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【祝2000PV 1000UA達成⭐︎】書館のウォーカー   作者: ジョニ男
第4章:星詠みの旅路 ―七つの金の鍵(前編)

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第4章・第8話:砂の伝承

翌朝。強烈な日差しが砂漠の町を焼き尽くす前に、シエルとバルドは『アイアン・サント』の活気ある市場へと繰り出していた。

色鮮やかな香辛料の山や、砂漠の魔獣の骨を加工した装飾品、水盆に浮かべられた色とりどりの果実が所狭しと並んでいる。商人たちの威勢の良い声が飛び交う通りを歩きながら、二人は次の『金の鍵』が眠るであろう「砂の書館」の手がかりを探していた。

「おいお嬢、あそこの怪しい骨董屋の親父なら、何か知ってるんじゃねえか? いかにも裏の事情に通じてそうな顔してやがる」

バルドが親指でしゃがれ声の店主を指すが、シエルはフンと鼻を鳴らし、アメジスト色の髪を揺らした。

「駄目よ。ああいう商人は、外から来たウォーカーをカモにしようと嘘の地図を売りつけてくるに決まってるわ。情報収集の基本は、その土地に根付いている『生きた声』を聞くことよ。王都の学園でレインと徹夜して学んだセオリーだもの」

そう言うと、シエルは市場の片隅で足を止めた。そこでは、重たそうな水差しを荷車に乗せようとして、ふらついている小柄な老婆の姿があった。

「おばあさん、危ないわ。私が運ぶから、貸して」

「おお……すまないねぇ、綺麗なお嬢さん」

シエルは普段の冷徹な態度からは想像もつかないほど優しく穏やかな微笑みを浮かべ、老婆の荷物をひょいと持ち上げた。そのアメジスト色の瞳には、偽りのない慈愛の色が満ちている。代々書館を管理してきた名家のお嬢様としての、誇り高き気品と教養が自然と滲み出ていた。

少し離れた場所から、バルドは驚いたようにその小さな背中を見つめた。短気でドライな天才プロウォーカーが、まるで陽だまりのような顔をしている。

荷物を日陰の店先まで運び終えると、シエルは老婆の目線に合わせてしゃがみ込んだ。衣服が砂で汚れることなど一切気にしていない。

「ねえ、おばあさん。この辺りで、昔から伝わっている『本』や『鍵』にまつわるお伽話を知らないかしら? 私たち、古い伝承を調べているの」

「本と、鍵……ああ、それなら『迷いの砂丘』の言い伝えだねぇ」

老婆は目を細め、しわがれた声で、子供に読み聞かせるように語り始めた。

「この町から南へ進んだ先、風が止むすり鉢状の砂丘の底には、古い古い『砂の書館』が埋まっているそうな。だが、そこは砂が生き物のように動く迷宮。選ばれた『銀の鍵』を持つ者しか、入り口の砂は引かないと言われているんだよ」

「……銀の鍵」

シエルの瞳の奥に、強い光が宿る。

「ありがとう、おばあさん。すごく助かったわ」

シエルは老婆のしわがれた手を両手で優しく包み込むように握ると、一枚の銀貨をそっと握らせて立ち上がった。

「へえ……お嬢にも、あんな顔があるんだな」

戻ってきたシエルに、バルドがニヤニヤしながらからかう。シエルは一瞬でいつものツンとした表情に戻り、頬を微かに染めた。

「な、何よ。お年寄りや子どもに優しくするのは、淑女としての当然の教養でしょ。私はこう見えて、由緒正しき家門の出なんだから! 二十歳の大人をからかわないでよね」

「へいへい、わかってるよ、お嬢様。……で、その『迷いの砂丘』とやらに向かうのか?」

「ええ。お兄ちゃんの記憶を取り戻すための、三つ目の金の鍵……きっとそこにあるわ」

シエルは服の上から、そっと自分の懐に触れた。そこには、彼女のマスターキーである『銀色の魔導鍵』が静かに眠っている。

時計台の書館の冷たい床で、すべての記憶を館長に奪われ、虚ろな目をして倒れていた実の兄の姿。あの日の絶望が脳裏に焼き付いている。没落した家門の誇りを取り戻すため、そして何より兄の未来を奪還するため。すべては、この銀の鍵の先にあるのだ。

