第2章・第13話:記憶
「ぜぇ……っ、はぁ……っ! み、見たまえ……私の華麗なるステップを! 奴らの攻撃など、私の前では止まって見えるわ……っ!」
膝に手をつき、滝のような汗を流しながらも、カイルはどうにかドヤ顔を作って言い放った。
先ほどまでの、悲鳴を上げながら暗黒の回廊を駆けずり回っていた情けない逃走劇を「華麗なるステップ」と言い張るエベレスト級のプライドには、もはや清々しさすら覚える。
「はいはい、MVPはお前だよ大天才。最高のデコイ(盾)だったぜ」
「誰がデコイだ! 私は高潔なる騎士として――」
ギャンギャンと抗議するカイルを適当にあしらいながら、レインは魔導銃のセーフティをかけた。
シエルも周囲の安全を最終確認し、小さく頷く。地下3階層を支配していた『編み物の亡霊』が消滅したことで、この空間を歪めていた異常な魔力濃度は潮が引くように薄まっていた。
「……さて。邪魔なボスも消えたことだし、そろそろ本番に行こうぜ」
レインの言葉に、エレナが小さく息を吸い込み、真剣な表情で頷いた。
「ええ。ここからが、私たちがこの地下書館の深淵に潜った本当の理由……表向きは『外地実習』という名目で隠された、真の任務ですわ」
エレナの視線が、暗黒の回廊のさらに奥――亡霊が守るように塞いでいた、巨大な石扉へと向けられる。
そう、彼らがここにいるのは、単に地下書館のボスを倒すためではない。他国のスパイが潜入してまで狙い、そして学園側が『外地実習』という大義名分を使ってまでエレナたちに調査・防衛を命じた最高機密。
それが、この地下3階層の最奥に眠る**【真実の碑文】**である。
「他国のスパイは道中のトラップで勝手に死んでたが、帝国がこの碑文を狙っているという事実は変わらねえ。それに、エネルギー問題の鍵もそこにあるんだろ」
「はい。このまま放置すれば、いずれ学園……いいえ、この国の根幹に関わる事態になりかねません」
いつの間にかすっかり体力を回復させたらしいカイルが、再び眩しすぎるランタンを掲げて先頭を歩き出す。巨大な石扉をシエルの魔法鍵で解錠し、一行はその最奥の間へと足を踏み入れた。
◇
「……これは、すごい魔力ね」
シエルが思わず感嘆の声を漏らした。
ドーム状に開けた巨大な空間。その中央に、周囲の空気を震わせるほどの荘厳な魔力を放つ、漆黒の巨大な石版が鎮座していた。表面には解読不能な古代文字がびっしりと刻み込まれており、文字の隙間を縫うように、淡い青色の魔力光が脈打つように流れている。
エレナが碑文にそっと手を伸ばし、その表面を見上げる。
「碑文というからただの石版かと思っていましたが……これは違いますわ。地下の巨大な地脈を束ね、循環させる『心臓部』……。学園のエネルギー源という小さなスケールではありません。この碑文こそが、『国のエネルギー源』そのものですわ」
「学園の地下に隠しとくにはデカすぎる代物ってわけだ」
レインが周囲の巨大な魔力回路を見渡しながら、呆れたように息を吐く。
「他国のスパイがトラップまみれのクソゲーに突撃してまで狙うわけだぜ。この碑文の制御を奪えば、国のエネルギーの首根っこを握れるんだからな」
「だが、それだけではないようだな」
カイルがエレナの隣に立ち、目を細めて碑文の基部に刻まれた文字の配列を指差した。
「見たまえ、エレナ。この碑文の基部に刻まれた文字の配列……我がイグノタフ家に伝わる古代魔術の暗号と酷似している。なぜ、我が一族の失われた『術式』がこんな国家の心臓部に組み込まれている……?」
カイルが誰にも明かしていなかった「書館での探し物」の片鱗が、ここで初めて言葉となって漏れ出た。彼が平民を見下しながらも、危険な地下書館へ足繁く通っていたのには、イグノタフ家次期当主としての明確な目的があったのだ。
一方、プロウォーカーであるシエルは、碑文の魔力構造をより深く調べるために『解析の魔法鍵』を取り出し、虚空でカチリと回した。その瞬間、彼女の美しいアメジストの瞳が驚愕に見開かれる。
「……嘘でしょ。これ、ただのエネルギー施設じゃないわ!」
「どういうことだ、シエル?」
レインが眉をひそめて問うと、シエルは唇を震わせながら碑文を睨みつけた。
「この魔力回路の奥底に隠された構造……間違いないわ。私の兄の記憶を奪った、闇の家系の『精神干渉術式』と全く同じ基盤が組み込まれている。つまりこの碑文は、国のエネルギーを管理すると同時に、膨大な情報を記録し、抜き取り、保管するための……超巨大な**『記憶の貯蔵庫』**よ!」
その言葉が響いた瞬間だった。
――ジィィィィィィッ……!!
