閑話:王都の湯けむりと、乙女たちのナイショ話
時間を少し遡る。
シエルが『時計台の書館』での激闘を終え、次なる鍵を求めて王都の学園を旅立つ、数日前の夜のこと――。
王都・第一魔導学園の女子寮。特待生のみが使用を許される、総大理石で造られた豪奢な大浴場。
乳白色の湯がたっぷりと満たされた広い浴槽に、シエルの心地よさそうな吐息が溶けていった。
「ふぅぅ……っ。生き返るわぁ……」
シエルは自慢のアメジスト色の髪を頭の上でふんわりとまとめ、湯船の縁にだらりと腕を乗せていた。
ここ数日、レインと共に図書館の奥深くで、砂漠の遺跡や『金の鍵』に関する古い文献を徹夜で解読し続けたせいで、全身の筋肉がバキバキに凝り固まっている。
「まったく、あの書痴の頭の中は図書館のことでいっぱいなんだから。二十歳の乙女のデリケートなお肌事情なんて、これっぽっちもわかってないわ……」
シエルが湯面にお湯をパシャパシャとはじきながら愚痴をこぼしていると、不意に、背後からコロコロと鈴を転がすような上品な笑い声が響いた。
「ふふっ。レインは昔から、夢中になると周りが見えなくなる不器用な人だからね。許してあげて、シエル」
「えっ? エレナ?」
シエルが振り返ると、立ち込める湯気の中から、豊かなプラチナブロンドの髪を束ねた美しい少女――学園の風紀委員長であるエレナが、微笑みながら歩み寄ってくるところだった。
その瞬間、シエルの視線は一点に釘付けになった。
雪のように白く滑らかな肌。キュッと引き締まった細いウエスト。
そして何より――その細い胴体からは到底考えられないほどに、たわわに実った『規格外の双眸』が、彼女の歩みに合わせてプルン、と豊満な揺れを主張していたのだ。
「えっ、ちょ……エレナ、相変わらず……その、ものすごいプロポーションね……」
シエルは思わず、自分のお湯に浸かった『つつましい』胸元と、エレナの弾けんばかりの『爆乳』を交互に見比べて、ギリッと奥歯を噛み締めた。
同じ二十歳。どうしてここまで残酷な格差が生まれてしまったのか、神様を小一時間問い詰めたい気分だった。
「あら、ありがとう。でも、私から見ればシエルのその華奢で可愛らしい身体も、すごく魅力的だと思うわよ?」
エレナはちゃぷん、とお湯を跳ねさせてシエルのすぐ背後に腰を下ろすと、長い指先でシエルの華奢な肩口に優しく触れた。
「ひゃっ……! ちょ、ちょっとエレナ、冷たい手で急に触らないでよ!」
「ふふ、ごめんなさい。でも、すごく肩が張っているわ。徹夜明けでしょう? 私が背中を流して、マッサージしてあげる」
「え? い、いいわよ! 自分のことくらい自分で――」
「遠慮しないで。……これから遠い砂漠の国へ旅立つ、大切な友達への労いよ」
エレナの少しだけトーンの下がった、真剣な声色。
その優しさにほだされ、シエルは「……それじゃあ、お願いしようかしら」と少し頬を染めて、大人しく背中を向けた。
エレナの滑らかな手が、シエルの背中から腰にかけて、丁寧に石鹸の泡を滑らせていく。
心地よい指の圧に、シエルの口から「んっ……ぁ……」と、無防備で甘い吐息が漏れた。
「シエルは本当に、お肌がすべすべで綺麗ね。まるで上質な陶器みたい」
「そ、そう? 没落したとはいえ、お手入れは欠かしてないから……って、んんっ!?」
不意に、背中を流していたエレナの身体が、シエルの背中にピタリと密着してきた。
それだけではない。エレナの胸にある『圧倒的なボリューム』が、シエルの華奢な背中に、むにゅぅぅぅっ……と、重力と弾力を伴って暴力的なまでに押し付けられたのだ。
「えっ、ちょ……っ! エ、エレナ!? な、何かがすごく当たってるんだけど……ッ!」
シエルの顔が、お湯の熱さとは違う理由で一気に沸騰したように真っ赤に染まる。
背中に押し付けられる、信じられないほど柔らかくて温かい、二つの巨大な質量。それがエレナの呼吸に合わせて形を変え、シエルの背中の神経を激しく刺激してくる。
「あら? 気のせいじゃないかしら。それよりもシエル……ここ、すごく凝ってるわね」
エレナは全く気にした様子もなく悪戯っぽく微笑むと、背中からシエルの小柄な身体をすっぽりと抱きしめるように腕を回し、シエルの鎖骨のあたりを指先で優しく揉みほぐし始めた。
「ひゃあっ!? だ、だから近いってば! エレナの……その、頭がおかしくなりそうなくらい大きくて柔らかい『爆乳』が、私の背中でむぎゅって潰れてるの!! わかる!? これ絶対わざとでしょ!?」
「ふふっ。シエルって、普段はあんなに大人びててクールなプロウォーカーなのに、こういう時は本当に年下の女の子みたいで可愛いわね。反応が面白くて、つい苛めたくなっちゃう」
エレナは愛おしそうに目を細め、豊満な胸をさらにシエルの背中に押し付けながら、濡れたうなじに自分の頬をすりすりと寄せた。
