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【祝600PV突発!】書館のウォーカー   作者: ジョニ男
第3章 受難

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第3章・第8話:希望のセーフティエリア

「おい、立てるか。いつまでも床のテクスチャを眺めてんじゃねえよ」

レインは震えるカイルの腕を乱暴に掴み上げると、そのまま2階の本棚の隙間に隠された小さな小部屋へと逃げ込み、頑丈な隠し扉を背後でピチリと閉ざした。

そこは、おどろどろしい2階の回廊とは完全に隔離された、奇妙な空間だった。

広さはわずか数畳ほど。煤けた小さな暖炉がパチパチと頼りない音を立てており、古い木製の机と椅子、東北の一角にはすっかり使い込まれた一脚の布張りソファが置かれている。壁の脈動もここまでは届かないようで、レンガはただの静かな石の壁に戻っていた。システム的に一切の攻撃判定コリジョンが侵入できない、絶対不可侵の『セーフティエリア』だ。

ソファの前にヘタり込んだカイルは、白銀の聖剣を抱え込むようにして、激しく肩を揺らしていた。

「なぜ……なぜ俺を助けた、レイン……。俺は、人殺しだぞ……!」

カイルは血の気の失せた顔を歪め、堰を切ったように真実を吐露し始めた。

現在のイグノタフ当主が父親を殺して成り代わった『偽物』であること。そして幼いカイル自身が、洗脳バグによって実の父親を「悪党」だと思い込まされ、その背中を短剣で刺してしまったこと。さらに記憶が戻った途端、何も知らない実家の私兵たちに「裏切り者」として追われていること――。

「俺の血筋も、プライドも……全部、あの男に仕組まれた偽物だった……! 俺は仇を親と仰いで生きてきた、ただの人形だったんだ……ッ!」

床に涙をこぼすカイル。その痛切な叫びを聞き流しながら、レインは部屋の隅にある床板を慣れた手つきでパカリと開けていた。

「ハッ、くだらねえ。……おっ、残ってたな」

レインが床下から取り出したのは、丁寧に布で包まれた小瓶と携帯用の小さな魔導コンロだった。以前、シエルがここに隠していた『最高級の干し肉と特製アッサムの茶葉』のセットだ。

レインは手際よくコンロに火をつけ、水筒の水を沸かし始めた。パチパチと暖炉の火が爆ぜる音に混じって、たちまち部屋の中に芳醇な紅茶と、塩気のある肉の香りが広がっていく。

「ほらよ、飲め。器はそこの箱に入ってたブリキのマグカップで我慢しろ」

「……え……?」

涙と絶望で顔をぐしゃぐしゃにしていたカイルが、なみなみと注がれた温かい紅茶と、香ばしい干し肉を渡され、思わずぽかんと呆けた声を出す。

温かいアッサムティーと肉の旨味が胃の腑に落ちると、凍りついていたカイルの心核コアが、ほんの少しだけ融解していくのを感じた。

それを無表情で見下ろしながら、レインの脳内ではある予想図グラフィックが完璧に再生されていた。

(――あーあ、これ絶対、後でシエルにバレたらめちゃくちゃ怒るやつだ。『ちょっとレイン! 私の最高級干し肉と特製アッサムティーを、なんでよりによってあのお高くとまった騎士様に振る舞ってんのよ!』って、ほっぺた膨らませて文句言ってくるのが目に見えるぜ……。まぁ、後で購買の安いもやし炒めパンでも奢って機嫌直してもらうか)

シエルの可愛らしく怒る姿を想像し、内心で呆れたように肩をすくめたレインだったが――表向きの顔面グラフィックは一切崩さない。

「洗脳されて動かされただけのログを、いちいち自分の罪だと抱え込んでんじゃねえよ。それはお前の意志コマンドじゃねえ、他人が書いたクソコードだろ」

レインは自分のマグカップの縁を啜りながら、極めてクールに鼻で笑った。

「俺はお前みたいなお坊ちゃんの事情には興味ねえが……他人が組んだ『カイルをハメ殺す』っていう完璧なシステムを見ると、どうしてもその仕様をブチ壊したくなるタチなんだよ」

カイルは目を見開いた。ただの天邪鬼な、世界の仕様への反逆。だがその傲慢な言葉と不器用な食事が、崩壊しかけていたカイルの心を確かに繋ぎ止めた。

その時、隠し扉の向こうから、ガシャガシャと重々しい駆動音が響いてきた。

「――チッ。検知ログを辿るのが早かったな。総勢6人、うち1人が隊長か」

(やれやれ、これじゃゆっくり茶も飲めねえな)と内心でぼやきながらレインが立ち上がる。

「動けるな、カイル。ここの初見殺しギミックを『ハメ技』として当てて、兵たちを無力化していくぞ」

「……あぁ、了解だっ!」

カイルは迷いを断ち切り、聖剣を握り直して立ち上がった。

レインが隠し扉を蹴り開けると同時に、通路からイグノタフの兵たちが突入してきた。

まずは先頭の俊敏な軽装歩兵2人。

レインは天井の『注視のランタン』の吊り金に向けて跳弾を放ち、2人の目の前に巨大な眼球を落下させる。視線コードの暴走による完全バインド(硬直)。カイルがすり抜けざまに関節部を打ち据え、無傷のまま2人を気絶させた。

