第3章・第17話:禁書庫の法則
ゴォォォォンッ……!!
黒曜石の祭壇を囲むように出現した五体の『首無し騎士』。
彼らが身の丈の倍はある巨大な戦斧を床に打ち付けると、禁書庫の最深部全体が局地的な地震のように激しく揺れた。ドーム状の空間を囲む巨大な本棚群から、何百、何千冊もの古い魔導書や記録本がパラパラと雪崩のように床に崩れ落ちていく。
「グルルルルォォォォッ!!」
首の断面から赤黒い瘴気を間欠泉のように噴き出しながら、五体の巨躯が一斉に動き出した。
連携の取れた陣形から、二体のデュラハンがカイルへ、一体がレインへと同時に漆黒の戦斧を振り下ろす。装甲から放たれる一撃は、空気を引き裂く物理的な破壊力に加え、掠っただけでも致命傷となる強烈な『即死判定』を纏っていた。
「レイン、来るぞ!」
「分かってるよ。随分とお行儀の悪い連中だ」
カイルは即座に踏み込み、左手に握った『漆黒の魔剣』で、頭上から迫り来る二振りの巨大斧を斜めに受け流そうとする。
だが――。
ギィィィィンッ!!!
「ぐ、うおぉぉっ……!?」
受け流しきれない。システム最深部の防衛機構が放つ異常な膂力は、カイルの想定を遥かに超えていた。
強烈な衝撃が両腕の骨をミシミシと軋ませ、カイルの身体は後方へ十メートル以上も無惨に吹き飛ばされた。
さらに追撃を狙う三体目のデュラハンの斧が、カイルの着地点を正確に狙って迫る。
体勢を崩したカイルが「躱しきれない」と覚悟を決めた、その瞬間だった。
ズサァァァッ!
カイルの身体が、まるで氷の上を滑るように、不自然なほど高速で『左』へとスライドした。
戦斧の一撃はカイルの右肩を数ミリ掠め、床の黒曜石を粉砕して巨大なクレーターを穿つ。間一髪で直撃を免れたものの、カイルは自身の身体が空間の不可視の力に「強引に引っ張られた」ことに気づいた。
「どうなっている……空間の反転ギミックか!?」
「いや、反転じゃない。『強制移動』だ!」
自身に迫る斧を、空中に展開した『見えない壁』を蹴って鮮やかに宙返りしながら躱し、レインが叫んだ。
彼は黒コートの裾を優雅に翻しながら音もなく着地し、カイルのすぐ横の床で、開かれたまま青白い光を放っている「分厚い本」を指差した。
「よく見ろ主人公! 縦書きの『右開き』の本の周囲は右から左へ、横書きの『左開き』の本の周囲は左から右へ、空間が強制的に引っ張られるギミックになってやがる!」
「本を読む視線の法則が、そのまま空間の重力に変換されているのか……!」
カイルは息を呑んだ。だが、戦場に驚いている猶予はない。
四体目のデュラハンが、カイルを真っ二つにしようと横薙ぎの斬撃を放ってきた。
「なら、この法則を利用するまでだ!」
カイルは自ら横の巨大な本棚を蹴りつけ、特大の『右開きの魔導書』を自らの頭上へと落下させた。
バサァッ! と本が開いた瞬間に発生する、右から左への強烈な空間ベクトル。カイルの身体はロケットのように真横へ射出され、戦斧の死の軌道を間一髪で回避する。
そのまま勢いに乗って白銀と漆黒の双剣を叩き込もうとするが――システムの中枢を守護する敵は、ただの案山子ではなかった。
「グオォォォッ!!」
「なっ……!?」
五体目のデュラハンが、カイルのベクトル移動の「終点」に巨大なタワーシールドを構えて待ち構えていたのだ。
ガァァァンッ!! と凄まじい衝突音が響き、カイルは強固なスーパーアーマーに完全に弾き返され、体勢を崩して床を派手に転がった。
「チッ、ただの力押し(脳筋)じゃねえ。パッチでAIが強化されてやがる」
レインは舌打ちしつつ、『星空の真理』のシリンダーをカチャリと小粋に回した。
彼は迫り来るデュラハンの戦斧を、スライディングで紙一重に潜り抜ける。そのまま下から銃口を突き上げ、引き金を連続で引いた。
バンッ! バンッ! バンッ!
放たれた虹色の魔弾。だが、デュラハンの漆黒の装甲はそれをガキンッ! と硬い音を立てて弾き返した。
「マジかよ、ドロップ率0.000001%のUR装備の貫通を弾く装甲だと? 冗談キツいぜ」
「レイン、奴ら装甲を固めながら……本棚を壊しているぞ!!」
カイルの叫びの通り、デュラハンたちは戦斧をデタラメに振り回し、周囲の巨大な本棚を次々と粉砕し始めていた。
ギミックの発生源である「本」そのものを破壊し、カイルたちの機動力を削ぎ落とすという最適解のルーチン。
空間には千切れた無数のページが吹雪のように乱舞し、右と左のベクトルがめちゃくちゃに混ざり合う、凶悪な「混沌の重力場」が形成されていく。
「ははっ、盤面を荒らして泥試合に持ち込もうってか。いいぜ、上等だ」
レインは不敵な笑みを深めると、自身の黒髪を掻き上げ、銃を指先でクルリとスピンさせた。
そして、乱舞するページの中へと、一切の躊躇なく流れるような動作で飛び込んでいった。
右に引っ張られ、左に弾かれる無茶苦茶なベクトル。だがレインは、空中に『見えない壁』を細かく階段状に展開し、それを足場にして空を舞うように踊る。
「行間のベクトルに乗せて、弾速を限界突破させる!」
宙を舞いながら、レインは本棚の残骸や空中の壁に向けて魔弾を乱反射させる。
銃弾は、乱舞するページのベクトルに触れるたびに『ギュインッ!』と異常な速度で加速し、軌道を理不尽に鋭角に曲げていく。
装甲が硬いなら、ジョイントの隙間を狙うまで。レインの計算し尽くされた跳弾が、デュラハンたちの膝裏、肘の関節、首の断面にピンポイントで突き刺さり、その動きを決定的に鈍らせた。
「カイル! パッチの隙間は作った! あとはお前の物理(メイン火力)でぶち抜け!!」
「応ッ!!」
カイルは荒い息を吐きながら、二振りの剣を強く握り直した。
相反する光と闇の魔力を同時に扱う二刀流は、今のカイルの肉体と精神に凄まじい負荷をかけている。少しでもバランスを崩せば、自らの魔力暴走で自滅しかねない、まさに諸刃の剣。
(俺の闇で、敵の悪意を喰らい尽くす。そして、父上から託されたこの光で――真実を拓く!)
