第3章・第9話:星空の真理(ステラ・トゥルース)
「――さて、と。追っ手の第一陣は片付いた。ここから先は別行動だ」
セーフティエリアを出てすぐの分岐路。レインは黒銀の魔導銃を肩に担ぎながら、カイルに向かって顎をしゃくった。
「カイル、お前は偽物の親父を引きずり下ろすための『決定的な証拠』を探すんだろ? だったら、このまま3階の『禁書庫』を目指せ。あそこにイグノタフ家の過去のアクセス履歴が残ってるはずだ」
「レイン……お前は、どうするんだ?」
「俺か? 俺はちょっと野暮用を消化してくる。お前の護衛はここまでだ」
カイルはハッとして、その白銀の瞳に熱い感動の光を宿した。
「……そうか。お前が囮になって、この階の狂った防衛システムのヘイト(敵対心)を引き受けてくれるんだな。学園の鼻つまみ者なんて呼ばれているが、お前は誰よりも騎士らしい魂を持っている……。この恩は、一生忘れない!」
「あー、はいはい。死なない程度に頑張れよ、主人公さん」
カイルが深く頭を下げ、足音を殺しながら3階へと続く階段へ向かっていくのを見送りながら、レインは内心で盛大に呆れ返っていた。
(――んなわけあるか。誰が好んでお前の囮なんて引き受けるかよ。ただ単に、ここから先は俺の『プライベートな最高時給エリア』だから邪魔されたくねえだけだ)
カイルの姿が見えなくなったのを確認すると、レインは不敵な笑みを浮かべ、2階のさらに奥深く――重度のノイズが走る『廃棄書庫』のエリアへと足を踏み進めた。
館長が消失し、防衛システムが自動強化の暴走を起こしている現在の『時計塔の書館』。
世界の仕様の穴を突くウォーカー(レイン)の眼から見れば、ここは最高のデバッグステージだった。
「リミッターが外れて、エネミーの湧き制限が完全にバグってる。……つまり、条件さえ整えれば**『無限にレアアイテムを吐き出す極上のATM』**になるってことだ」
レインが目を付けたのは、本棚同士がポリゴン崩れを起こして複雑にめり込んでいるバグ空間。そこに身を潜め、先ほど処刑人をハメたのと同じ『違法音響スクロール』を通路の中央にセットする。ピピッ、ピピッ、という規則的なノイズが静寂を切り裂いた。
空間の亀裂から次々とエネミーが生成されるが、奴らはレインが隠れているバグ本棚の「見えない壁」に引っかかり、一歩も前に進めずガクガクと不自然な歩行モーションを繰り返すだけのカカシと化した。
「そんじゃ、最高速のファーミングといくか!」
レインはコートの裏から引き抜いた黒銀の魔導銃の引き金を、瞬きすら置き去りにする速度で連続して引いた。
――ズドガガガガガンッ!!!
放たれた数十発の魔弾は、本棚の鉄枠や石畳の床を「踏み台」にして直角に跳ね返り(リバウンド)、見えない壁に群がるエネミーたちの弱点へ、全方位から降り注ぐ流星群のように突き刺さる。
敵が砕け散るたびに、『欠けた魔力核』や『呪詛の古金貨』といった特上素材が、雨みたいに床にばら撒かれていく。
100体、200体――システムの限界を超えた討伐数が蓄積された、その時だった。
――ピキキキィィィン!!!!
空間が、悲鳴を上げた。
周囲の空気が黄金色に染まり、床のアイテムが重力異常を起こしてフワフワと浮き上がる。重度の空間亀裂の中から、**「それ」**は出現した。
全身が純度100%の黄金の歯車と、星の瞬きを閉じ込めたような虹色のクリスタルで構成された、神々しいまでの魔獣。
「嘘だろ……。システムが乱数調整をバグらせた結果、ドロップテーブルの底の底から引きずり出されてきやがったのか……!」
それは、プロウォーカーの間で都市伝説と語り継がれる、出現率0.000001%の究極のレアmob――『黄金の宝箱虫』。その身に宿すドロップは、小国の国家予算に匹敵するとさえ言われる「歩く金庫」だ。
ミミックは、周囲の異常な惨状とレインの姿を察知するや否や、フレームそのものをすっ飛ばすような『瞬間移動』で超高速の逃亡を図る。
「逃がすかよ、俺の特大ボーナスが!」
レインの脳内で極限の演算が弾き出される。彼はミミックの本体を狙わない。シリンダーを限界突破するまで回し切り――ミミックの逃走ルートの真上、**数百キロの重量を誇る巨大な鋼鉄のシャンデリアの『根本の鎖』**に向けて、渾身の跳弾を放った。
キィィィン!!
完璧に鎖が粉砕され、重力という絶対の物理法則に従って、鋼鉄の塊がミミックの頭上へと正確無比に直撃した。
ドッゴォォォォォォン!!!!
