第4章・第26話:気象制御ブロックの嵐と、飛行する特務兵
ガラスの昇降機は、雲海すらも遥か眼下に置き去りにして上昇を続けていた。しかし、その静寂は唐突に破られる。
「……ん? なんだか、上が騒がしくないか?」
バルドが耳を澄ませて天井を見上げた瞬間、昇降機内を照らしていた穏やかな青白い魔力光が、刺すような血の赤へと反転した。
『――警告。第70層・気象制御ブロックにて、深刻なエラーを検知。動力パスが切断されました。昇降を緊急停止します』
ガゴォォォンッ!!
凄まじい摩擦音と共に昇降機が宙でピタリと停止する。慣性でティオが「ひゃあっ!」と床に転がり、バルドが太い腕で壁を叩いて踏ん張った。
「止まった……!? ねぇ、シエル! 魔法の効果が切れちゃったの!?」
「いいえ、私の偽装鍵は完璧よ。これはシステム側の『物理的な断線』ね」
シエルはトランクから銀の鍵を抜き出し、コンソールパネルを鮮やかに解体して内部の回路を露出させた。アメジストの瞳が高速で事象を演算し、現状をトレースしていく。
「……イグノタフの連中の仕業よ。奴ら、外周ルートを登る過程で、自分たちの邪魔になる『雷雲』や『毒霧』を払うために、このブロックの排熱ダクトを破壊したのね。システムが暴走して、電力ラインを物理的に焼き切っているわ」
「チッ、どこまでも迷惑な野郎どもだぜ。……で、どうするんだ? ここで一生景色を眺めてるわけにはいかねえぞ」
シエルは閉ざされた扉を銀の鍵の先端でなぞる。
「当然、手動で開けるわ。暴走した気象制御コアを直接叩いて(リブートして)、電力を取り戻す。……ここからが本当の『荒事』よ」
シエルが鍵をひねると、重厚な扉が悲鳴を上げてスライドした。
直後、吹き込んできたのは肌を刺すような『凍てつく暴風』と、耳を劈くような激しい『雷鳴』だった。
「うおっ!? なんだこの嵐は!」
第70層【気象制御ブロック】。そこは、もはや屋内施設とは呼べない光景だった。
巨大なドーム状の空間には、無数の真鍮の歯車と魔力管が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。中央に浮かぶ水晶のコアからは、本来なら外殻の外へ放出されるはずの雷雲や暴風が、エラーによってすべてこのドーム内へと逆流していた。
「見て、あのコア! 完全に制御を失ってるわね」
シエルの視線の先、ドームの中央に浮かぶ水晶のコアは、ドクン、ドクンと不規則に明滅し、そのたびにビリビリとした高圧電流が空間を支配している。
問題は、コアへ続く足場が、暴走の影響ですり鉢状に崩落して消失していることだ。
「無茶苦茶だ……。嵐の中を飛んで渡れってか? 軌道がズレたら、あの回転する歯車にミンチにされちまうぜ」
バルドが険しい顔で呟く。
その時、一人の少女がふんぞり返った。
「ふふんっ! 何言ってんの。ここはアタシの出番でしょ?」
ティオは琥珀色の瞳を、嵐の中で獲物を追う猛禽類のように鋭く輝かせた。
「アタシたち飛空猟兵は、風を読んで飛ぶのが仕事よ! こんな規則的に回ってるだけの『作られた嵐』なんて、絶好の追い風にしか見えないわ!」
彼女が跳躍蔦を構え、嵐の海へと飛び出そうとした、その時だった。
『――目標発見。対象、内部ルートを不正利用するプロウォーカー及び現地民』
嵐の轟音を切り裂き、ドームの破壊痕から侵入してくる複数の影があった。
黒い重甲冑に身を包み、背中に噴射プロペラを背負った、イグノタフの**【空挺特化兵】**たちである。
「ネズミ共め。侯爵閣下の邪魔をする者は、この暴風の底へ叩き落としてくれる!」
彼らは強風の中で一切の乱れもなくホバリングを維持し、両腕のガトリング銃を一斉に火を噴かせた。
「上等よ! 泥靴の次は、プロペラ付きのオモチャってわけね」
シエルは暴風にアメジストの髪をなびかせながら、トランクを放り投げた。彼女は空中でトランクを開き、固定された魔導銃と銀の鍵を両手に構える。
「バルド、ティオ! あのオモチャを撃ち落として、コアまでの道をこじ開けるわよ!」
「おう! 嵐の中でのドンパチとは、血が騒ぐぜ!」
「アタシの空で、デカい顔させないんだから!」
三人は嵐のドームへと同時に飛び出した。
バルドが真鍮の義手を駆動させ、飛来する弾丸を鋼鉄の盾のように弾き飛ばす。その隙を突き、ティオが風のベクトルを読み切った完璧な軌道で、敵兵の一人の背後に躍り出た。
彼女がナイフでプロペラの動力源を正確に切り裂くと、空挺兵は悲鳴を上げて暴風の底へと沈んでいく。
シエルは空中で事象をハックし、嵐の風を操作して弾丸の軌道をねじ曲げる。
「事象解除! 弾丸の風圧係数を反転!」
曲がった弾丸が特化兵たちの装甲を掠め、バランスを崩した彼らは、まさに『嵐そのもの』を相手にしているかのように翻弄される。
「今よティオ! あのコアの近くまで私を投げて!」
「了解っ!」
ティオはシエルの腕を掴むと、暴走する雷雲の渦を利用して凄まじい遠心力を生み出した。
空中で振り回され、加速限界に達したシエルが、雷光が迸るコアの直上へと放り出される。
「これが天空の攻略ルート(ハック)よ!」
シエルは空中で鍵を振り抜き、コアの制御端末へと直接突き刺した。
嵐と銃声が入り混じるドームの中で、少女たちの挑戦は、ついにクライマックスへと突き進んでいく。




