が吹き荒れ、光の橋に巨大な亀裂が走る。
そこから、二人の巨漢による息を呑むような近接戦闘が始まった。
「オラァッ!!」
バルドが押し込まれた反動を利用し、スパナを水平に薙ぎ払う。
ガルドスはそれを戦斧の太い柄でガシィッと受け止めると、力任せにバルドの武器を弾き上げ、空いた胴体へ強烈な蹴りを見舞った。
「グッ……! ならばこいつはどうだ!」
バルドは蹴りのダメージを堪え、弾き上げられた体勢のまま、極太の真鍮の義手をガルドスの顔面へと叩き込む。
しかしガルドスは微動だにせず、額の装甲でその鉄拳を真正面から受け止めた。ゴキィッ、とバルドの義手の関節から嫌な音が鳴る。
「ヌルいぞ! その程度の腕力でこのガルドスに勝てると思ったか!」
ガルドスの反撃が始まる。
上段からの振り下ろし、逆袈裟懸け、そして重装甲ごと叩き割るような水平薙ぎ。
ガガガガギィィィンッ!! ガキィィッ!!
スパナと戦斧が幾度となく激突し、火花が星空に散る。息をつく暇もない怒涛の連撃に、バルドは防戦一方に追い込まれていく。
一撃受けるたびに、バルドの巨体が光の橋の上をズルズルと押し込まれる。
真鍮の義手の関節から「ギギギギギッ!」と限界を超える悲鳴が上がり、スパナを支えるバルドの口から血の塊が吐き出された。
「おじさんッ!」
ティオが空中の死角から急降下し、ガルドスの首筋を狙ってダガーを突き立てようとする。
「小蝿が、チョロチョロと鬱陶しいわッ! 【剛斧術・血風独楽】!!」
ガルドスはバルドを斧で押し込んだまま、片腕で強引に戦斧を水平に大回転させた。
ブォンッ!!
斧が空気を引き裂くことで発生した『真空の竜巻』が、ティオの小さな体を容赦なく飲み込む。
「きゃああっ!?」
ティオは防御する間もなく吹き飛ばされ、黄金の根に激しく背中を打ちつけて咳き込んだ。
「ティオ!! ……空間座標、強制ロック!」
シエルがトランクの端末を叩き、ガルドスの足元の重力係数を書き換えようとする。
しかし、シエルの指先が止まった。空間に投影された数式が、ノイズまみれになって崩れ落ちていく。
「なっ……ハッキングが弾かれた……!?」
「無駄だ、小娘!!」
ガルドスが全身から赤黒い闘気を爆発させる。
「俺の纏う**【絶魔の覇気】**は、あらゆる魔力干渉を物理的に弾き飛ばす! 貴様らの小賢しい盤外戦術など、俺の肉体の前では紙切れ同然よ!!」
圧倒的なフィジカルと闘気による、システムの強制シャットアウト。
どれほど優れたウイルス(魔法)も、物理的に分厚い装甲で覆われたスタンドアローンの端末には届かない。
「オラァッ!!」
ガルドスが戦斧を振り上げ、バルドのスパナを完全に弾き飛ばした。そして無防備になった胴体へ、闘気を纏った膝蹴りを深々と突き刺す。
「ごはっ……!!」
肋骨が複数本砕ける嫌な音と共に、バルドが光の橋の上を血を吐きながら転がっていく。
「バルド!!」
シエルが駆け寄り、盾になろうと前に出るが、バルドがひしゃげた義手でそれを制止した。
「……下がってろ、お嬢。こいつは……デジタルじゃどうにもならねえ、『純粋な暴力』の化け物だ」
バルドは血まみれの口元を拭い、よろめきながらも立ち上がった。その真鍮の義手は、先ほどの激闘でひどく歪み、バチバチと火花を散らしている。
ガルドスが戦斧を引きずりながら、ゆっくりと死神のように近づいてくる。
「諦めろ。貴様らでは、俺の装甲も闘気も貫けん。……次の一撃で、そのガラクタの腕ごとスクラップにしてやる」
絶望的な戦力差。
しかし、バルドの瞳の奥には、凶悪で、どこか楽しげな『職人』の笑みが燃え上がっていた。
「……お嬢。外からの細工が弾かれるなら、内側(俺の腕)をいじるしかねえな」
「……本気? そんなことをしたら、あなたの右腕が消し飛ぶかもしれないわよ」
シエルは奥歯を噛み締めた。バルドの要求していることが、どれほど危険なプログラムか分かっているからだ。
「構わねえ! やれ! あのデカブツをぶち抜くには、限界突破の『物理の力』しかねえんだよ!!」
バルドの覚悟に、シエルのアメジストの瞳が鋭く光った。
彼女は銀の魔導鍵を抜き放ち、空間のホログラムではなく、バルドの真鍮の義手のアクセスポートへと直接突き立てた。
「――事象展開。対象、バルドの右腕。安全装置を強制解除! 排熱限界、魔力圧縮率300%まで許容!!」
シエルのハッキングと同時に、バルドの真鍮の義手が、まるで生き物のように『変形』を開始した。
ガシャッ!! キュイィィィィンッ!!