カイルの瞳に迷いはなかった。
左の『漆黒の魔剣』を構え、迫るデュラハンの戦斧の莫大な威力を真っ向から「吸収・受け流し」、その反動で身体を独楽のように回転させる。
そして、レインが穿った装甲の隙間へと、右の『白銀の聖剣』を正確無比に叩き込んだ。
ギガァァァンッ!!
闇でいなし、光で断つ。
新しい二刀流の理が完全に噛み合った瞬間、一体のデュラハンの巨体が袈裟懸けに両断され、ポリゴンの塵となって消え去った。
「ははっ、いい動きだぜ主人公! ――だが、ボスのお約束(全体攻撃)が来るぞ!」
レインの警告。残る四体のデュラハンが、仲間を犠牲にして時間稼ぎをした結果、黒曜石の祭壇を中心に巨大な『赤黒い重力球』の生成を完了させようとしていた。
周囲の瓦礫やページごとすべてを空間圧縮で押し潰す、回避不能の強制ワイプ(全滅)ギミック。
「チャージ完了まで残り数秒……防ぎ切れるか!?」
「防ぐんじゃねえ、真正面からシステムごと叩き割るんだよ!」
レインは光学迷彩コートを大きく翻し、残存するすべての魔力を『星空の真理』へと注ぎ込んだ。
彼が狙ったのは、デュラハンではなく、吹雪のように舞い散る「ページの渦」の中心。
「俺が全部のベクトル(重力)を一箇所に束ねる。そこに、お前の最大火力を乗せろ!!」
レインが放った極太の虹色の魔弾が、空中の見えない壁で複雑に跳弾し、散らばっていた『右開き』と『左開き』の無数のページを竜巻のように巻き込んで、重力球の真正面へと集束していく。
相反する二つの巨大なベクトルが極限までぶつかり合い、空間に強烈な「圧縮の道(極大のベクトル砲身)」が生まれた。
「行くぞカイル!!」
「おおおおおおおッ!!」
カイルは、レインが作り出した「ベクトルの竜巻」の中へ、一切の躊躇なく飛び込んだ。
左右のベクトルがカイルの身体をきりもみ状に超加速させる。ドリルように回転しながら、カイルは白銀と漆黒、二つの剣の魔力を限界まで高め、己の胸の前で一つに交差させた。
「光と闇……そして託された意志! 俺のすべてを懸けて、この真実を切り拓く!! ――【双極の絶華】ェェェェッ!!!!」
白銀の光と漆黒の闇が螺旋状に絡み合い、巨大な破壊の奔流となって撃ち放たれる。
ベクトルの超加速と合わさったその究極の一撃は、四体の首無し騎士の重力球と真正面から激突した。
ミシミシィィィッ!! と空間が悲鳴を上げ、数秒の拮抗の末――カイルの双極の光が、赤黒い重力球を完全に粉砕した。
ズゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
圧倒的な光の渦が最深部を飲み込み、敵を黒曜石の祭壇ごと跡形もなく消し飛ばす。
光が収束した後、そこにはパラパラと床に落ちる古いページと、崩れ落ちる敵のポリゴンの残滓だけが舞っていた。
【致命的バグの排除に失敗。……ルートディレクトリの維持限界。当エリアを放棄します】
「ふぅ……。相当硬いクソゲーだったが、無事にクリア(全クリ)だな」
崩壊を始める空間の中で、レインは熱を持った銃身を指先で滑らかにスピンさせてホルスターに収め、ふっと息を吐いた。
「……ああ。俺たちの勝ちだ」
カイルは二振りの剣を鞘に収め、激しい疲労に片膝を突きながらも、空を仰いで誇り高く笑った。
ゴゴゴゴゴ……!
システムが放棄されたことで、黒曜石の空間が砂のように崩れ、元あった2階への帰還ポータル(光の扉)が出現する。
「さあ、とっとと帰るぞカイル。この特大の証拠をエレナに渡して、お前のクソ親父を玉座から引きずり下ろす本番が待ってるからな」
「ええ。……レイン、エレナ、シエル。そして、父上。俺に『本物』を教えてくれて、ありがとう」
崩れゆく過去の迷宮を背に、二人は光のポータルへと飛び込んだ。
彼らが持ち帰った一つのUSBが、イグノタフ侯爵家、ひいては王都全体のパワーバランスを根底から覆すことになるとは、現当主の男はまだ知る由もない。