「ハッ……。どんなに素早かろうが、世界のオブジェクトの落下判定からは逃げられねえよ」
土煙が晴れた後。砕け散ったミミックの跡地には――周囲の空間そのものを歪ませるほど眩い、虹色の光(URエフェクト)を放つ手のひらサイズの結晶と、大量の黄金のインゴットが山をなしていた。
「……は?」
レインは黒銀の銃を下ろし、ポカンと間抜けな声を漏らした。
いつもは不敵な余裕を崩さないウォーカーの顔面グラフィックが、この時ばかりは完全にフリーズしている。
「……嘘、だろ。おいおいおいおい、マジかよ……ッ!!」
ガクガクと震える手で、その虹色の結晶を拾い上げる。その奥で絶え間なく流れるソースコードのような光の瞬きを見た瞬間、レインの全身に鳥肌がブワッと粟立った。
「『真理の結晶』……! 存在確率0.000001%どころじゃねえ、運営の管理者権限ですらドロップさせられないって噂の、究極のバグ遺物じゃねえか!!」
限界まで目を見開き、レインは天を仰いだ。そして、歓喜のあまり顔を両手で覆い、肩を震わせて爆笑し始めた。
「っははははは! 傑作だ! クソッタレな自動強化システムが乱数を狂わせた結果、ドロップテーブルのエラーの向こう側から引っこ抜いてきやがった!! 特大ジャックポットなんてレベルじゃねえぞこれ!!」
普段のクールな仮面を完全にかなぐり捨て、今にも歓喜のダンスでも踊り出しそうな限界ゲーマーのテンションで、レインは超絶レアアイテムをインベントリへと狂ったように掻き込んだ。
(落ち着け、俺。この結晶を今の銃に組み込めれば、とんでもないチート武器が完成する。……だが、俺の現地改造で適当に繋げば、最悪フレームごとクラッシュしかねねえ。ここは絶対のプロに外注させてもらうぜ)
レインはホクホク顔で鞄を叩くと、転移スクロールを破り捨て、王都の地下街へと一時帰還した。
「――ブッッッ!?」
湿った裏路地と怪しげなネオンが光る地下街。その最奥に店を構えるジャンク屋『黒い歯車』。
地下工房のカウンター越し、レインが事もなげに置いた虹色の結晶を見た瞬間――義眼のオヤジが咥えていた極太の葉巻が、ポトリと床に落ちた。
「お、おおおお前、これ……ッ!! ま、ま、ま、『真理の結晶』じゃねえかァァァッ!?」
バンッ!! とカウンターを叩き割りそうな勢いで身を乗り出し、オヤジは絶叫した。残った片側の目玉は血管がブチ切れそうなほど見開かれている。
「バカ野郎、こいつは国宝とかそういう次元じゃねえ! 『世界の真理』そのものを内包した究極の特級素材、神のバグ遺物だぞ!? 一欠片で小国が買えるレベルのモンを、なんでお前がポッケから無造作に出してきやがるんだ!? どこでこんなもん拾ってきた!?」
「無限湧き(リポップ)のバグ穴で乱数調整して引いた。仕様はいい、オヤジ。こいつをこの銃のコアに上書きインストールしてくれ」
「アタマおかしいんじゃねえかお前はァ!!」
オヤジは頭を抱え、ゼェゼェと激しく息を切らした。
「簡単に言ってくれるぜ……! これだけのエネルギーの塊を素の銃に叩き込むなんて、一歩間違えりゃ俺の工房どころか、この地下街ごと消滅しかねねえんだぞ……!! 完璧に調整するなら、最低でも丸3日以上はつきっきりで作業しねえと無理だ!」
オヤジは滝のような冷や汗を流し、手がガクガクと震えていた。だが――その義眼の奥では、一流の職人としての業がギラギラと燃え上がり始めていた。
レインが黄金のインゴットを「作業代と迷惑料、あと工房の保険代だ」と山のように積むと、オヤジは震える手で結晶を抱え込み、「……4日後の朝に来い! 絶対に死んでも完成させてやる!」と叫び、工房の奥へと引っ込んでいった。
武器の完成を待つ3日間。
レインは『黒い歯車』の周辺を拠点に、地下街でウォーカーらしい優雅な待機時間を過ごしていた。
薄暗い地下酒場のVIP席。レインは、分厚い地下水牛のステーキをナイフで切り分けながら、壁に貼られた自分たちの手配書を眺めていた。
「んー……。やっぱ、毎日購買の『素もやし炒めパン』を囓ってた身には、肉のテクスチャと脂の風味が沁みるぜ……」
黄金のインゴットを裏ルートで換金し、一時的な大富豪となっていたレインは、ここぞとばかりに豪遊していた。周囲には、高額な賞金首の手配書を見て色めき立つガラの悪い賞金稼ぎや暗殺者たちがうろついている。だが、認識阻害用のフード(光学迷彩)を目深に被ったレインに気づく者はいない。
