閑話その2:湯上りのお嬢様と、マナーの答え合わせ
外地実習から無事に帰還し、レインとの「焼き鳥屋」での密会を終えた、その日の深夜。
バレンシュタイン私邸の豪奢なバスルームから、ふわりと上質な薔薇の香気とともにエレナが姿を現した。
湯上がりの彼女は、薄手のシルクのナイトウェアを身にまとっている。騎士服や昼間の私服ブラウスという「枷」から完全に解き放たれたその相変わらずの爆乳は、形を崩さぬまま、薄い生地を持ち上げてたわわに、そして圧倒的な質量感をもって存在を主張していた。
湯気に蒸されて桜色に上気した白い肌、そして少し潤んだコバルトブルーの瞳。髪をバスタオルで拭きながら、エレナはどこか上の空で、ソファーへとなだれ込むように腰を下ろした。
「お嬢様、お疲れ様でございました。温かいハーブティーを淹れましたよ」
髪を乾かすために控えていた専属侍女のマルタが、静かに近づく。その手元を見ながら、エレナは小さく「ありがとう、マルタ……」と呟いたが、その視線はまだどこか遠くを彷徨っていた。
マルタは丁寧にタオルで彼女の豊かな髪を解きながら、声音を変えずに問いかけた。
「……して、お嬢様。例の『いざかや』とやらの視察は、いかがでしたか?」
「――っ!」
その単語が出た瞬間、エレナの身体がびくりと跳ねた。
背筋がピンと伸び、その動作に合わせて豊かな双丘がナイトウェアの下でフルフルと細かく揺れる。
「そ、それなのですけれど、マルタ! 私、事前の予習は完璧だったはずなのです。資料にあった通り、席に着くなり『とりあえず、なま』と言おうと呼吸を整えていたのですわ!」
「はあ。それで、仰ったのですか?」
「いいえ……」
エレナは急にシュンと肩を落とし、ハーブティーのカップを両手で包み込んだ。
「レイン君が、『無理してビールにしなくていいぞ』と、私の体調や魔力循環を気遣って、果実酒のソーダ割りというものを頼んでくださったのです。……その、殿方からそのような細やかな配慮をいただくのは初めてで、その時点で少し、混乱してしまいまして……」
赤くなった頬を隠すように、エレナはカップに口をつける。
「それに、あの世界の国産鶏……『やきとり』ですわ。資料には『横からガブッといくのが粋』と書いてありましたから、私も意を決して横から齧り付きましたの! 確かに弾力があって、じゅわっと旨味が溢れて、信じられないほど美味しかったのですけれど……」
エレナは思い出すだけで胸が高鳴るのか、ナイトウェアの生地がはち切れんばかりにぐっと胸を張った。
「私が夢中で食べていると、レイン君が急に顔を真っ赤にして、ウーロン茶をもの凄い勢いで煽るのですわ。お部屋の温度が高かったとおっしゃっていましたが……私、何か無作法をして、彼を怒らせてしまったのでしょうか?」
(……いえ、お嬢様。怒ったのではなく、目の前の凶悪な果実の暴力に、その平民の少年は必死に理性を保っていただけかと)
マルタは心の声を完璧に押し殺し、努めて冷静に髪を梳かし続ける。
「お嬢様、それは単にお部屋が賑やかで、熱気が籠もっていただけでしょう。不作法など、誰も気に留めませんよ」
「そう、でしょうか……? あと、手羽先という料理も、骨の隙間の肉を引きちぎるように吸うのだと教えられ、その通りにいたしましたの。ですが、そのあたりからレイン君、ずっと目を泳がせて私と視線を合わせてくださらなくて……。やはり、お嬢様らしくない野蛮な食べ方だと、幻滅されてしまったのでは……」
不安そうにコバルトブルーの瞳を揺らし、上目遣いでマルタを見上げるエレナ。
普段の凛々しい風紀委員長の姿はどこにもない。そこにあるのは、お酒の熱も手伝って、ただただ「好きな男の子にどう思われたか」を気にしてドギマギしている、恋する乙女の顔だった。
「……ところで、マルタ」
エレナはさらに声を潜め、恥ずかしそうに指先を弄んだ。
「その後の記憶が……少し、曖昧なのですわ。気がつけば自室のベッドの上でしたの。私は一体、どのようにして帰ってきたのかしら?」
マルタの手が一瞬、ピタッと止まった。
脳裏をよぎるのは、深夜、平民の少年に文字通り「おぶられる」ような形で、べったりと胸を押し付けたまま幸福そうに眠りこけていた主の姿。そして、それを親の仇のように睨みつけた自分の記憶。
「……レイン様が、お嬢様を私邸の門前まで送り届けてくださいましたよ。それはもう、非常に『大切そうに』、抱えるようにして」
「まぁ……! レイン君が、私を……?」
エレナの顔が一気に耳まで真っ赤に染まる。両手で顔を覆うが、その隙間から覗くコバルトブルーの瞳は、これ以上ないほど嬉しそうに輝いていた。
「やっぱり……レイン君は、最高のウォーカー(相棒)ですわ……」
トロンとした目でベッドへともぐり込み、枕をぎゅっと抱きしめるエレナ。その拍子に、豊かなバストがベッドに押し潰されて肉感的な音を立てるが、本人はもう夢心地だ。
その無防備極まりない愛娘のような主の姿を見つめながら、マルタは小さくため息をつき、部屋の明かりを落とした。
(あの平民の少年……手を出さなかったことだけは評価してあげましょう。ですが、次にお嬢様をあのような安酒場へ連れて行くことがあれば……今度こそ、我がバレンシュタインの私兵で学園ごと叩き潰しますわ)
暗がりの中、お嬢様の甘い寝息だけが、静かに部屋に響いていた。




