第4章・第27話:暴風の数式と、気圧制御のハッキング
嵐のドームの中央、雷光が迸る『気象制御コア』に突き立てられた銀色の魔導鍵。
シエルは吹き荒れる突風に体を煽られながらも、自らの魔力を楔としてシステムへ深く定着させた。
「――事象展開。システム同期。気象演算のルートを書き換えるわ」
シエルのアメジストの瞳が、高速で流れる数式を追いかける。
ドーム内には、彼女の鍵から放たれる青白い魔力光が、血管のようにコアの内部回路へと浸透していった。
その様子を、空中でホバリングしていた残る四体の空挺特化兵たちが見逃すはずがない。
「あの女、コアをハックしやがった! 撃て、女に全火力を集中させろ!!」
空挺兵たちがガトリング銃の銃口を、コアの上に立つシエル一点に集中させた。
無数の鉛弾が嵐を切り裂き、シエルへと殺到する。
「させないよッ!」
バルドが眼下の足場から咆哮を上げる。彼は崩落した床の瓦礫を蹴り上げ、嵐の風圧すらも利用して、巨大な鋼鉄の盾をシエルの前へと滑り込ませた。
ガガガガガッ!! と、凄まじい金属音と共に弾丸が盾に突き刺さり、火花が嵐の中で花火のように散る。
「シエル! 早くしろ! さすがの俺も、空からの一斉掃射じゃジリ貧だぞ!」
「嬢ちゃんたちには指一本触れさせない!」
ティオが跳躍蔦で嵐の中を舞い、空挺兵の死角からナイフを投擲して撹乱攻撃を仕掛ける。しかし、重装甲を纏った兵士たちは動じず、プロペラの推力で強引に高度を維持していた。
「……分析完了。なるほど、奴らのプロペラは風の魔力じゃなく、純粋な『物理的な空気抵抗』を利用して揚力を得ているのね」
シエルは嵐の風速と、兵士たちの飛行システムの原理を一瞬で読み解いた。そして、嵐の中で悪女のような冷たい笑みを浮かべる。
「空の飛び方も知らない泥靴の兵隊たちに、物理の授業をしてあげるわ」
シエルは鍵を力強くひねった。
「――事象解除! 対象、気象制御システム・大気圧係数。……指定座標の空気を『完全排除』!」
直後、空挺特化兵たちが陣形を組んでホバリングしていた上空のエリアに、目に見えない異変が起きた。
シエルの緻密なハッキングによって、彼らの周囲数メートルの空間だけ空気が一瞬にして吸い上げられ、局所的な**『真空状態(無酸素エリア)』**が作り出されたのだ。
「な、なんだ!? 息が……!」
「プロペラが空回りしてるぞ!? 揚力が出ない!!」
大気が存在しなければ、いかに強力なプロペラを回そうとも、それはただの空回る鉄くずに過ぎない。
突如として浮力を失った重甲冑の兵士たちは、巨大な鉄の塊となって、重力に逆らう術を完全に失った。
「トドメよ。……人工雷雲、放電パターン指定」
シエルがさらに鍵を反転させる。
気圧の急激な変化によって発生した『超高密度の摩擦電荷』が、真空の檻に囚われて落下していく兵士たちの「金属製の甲冑」を、完璧な避雷針として認識した。
バリバリバリッ!! ズガァァァァァンッ!!
コアから放たれた極太の青白い雷光が、落下する四体の空挺兵に正確に直撃。
断末魔の悲鳴すら雷鳴にかき消され、彼らは完全にショートした装備と共に、ドームの遥か底で回転し続ける巨大な排熱歯車の中へと、次々と飲み込まれていった。
「ひゅーっ……! エグい手口ね、相変わらず」
ティオが空中で蔦を巻き取りながら、呆れたように口笛を吹く。
「物理法則を味方につければ、重力や気圧こそが最強の武器よ」
シエルがコアから鍵を引き抜くと、気象制御システムのエラーが修正され、嵐のドームは急速に静寂を取り戻した。荒れ狂っていた人工雷雲は霧散し、断線していたエレベーターの動力ラインが息を吹き返す。
停止していた昇降機が空中で再び『ゴォォォォン』と力強い駆動音を響かせ、開かれたゲートの奥へと、シエルたちを迎え入れるように移動してきた。
「さあ、イグノタフの連中に追いつかれる前に、さっさと上層へ行くわよ!」
シエルがコアから飛び降り、待機していた昇降機へ乗り込む。バルドとティオも後に続き、ガラスの扉は即座に閉ざされた。
昇降機が再び加速し、雲海を超え、外の景色が宇宙に近い深い群青色へと変わっていく。
「お見事だぜ、お嬢。空飛ぶオモチャどもを一網打尽とはな」
バルドが真鍮の義手の熱を冷ましなら、豪快に笑う。
「ええ。でも、あのレベルの特化兵をピンポイントで配備しているってことは、イグノタフの本隊もかなり上層まで登ってきている証拠よ。……この先は、もっと苛烈な迎撃が待っているわ」
シエルは少しだけ乱れたアメジストの髪を整え、上を見上げた。
ガラスの天井の向こうには、星々が瞬く成層圏と、世界樹の最上部を覆う巨大なシルエットが薄っすらと見え始めている。
「次はいよいよ、第80層以上の未知の領域ね。気を引き締めていくわよ、二人とも」
完全に沈黙した気象制御ブロックを後にし、三人を乗せた天空の箱は、いよいよ世界樹の頂を目指して最後の宙域へと突入していく。