(どいつもこいつも、索敵アルゴリズムが単調だな。視線の振り幅、歩行ルートのパターン……地下のモブは所詮モブだ。表の騎士団よりよっぽどAI(知能)レベルが低くて助かるぜ)
赤ワインのグラスを揺らしながら、レインは地下のならず者たちの挙動(仕様)を観察し、ブラインド(死角)を縫って歩く優越感を楽しんでいた。3日間の地下散策は、最高の食事と、敵陣営の末端ネットワークの把握という有意義な時間となった。
そして、約束の4日目の朝。
『黒い歯車』の地下工房。
徹夜続きで目の下に濃いクマを作り、寿命が10年は縮んだような顔をしたオヤジ。だが、その義眼と残った片目は、狂気じみた歓喜の光でギラギラと燃え盛っていた。
「ヒッ、ヒヒヒ……ッ! 出来たぜ、見やがれェ!! 俺の人生……いや、神の領域すら凌駕した、究極の最高傑作だァァァッ!!」
ドンッ!! とカウンターに叩きつけるように置かれたのは――かつての鈍い黒銀のフォルムはそのままに、銃身の魔力回路に星空のような虹色の『真理の輝き』が脈打つ、美しき魔導銃だった。
「さっそく試し撃ち(デバッグ)させてもらうぜ」
レインは地下工房に併設された射撃場へ立ち、真新しい魔導銃を構えた。
だが、その銃口が向いているのは、奥にあるターゲットの的でも、壁でも、床でもない。**「何もないただの空中」**だった。
「おいおい、どこ撃ってやがる――」
オヤジが静止するより早く、レインは引き金を引いた。
――ズドン!!
放たれた魔弾が、何もない空を飛んでいく。だが次の瞬間、弾丸の軌道上の空気が「カキィィン!」とガラスのような澄んだ音を立てて硬質化。
空中に、虹色のソースコードが幾何学模様を描き出し、ステンドグラスのように美しく輝く六角形の**『見えない壁(仮設コリジョン)』**が一瞬にして生成された。
弾丸はその美しき光の壁を強烈に蹴り上げ、物理法則を完全に無視して直角に鋭く跳ね返る。その際、仮設コリジョンがパリンッと砕け散り、キラキラと星屑のような光の粒子(URエフェクト)となって空間に舞い散った。
跳ね返った魔弾は、背後の死角にあったターゲットの的を正確に撃ち抜く。
「なっ……!? 空中に、反射点を作っただと……!?」
オヤジが今度こそ顎を外したように驚愕する。
「……ハッ、最高だ。何もない空中に、強制的に『壁があるという真実』を書き込んだのか。これならもう、反射先のオブジェクトを探す必要すらねえ。360度、全方位からのオールレンジ跳弾が可能になったぜ」
レインは空間に舞う光の粒子を浴びながら、凶悪な笑みを浮かべてシリンダーを回した。
「それだけじゃねえぞ、レイン」
オヤジが震える声で補足する。
「その『真理の結晶』は、お前の身体を巡る魔力回路にも自動でアクセスしてる。真理(ルート権限)の力だ。……これから先、どんな強力な『精神汚染』や『洗脳』、『幻覚バグ』を食らおうが、その結晶が**『偽りのデータ(アクセス)』として完全に弾き返す**。お前はもう、システム的な状態異常を一切受け付けねえ絶対抗体を手に入れたんだよ」
「……なるほどな」
レインは脈打つ虹色の銃身を軽く撫でた。
何もない空中から死角を突く変幻自在のハメ技(跳弾)と、あらゆる精神攻撃を無効化する絶対の盾。
「なぁ、レイン」
興奮冷めやらぬ様子のオヤジが、ニヤリと笑って言った。
「こいつはもう、ただの『黒銀の魔導銃』なんてチンケな呼び名じゃ収まらねえ。世界で唯一のUR装備だ。持ち主のお前が、相応しい名前をつけてやってくれや」
「名前、ね」
レインは銃を弄び、ふと宙を見上げた。
先ほどの跳弾の際に砕け散った『見えない壁』の残滓が、まだ空中でキラキラと星空のように輝きながら舞い落ちている。
何もない空に、美しい星屑の軌跡を描き出し、すべての嘘や洗脳を弾き返す絶対のルール(真理)。
「……なら、こいつの名前は決まりだな」
レインは満足げに唇を吊り上げ、最強の相棒へとその名を授けた。
「――**『星空の真理』**だ」
「ヒッ、ヒヒ! 違いねえ、極上の名前だ!!」
オヤジの狂喜の笑い声を背に受けながら、レインは星空の輝きを放つ『ステラ・トゥルース』をコートの裏に収めた。
さあ、これ以上ない特権階級装備は完成した。カイルをハメた『洗脳バグ』の元凶をぶっ潰すため、レインは再び時計塔の書館へと足を向けた。