「っ……!?」
レインのポケットの中で、冷酷なまでに昏い『謎の結晶(データ構造体)』が、突如として激しいノイズを上げ始めた。
今まで触れても何の温もりも、魔力すらも伝わってこなかった結晶が、まるで心臓のようにドクドクと脈打ち、火のように熱を帯びる。ただ禍々しいノイズを放つだけだった謎のアイテムが、確実にこの碑文に反応していた。
「おい、レイン! お前の懐で何が光ってるんだ!?」
「チッ……! 下がれ、お前ら!!」
レインがポケットから結晶を引き抜いた瞬間、結晶から放たれた禍々しい漆黒のノイズが、空中でバチバチと火花を散らして【真実の碑文】へと一直線に伸びた。
『――ピピッ。未登録のデータ構造体の接近を検知』
『――認証コード:不明。照合:失敗』
碑文の表面を流れていた淡い青色の魔力光が、一瞬にして警告を示す「赤」へと染まり上がる。
そして、古代文字が刻まれていたはずの石版の表面に、レインにしか理解できない「システムログ」のような無機質な文字列が、ホログラムのように空中に展開された。
「おいおい……ファンタジーの世界観に、露骨な電子インターフェースのお出ましじゃねえか。このクソゲー、どんだけ設定がバグってんだよ」
レインは冷や汗を流しながら、手の中で暴れる結晶を必死に抑え込む。
だが、昏き結晶と碑文の『共鳴』は止まらない。手元の結晶が、国の心臓部たる碑文のシステムに強制的にハッキングを仕掛けているかのように、赤い文字列が高速で書き換えられていく。
「レイン! この碑文、中の『記憶データ』を外に強制排出しようとしているわ! 気をつけて!」
「シエルの言う通りですわ! 何かが……来ます!」
エレナが即座に騎士剣を抜き放ち、カイルも儀礼剣を構えてレインを庇うように前に出る。
『――防衛機構、沈黙』
『――プロテクト、強制突破。内部アーカイブの視覚化を開始します』
碑文から発せられた無機質な音声と共に、強烈な光がドーム全体を包み込んだ。
それは物理的な攻撃ではない。碑文という名の「記憶の貯蔵庫」に封じられていた、過去の情景――誰かから奪われ、国のエネルギー源に還元されていた『記憶』の奔流が、空間そのものを上書きしていく現象だった。
光の中で、レインの手にある昏き結晶が、その幻影のデータを貪るように吸収して黒い輝きを増していく。
「……見ろ。景色が変わるぞ」
レインが呟いた先で、地下3階層の冷たい石壁が消え去り、全く別の情景が浮かび上がった。
それは、燃え盛る炎に包まれた豪奢な屋敷と、血まみれで倒れる一人の高潔な騎士。そして、その傍らで泣き叫ぶ「幼い頃のカイル」の姿だった。
「なっ……!? これは、父上……? なぜ、私がずっと探していた『あの日の記憶』が……!」
幻影を見たカイルの顔から、血の気が一気に引いていく。
国の心臓たる【真実の碑文】に隠された秘密と、昏き結晶が引きずり出した「過去の真実」。外地実習という名目で訪れた任務は、ここからキャラクターたちの根幹と国家の闇に迫る、残酷なメインシナリオへと分岐しようとしていた。




