第3章・第15話:白黒の騎士と星空の異端児
パチパチと暖炉の火が爆ぜる、2階の隔離された隠し部屋。
カイルがソファに深く身体を沈め、連日の地道な探索による泥のような疲労に瞼を閉じようとした、その瞬間だった。
空間のテクスチャが不自然に歪み、隠し扉の鍵が「カチャリ」と音を立てて自動で解錠された。
「よぉ、主人公。進捗はどうだ?」
聞き慣れた、ひどく不敵で緊張感のない声。
カイルがハッと目を開くと、そこには隠密用の光学迷彩コートを脱ぎ捨てながら、悪びれない笑みを浮かべて入ってくる黒髪の少年――レインの姿があった。
「レイン……! 無事だったのか!」
安堵して身を乗り出すカイルに向かって、レインは紙袋から取り出した何かをポンッと放り投げた。
「ほらよ、差し入れ(回復アイテム)だ」
「ん……? これは……」
カイルが慌てて両手で受け取ったのは、パサパサのコッペパンに炒めたモヤシを挟んだだけの、ひどくチープな代物だった。
「学園の購買部名物、『素もやし炒めパン』だ。お前が勝手にシエルの特製アッサムティーと高級干し肉を消費したせいで、俺はアイツに『もやしパン100個』の負債を背負わされたからな。連帯保証人として、お前にもきっちり在庫消化を手伝ってもらうぜ」
「あ……」
カイルはパンを見つめ、先日通信越しに激怒(と赤面)していたシエルの姿を思い出し――ふっ、と小さく吹き出した。
かつての「名門イグノタフの天才」であったなら、『平民の豚の餌など!』と顔を真っ赤にして床に叩きつけていたであろう代物。だが、今のカイルはそれを両手で大事そうに持ち、迷いなく大きくかぶりついた。
「……ふふっ。ああ、違い無い。俺も共犯者だからな。……うん、悪くない味だ」
「だろ? 安いがスタミナゲージはきっちり回復する優良アイテムだ。……まぁ、俺はさっきまで地下街の高級酒場で、分厚い水牛ステーキのテクスチャを散々堪能してきたところだけどな」
「……お前というやつは、本当に性格が悪いな」
自分だけ豪遊してきたことを悪びれもせず語るレインに、カイルは呆れながらも、もやしパンを美味そうに咀嚼した。
レインはホクホク顔で魔法の鞄を叩き、ソファの対面にどっかりと腰掛けた。
だが、その視線がカイルの腰元に留まった瞬間、レインの片眉がピクリと跳ね上がった。
白銀の聖剣の隣に収められた、禍々しくも静謐な魔力を放つ『漆黒の魔剣』。
「おいおいおい、ちょっと待て。俺が街で数日間ログアウト(インターバル)してる間に、随分と尖ったバグビルド(二刀流)になってんじゃねえか。一体何があった?」
「……これか。3階の禁書庫で、俺の罪悪感が引き起こした防衛システム――俺自身の闇と戦った。これは、己の過去を御し、乗り越えた証だ」
カイルは照れくさそうに、だが本物の騎士としての確かな誇りを宿した目で魔剣に触れた。
その様子を見たレインは、呆れたように、しかしどこか満足げにフッと唇を吊り上げた。
「ハッ、主人公補正のイベント進化かよ。全く、クソ真面目なルーチンで動く男だぜ。……だが、ちょうどいい。こっちも『黒い歯車のオヤジ』に特注のフルカスタムを依頼して、これ以上ない神アップデート(チート)を完了してきたところだからな」
レインがコートの裏から引き抜いたのは、かつての黒銀のフォルムをベースに、銃身の魔力回路が星空のような虹色の輝きを脈打たせている究極の魔導銃。
「それが……お前の新しい武器か?」
「ああ。ドロップ率0.000001%のバグ遺物をインストールした、唯一無二のUR装備。――**『星空の真理』**だ。こいつがあれば、何もない空中に『見えない壁』を生成して360度どこからでも跳弾をブチ込めるし、あらゆる洗脳や幻覚のクソコードを完全に弾き返す。お前の親父(偽物)のハッキング野郎をハメ殺すための特権権限さ」
