第3章・第11話:鏡打ちの死闘
ガァァァンッ!!!
青白いログの光が舞う禁書庫の中央で、白銀の聖剣と漆黒の魔剣が幾度目かの激突を果たし、凄まじい衝撃波が周囲の空間を揺らした。
「くぁっ……!」
『どうした、踏み込みが浅いぞ! その程度の膂力で、私を……いや、名門イグノタフの絶対的頭脳であるこの私を越えられるとでも思ったか!』
火花を散らす鍔迫り合いから、カイル(闇)は一切の躊躇なく、剣の腹を滑らせてカイルの体勢を崩しにかかった。
カイルは咄嗟に後方へ跳んでその一撃を躱すが、着地狩りを狙うかのように、シャドウの鋭い踏み込みがすでに鼻先まで迫っている。
「――【閃光突き(ルミナス・スラスト)】ッ!」
『――【暗黒突き(シャドウ・スラスト)】!』
カイルが放った神速の刺突スキルに対し、シャドウは全く同じモーション、全く同じタイミングで漆黒の刺突を放った。
切っ先と切っ先が空中で寸分違わず激突し、互いの威力を完全に相殺して弾け飛ぶ。
そこから先は、瞬きすら許されない極限の高速戦闘へと雪崩れ込んだ。
ガキィィンッ! ギィンッ! カァンッ!!
「はぁぁぁぁッ!!」
『ふはははははッ!!』
右からの袈裟斬り、左からの斬り上げ、下段への払い、頭部を狙った飛び込み。
カイルが放つあらゆる一撃を、シャドウは全く同じ剣筋のカウンターで相殺する。逆にシャドウが放つフェイントを交えた連撃も、カイルは己の思考をトレースして完璧に捌き切る。
十合、二十合、三十合――。
残像が残るほどの超高速の打ち合い。二つの影が交差するたびに、白と黒の魔力の余波が空間に荒れ狂い、空中に浮かぶホログラムのログが激しいノイズを上げて明滅する。
(同じ力、同じ技……俺の次の動きを完全に読まれている……ッ!)
カイルは額に滲む汗を吹き飛ばしながら、目の前の「自分自身」と剣を交わし続けた。
筋力、敏捷性、魔力、さらには剣術の癖からスキルの選択(思考ルーチン)に至るまで。シャドウはカイルと完全に同一のデータで構成された、最悪の『ミラーマッチ(同キャラ対決)』。
自分が一手先を読めば、相手も全く同じ一手先を読んで防ぐ。終わりの見えない剣戟のループ。
だが、五十合を超えたその時――。
全く同じ思考を持つ二人は、**「これ以上小技を打ち合っても埒が明かない」**と同時に判断した。
ダァンッ!! と床を蹴り、互いに大きく後方へと距離を取る。
そして、全く同じタイミングで自身の剣を顔の前に真っ直ぐ立て、全身の魔力を限界まで刃へと集中させ始めた。
「すべてを斬り裂け……!!」
『すべてを平伏させろ……!!』
カイルの白銀の聖剣が、神々しいほどに眩い光のオーラを纏って巨大化する。
対するシャドウの漆黒の魔剣も、周囲の光をすべて喰らい尽くすような底なしの闇のオーラを立ち昇らせた。
イグノタフ侯爵家に代々伝わる、一撃必殺の絶対奥義。
「――【白銀の絶華】ェェェェッ!!」
『――【漆黒の絶華】ォォォォッ!!』
二人は床の石畳を粉砕するほどの踏み込みと共に、同時に最強の一撃を振り下ろした。
光の奔流と闇の奔流が、禁書庫の中央で真っ向から激突する。
ズドゴォォォォォォォンッ!!!!
世界が真っ白に染まり、次いで漆黒に塗り潰される。凄まじい魔力の竜巻が巻き起こり、周囲の本棚がミシミシと悲鳴を上げた。
互いの最大火力がぶつかり合う、極限の押し合い。
だが――その力の均衡が保たれたのは、わずか数秒だった。
『どうした? かつての圧倒的な剣の冴えはどうしたのだ! 平民に頭を下げ、泥に塗れ、くだらない罪悪感などというバグを抱え込んだ結果がこれか!』
シャドウが高らかに嘲笑した瞬間、漆黒の光が白銀の光を徐々に、しかし確実に押し返し始めたのだ。
「ぐっ、うおおおおッ!!」
カイルは必死に歯を食いしばり、魔力を振り絞る。だが、実の父親を殺してしまった罪の意識、そして「自分の誇りは偽物だった」という自己否定が、彼の剣からかつての『重み』を奪い去っていた。
対するシャドウにあるのは、かつてのカイルが持っていた**「自分はイグノタフ家の正当な後継者であり、世界で最も優れた天才騎士である」**という、揺るぎない絶対的な傲慢さだ。
その血筋の誇り(プライド)こそが彼に迷いを無くし、魔力出力にシステム上の強烈なバフ(上方補正)を与えていた。
『私こそが絶対だ! 私の剣は高潔にして最強! 偽者の言葉に踊らされ、己の価値を貶めた敗北者の剣など、私に届くはずがない!』
「あ、がっ……!!」
バキィィィンッ!!!!
ついに白銀の絶華が耐えきれずに砕け散り、圧倒的な漆黒の奔流がカイルの身体を飲み込んだ。
「がはっ……ぁッ!」
防ぎきれなかった衝撃波とシャドウの追撃の蹴りがカイルの腹部を的確に捉え、カイルの身体は床を派手に転がり、分厚い本棚の一つに激しく叩きつけられた。
『脆弱だな。真実を知って精神が成長した気でいるのだろうが、システム的な出力(DPS)で見れば、現在のお前はただの劣化版に過ぎない』
シャドウはゆっくりと歩み寄り、冷酷な白銀の瞳で見下ろしてくる。
『真実など知る必要はなかったのだ。お前はただ、私のように胸を張り、他者を見下し、名門の天才として君臨し続けていればよかった。……そうだろう?』
シャドウの突きつけてくる言葉は、甘く、そして恐ろしい誘惑だった。
罪悪感など捨ててしまえ。再びあの「何も知らなかった頃の傲慢な自分」に戻れば、この痛みも苦しみもすべて消え去る。
「……ははっ。確かに、お前の言う通りかもしれないな」
カイルは口の端から流れる血を手の甲で拭いながら、本棚を背にしてゆっくりと立ち上がった。
全身の骨が軋み、体力ゲージはすでに黄色から赤の領域へと足を踏み入れようとしている。
「お前の剣は重い。迷いがなく、傲慢で……過去の俺がどれだけ『自分が最強だ』と思い上がっていたかが、痛いほどよく分かる」
カイルは自嘲気味に笑った。
だが――その白銀の瞳の奥には、シャドウの誘惑に屈しない、静かで熱い炎が確かに灯り続けていた。
「でもな。お前のその強さは……誰かが書いた『偽物のシナリオ(設定)』の上でしか成り立たない、空っぽの強さだ。俺はもう、あの玉座の上で踊るつもりはない!」
『……理解の及ばぬバグ(エラー)め。ならば、その愚かな思想ごと、ここで完全にデリートしてやる』
シャドウの漆黒の魔剣に、これまでとは桁違いのどす黒い魔力が収束していく。
過去の傲慢なる自分を打ち破るためには、「同じ思考」の枠組みを超えた、新たな一手を自らの手で掴み取らなければならない。
カイルは深く息を吸い込み、限界を迎えた身体に再び魔力の火を灯し、絶対の自信を持って迫り来る己の闇へと聖剣を構え直した。