二人が市場の喧騒を背にし、南の砂漠へ通じる静かな裏路地へ足を踏み入れた、その時だった。

「――見つけたぞ。水上都市を荒らし回ったネズミ共め」

路地を塞ぐように現れたのは、黒い外套に身を包んだ数人の男たちだった。その胸元には、見覚えのある紋章――王都の闇を牛耳る『イグノタフ家』の特務部隊の証が鈍く光っている。

「チッ、昨夜レインの言ってた通り、もう末端の追っ手が来やがったか!」

バルドが即座にシエルの前に立ち塞がり、右腕の真鍮の義手をギリリと鳴らした。内蔵された歯車が、殺意に呼応して低く唸る。

「大人しくそのトランクを渡せ。反逆の咎で次期当主の権限を凍結された愚か者……カイルの遊撃隊に横取りされる前にな」

男たちのリーダー格が忌々しそうに吐き捨てながら、一斉に魔導銃の銃口を二人へ向けた。

(カイル……!)

シエルの脳裏に、レインからの通信内容が鮮明によみがえる。

『――カイルは自らの手で書館を攻略し、イグノタフの闇を暴くUSBを手に入れた。そしてそれをエレナに託して学園を出た。奴はすべてを失ってでも、自分の家をぶっ壊すつもりだ』

自らの父親を手にかけた凄惨な過去。そして今、次期当主の座すらも剥奪され、反逆者として追われる身になりながらも、気高き騎士としてノブレス・オブリージュを貫こうとしているカイル。そして、命がけで託された証拠を胸に王都で戦うエレナと、知略を巡らせて盤面を操る相棒・レイン。

「……王都の貴族のゴタゴタなんて知ったことじゃないわ。でもね」

シエルはバルドの背中から静かに歩み出た。

「カイルやレインたちが、すべてを懸けて盤面をひっくり返そうとしてる時に、こんな下っ端の犬に渡す鍵なんて、一つもない!」

シエルは一切の怯えを見せず、自らの懐へ素早く手を差し入れた。

そして、一筋の銀光を引いて、彼女の切り札である『銀色の魔導鍵』を真っ直ぐに引き抜いた。

「撃てッ!」

男たちの一人が無慈悲に引き金を引く。放たれた高圧縮の魔力弾が、シエルの額を撃ち抜こうと迫る。

「お嬢ッ!」

「遅いわ」

シエルのアメジストの瞳が冷徹な戦術家の光を放つ。彼女は銀の鍵を空中に突き出し、鋭く言い放った。

「――事象凍結ロック!」

カチンッ!

鍵をひねる澄んだ音が響いた瞬間、シエルの目の前の空間が幾何学的な光の陣に覆われ、飛来していた魔力弾が空中でピタリと静止した。物理法則すら完全に無視した、空間そのものの凍結。

「な、なんだと!? 魔力弾が止まった……!?」

驚愕し、たじろぐ男たちを尻目に、シエルは冷酷に告げる。

「バルド、右の三人を! 私は左を片付けるわ!」

「おうよッ! ハッ、俺の相棒みぎうでの出番だな!」

バルドが巨体を躍らせ、機械の右腕で男たちの陣形を物理的に粉砕していく。重たい金属音と悲鳴が裏路地に響き渡る。

その隙に、シエルは凍結させた魔力弾の軌道上に歩み寄り、今度は銀の鍵を逆方向へひねった。

「――事象解除アンロック!」

静止していた魔力弾のエネルギーが強制的に解放され、元のベクトルを失って暴走。強烈な爆発となって左側の男たちをまとめて吹き飛ばした。

土煙が晴れた後、路地裏には呻き声を上げるイグノタフの追っ手たちが転がっていた。

「……ふぅ。私の計算通りね」

シエルは銀の鍵をくるりと指先で回し、カチャリと懐へしまい込んだ。

「ハッ、流石は二十歳のプロウォーカー様だ。その銀の鍵、ただの飾りじゃねえってことか」

「当然よ。罠でもギミックでも、使えるものはなんでも使うのが私のやり方よ。それに、今の私は一人じゃないもの」

シエルは倒れた追っ手たちを一瞥もせず、迷いのない足取りで砂漠の奥へと歩き出した。

王都では今頃、レインが情報戦を繰り広げ、エレナがUSBを守り抜く戦いに身を投じ、カイルが孤独な反逆の刃を振るっている。それぞれの想いが交差する中、シエルとバルドの過酷な旅は、南の『迷いの砂丘』――そのさらに深い謎へと突き進んでいくのだった。

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