美しく、そして凶悪な輝きを放つ銃身を見つめ、カイルは驚愕と共に、これ以上ないほどの心強さを感じていた。
最強の二刀流と、最強のチート銃。仕組まれた罠をブチ壊すためのピースは、確実に揃いつつあった。
しかし、カイルはすぐに表情を曇らせ、手にしたもやしパンを見つめながら重い口調で進捗を報告した。
「……だが、レイン。肝心の『証拠』が、いくら探しても見つからないんだ。3階の禁書庫のログをくまなく読み解いたが、イグノタフ現当主の不正や、俺の実父を暗殺した決定的な記録が存在しない。戦いの衝撃で消失したのか、あるいは最初から……」
「いや、それはないな。仕様上、必ずどこかに隠されてるはずだ。――ちょっと端末を貸してみろ」
レインはカイルから魔導通信端末を受け取ると、素早い手つきで王都のサーバー(情報網)へのバックアクセスを開始した。
画面に流れる無数の文字列をスクロールしながら、レインはフム、と顎をさする。
「おかしな挙動だな。街を散策してた時から気になってたんだが、イグノタフ家が裏社会に展開してた俺たちの追跡網(索敵アルゴリズム)が、ここ数日、完全に機能不全を起こしてやがる」
「機能不全……? 敵の追手が止まっているということか?」
「ああ。本来なら情報ギルドのネットワークを使って、数時間ごとに網を絞ってくるはずのクソシステムだ。それが、なぜか『再調査の緊急タスク』が割り込んで、捜索の優先度が最低ランクまで落とされてる。おかげで俺たちの生存率が異常に伸びた」
レインの脳裏に、学園で常に毅然と背筋を伸ばし、圧倒的な『神速』で風紀を正していた、あの豊満で美しい紺碧の学園騎士――エレナの姿が浮かんだ。
「なるほどな。表の『風紀委員長』様が、我が公爵家の権力をフル稼働させて、裏社会のシステムに強烈なハッタリ(偽パッチ)を叩き込んだわけか。アイツ、生徒の危機を見過ごさないとか言って、随分と危ない橋を渡ってサポートしてくれてんじゃねえか」
「エレナが……!? 俺たちのために、王都の闇を抑え込んでくれているのか……っ」
カイルは胸を熱くし、拳を握りしめた。自分たちは決して、この暗闇の中で孤立しているわけではない。他国から抗議の通信を送ってくれたシエルも、王都で命懸けの支援をしてくれているエレナも、みんなが自分たちを信じて動いてくれている。
「アイツが命懸けで作ってくれた『ボーナスタイム』だ。無駄にするわけにはいかねえな」
レインは立ち上がり、『ステラ・トゥルース』のシリンダーをカチャリと回した。銃身から放たれる星空の粒子が、部屋の空気を美しく、幻想的に照らし出す。
「カイル、お前が3階で見つけられなかったログ……それはデータが消失したんじゃねえ。現当主のハッカー野郎が、システムの裏に**『隠蔽』**をかけて偽装してやがったんだよ。普通の眼じゃ、どれだけ探しても見つからねえ仕様になってる」
「では、どうすれば……!」
「言っただろ、こいつの名前は『星空の真理』。世界の真実(ルート権限)を暴く銃だ。こいつのパッシブ効果(デバッグ機能)を使えば、隠された偽物のテクスチャを全部ひっぺがして、本物のログ(真実)を白日の下に晒すことができる」
レインは不敵に、そしてこの上なく凶悪に口元を歪めた。
「さあ、お膳立ては完璧だ。主人公。みんなが繋いでくれたこの仕様の隙を突いて――禁書庫の奥に隠された、あのクソ親父の致命的なバグ(証拠)を、力ずくでハッキングしにいくぞ」
「あぁ……! 行こう、レイン。俺たちの、本当の戦いを始めるために!」
二刀流を帯びた白銀の騎士と、星空の銃を携えた異端児。
二人は力強い足取りで隠し部屋を飛び出し、真実が眠る3階『禁書庫』のさらなる深淵へと、再び歩みを進めるのだった。