「わ、私は二十歳の立派な大人よ! 子供扱いしないで! ぷんぷん!」
シエルは顔をりんごのように真っ赤にして抗議しながら、バシャバシャとお湯を立ててエレナの腕から逃れようとする。だが、背中に密着する圧倒的な柔らかさに脳がバグってしまい、力が入らない。
「知ってるわ。でも、私にとっては、どうしても放っておけない大切な妹みたいに思えるの」
エレナはふざけるのをやめ、抱きしめる腕の力を少しだけ強めた。
その温かい体温と、エレナの胸の鼓動が、シエルの背中越しにトクン、トクンと伝わってくる。
「……エレナ?」
「これから外の世界へ出て、七つの鍵を探す旅……きっと、想像を絶する危険が待っているわ。どうか無理だけはしないで。シエルに万が一のことがあったら、私……」
エレナのプラチナブロンドの髪から滴る雫が、シエルの肩口に落ちた。
彼女の心配そうな声音に、シエルは抵抗するのをやめ、自分のお腹に回されたエレナの手に、そっと自分の手を重ねた。
「……大丈夫よ。私を誰だと思ってるの? 最高のプロウォーカーよ。それに、王都にはエレナとレインがいるじゃない。後方支援はバッチリ頼んだわよ」
「ええ。学園のネットワークと資料は、私とレインで完璧にサポートするわ。だから……必ず無事で帰ってきてね」
二人の乙女は、湯煙の中で静かに微笑み合った。
過酷な運命の前に結ばれた、確かな友情と絆。
「……でも、それはそれとして!」
数秒の感動的な沈黙の後、シエルはバシャァッ! と勢いよくお湯を立てて振り返り、湯船の中で仁王立ちになった。
「やっぱりくっつきすぎよ! 感動的な雰囲気に流されそうになったけど、これ絶対、わざと私の背中にその『暴力的な質量』を押し付けて、大人の余裕を見せつけてるでしょ!!」
「あら、バレちゃった? ふふっ、だってシエルの慌てる顔、本当に可愛いんだもの」
「もぉぉぉーっ! 私は負けないわよ! エレナ、聞いて驚きなさい! 私のこの身体こそが、プロウォーカーとして極限まで最適化された『究極のプロポーション』なのよ!」
シエルは顔を真っ赤にしながらも、両手を腰に当て、堂々と胸を張ってポーズを決めた。
乳白色のお湯が滴り落ち、シエルの華奢だが引き締まった、無駄のない肢体が湯気の中に露わになる。
「見てよこの、引き締まったウエスト! そして機動力を一切殺さない、洗練された流線型のカーブ! あんたみたいに胸に『無駄な質量』をぶら下げてたら、遺跡のトラップを避ける時にコンマ一秒の遅れが生じるわ! つまり、私のこの『つつましい』サイズこそが、機能美の極致にして至高なのよ!!」
ヤケクソ気味に力説しながら、シエルは自分の美しい鎖骨や、小ぶりだが形の良い胸を必死にアピールした。
没落する前から徹底した自己管理を欠かさなかった彼女の肌は、傷一つなく、濡れて真珠のような輝きを放っている。決して『無い』わけではなく、彼女の小柄な身長に合わせた、芸術品のように繊細なバランスを保っていた。
その見事な(?)開き直りとアピールに、エレナはきょとんと目を丸くした。
そして数秒後――。
「……ふふっ。あはははっ!」
エレナは口元を押さえ、肩を震わせて堪えきれないように笑い出した。
「な、何よ! 笑うことないじゃない!」
「ご、ごめんなさい。でも、一生懸命に自分の『機能美』をアピールするシエルが、あまりにも可愛らしくて……。でもね、シエルの言う通りだわ」
エレナは笑いを収めると、艶やかな笑みを浮かべて、立ち上がるシエルへとゆっくり歩み寄ってきた。
「確かに、シエルの身体は本当に芸術的ね。無駄な脂肪が一切ない細い腰も、折れそうなほど華奢な肩も、そして……この、手のひらにすっぽりと収まりそうな、可愛らしい果実も」
「ひゃんっ!?」
ちゃぷん、と。
距離を詰めたエレナの手が、シエルのアピールしていた胸元へ、下からすくい上げるように優しく添えられた。
「え、エ、エレナーッ!?」
「ふふっ、本当に綺麗な形。さっきは背中だったから、今度は前も綺麗に洗ってあげるわね。ほら、最高の機能美を隅々まで堪能させてちょうだい?」
「ち、違う! そういう意味でアピールしたわけじゃ……っ! いやぁぁ、前からはもっとダメぇぇっ!」
そのまま、立ち上がったせいで無防備になったところを、エレナの豊満な身体に正面からむぎゅぅぅっと抱きすくめられてしまう。
逃げ場を失ったシエルは、信じられないほどの柔らかさに全身を包まれ、再び顔を茹でダコのように真っ赤にしてジタバタと暴れる羽目になった。
頭脳明晰で、旧時代のギミックには無類の強さを誇る天才プロウォーカーも、同い年の美少女が仕掛ける『スキンシップの罠』だけは、どうやっても解除できないらしい。
王都の夜は、シエルの可愛らしい悲鳴と共に、賑やかに更けていくのだった。




