第2章・第12話:連戦の終戦
「……このままじゃ、前衛の二人がジリ貧で削り殺されるな」
迫り来る『処刑人』のぬいぐるみの頭部を魔導銃で吹き飛ばしながら、レインは冷徹なゲーマーの目で戦況全体を俯瞰していた。
床一面に広がり、機動力を奪う『白い糸』。
触れた瞬間に部位の操作権を奪う、必殺の『黒い糸』。
(典型的な『床ダメ(ダメージ)&即死ギミック』の複合ボスだ。だが、どんな理不尽なクソゲーにも必ずシステムの穴(抜け道)がある)
レインの脳内で、戦場という名の盤上のピースがカチリと組み合わさった。
「シエル! 雑魚処理のやり方を変えるぞ! 倒さなくていい、空間に『施錠』して空中に固定しろ! 亡霊に向かって一直線にな!」
「……っ、なるほど! そういうことね!」
レインの意図を即座に理解したシエルが、見事なプロポーションを躍動させて前線へと飛び出す。
地下書館の暗闇の中、彼女の象徴である鮮やかなアメジスト(紫水晶)の髪がしなやかに揺れ、切れ味の鋭いアメジストの瞳が冷徹に戦況を捉えていた。
シエルは飛びかかってきた『猟犬』の顎を鋭く蹴り上げると、その空中に浮いた身体に魔法鍵を突き立てた。
「空間、施錠!」
ガチャンッ!
猟犬のぬいぐるみが、床から2メートルほどの高さの空中で完全に静止する。美しく妖艶にきらめくアメジストの瞳にプロウォーカーとしての確かな実績を宿らせ、シエルは流れるような動きで『処刑人』の巨体も蹴り飛ばし、階段状になるように次々と空中に固定していった。
「お膳立てはできたわよ、レイン!」
「上出来だ! おい、エレナ!」
レインの鋭い声が、黒い糸の猛攻に防戦一方となっていたエレナの耳に届く。
「白い糸が厄介なら、床を歩かなきゃいい! シエルが作った『ぬいぐるみ(足場)』を跳んで、空中から奴の懐に潜り込め!」
「……っ、承知いたしましたわ!」
エレナの目に、強い光が宿った。
彼女は「脳筋」と称されるほどの圧倒的な身体能力で地を蹴ると、シエルが空中に固定した猟犬の背中へと軽やかに飛び乗る。さらにそこから処刑人の肩へと跳躍し、白い糸が敷き詰められた床を完全に無視して、空中を駆け上がり始めたのだ。
「バカな!? 平民ども、私の獲物を勝手に足場にするなど……っ!」
「カイル!! お前はそのまま地上に残れ!」
抗議しようとしたカイルの言葉を、レインの怒声が遮った。
「見ろ大天才! あのボロ布のババア、お前の高貴な光を無視して、空中のエレナを狙おうとしてるぞ! 騎士を名乗るなら、そのデカい魔力で全ての『黒い糸』のヘイトをてめえに向けさせてみろ!」
「――なっ!?」
カイルの顔色が、驚愕から、やがて烈火の如き怒りへと染まり上がった。
彼にとって、「エレナが狙われること」以上に「自分が無視されること」は、エベレストより高いプライドが絶対に許さない最大の屈辱だったのだ。
「おのれえええっ! このイグノタフ家次期当主たる私を差し置いて、エレナを狙うなど言語道断! 私を見ろ! 全て私に向けろぉぉっ!!」
カイルが天高く掲げた『疑似生体デコイ・ランタン』と、彼自身が内包する規格外の魔力が、共鳴して爆発的に膨れ上がる。
それはまさに、暗黒の地下3階層に現れた強烈な『魔力のブラックホール』だった。
亡霊がエレナを撃ち落とそうと放った無数の『黒い糸』が、カイルの放つあまりにも巨大なヘイト(魔力)に強制的に引っ張られ、軌道を捻じ曲げて一斉に地上へと殺到する。
「来い、悪霊! イグノタフの誇りにかけて、その呪いごと全て切り伏せてみせ……っ、多すぎるだろうが!?」
四方八方から押し寄せる数十、数百のうねる黒い糸。
触れれば即死の理不尽な物量を前に、カイルの顔から一瞬にしてドヤ顔が消し飛んだ。
「うおおおおっ!? 近寄るな! 私の高貴な体に触れるなァッ!」
彼は必死の形相で暗黒の回廊を駆けずり回りながら、迫り来る糸の群れを儀礼剣でめちゃくちゃに叩き斬り、弾き飛ばす。時には無様に床を転がり、時にはランタンを振り回して糸を引っ掻き回し、半ばパニックになりながらも、決して捕まることだけは避けていた。
見た目こそ必死で泥臭いが、彼の内包する膨大な魔力による身体強化と、確かな剣技のベースがなければ、とっくに糸に飲み込まれて肉塊と化しているはずだ。
彼がただの「囮」ではなく、間違いなく学園トップクラスの実力者であることを、この極限の防衛戦(という名の悲鳴混じりの逃走劇)が逆説的に証明していた。
「これで……道は開けましたわ!」
カイルが文字通り命懸けで全ての黒い糸を引き付けたことで、空中のエレナの前に一切の障害が消え失せた。
最後の足場(処刑人の頭)を全力で蹴り上げ、エレナの身体が矢のように空中を飛翔する。
亡霊が虚ろな目を見開き、最後の抵抗として無数の『かぎ針』を乱れ撃ちにしてきた。
「ヒロインの決定打を邪魔してんじゃねえよ、ボケナス」
ズガァン! ズガァン!!
遥か後方から放たれたレインの的確な援護射撃が、エレナを狙うかぎ針を空中で全て粉砕した。
完璧な盤面の支配。
空中に舞った風紀委員長・エレナの姿が、編み物の亡霊の頭上へと到達する。
(カイル君が盾となり、レインとシエルが切り開いてくれたこの道……絶対に、無駄にはしませんわ!)
エレナが両手で構えた騎士剣に、凛冽たる闘気が宿る。
それは、いかなる理不尽をも物理で断ち切る、純粋培養の「お嬢様」による神速の一撃。
「――学園の風紀を乱す悪霊よ。散りなさい!」
一閃。
「閃刃――両断!!」
銀の軌跡が、編み物の亡霊の半透明な巨体を、頭頂部から真っ二つに叩き斬った。
「ギャアアアアァァァァッ……!!」
耳を劈くような断末魔の叫びと共に、亡霊の巨体が光の粒子となって弾け飛ぶ。
同時に、床を覆っていた白い糸も、カイルを追い回していた黒い糸も、周囲のぬいぐるみたちも、全てが幻のようにボロボロと崩れ去り、ただの埃となって消滅した。
「ふぅ……っ」
軽やかに着地したエレナが、剣を振り抜いた残心を解き、鞘へと納める。
静寂が戻った地下3階層に、カイルのゼーゼーという激しい荒い息遣いと、レインが銃の排莢を落とす「カリンッ」という乾いた音だけが響き渡った。
「……ゲームセットだ。お疲れさん、前衛の二人」
レインが冷や汗を拭いながら、不敵な笑みを浮かべて歩み寄る。
シエルもまた、アメジストの髪を軽くかき上げながら、愛用の鍵をポーチへと収めた。最悪の初見殺しギミックを誇った3階層のボス『編み物の亡霊』は、頭脳と剣技が完全に噛み合ったパーティの連携の前に、見事な完全敗北を喫したのだった。




