第4章・第18話:グリーン・フォール
ガタン、ゴトン――。
規則正しい金属の車輪音が、心地よい揺れと共に車内に響いている。
灼熱の砂漠都市アイアン・サントを発った長距離用の『特急砂上列車』は、巨大なキャタピラで赤茶けた大地を蹴立てながら、大陸の南東へと猛スピードで爆走していた。
「あー、食った食った。やっぱりアイアン・サントの串焼きは、スパイスがガツンと効いてて最高だな!」
特等客室の向かいの席で、バルドが山盛りに積まれていた串焼きの最後の1本を平らげ、満足そうに腹を叩いた。彼の隣には、空になった大ジョッキがいくつも転がっている。
「……よくもまぁ、朝からそんな油っこいものを大量に胃袋に詰め込めるわね。見てるこっちが胃もたれしそうよ」
シエルは呆れたようにため息をつきながら、持参した上品なドライフルーツを齧り、手元の魔導端末へと視線を戻した。
「ハッ、前衛たるもの、常にエネルギーを満タンにしておくのがプロの流儀ってもんだろ。お嬢こそ、そんな木の実ばっか齧ってて、次の遺跡でへばっても知らないぜ?」
「心配無用よ。プロウォーカーのエネルギー管理は、カロリーの質量じゃなくて魔力の変換効率で決まるの」
シエルはふふんと鼻を鳴らし、端末の空中に青白いホログラムマップを展開した。
「それより、そろそろ景色が変わるわよ、バルド。……私たちの次の戦場が近づいてきているわ」
シエルの言葉とほぼ同時だった。
これまで窓の外に広がっていた乾燥した砂の景色が、突如として深い緑色へと飲み込まれていった。
「おっ……? なんだこりゃ、急に空気が重くなりやがったな」
バルドが窓の外を見下ろす。
開け放たれた車窓から吹き込んでくる風が、砂漠のカラカラに乾いた熱風から、じっとりとまとわりつくような濃密な湿気を帯びたものへと急変したのだ。
「私たちは今、大陸南東の『絶対魔境』と呼ばれる密林地帯の境界線を越えたわ。ここから先は、砂漠の常識は一切通用しない。……バルド、義手の調子は?」
「ん? ああ、大丈夫だ。湿気で真鍮が錆びねえように、今朝きっちり防錆オイルを塗り込んでおいたからな。いつでもフル出力でぶっ叩けるぜ」
バルドが頼もしく右腕の歯車を鳴らすと、列車は甲高い汽笛を鳴らし、徐々にそのスピードを落とし始めた。
『――間もなく、終点。境界街グリーン・フォール。グリーン・フォールに到着いたします』
車内アナウンスと共に、蒸気の白い煙を吐き出しながら、列車は鬱蒼とした密林の入り口に位置する辺境の駅へと滑り込んだ。
「さあ、着いたわよ。降りるわよ、バルド」
シエルはトランクを手に取り、客車のタラップを降りてプラットホームへと降り立った。
その瞬間、むせ返るような緑の匂いと、むっとするような熱気が二人を包み込む。
「うおっ……。こりゃあ、アイアン・サントの直射日光とは別のベクトルで息苦しいな。まるで巨大な温室の中にいるみたいだ」
「無理もないわ。この密林そのものが、私たちの目指す『遺跡』が放つ魔力によって形成された、巨大な生体テラリウムなんだから」
シエルはトランクを置き、駅の屋根の隙間から眩しそうに天を仰いだ。
「見なさい、バルド。あれが次の舞台……【巨樹の空中都市】よ」
「――おいおい、マジかよ……。冗談だろ?」
バルドは言葉を失い、ポカンと口を開けた。
歴戦の傭兵であり、巨大な魔獣とも渡り合ってきた彼の屈強な身体すらも、その圧倒的な存在の前では芥子粒のように小さく見えた。
彼らの遥か頭上。
鬱蒼と茂る密林の中心部から、大地そのものを引き裂き、隆起させるようにして、途方もないスケールの**『世界樹』**がそびえ立っていた。
大木という概念を根本から破壊するその姿。
幹の外周は、一つの広大な都市の面積をすっぽりと飲み込むほどに太い。そそり立つ樹皮はまるで人を寄せ付けない断崖絶壁のようであり、その深い茶色の谷間には、青白く脈打つ巨大な魔力のラインが、大地の血液を吸い上げる血管のように走っている。
地表を這う根だけでも小山ほどの高さを持ち、苔生した岩盤を容易く砕いてうねり狂っていた。
そして視線を遥か上空へと向ければ――雲海すらも突き破る高さに、巨大な大天蓋が広がっている。
生い茂る一枚の葉が、大型の飛空艇ほどのサイズ感だ。それらが幾重にも重なり合って空を完全に覆い隠し、地上には幻想的で、しかしどこか不気味なエメラルドグリーンの木漏れ日を落としている。
だが、最も異様だったのは、その途方もない太さを持つ枝葉の間だった。
「木の中に、街が埋まってるのか……!?」
バルドが呻くように呟いた。
幾本にも分かれた巨大な枝に絡みつくようにして、白亜の石造りの神殿群や、苔生した旧時代の塔、崩れかけたアーチ状の水道橋などが、まるで精巧な鳥の巣のように無数に点在していたのだ。
枝から枝へと渡された巨大な蔓の吊り橋。高低差のある建造物の間からは、幾筋もの透き通った滝が白糸のように流れ落ち、木漏れ日を反射して空中に無数の虹をかけている。
自然の巨木と、旧時代の石造りの建築群が、数百年、あるいは数千年という時をかけて完全に癒着・同化し、一つの**『生きた超巨大都市』**を形成していた。
「……あの木全体が、旧時代の『生体サーバー』よ。植物の異常な成長力を利用して、空中に都市のインフラごと物理的に押し上げたのね」
シエルはアメジストの瞳を細め、プロウォーカーとしての鋭い眼光で、その暴力的で美しい巨樹の構造を頭の中でスキャンした。
「王都のレインの解析データによれば、4つ目の金の鍵は、あの巨樹の最頂部――『神鳥の巣』と呼ばれるメインフレームに隠されているわ。でも、あそこへ辿り着くための道は、凶悪な猛毒の瘴気と、自立稼働する食虫植物の防衛システムで守られているはずよ」
「ハッ、なるほどな。砂漠の次は、命がけの木登りってわけだ。しかも足場が悪くて毒まみれのクソゲー仕様のおまけ付きか」
バルドは圧倒的なスケールを見せつけられてなお、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、背中の巨大なスパナを担ぎ直した。
「そういうこと。今回は横じゃなくて『縦(立体機動)』のハメ技が要求されるわ。……準備はいい、相棒?」
「おう! この真鍮の腕で、あのバカでかい木の枝をへし折って道を作ってやるぜ!」
蒸気と歯車の町から、緑深き生体魔境へ。
大空を支配する規格外の世界樹と、そこに眠る猛毒のギミックに向け、天才プロウォーカーと機械腕の戦士は、新たな一歩を踏み出した。