「よし、次はあの重装の盾兵2人だ! カイル、あの普通のドアを開けて敵を誘い込め! ただし、『避けた後は2歩で止まれ。絶対に3歩目は踏むなよ』」

「な、何だか分からないが分かった!」

カイルは突進し、盾兵たちの目の前にある扉の取っ手を掴んで勢いよく手前に引き開けた。

――その、瞬間だった。

ゴオォォォォン!!!

扉を開けたのと同時に、左右の壁(本棚)が、まるで巨大なハエ叩きのように猛烈なスピードで中央に向かって倒れ込んできた。

カイルは指示通り即座に横の死角に飛び込んだが、突進してきた盾兵2人はまともに挟まれた。

「ぶふっ!?」

「な、なんだこの罠は――ッ!?」

強固な盾のおかげで即死ペシャンコは免れたものの、両側から派手にビンタを食らったような状態になり、2人はたまらずフラフラと**「1歩」**後ろへ後退した。

それを避けたと思った瞬間。

今度は**「天井」**から、巨大な鉄板がもの凄い勢いでドスン!!!と垂直に落下してきた。

「ごべぁっ!?」

頭頂部に鉄板のクリーンヒットを食らい、盾兵たちは目玉を白黒させながら、たまらずさらに**「もう1歩(合計3歩目)」**後退してしまった。

――ドンッ!!

3歩目の床を踏んだ瞬間、今度は床下のレンガが跳ね上がり、凄まじい威力の**『アッパーカット』**を彼らの顎下に叩き込んだ。

「あべぇぇぇぇっ!?」

重甲冑の2人は空高くカチ上げられ、空中でコミカルに錐揉み回転した後、頭からプランターのように床に突き刺さってピクピクと足を痙攣させた。

「見事な3段コンボ(初見殺し)だ。盾兵、処理完了」

レインが呆れ半分で拍手をする。カイルもあまりの光景に一瞬だけ素の顔でドン引きしていた。

残るは、大剣を振りかざして突進してくる隊長格の男と、その補佐の2人。

(あいつは……幼い頃、俺に剣を教えてくれたこともある、忠義の兵だ……!)

迫る師の刃。だがその背後から、レインの放った違法音響スクロールの「ピピッ」というノイズに釣られ、1階から上がってきたボス『処刑人エグゼキューショナー』が姿を現した。巨大な断頭斧が、隊長たちを目がけて振り下ろされる。

「危ない……っ!」

カイルは咄嗟に隊長とその部下を思い切り突き飛ばし、身を挺してかつての師を救うと同時に、すれ違いざまに2人の甲冑の「魔力供給バイパス」を聖剣の切っ先で正確無比に切断した。

空を切った断頭斧が轟音を立て、処刑人はそのままレインの無限ノイズの罠にハマってタスクオーバー(フリーズ)を起こす。

供給を絶たれた魔導甲冑が強制停止し、隊長とその部下はその場に頽れた。

「カイル、様……なぜ、裏切り者のはずのあなたが……私を……」

バイザーの奥の瞳には、カイルへの純粋な困惑が宿っていた。

「すまない……。だが、俺は絶対に裏切ってなどいない。必ず、本当の真実を証明してみせる」

カイルは小さく呟き、静まり返った回廊で血に汚れた聖剣を鞘へと収めた。

防衛システムという「世界のルール(初見殺し)」と、レインの「知略ハック」、そしてカイルの「騎士の技量」。そのすべてが噛み合った即席のハメ技の前に、名門イグノタフの精鋭6人は、誰一人として命を落とすことなく、無力化された。

騙されていたとはいえ、かつての部下たちを倒した苦い罪悪感は残る。だがそれ以上に、彼らを弄んだ偽物の当主への怒りが、カイルの胸中で静かに、しかし烈火のごとく燃え上がっていた。

「レイン、俺は……あの偽物を許さない。イグノタフの血筋の誇りにかけて、必ず奴をあの玉座から引きずり下ろす」

「勝手にしな。俺はただ、あのクソ親父のハメ技の仕様が気に入らないだけだ」

レインはマグカップの底に残っていた最後の一滴を飲み干すと、書館のさらに奥、まだ見ぬバグの深淵へと足を進めた。

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