義手を覆っていた分厚い真鍮の装甲がいくつものパーツに分かれてスライドし、内部の複雑な魔導回路がむき出しになる。
極限まで圧縮された青白い魔力が、シリンダーの中で太陽のように赤熱した光を放ち始めた。さらに、手首のパーツが反転し、肘の奥底から**『極太の鋼鉄の撃鉄』**がカシャッと重々しい音を立てて装填される。
「なんだ、その腕は……! だが、無駄なあがきだ!!」
ガルドスの全身の筋肉が異様に隆起し、戦斧の刃に全ての赤黒い覇気が収束していく。それは、空間すらも歪ませる巨大な光の刃となった。
「死に損ないがァ!! 【奥義・星砕き覇王斬】!!!」
「ガラクタかどうか、その体に直接教えてやるよ。……歯ぁ食いしばれや!!」
ガルドスが必殺の斧を振り下ろすと同時。バルドも咆哮と共に、最後の突進を仕掛けた。
バルドは躱さなかった。
「がああああっ!!」
振り下ろされた覇王の刃が、バルドの左肩の装甲を深く切り裂き、鮮血が舞う。しかし、肉を切らせたことで、バルドの巨体は完全にガルドスの斧の間合いの内側――その分厚い胸甲のゼロ距離へと入り込んでいた。
「もらったァァァッ!!!」
変形した義手の拳が、ガルドスの胸板に激突する。
【真鍮義手・限界駆動――『爆砕の撃突杭』】!!!
ドゴォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!
義手の肘から凄まじい蒸気と魔力のバックファイアが噴き出した瞬間。
内部に装填されていた極太の鉄杭が、音速を超える速度で射出され、ガルドスの誇る絶対の覇気と分厚い装甲を、いとも容易く貫通した。
圧縮されていた300%の魔力エネルギーが、ガルドスの体内で『ゼロ距離爆発』を起こす。
「グアアアアアアアアアアァァァァァッ!!!?」
無敵を誇った将軍の巨体が、内側からの爆発で一瞬にしてくの字に折れ曲がる。
必殺の威力を持っていた戦斧は持ち主の敗北と共に粉々に砕け散り、ガルドスの体は光の橋から完全に吹き飛ばされ、遥か彼方の無重力の暗闇の中へと、光の尾を引きながら消え去っていった。
「…………ふぅ」
静寂が戻った空間で、バルドの義手から「プシュー……」と大量の白い排熱蒸気が立ち上り、ひどい焦げ臭さを漂わせている。
赤熱していたシリンダーは黒焦げになり、機能不全を知らせるアラート音が微かに鳴っていた。
「……無茶苦茶よ。右腕の回路は完全に焼き切れたわ。もうその腕は、街に帰るまで動かないわよ」
シエルが冷や汗を拭いながら、呆れたようにため息をつく。
「いやぁ、お嬢の強制冷却がなきゃ、俺の体ごと吹っ飛んでたぜ。……悪くねえ一撃だった」
バルドは深く斬られた左肩の傷を押さえながらも、ニヤリと笑って黒焦げの義手を下ろした。
「おじさんっ!」
痛みを堪えて立ち上がったティオが、ポーションを握りしめて駆け寄ってくる。
圧倒的な力を持つ強敵を、文字通り身を削る死闘の末に打ち倒したプロウォーカーたち。
シエルは満身創痍の二人を背に、黄金の玉座のさらに奥――ひときわ眩い光を放っている星空の深淵へと視線を向けた。
そこからは、先ほどまでの死闘の騒ぎなど意に介していないかのように、世界樹のシステムを書き換える不規則で冷たい魔力の脈動が響いてきている。
「待っていなさい、ヴェイン。貴方の組んだ素人の数式を、私が跡形もなく消去してあげるわ」
シエルを先頭に、傷だらけの三人は最後の決戦の地、黄金の玉座の最深部へと力強い足取りで進んでいった。




